Wednesday, 09 July 2008
Opera Chicさんのブログで、フランチェスコさんが建築デザイン事務所のサイトを開いたことを知りました。
教えてくださって、ありがとうございます。
Nuovo Studio
http://www.nuovostudio.com/
Opera chic
2008年7月8日
Francesco Muti: Keeping the Hawtness in the Muti Clan
http://operachic.typepad.com/opera_chic/
2008年6月28日 Corriere della Sera
Francesco Muti 37 anni Così esprimo la mia creatività ma faccio anche l'imprenditore
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Friday, 04 July 2008
キアラさんは、14日にピアニストのDavid Frayと結婚すると自ら語っています。
彼女によると、マエストロ・ムーティは結婚の話を聞かされて、衝撃を受けた様子だったけれども、Frayを音楽家として称賛し、大きな敬意を払っているため、喜んでくれた、とのことです。結婚する二人が知り合う前から、マエストロはFrayを共演者として望んできた、と彼女は付け加えています。
キアラさんは、マエストロは彼女の恋人のことをいつも気にしていた、と普通の父親らしいところを披露しています。
どうか、末長くお幸せに。
Vanity Fair 2008年6月4日号
Lezioni di Piano
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Wednesday, 11 June 2008
キアラさんは、7月14日にピアニストのDavid Frayと結婚するそうです。
キアラさんはラベンナ音楽祭で22日に、マエストロ・ムーティとはじめて共演します。
結婚式はラベンナのSant'Agata教会で行われます。マエストロも、そして、クリスティナさんのお父さんもそこで結婚式を挙げているそうです。
マエストロの感動や如何に...。
おめでとうございます。
プライベートなことではありますが、ラベンナにカードを出しました。
Vanity Fair 2008年6月4日号
Lezioni di Piano
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Tuesday, 06 May 2008
シカゴの新聞が、指揮台を降りた素顔(?)のマエストロ・ムーティを少し紹介しています。
お気に入りのイタリアン・レストランは?
Favorite restaurants: among them, San Pietro in New York and Spiaggia in Chicago
ユーモアについては、マエストロは、そのとおり、いつも茶目っけたっぷりです。
Sense of humor: Wicked
豊かで黒々とした頭髪は羨望の的...でも、とてもきれいに歳相応の色もまじっています。
Style: His thick, wavy, dark locks are envied by all.
お気に入りのチームは、もちろん、ナポリ!
Favorite team: Naples -- yep, that kind of football.
Chicago Sun-Times 2008年5月6日
Riccardo Muti, Off the podium
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Friday, 02 May 2008
マエストロ・ムーティは、既に紹介したように、昨年夏、8月26日にオーストリアでGlobArt2007を受賞しました。
そして、同日、ワッハウも訪れています。
メルクが印象深いワッハウですが、マエストロは同じ渓谷にあるクレムスの修道院、Gottweigを訪れ、図書室で音楽の貴重な本を閲覧しています。
そのときの素敵な写真の数々が、修道院のサイトに載っています。
写真はひとつひとつ、クリックして観ることができます。
Weltstar im Weltkulturerbe - Riccardo Muti in Göttweig
http://www.stiftgoettweig.or.at/site/article_list.siteswift?so=site_article_list&do=site_article_list&c=gotopage&d=6
http://www.stiftgoettweig.or.at/content/site/de/home/galerie/gallery/37.html
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Monday, 21 April 2008
これまでに、クリスティーナさんの長いインタビューを随分読んできました。
中にはドキッとするようなものもありましたが、イタリアの最近の女性誌に載った記事には、クリスティーナさんの笑顔の写真が何枚もあって、40年にもわたるマエストロ・ムーティとのパートナーシップがどれほど素晴らしいものかが、感じられます。
歌手としての輝かしい将来を約束されていたのに、クリスティナさんは歌手の道を選びませんでした。そのことをこう語っています。
