106 posts categorized "ニュース:揺れるスカラ座"

Friday, 05 January 2007

フォンタナの本

以前から言われていましたが、スカラ座前総裁のフォンタナが、自身の劇場での歩みを振り返った本を出します。イタリアでは1月25日23日発刊。スカラ座にも2月5日にお目見えします。

マエストロ・ムーティとの不和についても記述されていると、今日のレプッブリカ紙は報じています。
記事では次のように紹介されています。

フォンタナによれば、「ムーティと共に自分の夢を実現できる、彼のかたわらで、多くの人が共有できるプロジェクトを遂行できると思っていたといっていいだろう。彼とチームを組んで、変革を実行できると考えていたといっていいだろう。」けれども「彼とチームを組むことを私は望んでいたけれども、それはムーティからは、いわば干渉として解釈されていたということがわかった。」対立の理由は、フォンタナによれば、「個性の違いというよりも文化的なもの」であり、「スカラ座を統率するにあたって、絶対君主のような存在が必要である」という立場の中にあった。リッカルド・ムーティは「自分自身を組織と一体化する域へ達していた。彼によれば、ムーティがスカラ座だったのである。」

以上のような記事の内容は、すでに、フォンタナの口から何度も言われていましたし、ほかにも、そのようなことを言っていた人たちがいました。

オンライン書店や出版社のサイトにはまだ出ていません。

読んだら、また紹介するかもしれません。マエストロの良きファンは無視すべき本なのでしょう。
でも、わたしは何があっても、いつでも、いつまでも、いつまででも、マエストロ・ムーティの側です。

A scena aperta
Carlo Fontana
Electa, 19euro
2007年1月25日発売

2007年1月5日 la Reppublica 紙
L´ex sovrintendente ha raccolto in un volume i suoi quindici anni alla guida del teatro lirico
Fontana, segreti e bugie sulle onde della musica

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Thursday, 04 May 2006

スカラ座さよなら公演の様子

昨年、マエストロ・ムーティがウィーン・フィルとスカラ座でさよなら公演を行った2005年5月3日夜のニュース映像も、スイスインフォの過去1年間ニュース検索で見られました。

FAI会長はマエストロとケルビーニ管の演奏会はよく聴きに来ています。また下院議長(当時)のインタビューもありました。みんな、マエストロがスカラ座を去ることを惜しんでいます。大画面のあるガレリアの様子も懐かしい...。

深夜はモザイクがそれほどかからず、うまく観ることができました。(超高速インターネット接続でないことを毎日嘆いています。)

スイスインフォ 検索
Muti alla Scala

(5月3日のニュースなので、検索から今は落ちています)

http://helix-1.sri.ch/ramgen/tsi/tg/2005/tg_05032005.rm?start=0:28:15.487&end=0:30:33.490

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Wednesday, 15 March 2006

幻のスカラ座上演がリスボンで

マエストロ・ムーティが昨シーズン、スカラ座で上演するはずだったのが、辞任に至る騒ぎの中で上演キャンセルになったAzio Corghi のオペラ《Dissoluto assolto》が、作曲者の言っていたとおり、リスボンのサン・カルロス歌劇場で上演されます。
指揮者はもちろん、マエストロではありませんが、キアラさんが Zerlinaを歌います。彼女がCorghiの作品に出るのは2度目です。
初日の18日には、マエストロも父親なら姿を見せるに違いない、と報じられています(ウィーン・フィルとのツアーでお疲れかもしれませんが)。
なお、スカラ座では二本立て上演だったヒンデミット《Santa Susana》には、リスボンではSusanna としてTatiana Serjan が出演します。

http://www.saocarlos.pt/

2006年3月15日付 la Stampa 紙
«Don Giovanni» con Muti (Chiara non Riccardo)
Doveva aprire la stagione della Scala poi la rottura con il maestro ma la figlia è rimasta

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Friday, 03 March 2006

ロストロポービッチのマエストロへの連帯の気持ち

今日のレプッブリカ紙を読んで驚きました。
昨年、スカラ・フィルの英国ツアーの指揮者が、スカラ座で起きたことのためにマエストロ・ムーティからロストロポービッチに交代し、結局はキャンセルされた理由を、ロストロポービッチが明かしていました。マエストロへの連帯の気持ちからだそうです。
スカラ座のできごとのあと、何人もの音楽家たちがマエストロへ連帯の気持ちを示してくれました。そういう表明に接するたびに、どれほど胸が熱くなったことか。彼らに心から感謝しました。
今日のニューヨークタイムズ紙も、あのできごとは政治の問題だったようにみえる、と書いています。

ロストロポービッチは、マエストロに代わって指揮することを頼まれたけれども、友人が困難な状況におかれたことへの共感の気持ちから断った、と語っています。そこでは、自分がかつて同じような状況にあったときに、友人達がとった行動に感謝している様子がうかがえます。
1968年にツアー中のスペインからソルジェニーツィンを擁護する手紙を書いたところ、帰国してみると、リヒテル、オイストラフとベートーベンの三重奏曲を演奏するはずだったのが理由もなくキャンセルされていた、他のチェリストと共演するよう彼らは頼まれたけれども、拒絶していたことを知った、と語っています。

2006年3月3日付 la Repubblica 紙
IL CASO
Rostropovich rivela un episodio inedito di un anno fa
"Non ho diretto la Scala per solidarietà con Muti"
Il maestro russo dirigerà a Roma tre concerti dedicati a Sciostakovich

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Tuesday, 20 September 2005

マエストロ・アッバードのスカラ座復帰?

