21 posts categorized "信条・メッセージ"

Saturday, 02 May 2009

文化の大切さ

マエストロ・ムーティとベルリン・フィルのナポリ公演を聴きにきたベルルスコーニ首相は、休憩時間にマエストロの楽屋を訪れ、祝福の言葉を述べています。

二人のやりとりが報じられています。

写真はこちら。ウニタ紙のサイトです。

http://www.unita.it/news/84390/berlusconi_si_vanta_dei_sondaggi_e_viene_fischiato

マエストロは首相にお礼を述べ、楽屋から送りだすときの別れ際に、「首相、文化のことを忘れないようにお願いします。」と言ったそうです。ベルルスコーニ首相の答えは、緊急の事態に応対しなくてはならなくなったとしても、、文化は、後回しになるようなものではない、だったとのこと。

2009年5月1日 ANSA
Muti: Berlusconi non scordi cultura

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Sunday, 26 April 2009

Lezioni-Concerto シリーズの意義

マエストロ・ムーティは、Lezioni-Concertoをエディコラで販売することの意義を、レプッブリカ紙に寄稿しています。

クラシック音楽は、ある意味、ポピュラー音楽の「ポピュラー」と対峙し、限られた人達が通うものになっていますが、マエストロは、もっと多くの人達にクラシック音楽に親しんでもらおうとしています。それは自分の義務、そして恩返しだと考えているようです。

マエストロは、教養とは何かをいつも知らしめてくれ、本当に感動します。
大学でいつも浸っていたあの雰囲気を想い起させてくれる人です。

2009年4月20日 la Repubblica 
L´iniziativa
Muti: le mie lezioni-concerto per portare la musica a tutti
RICCARDO MUTI

音楽を普及させること。それについて話すこと。解釈の選択について説明すること。指揮者の仕事は「神秘的」で、しばしば神話化されすぎているけれども、どういうふうに成り立っているかを理解してもらうこと。それぞれの楽器の演奏ぶりとそれらが混じり合った結果を見せながら、聴衆の前で、フレーズを強調したり、「分解」したりすること。指揮者がオーケストラと行うリハーサルを見にきた聴衆に対して、音楽を作る「仕事場」に入るのを許可すること。コンサートやオペラの具体的な準備に彼らを巻き込むこと。特性を備えたあらゆる表現法を持っている、偉大で限界を超越した作曲家達に、聴衆を近づけること。

なぜなら、音楽はあらゆる人々にとってすべてを備えたもので、命であり必要なものだからです。音楽は、結びつけ、インスピレーションを与え、力づけ、教育し、調和をもたらします。音楽は、人間に自分自身の深部を巡らせながら、常に人間の本質を問いかけます。若者達に集団における行動基準と感覚を作り上げさせます。みんなでいることの基本的な規律を教えます。地上のすべての地域の人々、あらゆる政治的信念、宗教的信仰をもった人々を、和解と許しへ導きます。音楽をますます近づきやすく、より一層親しみやすいものにすること。音楽の価値が私達の人生の中心であり、捨て去ることのできないものであることを指摘すること。Repubblica紙とL´espresso誌が、私のLezioni-Concerto、レクチャーコンサートとして、今日から8件のDVDを出し、それには作品の全曲演奏のCDもセットされていますが、その目的はこういったことなのです。この「レクチャーコンサート」では、いくつかのオーケストラとの、特に、私が2004年に創設したイタリア人だけで構成されているケルビーニ・ユース・オーケストラとの、公開リハーサルを記録したものがとりあげられています。レプッブリカ紙・レスプレッソ誌の出版グループのおかげで、私のこういったリハーサルのDVDが、限られた人達の外にいる広範囲の様々な人々に向けて、現在エディコラで売られていることを、特に意義深く思います。Lezioni-Concertoは、もともとの形式は音楽について「物語る」というもので、ラヴェンナやその他の地で試み、講じてきましたが、その結果にはいつも満足していました。聴衆にとっては、参加させられることで、教育的な効果も同様にあることが明らかになっています。聴衆は、オーケストラの生の「作業場」と向き合うこと、音楽という職業について内側から観察しながら向き合うことが、それによってはじめてできるからです。これはまた、私が長く50年間にわたって、密度の濃い国際的活動で積み重ねてきた出会いを詰めた貴重なカバンを、他の人達に残していく手段でもあります。世界の主要オーケストラ、優れた伝統をもった組織から学んできたことを伝えるのは、重要なことだと考えています。たとえば、ウィーン・フィル、彼らとは38年間途切れることのない友情関係をもっていますし、フィラデルフィア管、同管では長年音楽監督を務めました。あるいは、伝説的な人達から学んだことについても同じです。たとえば、ピアニストのリヒテル、バイオリン奏者フランチェスカッティ、チェロ奏者ロストロポヴィチ。たとえば、神話的な歌手達、トスカニーニの《アイーダ》盤のテノールだったリチャード・タッカー、フルトベングラーが指揮したザルツブルク版における、有名なドン・ジョヴァンニだったチェーザレ・シエピ。私を成長させてくれたイタリアのマエストロ達、偉大な音楽家であるアントニーノ・ヴォットー、Vincenzo Vitaleについても同様です。

こういった財産を広めることは、社会的なもの、音楽的に必要であるだけでなく、倫理的な行為です。なぜなら、私達の人生において最も無視できないものの中で、音楽の文化的・精神的観点からの役割を再確立するために努力することは、必須のものだからです。さらに、おそらく、それにもまして、文化が他の分野よりも危機にある現在、大きな骨折りの代償は得られます。

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Sunday, 07 December 2008

ナポリ音楽院でのメッセージ

5日にナポリ音楽院を訪れたマエストロ・ムーティは、音楽院の生徒達を、来年2月にナポリ歌劇場で行うコンサートのリハーサルに、招待しています。
音楽院のマルトゥッチ・ホールに足を踏み入れたマエストロが語ったことを、レプッブリカ紙から紹介します。