「私は、南イタリアの気性を持った男性に恋をしたのでした。彼は、あるところで妻が歌っている一方で、自分は別のところで指揮をしているというようなことを、受け入れる人ではありませんでした。私は、自分の明るさで、このように融通がきかず、とても悲観的、厭世的で、音楽にすっかり没頭している男性を助けることができると思ったのです。さらに、そのとびぬけた才能をはっきり認識していましたし、彼に煩わしい思いをさせることなく、むしろ献身的になることのほうを好ましく思いました。3人の子供を産んで見守って育て、もはや、歌うことも演奏することも考えませんでした。」
まさしく、マエストロには明るく朗らかな気持で!ですね。
(記事の趣旨のひとつが、ラベンナ音楽祭をより広く知ってもらうことにあるのは当然ですが。)
DIVA 2008年4月8日号
Cristina Mazzavillani Muti
Sulle note dell'amicizia
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Saturday, 22 March 2008
モルフェッタで復活祭の休暇を過ごし、Processioneを見ている最中のマエストロの横顔の写真が、今日の南イタリアの新聞第一面に載りました。
2008年3月22日 Corriere del Mezzogiorno
Muti, Pasqua con i riti nella sua Molfetta
マエストロが見ていたProcessioneの写真30枚強が、モルフェッタのニュース・サイトに載っています。
また、葬送行進曲も全曲聴けます(バッファに時間がかかりますが...)。
Le Marce Funebri
http://www.molfettalive.it/molfettalive/img/santa.htm
Un volto noto tra i fedeli del Venerdì Santo. Le immagini dei Misteri
http://molfettalive.it/mediacenter/gallery.aspx?m=459
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もちろん今年もモルフェッタで復活祭を過ごしているマエストロ・ムーティが、聖金曜日のProcessioneを見学していたことが報じられています。楽団の指揮者が、当然のことながら気づかないはずがなく、マエストロに挨拶し、それに続いて人々が殺到してきたことが記事になっています。サイン、写真、握手...。
マエストロはさぞ困惑したことでしょう。大切なProcessioneは見ることができたのでしょうか。でも、地元モルフェッタ出身の名誉ある人であり、そして、イタリア、世界の大指揮者なのですから、仕方がないのかもしれませんけれども...。
2008年3月22日 Molfetta live
Un volto noto tra i fedeli del Venerdì Santo. Le immagini dei Misteri
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マエストロ・ムーティは、モルフェッタで聖週間Settimana Santaを過ごし、Processioniを聖金曜日から観ているかもしれません。
自分のルーツを大切にし、見失わないマエストロを通じて、南イタリアと地中海への憧憬をますます強めています。
キアラさんが『山猫』を舞台化した上演でアンジェリカを演じることは紹介しましたが、短いインタビューがナポリの新聞に載っていました。
南部を描いた作品において、南部を体現化しているともいえるアンジェリカを演じることについても、答えています。
とても素敵な、そして、強いつながりを持った父と娘です。
パレルモのテアトロ・マッシモで、このオラトリオ版は3月20日に上演されています。
http://www.teatromassimo.it/stagione/c03DesideriMortali.html
2008年3月17日 Il Mattino
«Io e Angelica tra i fantasmi del Gattopardo» L’attrice in «Desideri mortali» di Cappuccio in scena a Palermo per i cinquant’anni del romanzo «Il Sud rappresenta le mie radici»
わたしは北イタリアで育ちました。けれども、父、リッカルド・ムーティのおかげで、そして、彼が地中海文化と非常に深いつながりを持っているおかげで、南イタリアのことはわかります。祖父についての思い出、ナポリとモルフェッタで過ごした復活祭休暇の思い出、うっとりさせられる世界、哀愁の感じられる世界の思い出があります。南イタリアを、もともと気質としてからだの中に持っているようなものです。
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Wednesday, 19 March 2008
マエストロ・ムーティは、おそらく復活祭の休暇をプーリアで過ごしていることと思いますが、キアラさんの公演を観に、スルモーナ(美しいアブルッツォ州にあります)を訪れたことが記事になっています。ボックス席の中のマエストロのカラー写真付(こういうプライベートな写真をオーケーするマエストロは珍しいかな?)。