今日のCorsera 紙によれば、スカラ座総裁Lissner がベルリンに赴いて、マエストロ・アッバードにスカラ座招聘を申し出たそうです。マエストロ・アッバードは、大病後仕事には注意していて、自分はもう既に十二分に働いているとスケジュールが満杯であることを説明したようですが、それでも、《魔笛》でスカラ座に復帰する可能性を除外するものではない、とのことです。

2005年9月20日 Corriere della Sera 紙
Abbado: La Scala? Lissner mi ha invitato

2005年9月20日 ORF
Scala-Intendant Lissner wirbt um Abbado

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Saturday, 11 June 2005

ゼッフィレッリの願い

スカラ座でゼッフィレッリ演出の《ラ・ボエーム》が上演されるので、また何かマエストロ・ムーティについて厳しいコメントするのではないか、と懸念していました。
ところが、今日のイタリアの新聞に意外な言葉が載っていて、びっくりしました。音楽監督としてのマエストロはひとりで何もかもやろうとして、彼にとっては独裁者のように思えて我慢ならなかったのかもしれません。マエストロ・ムーティは重すぎる責任と負うべきでない権限をしょいこみ、喜びをもって創造活動をする自由がなかった、スカラ・フィルにもスカラ座にもミラノにも必要な人だ、スカラ座に戻って指揮してほしい、と述べていて、驚かされました。

2005年6月11日 Corriere della Sera 紙より
Zeffirelli: alla Scala Muti aveva assunto troppe responsabilità

Mi auguro che torni a lavorare con l'Orchestra della Scala che gli deve molto, come lui deve alla compagine. E che torni anche per i piacere di tutti i milanesi. Perché Milano con questo dissidio e senza la sua presenza si è un po' impoverita.


2005年6月11日付 Il Giorno 紙より
Tornare alla Scala è una vera gioia Lo auguro a Muti

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Friday, 27 May 2005

サン・カルロはテイト

マエストロ・ムーティに音楽監督もしくは名誉指揮者の就任を依頼するのでは、といわれていたナポリ・サン・カルロ歌劇場ですが、Jeffrey Tate が音楽監督に就任するそうです。

2005年5月24日付 Playbill Arts News より
Teatro San Carlo Appoints Jeffrey Tate to Replace Gary Bertini as Music Director

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Sunday, 22 May 2005

マエストロ・アッバードの道

ドイツの新聞にマエストロ・アッバードについての長文の人物スケッチが載りました。朝読むにはとても爽やかな、いい記事でした。音楽を作ることだけに身を捧げるシンプルな生き方に変化したこと、若者たちからなるオーケストラにエネルギーを注いでいることなどが描かれています。大病の後はこれまでにもまして仕事を厳選している、音楽そのものに没頭している、という記事の趣旨からも、スカラ座音楽監督といった地位に就くことはほとんどありえないように読めましたが、どうでしょうか。
マエストロ・ムーティがこれまでの自分を注ぎ込みたいと熱を入れているケルビーニ・オケのデビューも間近です。マエストロ・アッバードともども、イタリアはいい音楽家を持てて、本当に幸せです。

2005年5月22日付 Tagesspiegel 紙より
Er tritt nur noch selten auf. Jetzt kommt er nach Berlin. „Seine“ Philharmoniker lieben den Maestro. Genauso wie das Publikum. Das war nicht immer so. Wer ist Claudio Abbado?

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Friday, 20 May 2005

メトと共同する道も探るスカラ座

新総裁 Lissner のインタビューがイタリアの新聞 il Sole 24 Ore 紙に載り、APA 通信の配信を通じてオーストリアの新聞にも載りました。
彼自身がインタビューでニューヨークを訪れたと言っていましたが、メトロポリタン・オペラとの共同があるようです。海外の歌劇場との共同の道は前任者 Meli も探っていて、マエストロ・ムーティもパリ・オペラ座などとの共同制作について触れていました。 Lissner はメトとの道を選んだようです。パリ・オペラ座との共同はなくなったのかもしれません。
インタビューによれば、スカラ座ではイタリアの芸術家の協力を求めるそうで、イタリアの作曲家との関係も大切にし、少なくとも2年おきぐらいにイタリアの作曲家の新作品を上演したいとのことです。新シーズンについては6月なかばには指揮者・演出家の調整が終わり、例年どおり、7月19日に記者会見が開けるそうです。

2005年5月19日 Kurier online より
Lissner will Scala öffnen

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Monday, 16 May 2005

ウィーン・フィル スカラ座公演

2日のマエストロ・ムーティとウィーン・フィルのスカラ座公演については、墺伊の新聞はもちろん、先に紹介したように英語圏のメディアも大きく報じていました。

3日付のIl Giornale 紙の記事を紹介します。

2005年5月3日付 Il Giornale 紙より
Scala
Applausi e rimpianti per il ritorno di Muti
La Scala abbraccia Muti e i Wiener
Il Maestro sommerso dagli applausi: 《Sono felice, e' stata una bellissima serata》

昨晩、スカラ座に戻ってウィーン・フィルを指揮したマエストロ・リッカルド・ムーティに対して、スカラ座は盛大な拍手喝采となった。マエストロは観衆によって間断なく喝采を受けた。昨晩は素晴らしい音楽が聴かれたが、惜しむ気持ちもいたるところにみられた。列席者の中には Casini 下院議長もいた。「私たちはムーティのような人間がイタリアに存在することを誇りに思います。」

