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venerdì 7 gennaio 2011

マエストロのピアノの師

マエストロ・ムーティが自叙伝で深い敬意を捧げているVitaleについてのサイトがあり、亡くなった頃の記事が少し読めます。

Centro Studi Pianistici Vincenzo Vitale

http://www.centrostudivincenzovitale.org/ita

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martedì 26 dicembre 2006

ミラノ音楽院時代の写真

マエストロ・ムーティのサイトに、著名人や知人たちなどと一緒の写真が載っています。

Riccardo Muti e gli ospiti
http://www.riccardomuti.com/Immagini_Visualizza.aspx

その中の1枚、法王Papa Paolo VI - Giovan Battista Montiniとの写真は、おそらく、マエストロがミラノ音楽院の学生だった頃のものです。
同音楽院に関する本の中の、学生生活のページ(Essere studenti al Coservatorio di Milano)に記述があります。この本には以前にも紹介したように、マエストロがオーケストラの前に立って、ソリストとともに歓呼を受けている写真も載っています。

1965年3月29日にローマを訪れて、法王に謁見したマエストロと音楽院のオーケストラ・合唱団(同音楽院の生徒と教師との代表から成っていました)は、アレッサンドロ・スカルラッティのCredo Concertatoを演奏しています。

Milano e il suo Coservatorio 1808-2002
Skira, 2003

なお、この本によれば、上記と同じ編成のオーケストラ、合唱団が1965年2月16日にLuganoを訪れ、Teatro Apolloでチマローザ、ケルビーニ、モンテヴェルディ、アレッサンドロ・スカルラッティの作品を演奏しています。マエストロの関心がその頃からどこにあるのかが、とてもよくわかって、興味深いです。

また、数年前にトラサルディが著名人にミラノのゆかりの場所をたずね、それがポストカードになったことがあります。
マエストロが選んだのは、ミラノ音楽院の中庭でした。そこはこの本にも大きな写真が見開きページで載っています。

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lunedì 25 dicembre 2006

マエストロのピアノの先生

マエストロ・ムーティのサイトで、マエストロのナポリ音楽院時代のピアノの先生、Vincenzo Vitaleとマエストロが歓談している写真が観られるのは、とても嬉しいことです。

マエストロはいくつかのインタビューで、偉大なピアノの一派としてのナポリ派は、リストのライバルだったタルベルクThalberg(ナポリに埋葬されています)に遡り、自分の師であるVitaleは、タルベルクの弟子を師に持っていた、と語っています。

また、ヴィッラ・コムナーレという市の中心にある公園を訪れると、最初に目に入ってくるのがタルベルクの像で、ナポリの人たちはこのことをとても誇りにしている、とも話しています。

《見出されたエウロパ》のレクチャーコンサートでピアノを弾いているマエストロの姿には、心から感嘆します。これまでにも、プライベート映像でピアノの前に座るマエストロを観たことがありますが、同作品の嵐の部分をこんなふうに聴けるとは思ってもみず、ホームページができて本当に嬉しいです。

http://www.riccardomuti.com/homepage.aspx

Conductors in Conversation
Robert Chesterman
Robson Books Ltd, 1990

Buddismo e Società n.87 luglio agosto 2001
Intervista a Riccardo Muti: direttore d'orchestra
Musica, canto del mondo

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domenica 3 dicembre 2006

ナポリ音楽院の頃

マエストロ・ムーティがケルビーニ管と11月27日にナポリを訪れるにあたって、26日の記事でナポリ音楽院の頃の話が少し報じられていました。

記事に登場するマエストロの同窓生Massimo Bertucciは現在ナポリ音楽院のピアノの教授で、先日紹介しましたが、マエストロの前でマルトゥッチを弾いたのは彼の生徒です。Bertucciの子供はナポリのサン・カルロ歌劇場のチェロ奏者を務め、孫(祖父と同じ名前)は同劇場の《ファルスタッフ》(タイトルロールはマエストリ)に出演する予定だそうです。

なお、Vittorio Emanuele 高校のサイトでは、その歴史の中にマエストロの名前(Roberto De Simoneも生徒でした)も登場します。

http://www.liceovittorioemanuele.it/storia.html

2006年11月26日 Il Mattino 紙
TRA SAN CARLO E SAN PIETRO A MAJELLA
Per Muti festa in conservatorio
Domani il concerto per i duecento anni della Provincia con l’orchestra Cherubini.
Incontro con gli studenti nel segno di Vitale e di Martucci

2006年12月2日 Il Mattino 紙
E il figlio di un corista gioca a scacchi con sir John

「マルトゥッチは第一級の作曲家ですが、不当にもほとんど注目されていませんでした。」と彼についてムーティは言った。そして説明した。「マエストロVitaleは、マルトゥッチが重要であることを理解させてくれました。当時は私がナポリで音楽の研鑽を積んでいた頃で、午前中はVittorio Emanuele 高校に通って講義を受け、午後はSan Pietro a Majella 、ナポリ音楽院のVitale講座に通っていました。」Massimo BertucciはVincenzo Vitaleの生徒だったが、次のように語った。「ムーティのVitaleとの最初のレッスンをまた思い出します。1958年のことで、ムーティはバーリ音楽院で第五年の修了証書を手にした後、ナポリにやってきました。Vitale先生はムーティに何か弾くように求め、彼はシューマンの《ウィーンの謝肉祭》を演奏し始めました。しばらくしてVitaleは彼を止め、こう言いました。『オーケストラ指揮者のように演奏していますね』」預言者のような言葉は、実証されている。たとえピアノが、ムーティの音楽的陶冶の中心として残っているとしても、である。

