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giovedì 24 dicembre 2009

Buon Natale!

Buon Natale, Maestro Muti !!

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sabato 2 maggio 2009

文化の大切さ

マエストロ・ムーティとベルリン・フィルのナポリ公演を聴きにきたベルルスコーニ首相は、休憩時間にマエストロの楽屋を訪れ、祝福の言葉を述べています。

二人のやりとりが報じられています。

写真はこちら。ウニタ紙のサイトです。

http://www.unita.it/news/84390/berlusconi_si_vanta_dei_sondaggi_e_viene_fischiato

マエストロは首相にお礼を述べ、楽屋から送りだすときの別れ際に、「首相、文化のことを忘れないようにお願いします。」と言ったそうです。ベルルスコーニ首相の答えは、緊急の事態に応対しなくてはならなくなったとしても、、文化は、後回しになるようなものではない、だったとのこと。

2009年5月1日 ANSA
Muti: Berlusconi non scordi cultura

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domenica 26 aprile 2009

Lezioni-Concerto シリーズの意義

マエストロ・ムーティは、Lezioni-Concertoをエディコラで販売することの意義を、レプッブリカ紙に寄稿しています。

クラシック音楽は、ある意味、ポピュラー音楽の「ポピュラー」と対峙し、限られた人達が通うものになっていますが、マエストロは、もっと多くの人達にクラシック音楽に親しんでもらおうとしています。それは自分の義務、そして恩返しだと考えているようです。

マエストロは、教養とは何かをいつも知らしめてくれ、本当に感動します。
大学でいつも浸っていたあの雰囲気を想い起させてくれる人です。

2009年4月20日 la Repubblica 
L´iniziativa
Muti: le mie lezioni-concerto per portare la musica a tutti
RICCARDO MUTI

音楽を普及させること。それについて話すこと。解釈の選択について説明すること。指揮者の仕事は「神秘的」で、しばしば神話化されすぎているけれども、どういうふうに成り立っているかを理解してもらうこと。それぞれの楽器の演奏ぶりとそれらが混じり合った結果を見せながら、聴衆の前で、フレーズを強調したり、「分解」したりすること。指揮者がオーケストラと行うリハーサルを見にきた聴衆に対して、音楽を作る「仕事場」に入るのを許可すること。コンサートやオペラの具体的な準備に彼らを巻き込むこと。特性を備えたあらゆる表現法を持っている、偉大で限界を超越した作曲家達に、聴衆を近づけること。

なぜなら、音楽はあらゆる人々にとってすべてを備えたもので、命であり必要なものだからです。音楽は、結びつけ、インスピレーションを与え、力づけ、教育し、調和をもたらします。音楽は、人間に自分自身の深部を巡らせながら、常に人間の本質を問いかけます。若者達に集団における行動基準と感覚を作り上げさせます。みんなでいることの基本的な規律を教えます。地上のすべての地域の人々、あらゆる政治的信念、宗教的信仰をもった人々を、和解と許しへ導きます。音楽をますます近づきやすく、より一層親しみやすいものにすること。音楽の価値が私達の人生の中心であり、捨て去ることのできないものであることを指摘すること。Repubblica紙とL´espresso誌が、私のLezioni-Concerto、レクチャーコンサートとして、今日から8件のDVDを出し、それには作品の全曲演奏のCDもセットされていますが、その目的はこういったことなのです。この「レクチャーコンサート」では、いくつかのオーケストラとの、特に、私が2004年に創設したイタリア人だけで構成されているケルビーニ・ユース・オーケストラとの、公開リハーサルを記録したものがとりあげられています。レプッブリカ紙・レスプレッソ誌の出版グループのおかげで、私のこういったリハーサルのDVDが、限られた人達の外にいる広範囲の様々な人々に向けて、現在エディコラで売られていることを、特に意義深く思います。Lezioni-Concertoは、もともとの形式は音楽について「物語る」というもので、ラヴェンナやその他の地で試み、講じてきましたが、その結果にはいつも満足していました。聴衆にとっては、参加させられることで、教育的な効果も同様にあることが明らかになっています。聴衆は、オーケストラの生の「作業場」と向き合うこと、音楽という職業について内側から観察しながら向き合うことが、それによってはじめてできるからです。これはまた、私が長く50年間にわたって、密度の濃い国際的活動で積み重ねてきた出会いを詰めた貴重なカバンを、他の人達に残していく手段でもあります。世界の主要オーケストラ、優れた伝統をもった組織から学んできたことを伝えるのは、重要なことだと考えています。たとえば、ウィーン・フィル、彼らとは38年間途切れることのない友情関係をもっていますし、フィラデルフィア管、同管では長年音楽監督を務めました。あるいは、伝説的な人達から学んだことについても同じです。たとえば、ピアニストのリヒテル、バイオリン奏者フランチェスカッティ、チェロ奏者ロストロポヴィチ。たとえば、神話的な歌手達、トスカニーニの《アイーダ》盤のテノールだったリチャード・タッカー、フルトベングラーが指揮したザルツブルク版における、有名なドン・ジョヴァンニだったチェーザレ・シエピ。私を成長させてくれたイタリアのマエストロ達、偉大な音楽家であるアントニーノ・ヴォットー、Vincenzo Vitaleについても同様です。

