サン・カルロ歌劇場への再登場(1)
ナポリのサン・カルロ歌劇場の若き凄腕代表者Commissario、Salvatore Nastasiのニュースには、嬉しい驚きがありました。マエストロ・ムーティがサン・カルロ歌劇場に戻ってくるようにしてくれたこと、そして、同歌劇場の再建への道のりが見えてきたことは、ファンとして大きな喜びです。
ナポリの新聞に載ったマエストロのインタビューをまじえた記事を紹介します。
2008年2月21日 Il Mattino
Muti: «Torno per il nuovo San Carlo»
「ええ、サン・カルロ歌劇場を指揮しに来ます...私はナポリ生まれで、自分の町に戻ってくるのです。」リッカルド・ムーティは晴れ晴れとした声で、少し興奮しながら、その演奏会について認めた。2009年2月に、6ヶ月の工事の後劇場が再開される際のものである。サン・カルロ歌劇場を指揮するのは25年ぶりで、マエストロと同歌劇場の間の断絶を示すことになった宿命の《マクベス》以来のことである。
近年、ムーティはしばしばサン・カルロ歌劇場に戻ってきている。けれども、いつも有名オーケストラとの客演である。今回は違う。同歌劇場のオーケストラと合唱団を指揮する。工事後の再開を告げる演奏会である。工事は2009年にまた7月から12月までの6ヶ月間続けられ、その間、劇場の活動は別の場所で分散して行われる。(略)
「Salvatore Nastasiに会い、次シーズン開幕のための貢献を申し出ました。」ムーティはラベンナからの電話でこう語った。ロンドンに出発しようとしているところで、フィルハーモニア管とスペインの幾つかの都市を訪れるツアーに向けたリハーサルを、22日からロンドンで始める。その後、ウィーンでは「彼の」オーケストラであるケルビーニ管のムジークフェライン・デビューがあり(《ドン・パスクァーレ》のコンサート形式での上演)、ニューヨーク、パリと続く。5月にはザルツブルクで、18世紀ナポリ派音楽に捧げる素晴らしい企画を継続させる。サン・カルロ歌劇場との間で発足するこの新しい共同関係を切望するならば、2009年2月の企画は、まさにナポリそのものにとって効果のあるものといっていいだろう。「プログラムについては考慮中です。」とのことだが、ムーティは、Cesare Mazzonisとも非常に緊密な関係にあることを明らかにした。彼とは既にスカラ座で一緒に仕事をしていて、Mazzonisは現在サン・カルロ歌劇場の芸術顧問を務め、この和解の中心人物である。


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