「とても幸せです。最高の晩でした。」リッカルド・ムーティはやっと舞台を離れることができた。彼は舞台へ呼び戻され、喝采と一斉の歓呼、花々がマエストロとウィーン・フィルの上を舞っていた。彼は舞台と袖の間を3回行き来した。アンコールの希望としても、スリーカードへの期待としても、ムーティへの希望としても、予期しない《運命の力》では不十分だった。
「何をまだ付け加えよというのでしょう。もう十分でしょう...。」スカラ座が彼の劇場であることを今一度示してみせ、ミラノが彼の指揮棒で魅了された街であることを再度見せてみた後は、あっさり去っていく。花を手にして五度戻った後、また喝采だ。微笑している。「みんなに挨拶しました。」確かに微笑みを浮かべて指揮台からひとりひとりにそうしているように見える。ムーティは再びスカラ座であり、スカラ座はムーティであるといった成功以外のなにものでもないようにみせようとし、非常に長く続く喝采なしには終わることがない、一晩のいつものできごとだ。12月7日の開幕のようだった。
実際は違った。楽屋での長蛇の列は別れの気持ちと悲しい喪失の想いを見せている。それはたとえ一生が数ヶ月間になろうとも、またとかもしだされることのない想いだ。Pierferdinando Casini 下院議長が現れ、palco reale の席で聴くことによって、政治的にも象徴的な意味においても明白に重要な意義を表した。そこにはミラノ市長 Gabriele Albertini と運輸相 Pietro Lunardi もいる。「私がここにいるのはマエストロと彼が表現しているものへの尊敬の気持ちからです。ムーティは偉大で、イタリア文化の誇りであり、彼に尊敬の気持ちを示すことができるのを誇りに思います。」
傷口は開き、聴衆の非常に激しい熱情は最後にやっと爆発できた。緊張と気詰まりの中、言葉にならない期待が内部で蓄えられ、最後に放たれたのである。最初は非常に短い喝采だった。平土間は、スカラ座へ別れを告げる4月2日付の辞任の手紙からまさに1ヶ月後、すでにこの素晴らしい復帰のための花火の用意ができていた。けれども、リッカルド・ムーティは変化しなかった。数秒で十分で、すぐに喝采を止めて音楽を始めた。合間にだけ受けたのは、彼に対してではなく彼の音楽に対して捧げられた喝采だ。二度舞台に呼び戻され、拍手喝采に埋めつくされた。最後の熱烈な喝采を飲み干しただけだった。
楽屋には、今日2日から Stephane Lissner にとってかわられた、退任した総裁 Mauro Meli がいて、彼はムーティのもとへ真っ先に駆けつけたひとりだった。そして、 Albertini 、Bruno Ferrante 知事、Valentina Cortese もいた。彼らは感情の高まりの中で、全体の気持ちをつかんでいた。「スカラ座のためによいことなのだから、戻ってきてきてくれることを望んでいます。」劇場には演出家でもあり舞台美術家でもある Pierlugi Pizzi 、銀行家 Giovanni Bazoli 、政治家 Umberto Veronesi もいた。即ち、ミラノそのものだった。
ミラノはムーティという自分用の薬を服用したが、次はいつになるのかわからない。「チケットがありません。」入り口の前で掲げられているプラカードの1枚は嘆いていた。これはコンピューターによって印刷されていて、指揮をしているムーティの写真付だ。これを振りかざしていた Lucio Peres は、ハイドンの《驚愕》からもスクリャービンの《神聖な詩》からも締め出された多くの人のひとりだ。 彼は、多くの人のように、ヴィットリオ・エマヌエレ・ガレリアで大画面を観るしかなかった。「このコンサートが最後だと思ったことはないといえればいいのですが...。」
新総裁と理事会の難業については新たな一連のできごとが始まろうとしているようだ。会場にいた理事たちは楽観主義に身を任せていた。「別れではなく、客演指揮者としてのデビューです。」 Fedele Confalonieri はコメントした。彼はマエストロとの連帯の気持ちを示すためにスカラ・フィルの会長を辞任した。副財団長の Bruno Ermolli はもっと明白だ。「一時的な別れだと非常に強く思いたい。スカラ座はムーティなくしてはありえないし、ムーティはスカラ座なくしてはありえません。」

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Thursday, 12 May 2005

ウォールストリートジャーナル紙の称賛

ANSA通信や Il Giorno 紙もウォールストリートジャーナル紙のマエストロ称賛記事について報じていました。
読み終わってぼ~っとフロアに立ちつくしてしまったくらいに、とてもいい記事でした。紙面の3分の1ほどを占めています。ウィーン・フィルのスカラ座公演についての記事も早く紹介しなければ、と思います。

10/05/2005 - 16:55 Apcom より
MUSICA/ IL WSJ DIFENDE MUTI, CACCIATO PER "RAGIONI BIZANTINE"
Il quotidiano tesse le lodi del maestro allontanato

2005年5月11日付 Il Giorno 紙より
E il Wall Street Journal esalta Riccardo Muti

2005-05-11 15:04 ANSA 通信より
'Grazie Maestro', WSJE difende Muti
Indiscrezioni lo vorrebbero a capo NY Philarmonic da 2009

2005年5月10日付 The Wall Street Journal 紙より
'Grazie, Maestro': What We Should Thank Muti For


WSJ紙のタイトルは、2日のウィーン・フィルのスカラ座公演で、マエストロ・ムーティの楽屋に飾られた47本のバラによっています。すなわち、ロッジョニストたち、ファンたちがマエストロがスカラ座で上演したオペラの数だけバラを贈り、その1本1本にオペラの名前を飾り、それそれのリボンに'Grazie, Maestro'と書いたことからとっています。

記事はマエストロを称賛するものです。特に、スカラ座の労働組合が辞任決議を表明した頃のUKの記事(おそらくは名前をあげているインデペンデント紙が主なもの)にはっきりと反論を示しているように感じられるくだりがありました。また、辞任に至った理由について、労働組合の辞任決議を額面どおりに労働者の不満とは受け取らず、地方政局の犠牲になったものであり、はっきりと Byzantine によるもの、権謀術数の犠牲、と書いているのが印象的でした。 もちろん、その権謀術数にはスカラ座内での主導権争いも含まれているのでしょうが。
ムーティは決して傲慢な指揮者でもきまぐれな指揮者でもない、辞任の要求をつきつけたスカラ座のオケはいずれわが身を苛むことだろう、単なる座付きオーケストラを膨大なレパートリーに適応できる輝かしいオーケストラに仕上げたのはムーティだ、スカラ座を去ることが決まって以来、有名オーケストラ、有名歌劇場がムーティにポストの提供を申し出ているが、彼は、どこかのトップに座ることによって蒙るかもしれない苦痛よりは、これまで慣れ親しんできた超一流オーケストラとの仕事を選んでいくようだ、スカラ座との別離には音楽ファンにはいいことは全く何もない、スカラ座公演の翌日の新聞がすべてを語っている、聴衆が感じていることは明白だ(感謝と強く惜しむ気持ちだ)。
こういった趣旨のことをいくつかのエピソードもあげながら書いています。