マエストロが若者達にどれほど気持ちを傾けているかは、ファンならばよく知っていることです。
若者を通じて、未来を明るく展望しようとし、そして、言葉だけでなく、そのために自分の立場でなすべきことをはっきり認識して実行しているマエストロは、本当に素晴らしい指導者です。

「私が音楽を学んだのがここです。同じこのホールでピアノの試験を受けました。ブラームスやベートーベンについての私の指揮法は、ここで習得しました。実際には、音楽とは何かはよく理解されていません。それは仕事なのか、職業なのか、使命なのか。確かなのは犠牲を伴う道だということです。運と才能が組み合わさって様々な型になり得ます。最も有名であれば最高だとは限りません。逆も同じです。この道を歩もうと志している若者達に言います。音楽家になるということは、基本的には、我々の国の将来を奮い立たせようと試みることです。現在危機にある多くの劇場が、いつの日か、再開できるよう、願っています。できるだけ多くの人々に音楽をもたらすためというだけでなく、新たに仕事の場を創出するためでもあります。文化に対する削減について、この問題における過ちや政府の過ちが論じられていない、といったような、ありふれたもの言いをするつもりはありません。我々は、放置してきた何十年かのつけを現在払っていて、こういった状況について、私はいつも抗議してきました。サン・カルロ歌劇場におけるコンサート・シーズンの開幕公演のリハーサルは、音楽院の生徒達に公開される予定です。あなた達とそのとき話して過ごせたら、嬉しく思うことでしょう。」

2008年12月6日 la Repubblica
Muti, la luce dopo il tunnel "Il San Carlo per la rinascita"

他に、Il Mattino紙では、自分が今このようにあるのは、ナポリ音楽院の師達Vincenzo Vitaleや Aladino Di Martinoの大きなおかげだ、音楽院の生徒達をリハーサルに招待するのは、音楽を一緒にやっていこう、という使命に近づくためのやり方だ、音楽を演奏する、というのは確かに困難な道で、犠牲と才能を求められる、我々の国にも理不尽なことが存在しうるが、あなたたちは今生活している社会の一員なのだ、閉鎖されたままの劇場もあるし、カンパーニアのように、若者達のためのオーケストラのない州もある、そこでは音楽院を卒業しても働ける可能性がない、けれども、私は、FUSのカットという事実はあっても、何かが変化しつつあるという印象を持っている、状況が進展し、音楽が我々の文化における大黒柱のひとつだということが知られ始めている、と感じている、と語っています。

記者は楽観的だ、と感嘆していますが...。

2008年12月6日 Il Mattino
Muti:Napoli? Dobbiamo aiutarla tutti

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Friday, 25 July 2008

ブラスバンドによるコンサートへメッセージ

7月27日にシエナ県のAbbadia San Salvatoreで行われるブラスバンドのコンサート へ、マエストロ・ムーティが、ザルツブルクからの中継映像によるメッセージを寄せるそうです。

Amiata Festival "Le dimore di Euterpe"
26 luglio 17 agosto 2008

Abbadia San Salvatore 27 luglio ore 21,30 Viale Roma
Diretta in video conferenza dal Festival di Salisburgo con il M° Riccardo Muti per messagio augurale.

CONCERTO [anche in livestreaming su questo sito]

Filarmonica "G.Puccini" AbbadiaS.Salvatore (Si) - Filarmonica "P.Mascagni" Iolo (Po)Accademia 2008 (Aq) - Corpo Musicale "G.Doninzetti" Brembate Sopra (Bg)

L.Berio: Accordo per 4 Bande
G.Holst: Suite in Mib maggiore per banda militare
Direttore: Lorenzo della Fonte

http://www.trappolacustica.com/index.php?option=com_content&view=article&id=60&Itemid=82

Agipress 2008年7月24日
Un doppio appuntamento apre la sesta edizione dell’Amiata Festival

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Friday, 16 March 2007

フィレンツェ国立中央図書館についてのアピール

フィレンツェ国立中央図書館の音楽フロアは、いろいろな著名図書館のモデルにもなっているほどですが、人員整理のため、公開が限られる危機に瀕しています。
そのことについて抗議するアピールがイタリア内外の音楽関係者によって3月4日に出され、マエストロ・ムーティも名を連ねています。
アピールはイタリアの音楽大学教官たちの協会のサイトに載っています。

2007年3月4日 la Repubblica 紙
L´APPELLO
Sala musica della Nazionale "Tagliano il personale"

Associazione fra Docenti Universitari Italiani di Musica
Attualità, comunicazioni
2007年3月4日
Appello per la Sala musica della Biblioteca nazionale di Firenze
http://spfm.unipv.it/aduim/attua.htm

上記ニュースをクリックするとPDF版で声明と同調者リストが見られます。

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Tuesday, 06 March 2007

シュナイダー小児病院訪問

マエストロ・ムーティが、2月にテル・アビブでイスラエル・フィルとトスカニーニ記念コンサートを行った際に、シュナイダー小児病院を訪れたことがマエストロのサイトで紹介されています。マエストロはクリスティーナさんを伴って、音楽療法を受けている子供たちのもとを訪れています。
同病院はイスラエルと中近東の子供たちの治療をしていて、アラブの子供たちも受け入れていることが病院のサイトからもわかります。

マエストロはその際に、イスラエル・フィルとのコンサートにおける自分のギャラを、平和への架け橋となろうとする同病院の努力に対して寄付したそうです。それは「イスラエルへの自分の愛情の表れであり、音楽は愛の光を放つものだから」と述べたとのこと。