マエストロ・ムーティとはオペラの演出で共演しているRuggero Cappuccioが、ランペドゥーサの『山猫』を舞台化していて、キアラさんはアンジェリカを演じていますが、17日にはスルモーナで公演がありました。
http://www.rete5.tv/index.php?option=com_content&task=view&id=10503&Itemid=109
マエストロはその公演を観劇しています。
記事によれば、マエストロがスルモーナを訪れたのははじめて。
アブルッツォ州には過去、次の公演で訪れているとのこと。
1996年9月にはペスカーラを旅行で訪れていて、それは、Società Barattelli dell’Aquila でのオーケストラ公演を前にしてのもの。
2001年にはteatro Marrucino di Chietiのオーケストラを指揮。
マエストロがいい復活祭の休暇を過ごして、ニューヨーク・フィルでまた素晴らしい演奏を聴かせてくれますように。
2008年3月18日 Il Centro
Riccardo Muti a Sulmona per la figlia Chiara
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Tuesday, 18 March 2008
『山猫』出版50周年を記念して、小説の舞台ともなっているパレルモで『山猫』が上演されることになり、キアラさんがアンジェリカを演じることが報じられています。演出はRuggero Cappuccio 。
夜にまた紹介します。
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Monday, 31 December 2007
12月をケルビーニ管とのオペラ・コンサートで密に過ごしたマエストロ・ムーティは、アフリカでの休暇に向けて、1月1日にクリスティナさんとともに出発するそうです。
モーリシャスの海と夜空の美しさにはとても憧れますが、また、モーリシャスでしょうか。
ゆっくり休んで、2008年の充実した音楽年にお備えくださいますように。
2007年12月31日 Il Resto del Carlino
Il Capodano dei VIP
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Wednesday, 28 November 2007
クリスティナさんのインタビューの載ったCorsera紙系の雑誌を読みました。今年のラベンナ音楽祭を前にしてのインタビューです。
彼女の若い頃の写真も何枚か載っています。10代半ば、ガールスカウト時代のクリスティナさんの写真は、一瞬、キアラさんかと思ってしまったほどでした。キアラさんは父親似かと思っていましたが、やはり母娘です。
また、ミラノ音楽院時代に、マエストロ・ムーティがピアノで伴奏し、クリスティナさんが歌っている写真も載っています。
io donna 2007年5月26日号
E' successo
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Tuesday, 20 November 2007
マエストロ・ムーティの長男で建築家のフランチェスコさんに19日、お子さんが誕生しました(ミラノ)。
マエストロにとってははじめてのお孫さんで、名前はリッカルドとつけられました。
おめでとうございます、マエストロ!!!
2007年11月19日 ANSA
Riccardo Muti nonno per prima volta
http://www.ansa.it/site/notizie/awnplus/musica/news/2007-11-19_119149670.html
(間に合わないかもしれませんが、EMSでウィーンにカードを出すことにしました)
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Monday, 19 November 2007
マエストロ・ムーティの息子さんに、数日中にお子さんが誕生する予定だそうです。
おめでとうございます!
どうか、無事、出産なさいますように。
2007年11月19日 Liberta'
Con Muti un grandioso Pergolesi
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Wednesday, 03 October 2007
マエストロ・ムーティが、ある指揮棒製作者による指揮棒をツアー前のシカゴ響のコンサートで試験的に使用し、気に入った、という話が、音楽ライターのブログで紹介されています。14.5インチぐらいの長さのものが好みのようです。
打者のバット同様、長さや材質、重さなど、指揮棒についてマエストロにたずねてみたいとずっと長い間思っていることが、たくさんあります。
Northwest Reverb
2007年10月2日 Pierce batons in the hands of Riccardo Muti
http://northwestreverb.blogspot.com/
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Saturday, 29 September 2007
