« aprile 2007 | Principale | giugno 2007 »

95 post da maggio 2007

giovedì 31 maggio 2007

アイーダを是非歌いたいというフリットリ

Opernglas誌最新号のフリットリのインタビュー(カバーストーリー)を、とても興味深く読みました。
ちょうど、スカラ座新シーズンが発表になり、フリットリがいたずらっぽく秘密にしていた2008年スカラ座公演が、プッチーニ三部作であることもわかりました(2008年3月)。

彼女の今回のインタビューでも、リチートラと同じように、マエストロ・ムーティへの特別な気持が感じられます。

たとえば、《オテロ》についてはこんなふうです。

デズデモナは何度も歌っていて、おそらく、11か12のプロダクションで80回は歌っているだろう。どれがベストかを言うのは困難だ。歌手が今ひとつのものもあれば、舞台が今ひとつのものもある。一番のものは、確実に、Graham Vick の演出、Ezio Frigerio の舞台美術によるスカラ座とムーティのもと、Plácido Domingo、Leo Nucciとともに歌ったもので、すべてが非常に高い水準だった。

また、2001年の同誌のインタビュー(これも、とてもいいインタビューでした)で、ヴェルディとモーツァルトへの思いを語っていましたが、そのときと変わっていることがあります。こんなふうです。

ヴェルディのある種の役にはともかく成熟が必要だ。将来は、アイーダをなんとしても歌ってみたいと思っている。おそらく、ムーティがスカラ座にいたら、とっくにアイーダを歌っていたことだろう。ムーティは《運命の力》のレオノーラも歌わせたいと願っていたが、当時は断った。まだ早すぎたからだった。ことによったら、この役は一度も歌わないかもしれないが、アイーダの次には《仮面舞踏会》のアメリアも考えている。

最後に、今はまだ言えないが、ミュンヒェンでとても興味深いデビューの話がある、とまた秘密めかして語っています。何を歌うのでしょうか???

DAS OPERNGLAS  誌 2007年6月号
DAS INTERVIEW
BARBARA FRITTOLI
https://www.opernglas.de/aktheft/index.html

https://www.opernglas.de/aktheft/interview/index.html

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

スカルラッティのオラトリオへの称賛

昨日のDie Welt紙は、マエストロ・ムーティとケルビーニ管によるスカルラッティのオラトリオについて、作品と演奏の双方を称賛しています。
作品については、チマローザのオペラにはどちらかといえば消極的な評価だったのに対し、真の発見だ、と音楽祭の真価がここに発揮されたことをたたえています。聴衆もスタンディングオベーションで迎えたとのこと。

2007年5月30日 Die Welt 紙
Musikfrühling an der Salzach

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

チマローザの真髄

チマローザのオペラ《ドン・カランドリーノの帰還》について、マエストロ・ムーティはこんなふうに語っています。

「この作品の力は演劇的な動きの中にあるのではなく、会話の滑稽さ、言葉のおかしみの中にあります。《ドン・カランドリーノ》にはモーツァルトに続いていく要素が多く感じられますし、いくつかのフレーズは、台本作家ロレンツォ・ダ・ポンテの世界を想い起こさせます。」「おそらくモーツァルトはまさしく天から降ってきたのでしょうが、ナポリの天使達によって支えられたのです。」

記事はこう結ばれています。

そういうわけで、ナポリーザルツブルクのオペレーションは完璧な成功だった。ただ、3年にわたるこのプロジェクトがイタリアで実現しなかったことだけが、残念に思われる。

2007年5月30日 Il Resto del Carlino 紙
Riccardo Muti e la Cherubini trionfano nella citta' di Mozart

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

mercoledì 30 maggio 2007

聖霊降臨祭音楽祭の写真

ケルビーニ管のサイトに、マエストロ・ムーティが上演した《ドン・カランドリーノの帰還》の写真が載りました。

カーテンコールの写真(オーケストラも舞台で喝采を受けています)がカラーで観られるのが嬉しいです。

Orchestra Giovanile Luigi Cherubini
WHO'S WHO » FOTOGALLERY

http://www.orchestracherubini.it/chi_siamo/fotogallery/

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

NYフィルをオンラインで聴く

マエストロ・ムーティのニューヨーク・フィル来演が近づいていますが、6月の公演のうち、ラン・ランとの演奏会のほうは、オンラインで6月22日~7月2日に聴けます。

Lang Lang Plays Beethoven's "Emperor" Concerto
ProgramCherubini: Overture in G major
Beethoven: Piano Concerto No. 5, "Emperor"
Hindemith: Sancta Susanna
NY Philharmonic
Riccardo Muti, Conductor
Lang Lang, Piano
New York Choral Artists, Joseph Flummerfelt, director
Brigitte Pinter, Mezzo-soprano (Klementia)
Tatiana Serjan, Soprano (Susanna)
Jane Gilbert, Mezzo-soprano (the Old nun)

Thursday, June 7, 2007 7:30PM
Friday, June 8, 2007 8:00PM
Saturday, June 9, 2007 8:00PM
Tuesday, June 12, 2007 7:30PM