新装なったスカラ座の大きく広い、エグセクティブ・フロアのような音楽監督室について、「これがマエストロ・ムーティの楽屋です。」と驚嘆して言った人の言葉をマエストロは否定して、「マエストロ・ムーティの楽屋ではありません。スカラ座音楽監督の楽屋です。」と言ったエピソードを紹介し、かほどに控えめであり、指揮者はうぬぼれやだ、という俗説はマエストロにはあてはまらない、と書いています。
また、UKで物議をかもしたコベントガーデンでの《運命の力》のキャンセルについても、、マエストロは単なる客演指揮者として素知らぬ顔をして演奏をし、出演料を手にすればよかっただけなのにそうしなかった、信条とスカラ座音楽監督の責任からそうしたことだ、と擁護し、また、この問題におけるコベントガーデンの立ち回りのうまさも暗に示唆しています。
このことはスカラ座辞任にいたる過程でも示されていて、何の釈明もしない、無用な論争を超越している、とある意味、称賛しています。

マエストロが手紙で簡潔にスカラ座辞任を表明し、一切語らないことにはわたしは尊敬の念を禁じえません。スカラ座のオーケストラ側は、手紙ではなく直接出てきて話せ、と糾弾していましたが、当時の状況から、それがつるしあげに終わったかもしれないことは容易に想像できます。それこそ、音楽を創るということから、最も遠い状況です。
あれこれ釈明しないことについては、何よりも、指揮者というものは自分の未来をみることに忙殺され、夢中なのではないか、と思います。やりたいことがたくさんある、その実現にエネルギーを注ぎたい、それが一流の指揮者というものではないでしょうか。
もちろん、心中は想像して余りあります。ウィーン・フィルのスカラ座公演終了後の楽屋口で、ファンの熱い想いに感動して放心したかのように見えたマエストロの姿は一生忘れられません。断固、ダンテではない、と思います。


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Wednesday, 11 May 2005

Lissner 新総裁の描くスカラ座の将来

スカラ座新総裁 Lissner のインタビューがいくつかの新聞に載りました。それなりの指揮者は数シーズン先まで予定が決まっているのが当然なので、マエストロ・ムーティの後を埋めるのはむつかしそうです。

2005年5月11日付 Gazzetta del Sud 紙より
Conversazione con Stéphane Lissner, nuovo sovrintendente e direttore artistico della Scala
È già tanto se si inaugura...
Finanze al momento disastrate, ma con buone prospettive

マエストロに関わることについてはこんなふうに語っています。
《エレクトラ》を聴いたが、オーケストラは最高だ。ムーティの力によるものだ。ここまでの水準にしたのはムーティだ。何とか彼を説得して、1年か2年後にはスカラ座に戻ってオペラを振ってもらいたい。来シーズンを《コシ・ファン・トゥッテ》で開幕させるのはむつかしい。別のものにするにしても歌手の問題がある。
なお、通常は7月にスカラ座は新シーズンの発表を行いますが、当紙は秋になるのではないかと推測しています。


2005年5月11日付 la Repubblica 紙より
Ospite dagli "Amici" il nuovo sovrintendente ha parlato dei suoi progetti e dello stato del teatro dopo la bufera
Lissner: "La Scala riparte dall´orchestra e dai tecnici"
Anche gli Arcimboldi sono una risorsa
"Il teatro di Gregotti ha un´acustica ottima Voglio vedere cosa si può fare in futuro"
"Per il 7 dicembre stiamo cercando un direttore. Poi decideremo l´opera "

レプッブリカ紙もほぼ同趣旨です。《エレクトラ》で聴いたオーケストラは最高の状態にあるとほめ、アルチンボルディの音響をほめ、シーズン開幕オペラが《コシ・ファン・トゥッテ》になるかどうかはまだ確定できず、開幕の指揮者が、噂どおりハーディングやレバインであるかについても答えず、新シーズンについての記者会見は7月からずれて夏が終わってからになる模様、といった具合です。


2005年5月11日付 Corriere della Sera 紙より
IL SOVRINTENDENTE LISSNER
«Scala, basta liti Pronti a ripartire»

Corsera 紙も同じです。オーケストラの響きが美しいのは明らかで、ムーティの労力によって創り出されたもの、アルチンボルディはいい響きをもったいい劇場、開幕オペラが《コシ・ファン・トゥッテ》になるかどうかはまだ確定できないし、指揮者が見つからなければ、作品を変えるかもしれない、すでに次々シーズンも決まっているところがほとんどのヨーロッパでは、あいた指揮者や歌手を見つけるのはむつかしく、プログラムを作り上げるのは困難をきわめている、開幕指揮者としてハーディングやレバインの名前が挙がっていることについては答えず、ムーティについては2年か3年のうちに戻ってきてほしいが、とりあえず、スカラ座を鎮まらせることが第一、といったふうです。

マエストロ・ムーティについてはこれまでに何度も Lissner 新総裁が語っているように、五指にはいる重要な指揮者、スカラ座で彼に代わる人はそう容易には見つけられない、また、いつでもスカラ座に戻って振ってほしい、門はいつもあいている、といったところです。


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ウォールストリートジャーナル紙報じるスカラ座

イタリアの通信社の報道で、10日付ウォールストリートジャーナル紙がマエストロ・ムーティとウィーン・フィルのスカラ座公演をはじめ、マエストロについて記事を載せていることを知りました。印刷版を今日購入してから、記事を紹介します。

2005年5月10日付 The Wall Street Journal 紙より
"Grazie, Maestro" What We Should Thank Muti For

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Sunday, 08 May 2005

フリットリの変わらぬ支持

フィレンツェで《ドン・ジョバンニ》に出演するフリットリとデヴィアのインタビューを、今日のレプッブリカ紙でとても興味深く、楽しく読みました。ふたりとも腹蔵なく話し、レパートリーが重なっても、ふたりがカラスとテバルディになることはありえない、と語っていました。
メータと一緒に仕事をすることについてたずねた後、ムーティについてインタビュアーはたずね、短いながら、フリットリがコメントしていたので、紹介します。ムーティは音楽的に問題のある歌手にとってだけむつかしい人であり、歌手がきちんと音楽的なものを構築できれば、考えをかえる用意のある人だ、スカラ座を去ったことはイタリアの聴衆のとって大きな損失だ、とはっきり語っています。