クリスティナさんがモルフェッタの地方誌の9月号に手紙を寄せ、モルフェッタの環境と美観が損ねられている現況を嘆いています。
地方誌Quindici誌は、ここ数ヶ月、モルフェッタの環境・美観問題のキャンペーンを張っています。その一環として、マエストロ・ムーティともども家族で7月の末に夏のバカンスをモルフェッタで過ごしたクリスティナさんが、寄稿した、というものです。
クリスティナさんは1960年代終わりに、マエストロとの婚約に際して両親とモルフェッタを訪れてマエストロの両親と会って以来、同地を愛していて、その太陽、そして素晴らしい海の青さに完全に魅せられているとのこと。
同誌の編集長は、以前にも彼の記事をここで紹介(訳が途中ですが)しましたが、南イタリアの新聞に、マエストロがモルフェッタからスカラ座へ飛翔した記事を書いた記者Felice de Sanctisです。
2007年9月29日 Corriere del Mezzogiorno
La signora Muti: mamma mia quanto è sporca Molfetta
«Molfetta sporca e puzzolente, che delusione»
Una regista romagnola innamorata della Puglia
La polemica LA DENUNCIA DI «QUINDICI»
Quindici
http://www.quindici-molfetta.it/default.aspx#
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Monday, 27 August 2007
パンテレッリアのニュースを扱うサイトでも、マエストロ・ムーティ夫妻がロバを育てることが報じられています。
2007年8月25日 Pantelleria Internet
IL MAESTRO MUTI E SUA MOGLIE CRISTINA ADOTTERANNO UN ASINO DI PANTELLERIA
http://www.pantelleria.com/news/lista_news.asp?NEWS_ID=1099
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マエストロ・ムーティ夫妻がパンテレッリアでロバを育てることになったニュースを調べていて、同ニュース発信元のトラーパニ関連で、復活祭の行進のサイトがあるのに気づきました。
いろいろページを繰っていたところ、マエストロが2006年にモルフェッタを訪れたときの写真を見つけました。マエストロは毎年必ず訪れているとよく報じられていますが、写真も見られて嬉しいです。
La Processione dei Misteri
IL MAESTRO RICCARDO MUTI ALLA PROCESSIONE DEL SABATO SANTO DI MOLFETTA ( BA )
http://www.processionemisteritp.it/confraternite/Riccardo%20Muti%20a%20Molfetta.htm
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Saturday, 25 August 2007
マエストロ・ムーティ夫妻がパンテレッリアでロバを育てることになったニュースを、南イタリアの新聞が詳しく報じていました。
公式に委ねられたのは、昨日、マエストロ夫妻が同島に到着してすぐのことで、l'Azienda regionale foreste demaniali の総監督官Antonino Collettiは、マエストロはもう同島の住民も同然で、ロバを育てることを依頼できるのを嬉しく思う、と語っています。
母親ロバと、生まれてくる子供のロバの飼育がマエストロ夫妻に委ねられます。パンテレッリア原産のロバで、他の4頭はそのための協会に委ねられ、旅行者が自然の中で見られるような形で飼育されているそうです。
それほど、種を護って育てていくことが重要なロバで、マエストロ夫妻の要望に応じたものとはいえ、大きな名誉と責任のある飼育になることが記事から伺われます。
ロバというと、アニメ《母をたずねて三千里》でマルコが旅をともにしたロシナンテや、アニメ《ペリーヌ物語》に登場したパリカールなどが、深い感動とともに思い出されます(Wikipediaを書いた人達もそれに触れています)。あの我慢強さとやさしい瞳!
マエストロの心の慰めと新たな希望がまたできたようで、とても嬉しいです。
2007年8月25日 Gazzetta del Sud 紙
Pantelleria D'accordo con la moglie, hanno già scelto i nomi: una si chiamerà "Lelliot"
Nel suo dammuso Muti "adotta" coppia di asini
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マエストロ・ムーティはパンテレッリアに別荘を持っていますが(雑誌に写真が載っていたのを見たことがありますけれども、現地の伝統的な家屋Dammusiの外観を持っています)、マエストロ夫妻は、国営の森林企業から母親ロバを5年間無償で借り受けることになりました。クリスティナさんによれば、ザルツブルク音楽祭で演奏した《レリオ》にちなんで、上演へのオマージュから、Lelliotと名づけたとのこと。また、この種にはシチリア種的なところがたくさんあり、強く、誠実だと語っています。