同病院の訪問者のページに、マエストロが訪問したときの記事と写真が載っています。

夜にきちんと紹介します。
こういう心が暖かくなるニュースもマエストロのサイトがあるおかげで知ることができ、本当に感謝しています。

Riccardo Muti Official Website
2007年3月5日 Notizie

“Music radiates love”
http://www.riccardomuti.com/notizie.aspx

Schneider's Children's Medical Center of Israel
visitors
"Music Radiates Love”
http://www.schneider.org.il/Eng/Index.asp?CategoryID=135&ArticleID=377#music

http://www.schneider.org.il/Eng/

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Monday, 18 September 2006

人々が一緒につながるものとしての宗教

マエストロ・ムーティが2003年12月7日のスカラ座開幕公演《モイーズとファラオン》を前にして、Corsera紙に寄せたメッセージを紹介します。

マエストロが紹介している本は当時すぐに購入しましたけれども、恥ずかしいことですが、今も、ざっと読みができている程度です...。

宗教religione の語源について、イタリア語の辞書(小学館 伊和中辞典)には、ラテン語の「神との絆」が原義、とあります。

マエストロについては上演後にも素晴らしいインタビューがありましたが(演出の最後の部分についての含蓄深いコメントもありました)、今は失ってしまって手元になく、ここですぐに紹介できないのが本当に本当に残念です。手間と時間がどんなにかかっても探すつもりです。

なお、タイトルからキング牧師の演説を思い浮かべることでしょう。マエストロはフィラデルフィアで牧師のメモリアル・コンサートを指揮したことがありますし、ここでもそのことは紹介しました。

2003年12月7日 Corriere della Sera 紙
Il mio sogno: la religione che unisce i popoli
Riccardo Muti

私の夢:人々をひとつに融合する宗教

避けられない仕事を重ねざるをえなかったため、この数日は多忙で、理解し、理解してもらう音符の量から休息するために、いくつかの読み物で慰めを得ようとしています。セネカについてのGiovanni Reale の本と、Pietro Citatiの《Israele e l' Islam. Le scintille di Dio》の本を交互に読んでいます。後者の本は、その文体の明確さと概念の崇高さから、あらゆる人が読むべきものだといっていいでしょう。今の過酷さをやわらげてくれるものに思えます。私の人生の今の特別な面について語ります。というのは、Citatiの本が把握していることは、私の重要な仕事と図抜けた一致を見ているからです。今夜、実際、神の加護のもと、神にはたくさんの名前がありますが、私が信じているひとつの神の名前の助けのもと、ロッシーニの傑作《モイーズとファラオン》を指揮します。この作品は私にとって特に大切なもので、それは音楽的に非凡だからというだけでなく、最初のイタリア語版はロッシーニが私の街であるナポリのサン・カルロ歌劇場のために書き、指揮したということによります。作品のテーマはあらゆる人が知っているように、イスラエルの民がエジプトの隷属状態から逃れていくこと、出エジプトです。楽譜を研究したり、オーケストラ、合唱団、歌手たちとのリハーサルによってすでに学んだ思想は、日々ますます研ぎ澄まされてきていますが、Citatiの本はそれを補完する助けになっています。台本が宗教悲劇から作りだされていることは学問的に説明されています。それは、パドヴァのオリヴェート会修道士である、Padre Ringhieriという人による宗教悲劇です。台本の作者自身が聖職者、あのTottolaであり、よごれた被服を身にまとってナポリをめぐり、なんとかして夕飯と一緒に昼食も受けられるようにした人です。もちろん、不吉な人だと言われることも喜んでいました(彼の通称はNottolaフクロウでした)。また、スタンダールが回想しているように、波間に不幸にして消えていく舞台装飾家や機械技師長だと考えることもできました。初演時、紅海を象徴している覆いの下では、波の動きを模し、さらに嵐にくだけちるさまを模すために、多くの浮浪児たちがぶつかりあっているに相違なかったので、抱腹絶倒する子供たちの小さな頭が見えてきたそのとき、今度は聴衆を笑わせるに至ったのです。作家たちがカトリックの聖職者たちであることや、台本そのものの読解によって、パリ増補版はあらゆる面で増強され、我々はできごとの連なりがカトリックと緊密であることを明確に理解しています。私が子供のころ、カトリックの教理問答は義務で、真剣に勉強しなければならないといわれていました。それゆえに、当時すでにこういうふうに学んでいました。旧約聖書は狭義のカトリックの意味では、新約聖書の予示以外の何ものでもなく、新約聖書の象徴としての前兆であると。ダンテ学者たちは、旧約聖書に由来する《神曲》の中のすべての人物とエピソードを、新約聖書の象徴figureとみなしています。このように、エジプトへの隷属からの脱出、出エジプトは、教会が出エジプト詩篇113を活用していることが証明しているように、復活の象徴です。誰にも、信仰したいものを信仰する自由があります。最初に、主にはたくさんの名前があると言いましたが、神は一人です。で、もし、人類の歴史において名前の優越をめぐって戦うことが少なく、主の中から生じる本質についてよりいっそう研究されたならば、膨大な量の流血、おそらく最大の流血は流されなかっただろうと思われます。さて、《モイーズ》の物語を悲惨な報いを受けた側の明晰な目で見ることは正当です。それは通常の証人には耐え難いということにおいてです。できごとの変遷は暴力の変遷であり、苦しみ、横暴、責め苦の連続です。作品は、誰もが知っているとおり、交響曲的に素晴らしいフィナーレでもって幕を閉じます。すべての人に深い感動をまきおこすフィナーレです。ある点で、実際、嵐が終わり、素晴らしい静寂のモチーフが穏やかな波を物理的に表現し、精神的には人間の、神との和解を表現します。でも、その人間とはどの人でしょうか。一人だけです。紅海の奇跡的に静まった波の下には広大な墓場があり、もう一方の人々の中のよき人たちの亡骸が横たわっているのです。今や、このようなフィナーレにおける物語上のできごとを、文字通りの意味で受け入れることはできません。あるいは、言い換えると、このことを私の次のような夢にインスピレーションを与えるものとして、考えるべきではないかと。開放された墓地が大きく広がり、すべての人がそこにはいることを望めること。宗教の語源が表すとおり、宗教はひとつにつながるためになされ、分けるためになされるのではないこと。

