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domenica 9 agosto 2009

Moise et Pharaon (3)

マエストロ・ムーティのザルツブルク音楽祭における《モイーズとファラオン》は、演出への聴衆の反応が割れた他は、大成功でした。短信が出ているとおりです。

2009年8月9日 ddp
Neuinszenierung - Geteiltes Echo auf Flimms Salzburger Rossini-Inszenierung

特に、アナイが喝采をさらっていました。

スカラ座公演のフリットリのアナイについては、初日のインターネット放送では、ガナッシ(出産を控えて、ザルツブルク音楽祭では降板)のロッシーニ歌いとしての卓越性に比べて、聴衆の戸惑いが聞こえてきましたが、それでも、歌唱に見られる音楽性は素晴らしかった。マエストロが彼女を選んでくれたことに、彼女が歌ってくれたことに、今でも感謝しています。

さて、ザルツブルク音楽祭年鑑に載った、マエストロのインタビューの残りの部分を紹介します。

作曲家の創作欲とはなんだろう、評価されたいという望みはどういうものなのだろう、と考えさせられます。

そして、イタリア音楽の伝統がヨーロッパに伝播していったことを、またしてもマエストロのインタビューから認識させられ、マエストロの中にある、偉大なヨーロッパ音楽の伝統にあらためて畏れおののき、一層深い深い敬意を捧げることとなりました。

本当に、マエストロ・ムーティは、先生、導き手、il mio Maestroです。

Unterwegs 2009
"Like a fresco by Raphael"

音楽学者達は、ロッシーニの二つのモーゼ・オペラのうち、どちらが重要かを討議し続けている。ひとつは、ナポリ、サン・カルロ歌劇場のために書かれ、1818年に初演された、3幕ものの宗教音楽劇 Mose' in Egitto  である。もう一方は、4幕ものの  Moise et Pharaon ou Le Passage de la Mer Rouge  で、1827年にパリで初演された。ムーティの答えは明確である。「Mose' in Egitto  は、美しい音楽といくつかの輝かしいアイデアを持った『普通の』 オペラです。ロッシーニの独創的な作品を参照するに際しては、散見される短所と素晴らしい箇所との結び付きが重要です。Moise et Pharaon は、徹頭徹尾、完璧なグランドオペラ形式で、まるでラファエロのフレスコ画のようです。」ムーティは、二つの作品についてそれ以上の比較をすることは拒んだ。たとえ、ロッシーニが Mose' in Egitto  の一部を Moise et Pharaon に使用したとしても、そのほか、 Armida、 Ciro in Babylonia、 Adelaide di Borgogna、 Bianca e Falliero といったような初期の作品からも、一部を選んで一緒に使用しているが、たとえそうだとしても、それにもかかわらず、コンセプトの面では、両者は全く別の作品である。従って、二つのバージョンが同じ作品だとは言えない。さらに、前者の作品が、イタリアの歌劇場を想定しているのに対して、Moise et Pharaon はフランス嗜好に適合したものである。バレエが作品の中心に登場するのは、そういった理由による。

また、作品の主題の重要さも展望すべきだ。Moise et Pharaon は聖書の世界の出来事であると同時に、ラブ・ストーリーにも足を置いている。若いユダヤ人女性Anaiは、Pharaohの息子Amenophisと恋におちる。評者の中には、これをアイーダとラダメスの先駆とみなす者達もいる。そこにも、背景として、二つの敵対する国とラブ・ストーリーがあるからである。ムーティにとっては、「ラブ・ストーリーはラブ・ストーリーにすぎません。」ロッシーニにしてみれば、このプロットはオペラの着想を得るためのひとつにすぎない、と彼は見る。ロッシーニの目的は、「密度の非常に濃い、強い音楽を書くことであり、素晴らしい効果を創出することにあるのです。それはグルックのオペラに比べうるといえるでしょう。グルックのオペラは、本当のところ、何の筋書きももっていないのですから。」このような見通しに立てば、どちらかといえば偶然にだが、1世紀後になってやっと、Moise et Pharaon を次のフィナーレにおいて発見することになる。プッチーニの《マノン・レスコー》で、砂漠における愛の二重唱だ。

ムーティにとって第一に重要なのは、Moise et Pharaon において、ロッシーニがオーケストラと合唱をソリスト達とともに同じ地位においていることである。「ロッシーニはそのことによって、自分が持っている、管弦楽作曲家としての優れた技量を披露したかったのです。合唱は主役としての役割を与えられています。どのパートもむつかしくて、テノールの音域は非常に高く、バスにとっては、チャレンジが多く用意されているとしか言いようがありません。ロッシーニはそのオペラ・セリアの創作において、『巨大な聖堂』を築き、その結果として、その後に続くイタリア人作曲家達に非常に大きな影響を与え、それはヴェルディにまで至るもので、また、フランス人作曲家達に対しても同様でした。ロッシーニはフランスの雰囲気を吸収し、フランスのオペラ様式について知りつくしていました。それだけでなく、ベートーベンとモーツァルトの音楽も知っていました。彼はそれらすべてを、グランド・オペラの様式で表現したいと考えていたのです。その意図していたところは、大傑作の創作でした。ロッシーニは、その素晴らしい喜劇作品においては大成功を収めていましたが、それでも、まだ、オペラ・セリアの作曲家として承認されることを望んでいました。モーツァルトもやはり、《イドメネオ》を自分のオペラ作品の中で、最高峰とみなしていました。」 

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