マエストロのラベンナの自宅には、お子さん達が幼かった頃、たくさんの動物が飼われていたことがありますし、おそらく、今も、ボクサー犬が何匹かいるのではないかと思います。
2007年8月24日 ANSA通信
Muti adotta asini di Pantelleria
Affidati per 5 anni in comodato gratuito
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Monday, 28 May 2007
《ドン・カランドリーノの帰還》の公演については、イタリアの主要新聞だけでなく、ザルツブルクの文化新聞やAPA、ドイツのクラシックラジオ番組でもじっくり批評しています。
もちろん、ここで紹介していくつもりですが、実は、ドキドキしながら読んだのは、26日のCorsera紙に載ったクリスティーナさんのインタビューでした。こういう感じのインタビューを読むのは、たぶん、3~4回目だと思いますが、そのたびに、胸が破裂しそうな想いをしてきました。
今回は、ラベンナ音楽祭との共同制作となるオペラを6月にローマで演出するにあたって、とられたインタビューで、マエストロ、あるいは、マエストロの傍らにいる人間としての自分についても語っています。
3人の子供達はマエストロと全く同じ気質で、4人のムーティ、と呼んでいる、とのこと。すなわち、やさしくて、厳格。マエストロについては、厳格であるとは、統制を重んじる厳しさ、というよりは、満足することをしないという意味での厳しさ、自分への厳しさであり、ほどほどのところ、ということを知らず、ある意味、謙虚な人、と語っています。
2007年5月26日 Corriere della Sera 紙
CASA MUTI
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Sunday, 13 May 2007
モルフェッタの雑誌に載ったマエストロ・ムーティのモルフェッタ時代を振り返った記事とお父さんの追悼記事を、同誌の編集部がメールで送信してくれました。写真も鮮明で、その厚意に心から感謝しました。
マエストロの記事は、今、ここで途中まで訳しているLa Gazzetta del Mezzogiorno紙記事の内容と似ていて、マエストロのバイオリンの先生が回想しています。1952年5月15日にマエストロがバイオリンを弾いて「デビュー」し、新聞の記事になったことと、後に先生がラベンナ音楽祭でのマエストロの演奏を聴きに行った折のことが載っています。
1992年9月に亡くなったマエストロのお父さん、Dottor Mutiの追悼記事は、その写真(マエストロと目元やあごのあたりがそっくり)とともに、葬儀の様子などを書いています。
時間を見て紹介していきます。
l'altra Molfetta
http://www.laltramolfetta.it/
インターネットでこのように古い記事が瞬時に読めるようになったといっても、それでも、やはり、現地の図書館などで探したり、関係者に照会しなければわからないことが多々あり、フィラデルフィアの図書館や古書店ではじめてうろうろしまわったときの気持、国際返信用切手を同封してあちらこちらに手紙を出していた頃の気持は、いつまでも忘れられません。
(先日、映画《ロッキー・ザ・ファイナル》を観て、マエストロの演奏を聴きにフィラデルフィアへ行き、フィラデルフィア美術館を訪れては、あの階段を昇りきったところからダウンタウンの方を見やって感激にひたっていたことを、思い出しました。)
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Wednesday, 09 May 2007
南イタリアの新聞に載った、マエストロ・ムーティのモルフェッタ時代を扱った記事の続きを紹介します。
嬉しいことに、昨日ここで書いた、モルフェッタの雑誌が入手できそうです。マエストロの記事が手にはいりましたら、また、紹介します。
1987年1月10日 La Gazzetta del Mezzogiorno 紙
Felice de Sanctis
» Riccardo Muti da Molfetta alla Scala. Bacchette sulle mani del gran maestro «
そういうわけで、運命の前触れには欠かないが、リッカルドはそう思わない。ムーティはl'Espresso誌にこう語った。「私がこのキャリアにたどりついたのは、ある種の音楽一家、あるいはある種の軍人家族がそうであるように、指揮者にならせようという考えのもとに育てられたからではありません。そこでは、父親は一般的に、楽隊の幼年兵たちをすぐに息子の支配下においています。私の家族は、音楽の勉強を文化行為として奨励したのであり、職業とする見込みのもとで奨励したのではありませんでした。モルフェッタの音楽隊の指揮者になる可能性はどうだったでしょうか。いいえ、私は高校の素晴らしい卒業証書を得なければならなかったのでした。その後で、可能性が検討されれればいいのではないか、といったふうでした。」
そのために、普通の生活が続き、父方の祖父の助言で、Manzoni小学校に通っていた。Donato先生は「昔風の紳士で慈父のような先生だけれども、厳格で、必要なときには甥のリッカルドについても、他の者たちへと同じく、手のひらへのむちを惜しむことはありませんでした。」同じクラスだったGiuseppe Mastropasquaは回想している。