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《モイーズとファラオン》

マエストロ・ムーティとスカラ座の《モイーズとファラオン》のDVDの日本盤が、もうすぐリリースされます。このリリースは上演当時だけでなく、法王の発言が様々な波紋をなげかけている現在も、いろいろなことを考えさせてくれるものになりそうです。

上演当時、この作品をめぐってマエストロが書いたメッセージがCorsera紙に載りました。初日には宗教指導者も姿を見せました。そういったことを報じた記事を含めて、マエストロの過去の記事をいくつかの無念な事情から失ってしまい、地団駄踏む思いをしてきましたが、Corsera紙などの過去記事が単独購入できるようになり、再び読むことができるようになりました。とても嬉しく思っています。
このときのマエストロのまっすぐで飾り気のないメッセージを後で紹介します。

ロッシーニ歌劇「モーゼとファラオ」
発売日 : 2006年9月21日
価格 : 7,140円(本体価格:6,800円)
品番 : TDBA-0122
収録時間 : 全プログラム181分
メディア : DVD
商品構成 : DVD2枚
TDK CORE
http://www.core.tdk.co.jp/shop/product/info.asp?gc=XI0926

2003年12月7日 Corriere della Sera 紙
Il mio sogno: la religione che unisce i popoli

(2006年9月18日15時55分追記)
マエストロのこのメッセージはインターネット上も残っています。
2003年12月7日 ViVi Milano
Il maestro Muti: «Ho un sogno, la religione unisca i popoli»
http://www.corriere.it/vivimilano/speciali/2003/12_Dicembre/07/muti.shtml

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Thursday, 01 December 2005

もっと文化に財源を!

マエストロ・ムーティはことあるごとに文化の大切さを訴えてきていますが、昨日行われた記者会見(上院で行われるクリスマス・コンサートについてのもの)でも鋭いアピールを行いました。FUS削減の中、政治の場で行われるクリスマス・コンサートは、他の意味合いももったものになりそうです。

チャンピ大統領のアピールに賛同を表明しているのは一昨日のフィレンツェでのスピーチと同様です。
マエストロはこんなふうに語ったそうです。

私はこれまで政府の予算、財源についてこれほど舌鋒鋭く要求したことはない。けれども、自分には南イタリア出身特有の断固さがあるから言う。かねがね政治家のほうがとにかくコンサート会場に足を運んでみるのがいちばんいいと考えてきていた。でも、今回は招きに応じる。このケルビーニ管のような将来も才能もある若い音楽家達が、財源のなさから切捨てられているような状態があるからだ。一国の大統領が自国の文化について振り返って言及するということは、危険信号だということである。イタリアでは文化の意義が失われてしまった。けれども、それはイタリアの歴史の重要性とアイデンティティを否定することである。政府予算で音楽院をいくつ作ろうが、そこの卒業生が仕事をしようとするプロのオーケストラが解体されているような状況では、何の意味もない。ケルビーニ管がクリスマスに上院で演奏することには、彼らのこんなの不安、問いかけの意味もある。すなわち、我々はどうなっていくのだろう?


(朝で時間がなくて逐語訳にならず、申しわけありません。今日の新聞に詳しく載ったら、夜にまた紹介します。)

2005年11月30日 AGI
CULTURA: RICCARDO MUTI, FORTE E SERIO L'APPELLO DI CIAMPI
(AGI) - Roma, 30 nov. - Un intervento "politically non correct", annunciato e rispettato. Riccardo Muti dirigera' a mezzogiorno di domenica 18 dicembre il tradizionale concerto di Natale nell'aula del Senato e stamani, con il presidente Marcello Pera, ha presentato alla stampa la manifestazione. Riccardo Muti ha anche colto l'occasione per denunciare lo stato di semiagonia della cultura nel nostro paese e levare un plauso all'appello recentemente lanciato dal Presidente della Repubblica.
"Sono sempre stato un po' refrattario agli inviti perche' ho sempre pensato, nella mia prosopopea meridionale che, a parte la beneficenza, fosse piu' giusto che i senatori venissero ai concerti e non viceversa. Ma, stavolta, ho ritenuto che - ha detto Riccardo Muti - fosse giusto accettare perche' avevo l'occasione di portare giovani musicisti, quelli dell'orchestra Cherubini, freschi di diploma, con un avvenire incerto a causa della situazione della cultura italiana che ha provocato un recente, forte e chiaro appello del Presidente Ciampi. Un fatto che giudico molto serio. Quando si arriva a rendere necessario - ha sottolineato Muti - un appello del Capo dello Stato a favore della cultura italiana, vuol dire che si sono passati i limiti e l'acqua ha superato la diga. La cultura e' oggi quasi svuotata di significato ma non e' un problema di oggi, esiste da quando avevo sette anni, ma disconoscere la nostra dorsale cultura significa disconoscere la nostra storia e la nostra identita'. Allora in un paese dove sono stati decuplicati i conservatori ed e' stato drasticamente ridotto il numero delle orchestre i giovani musicisti che dirigero' e che vengono da quasi tutte le regioni d'Italia porteranno anche una domanda inquietante: 'cosa sara' di noi in futuro?'" -