こういった財産を広めることは、社会的なもの、音楽的に必要であるだけでなく、倫理的な行為です。なぜなら、私達の人生において最も無視できないものの中で、音楽の文化的・精神的観点からの役割を再確立するために努力することは、必須のものだからです。さらに、おそらく、それにもまして、文化が他の分野よりも危機にある現在、大きな骨折りの代償は得られます。

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domenica 7 dicembre 2008

ナポリ音楽院でのメッセージ

5日にナポリ音楽院を訪れたマエストロ・ムーティは、音楽院の生徒達を、来年2月にナポリ歌劇場で行うコンサートのリハーサルに、招待しています。
音楽院のマルトゥッチ・ホールに足を踏み入れたマエストロが語ったことを、レプッブリカ紙から紹介します。

マエストロが若者達にどれほど気持ちを傾けているかは、ファンならばよく知っていることです。
若者を通じて、未来を明るく展望しようとし、そして、言葉だけでなく、そのために自分の立場でなすべきことをはっきり認識して実行しているマエストロは、本当に素晴らしい指導者です。

「私が音楽を学んだのがここです。同じこのホールでピアノの試験を受けました。ブラームスやベートーベンについての私の指揮法は、ここで習得しました。実際には、音楽とは何かはよく理解されていません。それは仕事なのか、職業なのか、使命なのか。確かなのは犠牲を伴う道だということです。運と才能が組み合わさって様々な型になり得ます。最も有名であれば最高だとは限りません。逆も同じです。この道を歩もうと志している若者達に言います。音楽家になるということは、基本的には、我々の国の将来を奮い立たせようと試みることです。現在危機にある多くの劇場が、いつの日か、再開できるよう、願っています。できるだけ多くの人々に音楽をもたらすためというだけでなく、新たに仕事の場を創出するためでもあります。文化に対する削減について、この問題における過ちや政府の過ちが論じられていない、といったような、ありふれたもの言いをするつもりはありません。我々は、放置してきた何十年かのつけを現在払っていて、こういった状況について、私はいつも抗議してきました。サン・カルロ歌劇場におけるコンサート・シーズンの開幕公演のリハーサルは、音楽院の生徒達に公開される予定です。あなた達とそのとき話して過ごせたら、嬉しく思うことでしょう。」

2008年12月6日 la Repubblica
Muti, la luce dopo il tunnel "Il San Carlo per la rinascita"

他に、Il Mattino紙では、自分が今このようにあるのは、ナポリ音楽院の師達Vincenzo Vitaleや Aladino Di Martinoの大きなおかげだ、音楽院の生徒達をリハーサルに招待するのは、音楽を一緒にやっていこう、という使命に近づくためのやり方だ、音楽を演奏する、というのは確かに困難な道で、犠牲と才能を求められる、我々の国にも理不尽なことが存在しうるが、あなたたちは今生活している社会の一員なのだ、閉鎖されたままの劇場もあるし、カンパーニアのように、若者達のためのオーケストラのない州もある、そこでは音楽院を卒業しても働ける可能性がない、けれども、私は、FUSのカットという事実はあっても、何かが変化しつつあるという印象を持っている、状況が進展し、音楽が我々の文化における大黒柱のひとつだということが知られ始めている、と感じている、と語っています。

記者は楽観的だ、と感嘆していますが...。

2008年12月6日 Il Mattino
Muti:Napoli? Dobbiamo aiutarla tutti

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venerdì 25 luglio 2008

ブラスバンドによるコンサートへメッセージ

7月27日にシエナ県のAbbadia San Salvatoreで行われるブラスバンドのコンサート へ、マエストロ・ムーティが、ザルツブルクからの中継映像によるメッセージを寄せるそうです。

Amiata Festival "Le dimore di Euterpe"
26 luglio 17 agosto 2008

Abbadia San Salvatore 27 luglio ore 21,30 Viale Roma
Diretta in video conferenza dal Festival di Salisburgo con il M° Riccardo Muti per messagio augurale.