学校に通うようになって、リッカルドはバイオリンをやめてピアノに専念し、Maria De Judicibus教授のレッスンに行っている。彼を鍛錬し、その才能を見抜いた最初の人である。
自分に厳しく、少年が自然に持つような欲望をコントロールするほどで、エピクロス主義のような享楽を許すことはほとんどなかった。練習部屋では練習の鬼だが、その時、音楽の女神をたたえるために、ピアノの鍵盤をやさしく、あるいは激しくたたくことをしながら、瞳は爛々と光輝いている。
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Friday, 04 May 2007
南イタリアの新聞に載った、マエストロのモルフェッタ時代を追った記事の続きを紹介します。
幼いマエストロがバイオリンを弾いている写真は、別のところでも紹介しました。
この写真をはじめてインターネットで見たときの驚き、嬉しさは、言葉では言い尽くせません。こんなにきりっとした少年だったとは、とため息。
Gigante先生は後に、立派になったマエストロを楽屋にたずねてマエストロを感激させ、周囲の人たちに、この人のおかげで今の自分があります、と紹介されています。マエストロが古くからの親交をどれほど大切にする人かが、こういったエピソードからもわかります。
1987年1月10日 La Gazzetta del Mezzogiorno 紙
Felice de Sanctis
Riccardo Muti da Molfetta alla Scala. Bacchette sulle mani del gran maestro
http://www.felicedesanctis.it/default.aspx?main=03&id=113
このようにして、クリスマスにナポリ(ここでもまた、運命のいたずらのように、プーリアとナポリがからみあう)から、リッカルドの最初のバイオリンが届いた。父からの贈り物である。自信を投入するようなものであり、音楽を愛する気持に気づかせるものであった。
Giganteは続けた。「でも、本当の驚きは次のときでした。しばらくしてから、via Annunziataにあるムーティ家にソリスト用のレッスンに出かけたときのことです。父のDomenicoがあるニュースを前もって知らせてくれたのです。リッカルドが時間通りにあらわれ、《セビリアの理髪師》のアリアを私に聴かせました。この演奏を容易にしたパート譜になじんでいたのです。今思い返せば、このエピソード(当時感動しましたが、しかし、リッカルドの将来を見通すまでいくような時点ではありませんでした)は、彼の才能がはじめて芸術的に表現されることになった機会をつかまえたもの、といえるかもしれません。
1952年5月に、我々の幼いバイオリニストは当地の神学校Seminarioでコンサートを開いた(父は神学生たちと校長の医者で、校長は現在はナポリ大司教であり、Cardinale Ursiである。訳注:Il Cardinale Corrado Ursiは2003年8月29日死去)。師Giganteがピアノ伴奏を務めた。1952年5月18日のLa Gazzetta del Mezzogiorno紙はこのように報じている。「傑出した才能、小さなバイオリニストで10歳のリッカルド・ムーティは医者ドメニコ・ムーティの息子である。ヴィヴァルディのイ短調協奏曲、バッハのブーレを演奏した...演奏会はヴェルディの《ナブッコ》の合唱で終わった」(ここにも運命の兆し?)
当時の別の新聞Momento sera 紙は、この公演についてこう書いている。「音楽は、演奏者の歳を考えてみるならば、ほとんど奇跡に近いほど、そこまで完璧に演奏された。」
(写真は、師のGiganteがピアノを弾き、幼いムーティがバイオリンを弾いているもの)
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Monday, 30 April 2007
南イタリアの新聞に載った、マエストロ・ムーティのモルフェッタ時代を振り返った記事の続きを紹介します。
1987年1月10日 La Gazzetta del Mezzogiorno 紙
Felice de Sanctis
» Riccardo Muti da Molfetta alla Scala. Bacchette sulle mani del gran maestro «
http://www.felicedesanctis.it/default.aspx?main=03&id=113
叔父(伯父)Vincenzo Mutiは回想する。「私達の家族は家の中に音楽がありました。《アッティラ》のようにあまり知られていない作品のアリアだとしても、父はしばしばヴェルディのアリアを歌っていました。ラジオが家にやってきたとき、主なコンサートを中継してくれ、週に一度は、素晴らしい『木でできた箱』から出てくる音を、じっと静かに聴いていました。」
祖父は熱烈な音楽愛好家であり、父はアマチュアのテノールで、友人の楽しみのためにも歌っていた。この二人は、おそらく、幼いリッカルドの天職への前触れを作っていたといっていいかもしれない。しかし、まさしくそのとおりというわけではない。実際のところ、父Domenicoは評判の医者で、息子たちに芸術家の道を望むことはなく、人文教育を完璧にするために音楽教育を望んだのだった。彼は典型的な南イタリアの人間で、リッカルドにもそれは浸透していた。マエストロ・ムーティは回想する。「会話や友人との交流、文学や詩についての討論を愛し、愛してきたと打ち明けます。つまり、人文に関わる文化は今でも、よきにつけ、あしきにつけ、南イタリアの本質なのです。」