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Saturday, 26 November 2005

先人の教えに触れる

漫画『のだめカンタービレ』が大人気です。コミックス第二巻が出た頃から読みはじめましたが、オーボエの黒木くんを好ましく思いながらも、いろいろ登場する指揮者のキャラクターに興味津々です。そのような漫画人気もあるのでしょうか、今日のNHKラジオ第一の『きらり10代!あこがれ仕事百科』では指揮者がとりあげられ、とても面白く聞きました。

フロックコートで登場した指揮者の齊藤一郎さんが語った言葉の中でいちばん印象的だったのが、過去の古い人たちの作品に触れることで人間として成長した、ということでした。人生などで迷ったときには先人の遺したものの中に教えや答えがある、というような趣旨です。
また、スタジオにいた高校生たちが、オーケストラのメンバーとの人間的ふれあいを指揮者のあり方として最重要視したのに対し、たとえオーケストラから嫌悪されるような人間であっても、その音楽がすぐれていればオーケストラはついてくると語っていたのも、実際に指揮活動している人ならではの考えだと思いました。

http://www.nhk.or.jp/kirari10/job/


先人の教えに触れることの大切さは、マエストロ・ムーティから随分学んできました。
マエストロが高校 liceo や大学の哲学科であたりまえのように教養として積んできたことは、もちろん日本の学校教育、大学の教養課程でも一般知識として修得することができます。しかしながら、アウグスティヌスやセネカについて語るマエストロのインタビューを読んだときには、大学時代の熱に浮かれたような哲学熱、ユマニスト熱の記憶が蘇ってきて、こんなところにもマエストロとのつながりがあったのか、と嬉しい驚きで心がいっぱいなりました。マエストロがそういった哲学者たちの思想からどのような道を探し出そうとしているのか、とても心をひかれます。

マエストロは、過去のことは振り返らない、とスカラ座辞任後何度も語り、それは自分の南イタリア人としての気質、常に前をみるポジティブなキャラクターによっていると言っています。
英語文化(広くはキリスト教文化)における聖書の教え「後ろを振り向くな」について書いたコラムを、とても興味深く読みました。聖書も先人の教えであり、マエストロの中に根を張っているものだと言っていいかもしれません。
はたして、英語文化では過去を振り向くことを日本の場合ほど重視しないのかどうかは、比較文化的検証にまかせますが、コラムを読みながら、マエストロのことを思いました。

2005年11月20日付 ASAHI WEEKLY紙
英語文化が示すpast(過去)

創世記―ソドムとゴモラ、ロトの妻の塩柱
Flee for your lives; do not look back and do not stop anywhere in the Plain. Flee to the hills or you will be swept away.

イザヤ書
Cease to dwell on days gone by and to brood over past history.

ピリピ人への手紙
All I can say is this: forgetting what is behind me, and reaching out for that which lies ahead, I press towards the goal to win the prize which is God's call to the life above, in Christ Jesus.

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Saturday, 19 November 2005

フェニーチェ座の訴え

フェニーチェ座訪中か?というニュースに接して同歌劇場のサイトを訪れた際に、文化予算を削ろうとしているイタリア政府への抗議の署名活動が同サイトで行われていることに気づきました。Eメールで賛同と署名の意志を表明する形をとっていて、毎日少しずつ賛同者が増えていますし、日本人らしい名前もかなりあります。
14日にマエストロ・ムーティの文化に関するレニャーゴでのインタビュー記事を読んだ際、Corsera 紙の記者にお礼のメールを出すとともに、他国のことだけれども、イタリア文化の恩恵に長年浴してきた者にできることのひとつはこれだろうか、と思いました。


http://www.teatrolafenice.it/news/news.jsp?id=4023&l=IT
Firma l'appello per la cultura

APPELLO PER SOSTENERE LA CULTURA E LO SPETTACOLO ITALIANI, LA CUI SOPRAVVIVENZA È MESSA IN PERICOLO DAI TAGLI DEI FINANZIAMENTI GOVERNATIVI

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Monday, 14 November 2005

劇場や文化は誰にでも必要なもの

昨日、レニャーゴLegnagoの名誉市民になったマエストロ・ムーティですが、その際に文化の大切さを訴えています。
現在、イタリアではFondo Unico per il Spettacolo(Fus 芸能統一基金)のカットが先月来政治上のホットな争点になっていますけれども、マエストロの主張はこれまでと全く変わるところがありません。
今日のCorsera 紙がマエストロの発言を簡潔にまとめて載せていたので、紹介します。(この記者Laura Dubiniはマエストロについてきちんとした記事を書いてくれることが多く、嬉しいです。)

2005年11月14日付 Corriere della Sera 紙
«Noi musicisti difendiamo la cultura»
Muti: sui tagli al Fus non siamo rompiscatole

(略)
それから、ムーティはFusの削減というホットな話題に向き合い、27歳でフィレンツェ五月音楽祭の音楽監督になった1968年の頃から、文化のためにいつも戦ってきたと打ち明けた。「厄介者の音楽家と考えるようなことはやめましょう。」きっぱりと言った。「文化と芸術に富んだ我々の歴史を見てみてください。その抗議に続けて、音楽が教えられるべきである学校をはじめとして、我々の国の支柱となるものに再び着手すべきです。何人かの例外を除いて、我が国の政府の人間は何もわかっていません。けれども、誰もが、右であれ、左であれ、劇場や文化を必要としていますし、アントニオ・サリエリが我々に教えてくれたように、音楽を糧とすることを必要としています。教会も、法王は素晴らしい音楽家であり、伝統的な宗教音楽を再び持ち出してくるに違いないだろうと思われます。」

(略)
Muti affronta poi il tema caldo dei tagli del Fus e dichiara di essersi sempre battuto per la cultura sin dal ’68, quando ventisettenne diventò direttore musicale del Maggio fiorentino. «Smettiamola di considerare i musicisti dei rompiscatole - afferma -. Guardiamo alla nostra storia che è ricca di cultura e di arte. Dopo la protesta è il momento di ricominciare, partendo dalla scuola dove bisogna insegnare la musica, la spina dorsale del nostro Paese. Tranne qualche eccezione, i nostri uomini di governo non sanno nulla. Ma tutti, di destra o di sinistra, abbiamo bisogno di teatro e di cultura, di cibarci della musica come Antonio Salieri ci ha insegnato. Anche la Chiesa, e il Papa è un formidabile musicista, dovrebbe riproporre la musica sacra tradizionale».