Online: Fri, Jun 22 - Fri, Jul 6
http://nyphil.org/attend/broadcasts/index.cfm?page=broadcastsByMonth

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 29 maggio 2007

聴衆に受け入れられた聖霊降臨祭音楽祭

今日のORFのニュースによれば、ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭のオペラと四つのコンサートは96.5パーセントの稼働率で、大部分の聴衆は熱心に聴いていたそうで、たいていの人たちは来年も再び訪れるだろう、とのことです。
マエストロ・ムーティも自分がザルツブルクで歓迎されているのを感じ、聴衆を称えています。「ここでは、世界のどこにもみられないほどの、好意と愛情、友好的なもてなしをうけました。」

2007年5月29日 Salzburg・ORF
PFINGSTFESTSPIELE
Besucher großteils begeistert

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ナポリ側の不在を嘆く

ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭については、マエストロ・ムーティは音楽祭発表当時からナポリ・サイドの関心の低さを嘆いていましたが、開幕中もそのことに触れている記事がいくつかありました。オーストリアの公的関係者はもちろん、スペインは王妃まで聴きに来ていたのに、という嘆きです。

オペラの客席にも、オラトリオのそれにも、ナポリ・サイドの公人は姿を見せていなかったようです。
中継があったのも、オーストリアの放送局だけ、という書かれ方です。

また、マエストロは昨日のオラトリオを、指揮棒なしで振ったそうです。

2007年5月29日 Avvenire 紙
Muti rapisce Salisburgo con la Napoli sacra

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ローマでは《エルナーニ》

今日のメッサジェーロ紙によれば、マエストロ・ムーティは、ローマ歌劇場で《エルナーニ》を上演することを、ザルツブルクで明らかにしたそうです。また、そのほかに、グルック、モーツァルトのオペラをひとつずつ振るそうです。

2007年5月29日 Il Messaggero 紙
Muti trionfa al fetival: Dirigero' "Ernani" alla'Opera

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

来年もオラトリオで閉幕

今日のプレッセ紙によれば、来年の聖霊降臨祭音楽祭も、マエストロ・ムーティとケルビーニ管によるオラトリオ(Hasse、 Oratorium „I pellegrini al sepolcro di Nostro Signore“)で5月12日に閉幕するそうです。

昨日のスカルラッティのオラトリオについて、プレッセ紙が短くコメントしていました。

チマローザは《ドン・カランドリーノの帰還》で、モーツァルトの《ドン・ジョバンニ》の表現方法や《コシ・ファン・トゥッテ》の状況設定を先取りしているが、アレッサンドロ・スカルラッティも同様である。長いレチタティーヴォをもつマリアの視点から描かれた、遠大なキリスト受難物語において、また、そこではいくつかのアリアにおいてトランペット独奏の優越性がみられるが、スカルラッティはバッハにダイレクトにつながり、至っている。こういったこともムーティは、優秀でよく練習を積んだケルビーニ・ユース管と、すぐれたソリストたち(Anna Bonitatibus、 Franco Fagioli、 Ekaterina Gubanova、 Matthew Polenzani、Elena Tsallagova (Echo) )とともに、Kollegienkircheで説得力のある形で示して見せた。

2007年5月29日 Die Presse 紙
Was Bach, Mozart von Neapel lernten

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

lunedì 28 maggio 2007

クリスティナさんのインタビュー

《ドン・カランドリーノの帰還》の公演については、イタリアの主要新聞だけでなく、ザルツブルクの文化新聞やAPA、ドイツのクラシックラジオ番組でもじっくり批評しています。
もちろん、ここで紹介していくつもりですが、実は、ドキドキしながら読んだのは、26日のCorsera紙に載ったクリスティーナさんのインタビューでした。こういう感じのインタビューを読むのは、たぶん、3~4回目だと思いますが、そのたびに、胸が破裂しそうな想いをしてきました。
今回は、ラベンナ音楽祭との共同制作となるオペラを6月にローマで演出するにあたって、とられたインタビューで、マエストロ、あるいは、マエストロの傍らにいる人間としての自分についても語っています。
3人の子供達はマエストロと全く同じ気質で、4人のムーティ、と呼んでいる、とのこと。すなわち、やさしくて、厳格。マエストロについては、厳格であるとは、統制を重んじる厳しさ、というよりは、満足することをしないという意味での厳しさ、自分への厳しさであり、ほどほどのところ、ということを知らず、ある意味、謙虚な人、と語っています。

2007年5月26日 Corriere della Sera 紙
CASA MUTI

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

レプッブリカ紙の好意的なチマローザ観

マエストロ・ムーティとケルビーニ管による《ドン・カランドリーノの帰還》の上演について、レプッブリカ紙はチマローザの音楽を肯定的に評価し、見ています。

2007年5月26日 la Repubblica 紙
Muti porta Napoli a Salisburgo e Calandrino conquista tutti