2005年5月8日付 la Repubblica 紙より
Devia e Frittoli, le star di casa "Ormai non siamo più divine"
Le due signore della lirica, stasera impegnate nella prima del Don Giovanni, incontrano fan e appassionati a Repubblica
"Il nostro è un lavoro meraviglioso ma prima o poi finisce. Per questo è giusto avere una vita propria fuori dal teatro"
All´Arena di Verona non ho mai lavorato sono anni che dico no Ha ragione Toscanini: all´aperto si gioca a bocce

(略)
Com´è lavorare con Zubin Mehta?
Devia: «E´ talmente perfetto che ogni sua scelta non può essere discussa. Ha un gesto morbido, che accompagna e questo ci aiuta molto».
Frittoli: «E´ una persona deliziosa».
E´ vero che Muti sacrifica i cantanti?
Frittoli: «Solo quelli non musicali. Se invece vede che il cantante può costruire qualcosa, accetta di cambiare idea. Non è vero, come di solito si dice, che il Maestro considera le voci in funzione dell´orchestra . E´ un artista onesto, diretto, dice quelle cose che alcuni direttori evitano di dire per educazione. Il suo abbandono della Scala è una grande perdita per il pubblico italiano».

ズービン・メータとの共演はどうですか。
デヴィア「彼の選択はどれも、議論の余地のないくらい完璧です。彼の指揮は柔軟性に富んでいて、合わせてくれるし、とても支えてくれます。」
フリットリ「楽しい人です。」

ムーティは歌手を犠牲にしているというのは本当ですか。
フリットリ「音楽的でない歌手についてだけです。むしろ、歌手が音楽的に何か作り上げることができることがわかれば、彼は考えを変えることもあります。よく言われているように、マエストロが歌手をオーケストラの一部のように機能させようと考えている、というのは事実ではありません。誠実でまっすぐな芸術家で、他の指揮者ならば避けて言わないようなことも、正しいことを教えるために口にするような人です。彼がスカラ座を放棄したことは、イタリアの聴衆にとって大きな損失です。」

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ウィーン・フィルのスカラ座公演を前に

2日のスカラ座でのウィーン・フィル公演を前に、1日のCorsera 紙がマエストロ・ムーティのコメントを載せていました。

2005年5月1日付 Corriere della Sera 紙より
Domani al Piermarini il concerto del maestro con i Wiener
《Il mio futuro dopo la Scala anche all'Opera di Vienna》
Muti: dall'Austria tante proposte fino al 2010

「私のウィーン・フィル公演について、ミラノで大きな期待がかけられているのを知っています。非常に多くのキャンセル待ちの人々のリストに感動しています。また、ガレリアに大画面まで出てその晩の演奏会を観られるようにしてくれていることにも心を動かされました。...でも、スカラ座については何も語りたくありません。」リッカルド・ムーティは信頼を置いているウィーン・フィルとウィーンでリハーサルをしながら、静かで穏やかな口調だった。しかしながら、数日前にオーストリアの週刊誌でこう語った。「他のどんなオーケストラとであっても、スカラ座で演奏するのはきっと断ることでしょう。気持ちの上ではスカラ座へ帰るのは簡単ではないと思います。けれども、全員が仲のいい友達であるようなオーケストラと一緒に行きます。ムーティとウィーン・フィルを聴きたいとみんなが思っているという聴衆の気持ちを大切にするために、スカラ座へ行きます。」尊敬しあい、深く理解しあう関係にあり、楽友協会でのニューイヤーコンサートの他に世界中を一緒に演奏して回るようなことも含めて、数多くのコンサートを成し遂げ、ザルツブルクやウィーンでオペラを上演し、数々の録音を残し、名高い名誉も得てきた。今回のウィーン・フィルとの新たな旅行は、ウィーンを発って、ミラノ(FAI の後援)、ケルン、パリを訪れ、ウィーンへ戻るものである。
オーストリアの首都は、ムーティがスカラ座音楽監督を辞任した後、彼の第二の本拠地になるだけの必要条件をすべて備えていた。
ウィーン国立歌劇場からは、マエストロが《フィガロの結婚》を12月10日、12日、14日、16日、18日に上演するというニュースが届いた。このうち4公演はもともとはウィーン国立歌劇場音楽監督の小澤征爾が指揮台に立つ予定だった。ムーティは認める。「私はたくさんの申し出を受けています。ウィーン国立歌劇場総裁 Ioan Holender はモーツァルトのオペラの上演に私を招聘しました。彼の生誕250周年記念のためです。2010年まで提示を受けました。ウィーン・フィルともモーツァルトに捧げるツアーを予定していて、それは、ニューヨークのカーネギーホールで1週間、東京のサントリーホールで1週間です。」ザルツブルクはいつもウィーン・フィルとで、1月27日のモーツァルトの誕生日にはマラソンコンサートを行い、衛星放送でテレビ中継される。そして、いつものように夏のザルツブルクに戻って、3ヶ月間のうち、《魔笛》をグラハム・ヴィックの演出で上演する。
一方、合衆国でも指揮者の中心的存在である。4月のニューヨーク・フィルのコンサートでは、当国の批評家たちから称賛され、シカゴ響(2006年までダニエル・バレンボイムが音楽監督)の代表からも、申し出を受けた。ムーティはこうコメントする。「非常に偉大なオーケストラです。話はしましたが、まだ、計画には至っていません。一方、2006年からはニューヨーク・フィルにはまるまる1ヶ月間をさくことになっていて、特にイタリアの音楽作品に重きをおいた仕事をします。オペラ以外にも、オーケストラ音楽の文化がイタリアにはあることを知らしめることが大切だと考えています。」
でも、イタリアでは?スカラ座のほかでは?「ケルビーニ管により多くの時間をさきたいと望んでいます。30歳以下の才能ある若者から成るオーケストラで、彼らには私の経験を自由に活用してほしいと思っています。30歳から持ち続けた夢。そのときから私は世界の素晴らしいオーケストラと一緒に仕事をはじめ、偉大な演奏者たちと共演をはじめたのです。」マエストロは生まれたばかりのオーケストラと、最初の公式コンサートを6月5日にピアチェンツァで行う。このオーケストラと6月29日にはラベンナ音楽祭で、ヒンデミットの《Sancta Susanna》をコンサート形式で上演する。
ムーティはフィレンツェ五月音楽祭管との仕事も復活させる。7月4日にリビアで行われるラベンナ音楽祭の「友情の旅」コンサートだ。「かつてのあの頃に戻るのです。フィレンツェ、ロンドン、フィラデルフィアのオーケストラと私は素晴らしい関係を持ち、芸術的にも人間的にも深く理解しあっていました。」