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Thursday, 30 June 2005

乳がんとの闘いへの支援

婦人靴のデザイナー、およびそのメーカーStuart Weitzmanの、乳がんとの闘い・ピンクリボンキャンペーンへの関心はよく知られているところですが、イタリアでも2002年に、マエストロ・ムーティもその趣旨に賛成して、オークションにデザインした靴を出品しています。
30日は、以前にも同靴メーカーの趣旨に賛成して活動に参加したことのあるクリスティナさんが、マエストロ・ムーティがアイデアを出し、同メーカーが作った靴の展示されているラベンナの靴店を訪れます。靴の展示は30日から4日間、さらに、7日のクライバーへのオマージュのためのコンサートでも見られます。
マエストロがデザインした靴の写真はStuart Weitzmanのサイトでまだ見られます。

http://www.stuartweitzman.it/komen/ita/storia/italia.asp

2005年6月29日付 Emilia Net

Ravenna Festival e Fango Calzature contro il tumore al seno
Giovedì 30 giugno, ore 18 Fango Calzature, via Cavour 131. Sarà presente Cristina Mazzavillani Muti

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Wednesday, 22 June 2005

文化に基礎をおくひとつのヨーロッパ

ヨーロッパ憲法制定の動きは止まったままですが、昨年6月に100人からのヨーロッパの芸術家たちが声明を出してうちだした、文化に基礎をおいたひとつのヨーロッパの構想は、賛同する署名が1000人を超えました。マエストロ・ムーティも当初より声明に賛同し、署名しています。ヨーロッパでは過去何世紀かにわたって、文化の交流が国境や言葉の壁を無視し、戦火がもたらす傷をいやしてきた、そういう遺産をもっと豊かにして後世にひきついでいこう、という骨子で、発表時に、ヨーロッパ委員会委員長をはじめ、EU加盟国首脳にもその声明が届けられました。

2005年6月22日付 Sueddeutsche Zeitung 紙より
Brief der Tausend
Von Abbado bis Zizek: Künstler plädieren für ein Europa der Kultur


Artst Appeal Europe
http://www.artistsforeurope.org/

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Sunday, 24 April 2005

オケの響きのグローバル化への憂慮

マエストロ・ムーティがナポリ大学から名誉学位を授与されるにあたって、ケルビーニ管とのリハーサルを記念式典で披露した際に、ケルビーニ管の響きをグローバルなものにしない、と語っていました。これはかねてからのマエストロの主張、信条です。そのことに触れた過去のインタビューのひとつを紹介します。
レコード会社への憂慮も述べられていて、メジャーレーベルでの録音から遠ざかっていった理由も、こんなところに遠因があるのだろうか、とも思いました。
スカラ・フィルに寄せる高い評価が、今はまだ無念に思えます...。

2001年9月4日付 Il Giornale 紙より
Muti: "No alla globalizzazione della musica: livella le orchestre".
É stata fatta una equalizzazione del suono, c'è stato un livellamento a discapito dell'individualità e della personalità dell'orchestra".

《ムーティ:音楽のグローバル化には反対です。それはオーケストラを平均化してしまいます。
音の響きが均質化されました。均一化はオーケストラの個性と特徴を損ないました。》

「私は、音楽のグローバル化、音の響きのスーパーマーケット化に反対です。」マエストロ・リッカルド・ムーティはスカラ・フィルを伴ってサン・パウロにいる。サン・パウロ州の新しいオーケストラホールで3回コンサートを開くミニ・ツアーで、アルゼンチンでの大成功の晩に続くものである。このオーケストラに必要なものがあるとしたら、さらにどんな紋章だというのだろう。ムーティがスカラ座という高貴な生まれに完璧な個性を与え、アイデンティティを付与した、スカラ座の音楽家達が大方を占めるスカラ・フィルに?

しかしながら、アイデンティティはレコード産業のシステムによって、危機におかれている。すべてを均一化した響きにしてしまうようなデジタルという品質のみを激しく追及したためだ。すべてが暗黒だった、オーケストラにとって闇の夜の前時代をヘーゲル的に変化させているのである。ムーティは三組の団体だけが無事だとしている。スカラ座オーケストラ、ウィーン・フィル、フィラデルフィア管である。「ラジオのスウィッチを入れてドボルザークの作品を聴いても、もはや演奏を区別できません。ロンドンのオーケストラもミュンヒェンのもパリ、ブラチスラバのも、すべて似ています。音の響きの同質化が行われたためであり、オーケストラの個性と特徴を損なう均質化の結果です。」「有名オーケストラはそうなるのを見逃し、小さなオーケストラはまぬがれた」という逆説的な結果を伴った。

しかし、実際には、ムーティの話の筋道はまさに音楽とその尽きない神秘へと熱中した。まさにこのことがあるから、マエストロは降参することがない。「私は音楽のグローバル化、音の響きのスーパーマーケット化と戦っています。子供の頃は市場に行って、自分がいちばん気に入った、いちばんいいトマトを選んだものです。今は、スーパーマーケットへ行って、万人にとっていいパックを買います。我々の世界で実際大切なのは、文化の価値の多様性であり、人々の価値の多様性です。しかしながら、それはよい共同体をいつも配慮してのことです。」ムーティが繰り返し主張し、口にした考えは全体の多様性に従うものだ。「社会で暮らすべき有り様で音楽の世界でも生きなければなりません。多様性で結ばれているのです。」