CONCERTO [anche in livestreaming su questo sito]

Filarmonica "G.Puccini" AbbadiaS.Salvatore (Si) - Filarmonica "P.Mascagni" Iolo (Po)Accademia 2008 (Aq) - Corpo Musicale "G.Doninzetti" Brembate Sopra (Bg)

L.Berio: Accordo per 4 Bande
G.Holst: Suite in Mib maggiore per banda militare
Direttore: Lorenzo della Fonte

http://www.trappolacustica.com/index.php?option=com_content&view=article&id=60&Itemid=82

Agipress 2008年7月24日
Un doppio appuntamento apre la sesta edizione dell’Amiata Festival

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venerdì 16 marzo 2007

フィレンツェ国立中央図書館についてのアピール

フィレンツェ国立中央図書館の音楽フロアは、いろいろな著名図書館のモデルにもなっているほどですが、人員整理のため、公開が限られる危機に瀕しています。
そのことについて抗議するアピールがイタリア内外の音楽関係者によって3月4日に出され、マエストロ・ムーティも名を連ねています。
アピールはイタリアの音楽大学教官たちの協会のサイトに載っています。

2007年3月4日 la Repubblica 紙
L´APPELLO
Sala musica della Nazionale "Tagliano il personale"

Associazione fra Docenti Universitari Italiani di Musica
Attualità, comunicazioni
2007年3月4日
Appello per la Sala musica della Biblioteca nazionale di Firenze
http://spfm.unipv.it/aduim/attua.htm

上記ニュースをクリックするとPDF版で声明と同調者リストが見られます。

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martedì 6 marzo 2007

シュナイダー小児病院訪問

マエストロ・ムーティが、2月にテル・アビブでイスラエル・フィルとトスカニーニ記念コンサートを行った際に、シュナイダー小児病院を訪れたことがマエストロのサイトで紹介されています。マエストロはクリスティーナさんを伴って、音楽療法を受けている子供たちのもとを訪れています。
同病院はイスラエルと中近東の子供たちの治療をしていて、アラブの子供たちも受け入れていることが病院のサイトからもわかります。

マエストロはその際に、イスラエル・フィルとのコンサートにおける自分のギャラを、平和への架け橋となろうとする同病院の努力に対して寄付したそうです。それは「イスラエルへの自分の愛情の表れであり、音楽は愛の光を放つものだから」と述べたとのこと。

同病院の訪問者のページに、マエストロが訪問したときの記事と写真が載っています。

夜にきちんと紹介します。
こういう心が暖かくなるニュースもマエストロのサイトがあるおかげで知ることができ、本当に感謝しています。

Riccardo Muti Official Website
2007年3月5日 Notizie

“Music radiates love”
http://www.riccardomuti.com/notizie.aspx

Schneider's Children's Medical Center of Israel
visitors
"Music Radiates Love”
http://www.schneider.org.il/Eng/Index.asp?CategoryID=135&ArticleID=377#music

http://www.schneider.org.il/Eng/

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lunedì 18 settembre 2006

人々が一緒につながるものとしての宗教

マエストロ・ムーティが2003年12月7日のスカラ座開幕公演《モイーズとファラオン》を前にして、Corsera紙に寄せたメッセージを紹介します。

マエストロが紹介している本は当時すぐに購入しましたけれども、恥ずかしいことですが、今も、ざっと読みができている程度です...。

宗教religione の語源について、イタリア語の辞書(小学館 伊和中辞典)には、ラテン語の「神との絆」が原義、とあります。

マエストロについては上演後にも素晴らしいインタビューがありましたが(演出の最後の部分についての含蓄深いコメントもありました)、今は失ってしまって手元になく、ここですぐに紹介できないのが本当に本当に残念です。手間と時間がどんなにかかっても探すつもりです。

なお、タイトルからキング牧師の演説を思い浮かべることでしょう。マエストロはフィラデルフィアで牧師のメモリアル・コンサートを指揮したことがありますし、ここでもそのことは紹介しました。

2003年12月7日 Corriere della Sera 紙
Il mio sogno: la religione che unisce i popoli
Riccardo Muti