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Saturday, 07 May 2005

旅行に行ってきました

記事ではなく、個人的なことを書きます。すみません。

4月29日、30日、5月1日はウィーンで、5月2日はミラノで、マエストロ・ムーティの指揮するウィーン・フィルの演奏会を鑑賞しました。
現地の新聞やテレビ、ラジオのニュースに毎日興味深く接していましたが、特に3日はマルペンサ空港で、2日の演奏会の模様を報じる山のような新聞記事を読むうちに、その感動的な内容に涙がとまらなくなりました。
ひとりではこのような旅行がセッティングできるはずもなく、ご尽力くださった方々にあらためて感謝申しあげます。

パソコンを持参しなかったために紹介できなかった新聞記事は、いまさらの感もありますが、追々載せていきます。

テレビ放映で興味深かったのは、ひとつはミラノに日曜日滞在するときには観逃せない、RETE4のドメニカ・コンチェルトでした。スカラ・フィルの演奏会を演奏者へのインタビューとともに放映しています。1日は深夜の再放送に間に合いましたが、亡くなったベルティーニの演奏会の放映でした。ただ、番組オープニングでマエストロの指揮姿も観られたので、ファンとしては嬉しかったです。

2日の演奏会については、TG5が当日夜遅くのニュースで10分ほどにうまくまとめて報じていました。3日朝5時半のニュースでも再放映していました。
内容は演奏会の模様、演奏会場でとったFAI 会長、Confalonieri 前スカラ・フィル会長へのインタビュー、そして驚いたのが Casini 下院議長までが聴きにきていてインタビューに応じていたことでした。

雑誌については、クリスティーナさんのインタビューの載ったヴァニティ・フェア誌イタリア版のバックナンバーをミラノで探しましたが、取り寄せに時間がかかるため、滞在中の入手はあきらめました。別のルートで入手中です。

2日のミラノでは演奏会前にもファンと話をすることができました。(マエストロは数時間前にスカラ座入りして、ウィーン・フィルとリハーサルを行っていました。)ただぼんやり楽屋口に立っていただけなのですが、視線が合うとにっこりほほえみかけてきて、チケットはあるの、どこからきたの、と会話が始まり、当夜はマエストロのファンしかいなのだなあ、とあらためて思いました。チケットのダフ屋からは買わないようにと注意してくれ、その摘発のためにカラビニエーレが大勢いる、と教えてくれました。
この演奏会のためだけに日本から来たということが非常な驚きらしく、何度も聞きなおされました。マエストロがスカラ座を去ることをとても惜しんでいました。また、日本へもスカラ座とよく訪れていることも知っていて、残念でしょう、と言われたので、10月にウィーン・フィルと来日する、と答えたら、とても羨ましがっていました。その人たちは、そのまま大画面を見るためにガレリアへ向かっていきましたが、とても温かな気持ちにさせられました。

ドイツ語もイタリア語も本当に不十分なのですが、ウィーンの聴衆の熱いスタンディングオベーション、ミラノのファンがマエストロの車を取り囲んで、ひとりひとりその想いを訴えていた姿は忘れることができず、来てよかった、とあらためて思いました。
そして、素晴らしい演奏を聴かせてくれたマエストロに、お礼をいいたいです。
Grazie di cuore, Maestro !!

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Thursday, 05 May 2005

相変わらずのインデペンデント紙

マエストロ・ムーティとウィーン・フィルの4月末から5月はじめのウィーン公演、ミラノ公演は、スカラ座新総裁の5月2日(3日?)就任と前後するだけに、たくさんの墺伊の記事をもたらしました。どれもマエストロの音楽への評価を中心に、従って、好意的にとりあげていました。少し前にニューヨーク・フィルとの演奏会を中心にとりあげたニューヨークタイムズ紙、上記墺伊の記事と相変わらず180度異なるのが、UKの新聞、具体的には、インデペンデント紙でした。
29日付の同紙記事を読んで、どうしてこのようにきれいな悪善の対立でもって激震のスカラ座を描けるのか、本当に不思議でした。ムーティの音楽嗜好は一般向けではなく退屈だし、イタリアの歌手達も彼に背を向けて国外で歌っている、オーケストラのメンバーはムーティの締め付けと長期政権に飽き飽きして息苦しさを感じていた、それにひきかえ、ムーティの仇敵フォンタナ前総裁は...といった具合で、それにゼッフィレッリの非常にわかりやすい正義の騎士のごときコメントが付加されていました。ゼッフィレッリによれば、スカラ座のオーケストラは、全くマエストロとは関わりのないところで素晴らしい実力の蓄積と光輝を得てきていたことになります。まるで虐げられてきたシンデレラ姫、といったふうです。

なお、フォンタナ前総裁だけでなく、マエストロも新しい聴衆の獲得に非常に熱心であったことを、インデペンデント紙は忘れているようです。もっとも、ゼッフィレッリがマエストロのフィレンツェの大学におけるケルビーニについての講演を冷笑したように、故意に忘れているのかもしれませんが。いずれにせよ、方法に違いがあり、もともとポピュラーな作品で若いファンを呼び込むか、知られていない作品だけれども、いろいろガイダンスを施して興味を誘うか、で、後者がマエストロのやり方です。(5日22時28分付記)

2005年4月29日付 The Independent 紙より
Drama at the world's greatest opera house
Next Tuesday, a new artistic director takes charge at Milan's world-famous opera house. It is an appointment that follows months of political rows and noisy tantrums, as Peter Popham reports

(略)
On one side was Muti, the stage Italian musical director, with his mane of uncannily gleaming jet- black hair, his temper tantrums, his acute awareness of his own genius - and, according to many, his choice of increasingly dull and obscure operas, his repellent effect on good singers (who increasingly trained and worked outside Italy), his loathing of modern staging ideas.