従って、地域性への屈服は全くない。音楽の本質はあらゆる国境を超える。「音楽におけるナショナリズムは全く信じていません。」マエストロは強調する。「事実、フランス印象派音楽の最高の演奏家はドイツ人ピアニストです。」危機は別のところにある。絶対的な演奏技術なのか、それとも単に量をこなせばいいのかを論じること、伝統と独自性を均一化するところにある。世界の状態を鉛のような灰色にするところにある。現実の危険はこうだ。「レコード会社の側によって」ムーティは警告を強く発する。「理想的な音が求められ、理想的な演奏技術が追求されていることです。実際、作品の解釈の質よりも音の響きの質に関心をおいたディスクがたくさんあります。」録音室そのものを強調する現象もある。「この演奏技術水準に応えたものにするために、演奏会場までもが手を加えられるまでになったというのがすべてです。非常に多くの場合、演奏会場は、どちらかというと、演奏家よりも音響技術者による理想の音の響きでもって建設されています。その結果、大きなオーケストラは甘んじ、小さなオーケストラは得をしています。」けれども、責任は技術や音響技術者の側にはない。「オーケストラの響きの個性を保持する指揮者が負うものです。かつてはフランス人は容易にわかる音を持っていました。ドイツ人も全く同様でした。伝統が理由であれ、学校が理由であれ、すべてがオーケストラを個性化していました。」

現在はもはやそうではない。芸術上の真の個性を保持してきた団体はわずかだ。その中で、ムーティはとりわけスカラ座オーケストラに時間をかけている。「あの輝かしい音はオペラの偉大な体験から生まれたものだからです。」ウィーン・フィルについてかける時間にも不十分なことはなかった。「ウィーン・フィルは自分達の音と文化についてアイデンティティを保つことができる、非常にまれなオーケストラのひとつです。解釈について音楽家たちと、いつも非常に注意をはらっています。彼らの音ではスカラ座に比べてメランコリックな部分が重視されています。しかしながら、まさにスカラ座のオーケストラがそうであるように、偉大な歌心を持っています。なぜなら、ウィーン・フィルもオペラのオーケストラだからです。」オペラがグローバル化への真の答えということか?

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Monday, 14 March 2005

La musica e' un atto d'amore.

スカラ座をめぐるイタリアの記事を毎日読みながら、マエストロ・ムーティのことを思って心を痛めています。マエストロの言葉に、音楽は愛、というのがあります。オーケストラとの間の信頼と愛情に支えられたマエストロの音楽が聴ける日が早く訪れるよう、祈る日々です。

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Monday, 07 February 2005

オーストリアの新聞もマエストロのアピールを報道

今日のStandard 紙が、文化予算削減に対するマエストロ・ムーティのアピールをめぐる、イタリアの報道をとりあげていました。

2005年2月7日付 der Standard 紙より

Muti: Italienische "Kulturpolitik ist ein Verbrechen"
Stardirigent kritisiert: "Die geplanten Einsparungen werden die italienischen Theater lahm legen" - Ruft Jugendliche zum Protest auf

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ウルバニ文化財相の公開書状

フィレンツェ五月音楽祭歌劇場管とのケルビーニの荘厳ミサ曲の演奏をRAI RADIO 3 の中継で聴きながら、マエストロ・ムーティのフィレンツェ大学での講演とピアノの「弾き語り」を思い出していました。長い長い拍手喝采をとても嬉しく思いました。

演奏中継前にキャスター達がここ数日のマエストロの動静と発言について語っていました。
その中でも触れられていたのが、6日のCorsera紙に載った、ウルバニ文化財相がベルルスコーニ首相に宛てた公開書状です。マエストロが提起した、文化への助成予算削減反対、削減はイタリア文化への犯罪であり侮辱だ、という問題に対して、マエストロの発言は傾聴に値する、予算を補正すべきだ、と首相に訴える内容になっています。
マエストロが文化について心配する発言をしばしばしていることに対して、それは音楽の面をとればそのとおりだ、と他の分野については反論をしながら、音楽についてはマエストロにそれなりの理由があると肯定しています。
文化への助成予算が削減されたことについて、ウルバニ文化財相は自分は賛同しない、それは不当だし、知的なことではない、と反対を表明しています。イタリアの財政危機の中、予算獲得に努力してきたが、それは、ここ数年の間に、イタリアの主要な歌劇場が改修や再建を行ったこと、また、各財団の収支が悪化しないように救い出そうとしてきたことが理由である、全く少なからぬ市長や歌劇場総裁が財政状態について助けを求めにきている、と予算の使途の適正さを訴えています。
さらに、この財政危機の中、文化への助成予算を削減すべきではないことの理由に、文化への予算というのは目的のない見えない出費ではなく、経済的にみて資本の投下にあたる、とその実効性をあげています。すなわち、イタリアの文化観光業は外国から旅行客をひきよせていること、文化はイタリアのトレードマークであり全世界に観客がいることから、資本を投入する理由が十分にあると述べ、以上の理由から、イタリアで音楽は保護されなければならないだけでなく、一層促進奨励されなければならないと主張しています。
予算の上積みを求めるウルバニ文化財相の手紙は、ベルルスコーニ首相を動かすでしょうか。フィレンツェでマエストロ・ムーティはふたつの大きな提案を行いました。それがどのような結論を見るのか、何もできないファンですが、重大な関心をもって見守りたいです。

2005年2月6日付 Corriere della Sera 紙より
LETTERA APERTA/ Il ministro scrive a Berlusconi
Urbani: « Il governo sbaglia Sulla cultura ascolti Muti »

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Saturday, 05 February 2005

イタリアに文化を取り戻そう(原文)

