銀座・和光ホールで開かれている木之下晃さんの写真展に行きました。
6日のギャラリートーク(聞き役は大原哲夫さん)では、1時間を超える興味深いお話をうかがえました。以下、印象深かった部分をまとめました。記憶違いがありましたら、申しわけありません。
演奏家とファンの架け橋となるような写真を撮る、と語る木之下さんは、演奏家がいやがるような写真は撮らないそうです。演奏家が気に入ってくれるかどうか確かめるために、演奏家に自分の撮った写真を見せているのですが、演奏家のほうがみずからサインをはじめいろいろなメッセージを書き込んでくれるのだとか。
批評家はけなすような演奏評も書くけれども、自分はどんな演奏家、演奏にも必ずいいところがあると思う、いい写真が撮れて音楽に感動しなかったことはない、とクラシック音楽を愛する者としての演奏への敬意および、写真と演奏の関係を語っていました。
シャッターチャンスの美学、と形容されるその写真は、何よりも、木之下さんの集中力によるものであることが、何度も語られていました。
そして、技術的には、まず、全くトリミングを行わないもので、展示されている写真、雑誌などに載っている写真は、木之下さんが撮った写真そのものだそうです。目で見て、ここだ、と思った瞬間があっても、それがシャッターに伝わるまでには当然物理的に時間がかかりますが、木之下さんはそれが非常に短く、それだからこそ、トリミングなしで、あのような瞬間がぴったり枠の中に収まる写真が撮れるのだとか。ご本人が言うには、中学、高校時代に100メートル走者としてスタート練習を繰り返し行ったこともそれに影響していて、フライングではなく、まさに音と一緒にスタートできた、とのことです。だから、《トスカ》の銃殺シーンは煙ではなく火花が撮れる、と語っていました。
また、そんなふうな集中力による一発撮り、弓矢で射るような写真の撮り方(シューティングそのもの)だから、デジタルカメラ(散弾銃型、多数の連続写真が可能)は使用しない、とのことです。
また、写真の技術としては、現像液をみずから調合していて、それは、ずっと入れ替えることなく使用し(大原さん曰く、ウナギのタレ)、その現像液が木之下さんの写真に特徴的な、そして、美しい背景色となっている黒を出させているのだそうです。背景の黒と燕尾服の黒との微妙なトーンの違いも、フィルム、カメラ、現像液などに投入された木之下さんの技術のたまものだとのことです。
ジャズやポピュラーの演奏家を撮るのも好きだったけれども、そして、彼らの演奏場面のほうがずっと絵になるけれども、クラシックの演奏家を撮ることが今の自分に残ったのは、クラシックの演奏家がだんだん大きくなっていく、成長していくからだ、ポピュラーの演奏家たちは時がたつと、いつのまにか消えて行ってしまう、クラシックの演奏家を撮っていると写真には演奏家その人が出てくる、と語っていました。アニー・フィッシャーは木之下さんの写真のおかげでヨーロッパで有名になったと本人が言ったそうで、それは、彼女がどのような演奏家かがその写真に表れていたからだそうです。また、ブレンデルは当初、写真を見て絶句してしまいましたが(木之下さんが言うところの、マネジャーなら絶対にノーという写真)、マルセル・グリリさんと話しながら、だけれども、これはピアニストとしての自分を撮った最高の写真だ、と結局は認めてくれたのだそうです。バルトリは木之下さんの写真を見て、しばらくの間口がきけなかったほど、感銘を受けていたとか。
演奏家のいい写真が撮れる理由は、一方では、演奏家が自分の演奏について常に努力していることが木之下さんにも影響を与えているからだ、とも語っていました。
どんな場面を撮るかは、音が終わった瞬間、フィニッシュの瞬間のほうが勿論絵になるけれども、自分は、音が造りあげられていくところを撮る、コーダでフィニッシュに向かっていく演奏家の中にはいりこめるときは、必ずいい写真になっている、今はラトルを撮ると、そういう状態になれる、とのことでした。
なお、演奏中の写真をどう撮るかについては、シャッター音を消すものを夫人が手作りしたり、ホールの建設時・改築時にカメラ用の穴を反響板にあけてもらうように交渉したり、演奏家にフォトセッションを設けてもらったりするなど、大変な努力をしてきたそうです。
以上、木之下さんのお話をわたしなりにまとめてみました。
過去、瀕死の状態になったことのある木之下さんは、今も完璧なご健康状態とは言えないそうですが、エネルギッシュに、ユーモアたっぷりに語り、写真と演奏家への真心、愛情、尊敬の気持ちが大いに感じられる興味深いお話を、次から次へとされていました。
こういう方だからこそ、演奏家との間に信頼関係ができ、あのように素晴らしい写真を残せているのだと、あらためて納得しました。
これからも、どうかご健康にお気をつけて、音楽の感動を撮るという写真を撮り続けていただきたいと心から思います。
和光の建物の晴海通り側のショーウィンドーには、マエストロ・ムーティとブレンデルの大きな写真が飾られていて、ショーウィンドーのガラスにはメッセージが金色で載っています。
あと二日間、帰宅途中にせめてこのショーウィンドーをながめようと思いました(夜のライトアップも楽しみです)。
木之下晃写真展 Dear Maestros ―写真と自筆が語る世界の音楽家たち―
銀座・和光ホール
和光の雑誌、チャイム・銀座誌2006年5月号にも写真展の紹介が載っています。ウェッブの紹介と同じです。
http://www.wako.co.jp/hall/0605/hall1.htm
なお、木之下さんはマエストロ・ムーティについては、ギャラリートークの中で、演奏家の気に入る写真を撮る(でも、アイドル・タレントのようなきれい・かわいいだけの写真は撮らない、その人が何かがわかるような写真を撮る)という文脈の中で、前回の音楽の友誌表紙のことを話していました。あの表紙のおかげでファンを300人失った、とムーティが言っていたと語り、ギャラリーにいた人たちの爆笑を誘っていました。
また、ギャラリートークの前にサインをいただくことができました。その際に、4月のヴェルディ《レクイエム》の写真をたずねたところ、人見記念での写真をムーティはとても気に入ってくれて、自分のことをグラン・マエストロと呼ぶ、家族の写真を撮っていいと言われた、と嬉しそうでした。ただ、木之下さんが撮ったものはプライベート用とのことで、とても残念です。もっとも、プレスがそのときも撮っていたよ、とのことですから、木之下さんによるものではない写真は、もしかしたら、雑誌などで見ることができるかもしれません。
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