Muti was the darling of Albertini and the right.

On the other was the theatre's general manager and artistic director Carlo Fontana, popular with the theatre's workers. With the closure of La Scala for the refit, the company had moved to Teatro degli Arcimboldi, a modern theatre on the city's outskirts; at Fontana's insistence, and with the idea of improving its financial situation, it had also extended its repertoire to include fare well outside Muti's idea of what it was right and proper for La Scala to put on, including middlebrow foreign shows like West Side Story.

Fontana wanted to open La Scala up to a new audience uninterested in the classics of la lirica; Muti wanted his old theatre back, his old audience back, his old repertory back. In December he got the lot, and elected to reopen the place by staging the first opera ever performed there, Europa Riconosciuta by Salieri. It had never been performed again since - for excellent reasons. It was, his critics argued, a quintessential Muti choice: boring, and with no claims on the attention of a 21st-century audience.

(略)
The orchestra, however, decided it was not going to accept Fontana's sacking. First they demanded his reinstatement, then the sacking of Meli, his replacement. La Scala Philharmonic is one of Italy's finest orchestras, "the best opera orchestra in the world," according to Franco Zeffirelli, "the flesh and blood of La Scala and a very important part of the creative process. They are the crème de la crème and they expect to be treated as something more than just people on the payroll." Weeks after its glorious reopening, La Scala found itself at a crisis unparalleled in its history, with shows cancelled every other night and two new operas scrapped in their entirety.

ところが、ウィーン・フィルのスカラ座公演が終わってみれば、イタリアの新聞はマエストロを惜しむ論調にあふれ、どれも、音楽の勝利、と筆をそろえてたたえています。いったい何がスカラ座労働者たちをもってマエストロをスカラ座から追いやったのか。ただ新しい指揮者を体験してみたかっただけなのか(たとえばレバイン)。あるいは、新法王はドイツ人であり、新総裁もフランス人、何も純血と伝統にしばられる必要はない、欧州連合の象徴となろう、ということなのか。
マエストロ・アッバードに引き続きマエストロ・ムーティまで聴けなくなってしまったミラノの聴衆が、かわいそうに思えてなりませんでした。

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Lissner へのインタビュー

スカラ座新総裁 Stéphane Lissner へのインタビューが昨日のル・モンド紙、今日のレプッブリカ紙に載っていました。注目すべきは、当然のことながら、マエストロ・ムーティの出演の可能性です。レプブッリカ紙はル・モンド紙よりもそのことについて突っ込んだ答えを載せています。毎年最低1演目は出演してほしい、ムーティ次第だ、とのこと。気になるのは、2007年にパリ・オペラ座との共同制作が決まっていた《アイーダ》がどうなるか、ということです。もちろん、言及されていませんでした。

2005年5月4日付 Le Monde 紙より
Entretien avec Stéphane Lissner, surintendant et directeur artistique de l'Opéra milanais
"La Scala doit conserver son âme. Je n'imposerai pas la méthode Lissner"

2005年5月5日付 la Repubblica 紙より
"Datemi 5 anni, rivolterò la Scala"
Parla per la prima volta il nuovo sovrintendente del teatro milanese all´indomani dell´insediamento
Francese, padre russo e madre ungherese, si terrà anche la carica di direttore artistico

Il rapporto con il maestro Muti sarà delicato. Cosa pensa di proporgli?
«Molto semplice. Io considero Muti uno dei cinque direttori d´orchestra più grandi del mondo. E la Scala, attraverso il suo sovrintendente e direttore artistico, dovrà convincere i cinque direttori d´orchestra più grandi del mondo a venire a dirigere sul suo palcoscenico. Chiederò, con insistenza e affetto, al maestro Muti di scegliere un´opera all´anno, anche di più, e di venire a discuterne con me. La porta è aperta, sta a lui decidere».

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Wednesday, 04 May 2005

AP通信の報道がくれたかすかな希望

2日にスカラ座で行われたマエストロ・ムーティとウィーン・フィルの公演について、AP通信が写真入りで報じていました。その中に、スカラ座広報の女性のコメントとして、マエストロがスカラ座に戻ってまた演奏してくれることへの希望の気持ちが聴衆から感じられる、とありました。マエストロもそれを感じて戻ってきてくれるといいのですが。

THE ASSOCIATED PRESS、Tuesday, May 3, 2005
Muti returns to La Scala, conducts show

said La Scala spokeswoman Lucilla Castellari. "There was a feeling of hope that the maestro will return to conduct at La Scala," she said.

記事にもある、リズミカルな拍手によるアンコールは、パリの聴衆にはよく見られるものです。Radio France のインターネット中継ではおなじみの拍手です。しかしながら、これまでRAI RADIO3 のスカラ・フィルの演奏会のインターネット中継では聴いたことがありませんでした。スカラ座の聴衆がひとつにまとまっている、という感じ、みんながマエストロを求めている雰囲気が強く感じられる、一体感のある拍手でした。

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ミラノの聴衆の熱狂ぶり

2日のマエストロ・ムーティとウィーン・フィルのスカラ座公演でのファンの熱い気持ちについて、今日のニューヨークタイムズ紙が現地で取材したかのように思える記事を載せています。

2005年5月4日付 The New York Times 紙より
Muti Returns to La Scala, But Just for One Night

