104 post categorizzati come "ニュース:揺れるスカラ座"

giovedì 4 maggio 2006

スカラ座さよなら公演の様子

昨年、マエストロ・ムーティがウィーン・フィルとスカラ座でさよなら公演を行った2005年5月3日夜のニュース映像も、スイスインフォの過去1年間ニュース検索で見られました。

FAI会長はマエストロとケルビーニ管の演奏会はよく聴きに来ています。また下院議長(当時)のインタビューもありました。みんな、マエストロがスカラ座を去ることを惜しんでいます。大画面のあるガレリアの様子も懐かしい...。

深夜はモザイクがそれほどかからず、うまく観ることができました。(超高速インターネット接続でないことを毎日嘆いています。)

スイスインフォ 検索
Muti alla Scala

(5月3日のニュースなので、検索から今は落ちています)

http://helix-1.sri.ch/ramgen/tsi/tg/2005/tg_05032005.rm?start=0:28:15.487&end=0:30:33.490

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mercoledì 15 marzo 2006

幻のスカラ座上演がリスボンで

マエストロ・ムーティが昨シーズン、スカラ座で上演するはずだったのが、辞任に至る騒ぎの中で上演キャンセルになったAzio Corghi のオペラ《Dissoluto assolto》が、作曲者の言っていたとおり、リスボンのサン・カルロス歌劇場で上演されます。
指揮者はもちろん、マエストロではありませんが、キアラさんが Zerlinaを歌います。彼女がCorghiの作品に出るのは2度目です。
初日の18日には、マエストロも父親なら姿を見せるに違いない、と報じられています(ウィーン・フィルとのツアーでお疲れかもしれませんが)。
なお、スカラ座では二本立て上演だったヒンデミット《Santa Susana》には、リスボンではSusanna としてTatiana Serjan が出演します。

http://www.saocarlos.pt/

2006年3月15日付 la Stampa 紙
«Don Giovanni» con Muti (Chiara non Riccardo)
Doveva aprire la stagione della Scala poi la rottura con il maestro ma la figlia è rimasta

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venerdì 3 marzo 2006

ロストロポービッチのマエストロへの連帯の気持ち

今日のレプッブリカ紙を読んで驚きました。
昨年、スカラ・フィルの英国ツアーの指揮者が、スカラ座で起きたことのためにマエストロ・ムーティからロストロポービッチに交代し、結局はキャンセルされた理由を、ロストロポービッチが明かしていました。マエストロへの連帯の気持ちからだそうです。
スカラ座のできごとのあと、何人もの音楽家たちがマエストロへ連帯の気持ちを示してくれました。そういう表明に接するたびに、どれほど胸が熱くなったことか。彼らに心から感謝しました。
今日のニューヨークタイムズ紙も、あのできごとは政治の問題だったようにみえる、と書いています。

ロストロポービッチは、マエストロに代わって指揮することを頼まれたけれども、友人が困難な状況におかれたことへの共感の気持ちから断った、と語っています。そこでは、自分がかつて同じような状況にあったときに、友人達がとった行動に感謝している様子がうかがえます。
1968年にツアー中のスペインからソルジェニーツィンを擁護する手紙を書いたところ、帰国してみると、リヒテル、オイストラフとベートーベンの三重奏曲を演奏するはずだったのが理由もなくキャンセルされていた、他のチェリストと共演するよう彼らは頼まれたけれども、拒絶していたことを知った、と語っています。

2006年3月3日付 la Repubblica 紙
IL CASO
Rostropovich rivela un episodio inedito di un anno fa
"Non ho diretto la Scala per solidarietà con Muti"
Il maestro russo dirigerà a Roma tre concerti dedicati a Sciostakovich

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martedì 20 settembre 2005

マエストロ・アッバードのスカラ座復帰?

今日のCorsera 紙によれば、スカラ座総裁Lissner がベルリンに赴いて、マエストロ・アッバードにスカラ座招聘を申し出たそうです。マエストロ・アッバードは、大病後仕事には注意していて、自分はもう既に十二分に働いているとスケジュールが満杯であることを説明したようですが、それでも、《魔笛》でスカラ座に復帰する可能性を除外するものではない、とのことです。