ムーティ家の息子はみんな、ひとつの楽器を演奏することを学ばなければならず、幼いリッカルドはバイオリンに触れた。おそらく、それほど好きだったというわけではない「道具」で、幼年時代の彼に課せられた。7歳になろうかという時だった。マエストロAldo Giganteは半ばムーティ家の音楽家庭教師だったが、彼はこう語った。「実際は、リッカルドは練習室で短い時間やっていた程度でした。そのために、一度は、母親に固執しないよう助言しました。こう言いました。なぜなら、幼い息子さんにひとつの楽器を習わせるのは、このようにむつかしいからです、と。けれども、ムーティ夫人は息子たちの教育をコントロールしていましたが、断固たる態度でした。こう言ったのです。もう1ヶ月やらせましょう。」
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Friday, 27 April 2007
ピアニストであり作曲家であるGiovanni Alleviが、念願かなってマエストロ・ムーティと公式に会えたことが、今日のラベンナの新聞に載っています。
彼は、過去、いくつかのインタビューでマエストロとの最初の残念な出会いについて語っています。ミラノ音楽院で作曲とピアノについて最高の成績を収めたAlleviは、自分のCDをマエストロに聴いてもらいたくて、そのキャリアの始めの頃、カメリエーリに変装してマエストロにCDを渡しましたが、マエストロが去った後にCDが忘れ去られて残っていた、という無念のエピソードです。
ラベンナの由緒あるジャズ・クラブTeatro Socjale (軽い食事をしながら演奏が聴けるタイプのクラブ)が改修を終えて15日再開され、Alleviも24日に出演しましたが、観客の中にマエストロの姿があってAlleviを驚かせ、感激させた、というもので、記事には、二人がマエストロのテーブルで握手している写真も載っています。
由緒あるジャズクラブの活動を支える会にはクリスティーナさんも名を連ねています。
2007年4月26日 Il Resto del Carlino 紙
Muti applaude Giovanni Allevi
Teatro Socjale
http://www.teatrosocjale.it/index.php?lng=it&p=1
Giovanni Allevi
http://www.giovanniallevi.it/
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Sunday, 15 April 2007
先日ここで紹介した、マエストロ・ムーティがスカラ座音楽監督に就任したばかりの頃の記事を、何回かに分けて訳します。La Gazzetta del Mezzogiorno紙が、マエストロのモルフェッタからスカラ座への道を簡単に振り返った記事で、バイオリンを手にしたマエストロの子供の頃の写真なども添えられています。
1987年1月10日 La Gazzetta del Mezzogiorno 紙,Felice De Sanctis
Riccardo Muti da Molfetta alla Scala. Bacchette sulle mani del gran maestro
http://www.felicedesanctis.it/default.aspx?main=03&id=113
この若者は指揮棒を手にして生まれました、とナポリ音楽院教授De Mariaは彼について言った。リッカルド・ムーティは聞くことのなかったコメントである。彼は学生オーケストラを指揮するのに集中していたからだ。それはほとんど偶然、彼に任されたオーケストラで、彼は危機に陥っていた。けれども、指揮台ではじめて喝采を博すことができた。自分ではオーケストラ指揮者になるという確信を持っていなかった、このプーリア出身者を信じていたのは、マエストロ・ヤコポ・ナポリだった。
現実には、リッカルド・ムーティは自分の天職を遅れて発見した。たとえそうだとしても、今、彼の人生の最初の頃とモルフェッタでの青春の頃を読み直すと、まだ『萌芽』状態にあったこの才能の印をとらえることができる。その萌芽は、やがてトスカニーニの後継者として成熟する年頃になると、水面に浮き上がってきてほとばしり出た。明らかにされたように、『ムーティ時代』の幕開けとなった《ナブッコ》の大成功版によって、音楽の殿堂、ミラノ・スカラ座を勝ち取ったことは間違いなかった。リッカルドは1941年7月28日に、ナポリ生まれのエネルギッシュな女性である母親の選択により、ナポリで生まれた。彼女はモルフェッタ生まれの医者ドメニコ・ムーティの妻で、出産のたびに州都ナポリに移り、その後、モルフェッタに戻っていた。家族への活力となるよう願うことによって、また自分の町ナポリへの愛情によって、おそらく定めとなった慣わしであろう。ついには5人の息子すべてにそれは捧げられた。リッカルドは3人目の子供で、彼の後、双子が続いた。
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Wednesday, 11 April 2007