終演後、楽屋口には熱烈なファンが数十人、待っていました。記事にもあるとおり、マエストロのブルーのBMWは止まってくれ、助手席に座っているマエストロがウィンドウを開け、サインをし、握手をし、やめないで、またきて、と訴えるファンの声を聞いていました。そうやって数十分ほどとどまって、みんなが手を振る中を走り去っていきました。マエストロの目は少し赤くうるんでいました。あのようにあたたかな、そして熱いファンのストレートな気持ちをミラノで見たことは、わたしには大切な宝物です。
あとで紹介しますが、イタリアの報道にもあるとおり、ガレリアの演奏会中継会場では、マエストロ・ムーティにスカラ座をやめないでくれと訴える署名活動が行われ、彼ら(目撃したのは3人ですが)はその後楽屋口にやってきて、そこでも署名を求めていました。あの、M.L.R. すなわち、maestro le ritiri!、マエストロよ、やめるのを考え直して、という署名活動です。署名を求められ、ミラノに住んでいないが、とためらったのですが、全くかまわない、ということで、喜んで署名してきました。辞任表明直後の当初の報道では80人ほど、とのことでしたけれども、あの晩にかなりの数が集まったのではないでしょうか。署名活動をしている人と熱心なファンたちとの会話をそばで聞いていたのですが、とりあえず、マエストロが次にミラノを訪れる6月24日のミラネジアーナの折に提示したい、とのことでした。

楽屋口にいたのは、それこそ、マエストロの熱心なファンばかり(NYタイムズ紙の記述ではa group of die-hard fans)でした。スカラ・フィルをやめてしまえば、こうやって、どこか別のオーケストラとミラノへやってくるしかなく、そうなれば、アッバード同様、なかなかミラノを訪れなくなる、と語っていた人に何人かが同意していて、わたしもそのとおりだと頷いてしまいました。
ミラノに住んでいるわけでもないのにさしでがましいことはできないから、と署名のほかには何もしないでミラノを去りましたが、ファンの空気に接することができて、本当に嬉しかったです。

新聞記事によっては、マエストロの家族全員がきていたとのことでしたが、夫人のクリスティーナさんと長女のキアラさんは見かけました。去っていく車の中から身を乗り出してファンのほうを見ていたクリスティーナさんに、胸が熱くなりました。ミラノをマエストロが去ることの意味を、あらためて思いました。

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Friday, 29 April 2005

the tour in britain, cancelled

from the new york times ,29-04-2005

the tour in britain by the scala philharmonic orchestra in coming may has been cancelled because of being impossible to find a conductor replacing maestro riccardo muti.

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Tuesday, 26 April 2005

ジェルメッティの申し出

ローマ歌劇場音楽監督ジェルメッティが、来シーズン開幕の指揮をマエストロ・ムーティに譲る用意があると、昨日のメッサジェーロ紙で語っていました。ムーティのように得がたい指揮者をイタリアが放棄するのは馬鹿げているとここでも話しています。スカラ座労働組合がマエストロの辞任要求をうちだしたときにも、Corsera 紙にマエストロを支持する手紙を寄せていました。
記事によれば、ジェルメッティは12月に夫人が出産を控えているそうで、そのための時間をとるつもりもあるのかもしれません。

2005年4月25日付 il Messaggero 紙より
《All'Opera, maestro Muti》

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Sunday, 24 April 2005

ミラノ来演についてのロッジョーネの反応

昨日のCorsera 紙に、マエストロ・ムーティの5月2日のスカラ座来演を待つ主要ロッジョーネのコメントが載っていました。
総じて非常に好意的で、今回、スカラ座労働組合側に立って終始積極的に活動を展開したロッジョーネのLiberi loggionisti (代表がマエストロ・アッバードのファンクラブCAIにも主要な立場で関わっていて、その主張を新聞の投稿欄やインタビュー記事で読むのは、わたしにとっては非常に苦痛であり、複雑な思いのするものでした)も、格別、反対するキャンペーンは考えていないようです。

Amici del Loggione がマエストロのために47本のバラを用意して歓迎の気持ちを表すことは、昨日のレプッブリカ紙でも報道されていました。47本のバラそれぞれに、そのときのチケットが上演演目とともに結び付けられているそうです。彼らの望みはマエストロが時々はミラノに戻ってきてくれることです。アッバードのときのようなことはあってほしくない、新総裁 Lissner なら間をとりもってくれるだろう、と希望を述べています。

Amici della Scala は Lissner 新総裁には自由にやってもらう、ムーティは再びもっとスカラ座に戻ってくるべきだが、たとえそうだとしても、そのことは誰にとっても強制されるようなものではない、と語っています。

Liberi loggionisti も Lissner 新総裁には好意的で、ムーティは5月2日には歓迎されるだろうし、拍手喝采を浴びるだろう、と語っています。さらに、新総裁はムーティを招こうとするだろうが、ムーティが承諾するのは困難だろう、少し年数がかかるだろう、と語っています。

2005年4月23日付 Corriere della Sera 紙より
I LOGGIONISTI
«Lissner faccia tornare il maestro»
E l’associazione che aveva contestato il direttore: lo applaudiremo anche noi

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Saturday, 23 April 2005

マエストロもミラノの聴衆に会えるのを待っている

今日のCorsera紙に、5月2日にミラノを訪れる予定のマエストロ・ムーティの短いコメントが載っていました。

新しい総裁も決まって、新たな旅立ちにわいているスカラ座に戻るような状況であるとしても、ミラノの聴衆に再び会えるのは嬉しい。いろいろあったといっても、スカラ座は私が深く愛し、20年近く仕事をしてきたところなのだから。

«Anche se il mio ritorno alla Scala avverrà in una circostanza che sarà piena di emozioni nuove, sono felice di incontrare ancora una volta il pubblico di Milano in un teatro che comunque amo profondamente. Qui, del resto, ho trascorso quasi vent’anni della mia vita a lavorare»

マエストロは4月25日にウィーンでウィーン・フィルとリハーサルを開始し、公演を行ったあと、5月2日にミラノを訪れます。

なお、マエストロが次にミラノに登場するのは、6月24日になりそうです。
マエストロの音楽についての本を出した哲学者 Giovanni Reale と、 l’edizione 2005 de «La milanesiana» 開会を祝って、音楽と哲学について話しあうの予定とのことです。

Del resto, il 24 giugno con Giovanni Reale inaugurerà l’edizione 2005 de «La milanesiana» e in quell’occasione si discuterà di musica e filosofia.


2005年4月23日付 Corriere della Sera 紙より
«Anche se il mio ritorno alla Scala avverrà in una ...

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