今日のCorsera紙が、マエストロ・ムーティのイタリアにおける文化についての憂いとアピールを載せていました。
昨日、フィレンツェ五月音楽祭歌劇場でのケルビーニの荘厳ミサ曲のゲネプロが学生達に公開されました。演奏後、客席に向かって、ケルビーニのこの作品を気に入ったかどうかたずね、学生達が大声で歓声をあげると、こういう文化が享受できるように、イタリア政府に手紙を書いて、文化予算を削るなと訴えよう、と呼びかけたそうです。
文化がなければ人間はケモノでしかない、というマエストロのアピールは強烈です。

2005年2月5日付 Corriere della Sera 紙より
Il maestro attacca ancora il governo. Ieri mattina l’appello agli studenti fiorentini durante una prova generale

«Giovani, scrivete a Roma per salvare la musica»

Campagna di Muti contro i tagli alla cultura. «Credo nella mia battaglia, ma non appartengo a nessun partito»

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Thursday, 03 February 2005

文化の破壊だと怒るマエストロ

フィレンツェで行われた記者会見で、マエストロ・ムーティは文化についての予算削減、学校教育から音楽が取り除かれていること、音楽への無関心についての心配、腹立たしさを表明しています。

2005年2月2日付 ANSA 通信より

Muti: un delitto tagli a cultura
Per il maestro c'e' disinteresse verso la musica
(ANSA) - FIRENZE, 2 FEB - 'I tagli di budget alla cultura sono un delitto'. E' quanto afferma Riccardo Muti nel breve incontro di stasera con la stampa. Il maestro, impegnato nelle prove della Messa solenne in re minore di Cherubini che dirigera' il 4 febbraio al Teatro Comunale di Firenze, ha manifestato il suo disappunto nei confronti dei tagli programmati che mettono 'in ginocchio i teatri' e contro la 'volonta' di togliere la musica da alcune scuole'. Prosegue Muti:' sono un disegno di smantellamento'.

2005年2月2日付 la Republicaより
Firenze, 20:30
MUTI, DELITTO TAGLI A CULTURA, SI PORTA PAESE IN BARATRO

"Smorzare la musica nel nostro Paese e' un delitto. Non e' una cosa grave: e' un delitto". E' fermo il "grido d'allarme" che il maestro Riccardo Muti ha lanciato questa sera a Firenze, dove si trova per dirigere (da venerdi' prossimo) la monumentale Messa solenne in re minore "per il Principe Esterhazy", di Luigi Cherubini, con l'Orchestra del Maggio, sul cui podio, dove ha iniziato la carriera nel 1968, egli mancava da un decennio. "Sono un po' preoccupato - ha detto Muti - perche' questi tagli che sono stati programmati e che mettono in ginocchio i teatri, questa volonta' di cui ho sentito parlare di togliere la musica da alcune scuole e di alcuni corsi in cui la musica e' stata una materia importante, sembra far parte di un disegno di voler smantellare quelle che sono delle caratteristiche fondamentali del nostro Paese". Sempre secondo il musicista, "per quest'atteggiamento di disinteresse o peggio ancora di desiderio di smantellamento, un poco alla volta, di quelle che sono le grandi e le piccole istituzioni musicali credo che sia un grido d'allarme che vada fatto", da parte di "una persona che oggi come ieri, e' al di sopra o al di fuori delle parti: io - ha precisato - non parlo per preoccupazione mia personale, dato che ormai ho l'eta' e la posizione per preoccuparmi, come facevo del resto trent'anni fa, delle sorti del nostro Paese". Per Muti, e' grave "non prendere coscienza e consapevolezza delle conseguenze negative che cio' puo' aver proprio sulla struttura della personalita' e della formazione sociale e culturale dei nostri figli, dei nostri nipoti".

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Friday, 10 December 2004

平和な世界に

マゼールが最近のインタビュー(2004年12月9日付 Avvenire紙)の中で、音楽による友情の架け橋というラベンナ音楽祭のモットーに賛同していました。
彼は、トスカニーニ・フィルとともに12月21日、22日にベートーベン交響曲第9番をベツレヘムとエルサレムで演奏します。クリスマスに人の命と平和の大切さを訴えるコンサートで、そのメッセージは明確です。マゼール自身は、音楽が戦争をやめさせることができるかに関して、自分は楽観主義者でもなければ悲観主義者でもない、と語っています。ラベンナ音楽祭が「友情の道」をモットーにサラエボやベイルート、エルサレム、ダマスカスで演奏会を行っていることについて、こういう活動の大切さを、我々音楽家はある意味、音楽という普遍的な言葉を使う大使であり、その音楽という言葉でいろいろな文化や人々を結びつけていく、と説いています。
2004年ニューイヤーコンサートでマエストロ・ムーティがとつとつと語る真摯なメッセージが思い出されます。

This is the famous moment of the best wishes to the audience to the world.

But we'd like to say this morning , the first of January , the moment when the world has so many pains , so many conflicts that music of Strauss-family, Strauss, Lanner and all the other musicians are presenting the soul.

The culture of Vienna and Austria brings feelings of sadness and joy---that is our life---.

That's the reason why for so many decades the music of Strauss in this historical , fantastic hall through the talent of of the Vienna Philharmonic goes around the world , somehow brings the world together from China, Japan, the United States, Russia, the South America, et cetera, et cetera.

And different people---different race, different colour, different religion, different culture--- feel the same feelings of sadness, joy and hope that music of Strauss brings.

That's the reason why this music is someway needed today.

Because the same people feel the same things and music speaks for everybody and brings everybody together.

So let's hope for our life , for our children, our world and music of Strauss through the Vienna Philharmonic.

I hope that brings really peace to the world , at least will help.

That's the reason I will conclude thus every time I did---

Die Wiener Philharmoniker und ich wuenschen Ihnen,

Prosit Neujahr !

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