マエストロ・ムーティが毎年、復活祭には郷里に戻り、settimana santaを観ることはよく知られています。
今年も、日本から帰国して訪れたかもしれません。最後の日に、Buona Pasqua, Maestro !!と気力をふりしぼって声をおかけしたのですが...。
モルフェッタ時代からのマエストロを振り返った記事を数年前に見つけ、別のところでその一部を紹介したことがあります。全文がまだウェッブ上に記者の著作として残っているので、ここでも紹介します。
子供時代のバイオリンの師と写っている貴重な写真なども載せています。
このLa Gazzetta del Mezzogiorno紙は、南イタリア出身のマエストロについて、我が事のようにその記事を頻繁に載せている、大好きな新聞のひとつです。
記事の内容は、また追って紹介します。
Felice de Sanctis
La Gazzetta del Mezzogiorno - cultura - 10.1.1987 – 13.1.1987
Riccardo Muti da Molfetta alla Scala. Bacchette sulle mani del gran maestro
http://www.felicedesanctis.it/default.aspx?main=03&id=113
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Saturday, 24 March 2007
ピアチェンツァの名物エディコラの店主夫妻が年金生活に入り、経営が変わる、という記事が昨日のピアチェンツァの新聞に載っていました。
このエディコラ自体は1世紀ちょっと続いているもので、店主夫妻は1980年から夫婦で営業に携わり、朝は5時から15時まで、夜は8時まで開いていました。マエストロ・ムーティは、ピアチェンツァに来たときはここを必ず訪れるとのこと。亡くなった前法王がピアチェンツァを訪れてvia XX Settembre を通ったときに、祝福までしてくれた店です。
ピアチェンツァを訪れる機会があったら、是非買いに出かけなくては!
piazzetta San Francesco のvia XX Settembre 側の角にあり、 piazza Cavalli のすぐ近くだとのこと。
2007年3月23日 Liberta' 紙
«Addio ai giornali dopo 27 anni»
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Thursday, 22 February 2007
キアラさんがローマのTeatro Nazionaleでクルト・ワイルの作品のタイトル・ロールを務めています。《マリー・ギャラント》で、歌はフランス語、レチタチーヴォはイタリア語という上演形式をとっています。20日が初日でしたが、マエストロ・ムーティも喝采していたという評がありました(ただし、キアラさんの名前をクリスティーナさんととり違えていますが)。
記事を見つけたら、紹介します。
2007年2月20日 Amadeus Online
"Marie Galante" di Kurt Weill all'Opera di Roma
http://www.amadeusonline.net/news.php?ID=1171990524
2007年2月21日 il giornale della musica, recensioni on line
Un Weill riscoperto
Marie Galante di Kurt Weill
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Saturday, 27 January 2007
クリスティナさんが25日午後、ラベンナのライオンズ・クラブからメルビン・ジョーンズ・フェローを授与されました。
同クラブ創設者の名前を冠した同クラブ最高の栄誉で、人道主義的な仕事を評価するものです。『友情の道・架け橋』コンサートなども行っているラベンナ音楽祭総裁としての仕事などが評価されたのでしょう。
おめでとうございます。
2007年1月27日 Il Resto del Carlino 紙
Lions hannno ricevuto il Melvin Jones Fellow
Premiate: Mazzavillani Muti e Signorino
昨晩はプラティニのUEFA会長選勝利のニュースを読むのに追われました。ユベントス、そして、アニエッリを通じて祖父の国イタリアとの縁の深いプラティニならば、2012年のユーロ選手権開催をイタリアへもってくるかもしれません。W杯イタリアの雪辱を是非!
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Saturday, 16 December 2006
マエストロ・ムーティとケルビーニ管の14日の《ドン・パスクァーレ》上演の成功が報じられています。
ラベンナの新聞は3ページを使って、第一報を流しています。
聴衆が豪華。クリスティーナさん(モルティエと談笑している写真掲載)とキアラさんはもちろんのこと、パリ・オペラ座総裁モルティエ、パルマ王立歌劇場総裁メリ、Teatro Alighieriで1月に演出するヴィック、来春ザルツブルクでマ
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