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lunedì 27 giugno 2005

マルタ出身の同窓生

7月9日にマルタでケルビーニ管とマエストロ・ムーティは演奏会を行いますが、今日のマルタの新聞で、マエストロのミラノ音楽院時代を知っているマルタ出身の女性バイオリン奏者が、当時のことを語っています。

2005年6月27日付 The Times of Malta 紙より
Italian expert perfecting sound for Muti concert

マエストロ・ムーティの完璧性の追求については、引退したマルタの Gzira 出身のバイオリン奏者 Simonide Chapelle Paleologo も回想する。彼女はマエストロ同様ミラノ音楽院に通い、指揮者として彼が出世しはじめる最初の頃を目撃した。

Chapelle Paleologo はマエストロ・ムーティが一人で行動し、まじめで、きちょうめんで、気難しく、18にしてすでに激しい性格だったことを思い出す、と言った。

彼女はマルタを1954年の12歳で離れ、ミラノのヴェルディ音楽院でバイオリンの10年コースをとり、フィレンツェのケルビーニ音楽院で勉強し、10年前にマルタに戻った。

彼女はその若者にミラノで勉強しているときに会った。それは1960年代で、彼は当時のヴェルディ音楽院長 Jacopo Napoli によってナポリから連れてこられた。

彼らは10代の終わりで、マエストロ・ムーティは既に素晴らしいピアニストで、たくさんのすぐれたイタリア人ピアニストの師であるVincenzo Vitaleの教授をうけて、ピアノの学位を持っていた。ミラノでは彼はBruno Bettinelli に作曲を、当時スカラ座の指揮者として有名だった Antonino Votto に指揮を習い始めていた。

マルタ出身のバイオリン奏者もミラノ音楽院で、マエストロVottoによる同じオーケストラ演奏のレッスンを毎週受けていた。学生としてもオーケストラの奏者としても、「わくわくするような体験」だったと彼女は振り返った。

オペラの世界の知識を築き上げることができるように、マエストロ・ムーティはソプラノのMaria Carboneのクラスでピアノ伴奏をしていた。彼女は当時、音楽院で教えていたのである。その生徒の中にはCristina Mazzavillaniもいて、後にマエストロ・ムーティの妻になった。

「1963年に私のバイオリンの先生がリッカルドに、学校のコンサートで上級課程の生徒たちの伴奏をするよう、頼みました。わたしはメンバーのひとりでした。そのとき自分たちの作品を演奏して一緒にすごした時間のことは、決して忘れないでしょう。」

「彼の様式化された取り組みにおける正確さと、誤りをただすときの終わりのない忍耐強さ、わずかな欠点でも改良しようとするときの際限のない辛抱強さは、当時すでに存在していました。彼の唯一の目的は完璧であることでした。」

「学生だった私たちはお金に余裕がなく、しばしば音楽院の近くのミルクスタンドで一緒に、そこの安い食事で一日を終えていました。目玉焼きです。」

マエストロ・ムーティが1967年にカンテッリ指揮者コンクールで優勝したときには、「それが彼の将来有望な、輝かしいキャリアの始まりであることがわかりました。それは現在の彼にふさわしいものです。」

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giovedì 17 febbraio 2005

ミラノ音楽院とマエストロ

ミラノ音楽院の歴史を扱った本の中で、マエストロ・ムーティが音楽院の先生と生徒から成るオーケストラを指揮したことが少し触れられていました。

Milano e il suo Conservatorio 1808-2002

3月にスカラ座で上演するオペラ《Il dissoluto assolto》の作曲家Azio Corghi が、l'opera誌2004年11月号別冊のインタビューで、ミラノ音楽院でのマエストロ・ムーティとの出会いについても少し語っていました。「...私の弟子でもあり、作品の初演もしてくれています。ずっと昔からの知り合いで互いに深く尊敬しあっています。私はトリノから、彼はナポリからやってきてブルーノ・ベッティネッリのクラスで知り合いました。6年間共に学び、一緒に成長しました。」
コルギが語るその初演も、本の中に記述がありました。

1963年6月13日 ヴェルディ・ホール
ショパン ピアノ協奏曲第二番
      ピアノ Maria Luisa Caprara
写真が掲載されています。細身の白皙の美青年が指揮台から客席を振り返ってピアニストとともに喝采を受けているシーンです。

1964年5月27日
Azio Corghi : Adagio
3人の作曲家が指導するクラスの作品の発表会で、コルギの作品は弦楽器のためのものです。

1965年2月16日 アポロ劇場、ルガーノ
Cimarosa
Cherubini
Monteverdi
A. Scarlatti

1965年3月29日
音楽院のオーケストラは法王パオロ6世の謁見を受けました。
Alessandoro Scarlatti : il Credo Concertato

1966年3月26日
l'orchestra dell'Angelicum を指揮。

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