2005年9月20日 Corriere della Sera 紙
Abbado: La Scala? Lissner mi ha invitato

2005年9月20日 ORF
Scala-Intendant Lissner wirbt um Abbado

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sabato 11 giugno 2005

ゼッフィレッリの願い

スカラ座でゼッフィレッリ演出の《ラ・ボエーム》が上演されるので、また何かマエストロ・ムーティについて厳しいコメントするのではないか、と懸念していました。
ところが、今日のイタリアの新聞に意外な言葉が載っていて、びっくりしました。音楽監督としてのマエストロはひとりで何もかもやろうとして、彼にとっては独裁者のように思えて我慢ならなかったのかもしれません。マエストロ・ムーティは重すぎる責任と負うべきでない権限をしょいこみ、喜びをもって創造活動をする自由がなかった、スカラ・フィルにもスカラ座にもミラノにも必要な人だ、スカラ座に戻って指揮してほしい、と述べていて、驚かされました。

2005年6月11日 Corriere della Sera 紙より
Zeffirelli: alla Scala Muti aveva assunto troppe responsabilità

Mi auguro che torni a lavorare con l'Orchestra della Scala che gli deve molto, come lui deve alla compagine. E che torni anche per i piacere di tutti i milanesi. Perché Milano con questo dissidio e senza la sua presenza si è un po' impoverita.


2005年6月11日付 Il Giorno 紙より
Tornare alla Scala è una vera gioia Lo auguro a Muti

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venerdì 27 maggio 2005

サン・カルロはテイト

マエストロ・ムーティに音楽監督もしくは名誉指揮者の就任を依頼するのでは、といわれていたナポリ・サン・カルロ歌劇場ですが、Jeffrey Tate が音楽監督に就任するそうです。

2005年5月24日付 Playbill Arts News より
Teatro San Carlo Appoints Jeffrey Tate to Replace Gary Bertini as Music Director

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domenica 22 maggio 2005

マエストロ・アッバードの道

ドイツの新聞にマエストロ・アッバードについての長文の人物スケッチが載りました。朝読むにはとても爽やかな、いい記事でした。音楽を作ることだけに身を捧げるシンプルな生き方に変化したこと、若者たちからなるオーケストラにエネルギーを注いでいることなどが描かれています。大病の後はこれまでにもまして仕事を厳選している、音楽そのものに没頭している、という記事の趣旨からも、スカラ座音楽監督といった地位に就くことはほとんどありえないように読めましたが、どうでしょうか。
マエストロ・ムーティがこれまでの自分を注ぎ込みたいと熱を入れているケルビーニ・オケのデビューも間近です。マエストロ・アッバードともども、イタリアはいい音楽家を持てて、本当に幸せです。

2005年5月22日付 Tagesspiegel 紙より
Er tritt nur noch selten auf. Jetzt kommt er nach Berlin. „Seine“ Philharmoniker lieben den Maestro. Genauso wie das Publikum. Das war nicht immer so. Wer ist Claudio Abbado?

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venerdì 20 maggio 2005

メトと共同する道も探るスカラ座

新総裁 Lissner のインタビューがイタリアの新聞 il Sole 24 Ore 紙に載り、APA 通信の配信を通じてオーストリアの新聞にも載りました。
彼自身がインタビューでニューヨークを訪れたと言っていましたが、メトロポリタン・オペラとの共同があるようです。海外の歌劇場との共同の道は前任者 Meli も探っていて、マエストロ・ムーティもパリ・オペラ座などとの共同制作について触れていました。 Lissner はメトとの道を選んだようです。パリ・オペラ座との共同はなくなったのかもしれません。
インタビューによれば、スカラ座ではイタリアの芸術家の協力を求めるそうで、イタリアの作曲家との関係も大切にし、少なくとも2年おきぐらいにイタリアの作曲家の新作品を上演したいとのことです。新シーズンについては6月なかばには指揮者・演出家の調整が終わり、例年どおり、7月19日に記者会見が開けるそうです。

2005年5月19日 Kurier online より
Lissner will Scala öffnen

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lunedì 16 maggio 2005

ウィーン・フィル スカラ座公演

2日のマエストロ・ムーティとウィーン・フィルのスカラ座公演については、墺伊の新聞はもちろん、先に紹介したように英語圏のメディアも大きく報じていました。

3日付のIl Giornale 紙の記事を紹介します。

2005年5月3日付 Il Giornale 紙より
Scala
Applausi e rimpianti per il ritorno di Muti
La Scala abbraccia Muti e i Wiener
Il Maestro sommerso dagli applausi: 《Sono felice, e' stata una bellissima serata》

昨晩、スカラ座に戻ってウィーン・フィルを指揮したマエストロ・リッカルド・ムーティに対して、スカラ座は盛大な拍手喝采となった。マエストロは観衆によって間断なく喝采を受けた。昨晩は素晴らしい音楽が聴かれたが、惜しむ気持ちもいたるところにみられた。列席者の中には Casini 下院議長もいた。「私たちはムーティのような人間がイタリアに存在することを誇りに思います。」