私の夢:人々をひとつに融合する宗教

避けられない仕事を重ねざるをえなかったため、この数日は多忙で、理解し、理解してもらう音符の量から休息するために、いくつかの読み物で慰めを得ようとしています。セネカについてのGiovanni Reale の本と、Pietro Citatiの《Israele e l' Islam. Le scintille di Dio》の本を交互に読んでいます。後者の本は、その文体の明確さと概念の崇高さから、あらゆる人が読むべきものだといっていいでしょう。今の過酷さをやわらげてくれるものに思えます。私の人生の今の特別な面について語ります。というのは、Citatiの本が把握していることは、私の重要な仕事と図抜けた一致を見ているからです。今夜、実際、神の加護のもと、神にはたくさんの名前がありますが、私が信じているひとつの神の名前の助けのもと、ロッシーニの傑作《モイーズとファラオン》を指揮します。この作品は私にとって特に大切なもので、それは音楽的に非凡だからというだけでなく、最初のイタリア語版はロッシーニが私の街であるナポリのサン・カルロ歌劇場のために書き、指揮したということによります。作品のテーマはあらゆる人が知っているように、イスラエルの民がエジプトの隷属状態から逃れていくこと、出エジプトです。楽譜を研究したり、オーケストラ、合唱団、歌手たちとのリハーサルによってすでに学んだ思想は、日々ますます研ぎ澄まされてきていますが、Citatiの本はそれを補完する助けになっています。台本が宗教悲劇から作りだされていることは学問的に説明されています。それは、パドヴァのオリヴェート会修道士である、Padre Ringhieriという人による宗教悲劇です。台本の作者自身が聖職者、あのTottolaであり、よごれた被服を身にまとってナポリをめぐり、なんとかして夕飯と一緒に昼食も受けられるようにした人です。もちろん、不吉な人だと言われることも喜んでいました(彼の通称はNottolaフクロウでした)。また、スタンダールが回想しているように、波間に不幸にして消えていく舞台装飾家や機械技師長だと考えることもできました。初演時、紅海を象徴している覆いの下では、波の動きを模し、さらに嵐にくだけちるさまを模すために、多くの浮浪児たちがぶつかりあっているに相違なかったので、抱腹絶倒する子供たちの小さな頭が見えてきたそのとき、今度は聴衆を笑わせるに至ったのです。作家たちがカトリックの聖職者たちであることや、台本そのものの読解によって、パリ増補版はあらゆる面で増強され、我々はできごとの連なりがカトリックと緊密であることを明確に理解しています。私が子供のころ、カトリックの教理問答は義務で、真剣に勉強しなければならないといわれていました。それゆえに、当時すでにこういうふうに学んでいました。旧約聖書は狭義のカトリックの意味では、新約聖書の予示以外の何ものでもなく、新約聖書の象徴としての前兆であると。ダンテ学者たちは、旧約聖書に由来する《神曲》の中のすべての人物とエピソードを、新約聖書の象徴figureとみなしています。このように、エジプトへの隷属からの脱出、出エジプトは、教会が出エジプト詩篇113を活用していることが証明しているように、復活の象徴です。誰にも、信仰したいものを信仰する自由があります。最初に、主にはたくさんの名前があると言いましたが、神は一人です。で、もし、人類の歴史において名前の優越をめぐって戦うことが少なく、主の中から生じる本質についてよりいっそう研究されたならば、膨大な量の流血、おそらく最大の流血は流されなかっただろうと思われます。さて、《モイーズ》の物語を悲惨な報いを受けた側の明晰な目で見ることは正当です。それは通常の証人には耐え難いということにおいてです。できごとの変遷は暴力の変遷であり、苦しみ、横暴、責め苦の連続です。作品は、誰もが知っているとおり、交響曲的に素晴らしいフィナーレでもって幕を閉じます。すべての人に深い感動をまきおこすフィナーレです。ある点で、実際、嵐が終わり、素晴らしい静寂のモチーフが穏やかな波を物理的に表現し、精神的には人間の、神との和解を表現します。でも、その人間とはどの人でしょうか。一人だけです。紅海の奇跡的に静まった波の下には広大な墓場があり、もう一方の人々の中のよき人たちの亡骸が横たわっているのです。今や、このようなフィナーレにおける物語上のできごとを、文字通りの意味で受け入れることはできません。あるいは、言い換えると、このことを私の次のような夢にインスピレーションを与えるものとして、考えるべきではないかと。開放された墓地が大きく広がり、すべての人がそこにはいることを望めること。宗教の語源が表すとおり、宗教はひとつにつながるためになされ、分けるためになされるのではないこと。

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《モイーズとファラオン》

マエストロ・ムーティとスカラ座の《モイーズとファラオン》のDVDの日本盤が、もうすぐリリースされます。このリリースは上演当時だけでなく、法王の発言が様々な波紋をなげかけている現在も、いろいろなことを考えさせてくれるものになりそうです。

