ANSA通信や Il Giorno 紙もウォールストリートジャーナル紙のマエストロ称賛記事について報じていました。
読み終わってぼ~っとフロアに立ちつくしてしまったくらいに、とてもいい記事でした。紙面の3分の1ほどを占めています。ウィーン・フィルのスカラ座公演についての記事も早く紹介しなければ、と思います。
10/05/2005 - 16:55 Apcom より
MUSICA/ IL WSJ DIFENDE MUTI, CACCIATO PER "RAGIONI BIZANTINE"
Il quotidiano tesse le lodi del maestro allontanato
2005年5月11日付 Il Giorno 紙より
E il Wall Street Journal esalta Riccardo Muti
2005-05-11 15:04 ANSA 通信より
'Grazie Maestro', WSJE difende Muti
Indiscrezioni lo vorrebbero a capo NY Philarmonic da 2009
2005年5月10日付 The Wall Street Journal 紙より
'Grazie, Maestro': What We Should Thank Muti For
WSJ紙のタイトルは、2日のウィーン・フィルのスカラ座公演で、マエストロ・ムーティの楽屋に飾られた47本のバラによっています。すなわち、ロッジョニストたち、ファンたちがマエストロがスカラ座で上演したオペラの数だけバラを贈り、その1本1本にオペラの名前を飾り、それそれのリボンに'Grazie, Maestro'と書いたことからとっています。
記事はマエストロを称賛するものです。特に、スカラ座の労働組合が辞任決議を表明した頃のUKの記事(おそらくは名前をあげているインデペンデント紙が主なもの)にはっきりと反論を示しているように感じられるくだりがありました。また、辞任に至った理由について、労働組合の辞任決議を額面どおりに労働者の不満とは受け取らず、地方政局の犠牲になったものであり、はっきりと Byzantine によるもの、権謀術数の犠牲、と書いているのが印象的でした。 もちろん、その権謀術数にはスカラ座内での主導権争いも含まれているのでしょうが。
ムーティは決して傲慢な指揮者でもきまぐれな指揮者でもない、辞任の要求をつきつけたスカラ座のオケはいずれわが身を苛むことだろう、単なる座付きオーケストラを膨大なレパートリーに適応できる輝かしいオーケストラに仕上げたのはムーティだ、スカラ座を去ることが決まって以来、有名オーケストラ、有名歌劇場がムーティにポストの提供を申し出ているが、彼は、どこかのトップに座ることによって蒙るかもしれない苦痛よりは、これまで慣れ親しんできた超一流オーケストラとの仕事を選んでいくようだ、スカラ座との別離には音楽ファンにはいいことは全く何もない、スカラ座公演の翌日の新聞がすべてを語っている、聴衆が感じていることは明白だ(感謝と強く惜しむ気持ちだ)。
こういった趣旨のことをいくつかのエピソードもあげながら書いています。
新装なったスカラ座の大きく広い、エグセクティブ・フロアのような音楽監督室について、「これがマエストロ・ムーティの楽屋です。」と驚嘆して言った人の言葉をマエストロは否定して、「マエストロ・ムーティの楽屋ではありません。スカラ座音楽監督の楽屋です。」と言ったエピソードを紹介し、かほどに控えめであり、指揮者はうぬぼれやだ、という俗説はマエストロにはあてはまらない、と書いています。
また、UKで物議をかもしたコベントガーデンでの《運命の力》のキャンセルについても、、マエストロは単なる客演指揮者として素知らぬ顔をして演奏をし、出演料を手にすればよかっただけなのにそうしなかった、信条とスカラ座音楽監督の責任からそうしたことだ、と擁護し、また、この問題におけるコベントガーデンの立ち回りのうまさも暗に示唆しています。
このことはスカラ座辞任にいたる過程でも示されていて、何の釈明もしない、無用な論争を超越している、とある意味、称賛しています。
マエストロが手紙で簡潔にスカラ座辞任を表明し、一切語らないことにはわたしは尊敬の念を禁じえません。スカラ座のオーケストラ側は、手紙ではなく直接出てきて話せ、と糾弾していましたが、当時の状況から、それがつるしあげに終わったかもしれないことは容易に想像できます。それこそ、音楽を創るということから、最も遠い状況です。
あれこれ釈明しないことについては、何よりも、指揮者というものは自分の未来をみることに忙殺され、夢中なのではないか、と思います。やりたいことがたくさんある、その実現にエネルギーを注ぎたい、それが一流の指揮者というものではないでしょうか。
もちろん、心中は想像して余りあります。ウィーン・フィルのスカラ座公演終了後の楽屋口で、ファンの熱い想いに感動して放心したかのように見えたマエストロの姿は一生忘れられません。断固、ダンテではない、と思います。
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