「とても幸せです。最高の晩でした。」リッカルド・ムーティはやっと舞台を離れることができた。彼は舞台へ呼び戻され、喝采と一斉の歓呼、花々がマエストロとウィーン・フィルの上を舞っていた。彼は舞台と袖の間を3回行き来した。アンコールの希望としても、スリーカードへの期待としても、ムーティへの希望としても、予期しない《運命の力》では不十分だった。
「何をまだ付け加えよというのでしょう。もう十分でしょう...。」スカラ座が彼の劇場であることを今一度示してみせ、ミラノが彼の指揮棒で魅了された街であることを再度見せてみた後は、あっさり去っていく。花を手にして五度戻った後、また喝采だ。微笑している。「みんなに挨拶しました。」確かに微笑みを浮かべて指揮台からひとりひとりにそうしているように見える。ムーティは再びスカラ座であり、スカラ座はムーティであるといった成功以外のなにものでもないようにみせようとし、非常に長く続く喝采なしには終わることがない、一晩のいつものできごとだ。12月7日の開幕のようだった。
実際は違った。楽屋での長蛇の列は別れの気持ちと悲しい喪失の想いを見せている。それはたとえ一生が数ヶ月間になろうとも、またとかもしだされることのない想いだ。Pierferdinando Casini 下院議長が現れ、palco reale の席で聴くことによって、政治的にも象徴的な意味においても明白に重要な意義を表した。そこにはミラノ市長 Gabriele Albertini と運輸相 Pietro Lunardi もいる。「私がここにいるのはマエストロと彼が表現しているものへの尊敬の気持ちからです。ムーティは偉大で、イタリア文化の誇りであり、彼に尊敬の気持ちを示すことができるのを誇りに思います。」
傷口は開き、聴衆の非常に激しい熱情は最後にやっと爆発できた。緊張と気詰まりの中、言葉にならない期待が内部で蓄えられ、最後に放たれたのである。最初は非常に短い喝采だった。平土間は、スカラ座へ別れを告げる4月2日付の辞任の手紙からまさに1ヶ月後、すでにこの素晴らしい復帰のための花火の用意ができていた。けれども、リッカルド・ムーティは変化しなかった。数秒で十分で、すぐに喝采を止めて音楽を始めた。合間にだけ受けたのは、彼に対してではなく彼の音楽に対して捧げられた喝采だ。二度舞台に呼び戻され、拍手喝采に埋めつくされた。最後の熱烈な喝采を飲み干しただけだった。
楽屋には、今日2日から Stephane Lissner にとってかわられた、退任した総裁 Mauro Meli がいて、彼はムーティのもとへ真っ先に駆けつけたひとりだった。そして、 Albertini 、Bruno Ferrante 知事、Valentina Cortese もいた。彼らは感情の高まりの中で、全体の気持ちをつかんでいた。「スカラ座のためによいことなのだから、戻ってきてきてくれることを望んでいます。」劇場には演出家でもあり舞台美術家でもある Pierlugi Pizzi 、銀行家 Giovanni Bazoli 、政治家 Umberto Veronesi もいた。即ち、ミラノそのものだった。
ミラノはムーティという自分用の薬を服用したが、次はいつになるのかわからない。「チケットがありません。」入り口の前で掲げられているプラカードの1枚は嘆いていた。これはコンピューターによって印刷されていて、指揮をしているムーティの写真付だ。これを振りかざしていた Lucio Peres は、ハイドンの《驚愕》からもスクリャービンの《神聖な詩》からも締め出された多くの人のひとりだ。 彼は、多くの人のように、ヴィットリオ・エマヌエレ・ガレリアで大画面を観るしかなかった。「このコンサートが最後だと思ったことはないといえればいいのですが...。」
新総裁と理事会の難業については新たな一連のできごとが始まろうとしているようだ。会場にいた理事たちは楽観主義に身を任せていた。「別れではなく、客演指揮者としてのデビューです。」 Fedele Confalonieri はコメントした。彼はマエストロとの連帯の気持ちを示すためにスカラ・フィルの会長を辞任した。副財団長の Bruno Ermolli はもっと明白だ。「一時的な別れだと非常に強く思いたい。スカラ座はムーティなくしてはありえないし、ムーティはスカラ座なくしてはありえません。」

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giovedì 12 maggio 2005

ウォールストリートジャーナル紙の称賛

ANSA通信や Il Giorno 紙もウォールストリートジャーナル紙のマエストロ称賛記事について報じていました。
読み終わってぼ~っとフロアに立ちつくしてしまったくらいに、とてもいい記事でした。紙面の3分の1ほどを占めています。ウィーン・フィルのスカラ座公演についての記事も早く紹介しなければ、と思います。