上演当時、この作品をめぐってマエストロが書いたメッセージがCorsera紙に載りました。初日には宗教指導者も姿を見せました。そういったことを報じた記事を含めて、マエストロの過去の記事をいくつかの無念な事情から失ってしまい、地団駄踏む思いをしてきましたが、Corsera紙などの過去記事が単独購入できるようになり、再び読むことができるようになりました。とても嬉しく思っています。
このときのマエストロのまっすぐで飾り気のないメッセージを後で紹介します。

ロッシーニ歌劇「モーゼとファラオ」
発売日 : 2006年9月21日
価格 : 7,140円(本体価格:6,800円)
品番 : TDBA-0122
収録時間 : 全プログラム181分
メディア : DVD
商品構成 : DVD2枚
TDK CORE
http://www.core.tdk.co.jp/shop/product/info.asp?gc=XI0926

2003年12月7日 Corriere della Sera 紙
Il mio sogno: la religione che unisce i popoli

(2006年9月18日15時55分追記)
マエストロのこのメッセージはインターネット上も残っています。
2003年12月7日 ViVi Milano
Il maestro Muti: «Ho un sogno, la religione unisca i popoli»
http://www.corriere.it/vivimilano/speciali/2003/12_Dicembre/07/muti.shtml

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giovedì 1 dicembre 2005

もっと文化に財源を!

マエストロ・ムーティはことあるごとに文化の大切さを訴えてきていますが、昨日行われた記者会見(上院で行われるクリスマス・コンサートについてのもの)でも鋭いアピールを行いました。FUS削減の中、政治の場で行われるクリスマス・コンサートは、他の意味合いももったものになりそうです。

チャンピ大統領のアピールに賛同を表明しているのは一昨日のフィレンツェでのスピーチと同様です。
マエストロはこんなふうに語ったそうです。

私はこれまで政府の予算、財源についてこれほど舌鋒鋭く要求したことはない。けれども、自分には南イタリア出身特有の断固さがあるから言う。かねがね政治家のほうがとにかくコンサート会場に足を運んでみるのがいちばんいいと考えてきていた。でも、今回は招きに応じる。このケルビーニ管のような将来も才能もある若い音楽家達が、財源のなさから切捨てられているような状態があるからだ。一国の大統領が自国の文化について振り返って言及するということは、危険信号だということである。イタリアでは文化の意義が失われてしまった。けれども、それはイタリアの歴史の重要性とアイデンティティを否定することである。政府予算で音楽院をいくつ作ろうが、そこの卒業生が仕事をしようとするプロのオーケストラが解体されているような状況では、何の意味もない。ケルビーニ管がクリスマスに上院で演奏することには、彼らのこんなの不安、問いかけの意味もある。すなわち、我々はどうなっていくのだろう?


(朝で時間がなくて逐語訳にならず、申しわけありません。今日の新聞に詳しく載ったら、夜にまた紹介します。)

2005年11月30日 AGI
CULTURA: RICCARDO MUTI, FORTE E SERIO L'APPELLO DI CIAMPI
(AGI) - Roma, 30 nov. - Un intervento "politically non correct", annunciato e rispettato. Riccardo Muti dirigera' a mezzogiorno di domenica 18 dicembre il tradizionale concerto di Natale nell'aula del Senato e stamani, con il presidente Marcello Pera, ha presentato alla stampa la manifestazione. Riccardo Muti ha anche colto l'occasione per denunciare lo stato di semiagonia della cultura nel nostro paese e levare un plauso all'appello recentemente lanciato dal Presidente della Repubblica.
"Sono sempre stato un po' refrattario agli inviti perche' ho sempre pensato, nella mia prosopopea meridionale che, a parte la beneficenza, fosse piu' giusto che i senatori venissero ai concerti e non viceversa. Ma, stavolta, ho ritenuto che - ha detto Riccardo Muti - fosse giusto accettare perche' avevo l'occasione di portare giovani musicisti, quelli dell'orchestra Cherubini, freschi di diploma, con un avvenire incerto a causa della situazione della cultura italiana che ha provocato un recente, forte e chiaro appello del Presidente Ciampi. Un fatto che giudico molto serio. Quando si arriva a rendere necessario - ha sottolineato Muti - un appello del Capo dello Stato a favore della cultura italiana, vuol dire che si sono passati i limiti e l'acqua ha superato la diga. La cultura e' oggi quasi svuotata di significato ma non e' un problema di oggi, esiste da quando avevo sette anni, ma disconoscere la nostra dorsale cultura significa disconoscere la nostra storia e la nostra identita'. Allora in un paese dove sono stati decuplicati i conservatori ed e' stato drasticamente ridotto il numero delle orchestre i giovani musicisti che dirigero' e che vengono da quasi tutte le regioni d'Italia porteranno anche una domanda inquietante: 'cosa sara' di noi in futuro?'" -

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