10/05/2005 - 16:55 Apcom より
MUSICA/ IL WSJ DIFENDE MUTI, CACCIATO PER "RAGIONI BIZANTINE"
Il quotidiano tesse le lodi del maestro allontanato

2005年5月11日付 Il Giorno 紙より
E il Wall Street Journal esalta Riccardo Muti

2005-05-11 15:04 ANSA 通信より
'Grazie Maestro', WSJE difende Muti
Indiscrezioni lo vorrebbero a capo NY Philarmonic da 2009

2005年5月10日付 The Wall Street Journal 紙より
'Grazie, Maestro': What We Should Thank Muti For


WSJ紙のタイトルは、2日のウィーン・フィルのスカラ座公演で、マエストロ・ムーティの楽屋に飾られた47本のバラによっています。すなわち、ロッジョニストたち、ファンたちがマエストロがスカラ座で上演したオペラの数だけバラを贈り、その1本1本にオペラの名前を飾り、それそれのリボンに'Grazie, Maestro'と書いたことからとっています。

記事はマエストロを称賛するものです。特に、スカラ座の労働組合が辞任決議を表明した頃のUKの記事(おそらくは名前をあげているインデペンデント紙が主なもの)にはっきりと反論を示しているように感じられるくだりがありました。また、辞任に至った理由について、労働組合の辞任決議を額面どおりに労働者の不満とは受け取らず、地方政局の犠牲になったものであり、はっきりと Byzantine によるもの、権謀術数の犠牲、と書いているのが印象的でした。 もちろん、その権謀術数にはスカラ座内での主導権争いも含まれているのでしょうが。
ムーティは決して傲慢な指揮者でもきまぐれな指揮者でもない、辞任の要求をつきつけたスカラ座のオケはいずれわが身を苛むことだろう、単なる座付きオーケストラを膨大なレパートリーに適応できる輝かしいオーケストラに仕上げたのはムーティだ、スカラ座を去ることが決まって以来、有名オーケストラ、有名歌劇場がムーティにポストの提供を申し出ているが、彼は、どこかのトップに座ることによって蒙るかもしれない苦痛よりは、これまで慣れ親しんできた超一流オーケストラとの仕事を選んでいくようだ、スカラ座との別離には音楽ファンにはいいことは全く何もない、スカラ座公演の翌日の新聞がすべてを語っている、聴衆が感じていることは明白だ(感謝と強く惜しむ気持ちだ)。
こういった趣旨のことをいくつかのエピソードもあげながら書いています。

新装なったスカラ座の大きく広い、エグセクティブ・フロアのような音楽監督室について、「これがマエストロ・ムーティの楽屋です。」と驚嘆して言った人の言葉をマエストロは否定して、「マエストロ・ムーティの楽屋ではありません。スカラ座音楽監督の楽屋です。」と言ったエピソードを紹介し、かほどに控えめであり、指揮者はうぬぼれやだ、という俗説はマエストロにはあてはまらない、と書いています。
また、UKで物議をかもしたコベントガーデンでの《運命の力》のキャンセルについても、、マエストロは単なる客演指揮者として素知らぬ顔をして演奏をし、出演料を手にすればよかっただけなのにそうしなかった、信条とスカラ座音楽監督の責任からそうしたことだ、と擁護し、また、この問題におけるコベントガーデンの立ち回りのうまさも暗に示唆しています。
このことはスカラ座辞任にいたる過程でも示されていて、何の釈明もしない、無用な論争を超越している、とある意味、称賛しています。

マエストロが手紙で簡潔にスカラ座辞任を表明し、一切語らないことにはわたしは尊敬の念を禁じえません。スカラ座のオーケストラ側は、手紙ではなく直接出てきて話せ、と糾弾していましたが、当時の状況から、それがつるしあげに終わったかもしれないことは容易に想像できます。それこそ、音楽を創るということから、最も遠い状況です。
あれこれ釈明しないことについては、何よりも、指揮者というものは自分の未来をみることに忙殺され、夢中なのではないか、と思います。やりたいことがたくさんある、その実現にエネルギーを注ぎたい、それが一流の指揮者というものではないでしょうか。
もちろん、心中は想像して余りあります。ウィーン・フィルのスカラ座公演終了後の楽屋口で、ファンの熱い想いに感動して放心したかのように見えたマエストロの姿は一生忘れられません。断固、ダンテではない、と思います。


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