音楽に関するところでは、モチーフやリズムの部分でモーツァルトに続いていくことを我々に示してくれる。バスのアリアは《ドン・ジョバンニ》を想い描かせ、Ireneと《コシ・ファン・トゥッテ》のデスピーナの類似が際立つ。しかし、もっとある。オーケストラが雨や、風、雹、ナイチンゲールを模す中、カランドリーノのレチタティーヴォは自然現象のイメージを喚起させる。ハイドンの《天地創造》の味わいのように感じられる。そして、オペラが上演される間中ずっと、バイオリンは通常ならざる素晴らしい技巧を見せていて、オーケストラの技術は最高に進展していた。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

アラーニャの荒唐無稽?なインタビュー

昨日のスペインの新聞にアラーニャのインタビューが載っています。

2007年5月27日 El Pais
Roberto Alagna. El tenor alza la voz

マエストロ・ムーティについても語っていますが、マエストロとの関係の破綻の理由が、キアラさんをめぐるものであったこと、というのには、驚き、失笑しました。これはもう、名誉に関わる問題です。

また、自身のスカラ座での《アイーダ》をめぐるトラブルの原因をイタリアの政治に帰していて、マエストロがスカラ座から去った理由もそこにある、としています。
もちろん、イタリアでは音楽界にも政治の世界が入り込んでいることは多くの人が指摘していますし、スカラ座からマエストロが去る際も労組の存在が報道をにぎわせていました。
しかしながら、マエストロの主眼は、常に、音楽と文化の擁護にあります。特定政党に基点があるのではありません。
この点については、たとえば、イタリアの音楽事情について書かれた日本語の書でも、容易に確認できます。
また、マエストロは、イタリアの政治が自国の文化・音楽に冷淡すぎることを憂え、批判していても、決してイタリアを離れることはしていません。たとえば、ケルビーニ管に力を注ぎ、イタリア各地の劇場の再開を訴えていることからも、それはわかります。

現代イタリアを知るための44章
村上義和 編著
明石書店、2005年5月31日
第37章、38章 イタリアの音楽事情1,2

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

舞台写真

マエストロ・ムーティによる《ドン・カランドリーノの帰還》の舞台写真が、スタンパ紙のサイトで観られます(5枚)。

FOTOGALLERY HOME (27/5/2007)
Con Muti a Salisburgo torna Calandrino

http://www.lastampa.it/multimedia/multimedia.asp?IDmsezione=17&IDalbum=3708&tipo=FOTOGALLERY

(ここ数日、膨大な量のトラックバック削除に疲労困憊です。)

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

domenica 27 maggio 2007

Arkiv Music

EMIのカタログから消えたディスクが、EMIと提携したArkivMusicからリリースされるというニュースが5月はじめに流れました。

今日のフィラデルフィアの新聞がそのことをあらためてとりあげています。マエストロ・ムーティとフィラデルフィア管のディスクが、当初にリリースされた形で入手可能だからという理由もあってのことです。

マエストロの膨大なディスクを収集しているファンにとっては、朗報でしょう。

実は、マエストロのサイトで紹介されているパバロッティとのディスクは、あのジャケット写真のものが手元になくて、残念に思っています。

また、マエストロのディスクで今手元にないのは(プライベート盤は除く)、
・バイエルン放送響とのプロコフィエフのディスク(持っていたのに残念...)
・ウィーン・フィルとのマーラーのディスク
・ムジコムから出ているスカラ・フィルとの現代曲のディスク
・ザルツブルク音楽祭でのリヒテルとのディスク
です。
ほかにも、ザルツブルク音楽祭会員向けのディスク(リヒテルとのものがそうです)などで、わたしが知らないものがおそらくあることでしょう。

先日、唯一手元になかったLP帯、《新世界》のLPの帯をやっと入手しました。LPを購入しようと思ったときは廃盤になっていて、帯のない中古しか入手できなかったからです。

雑誌・新聞・プログラムなどの資料やディスクの山をいつかきちんと整理することこそ、マエストロのファンの務めだと思っています。

2007年5月8日 Business Wire
ArkivMusic to Release Out-of-Print EMI Classics Recordings as ArkivCDs

2007年5月27日 The Philadelphia Inquirer
Web distributor gives 'lost' CDs a 2d life, on demand

Alkiv Music
http://www.arkivmusic.com/classical/main.jsp

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ケルビーニ管も舞台で喝采を受ける

今日のピアチェンツァの新聞は、マエストロ・ムーティとケルビーニ管のザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭での成功を報じています。
記事には、マエストロ・ムーティがオーケストラのメンバー達も舞台にあげて喝采を受けている写真があり、10分間のカーテンコールと書かれています。

マエストロと演出家Ruggero Cappuccioの二人をクローズアップした写真もあります。
(ケルビーニ管との演奏ではマエストロは、いつも燕尾服ではなくスーツ姿で、このザルツブルクでもスーツ姿です。)

プログラムなどがどうしても欲しいので、音楽祭にメールで照会してみます。聴きにいけた人が本当に羨ましいです。

2007年5月27日 Liberta' 紙
Ottima interpretazione del "Ritorno di don Calandrino" con la regia di Cappuccio che ha aperto il Festival di Pentecoste
Cimarosa inedito, Muti trionfa a Salisburgo
Per "re Riccardo" e i ragazzi della "Cherubini" dieci minuti di applausi

| | Commenti (2) | TrackBack (0)

ORF報じるチマローザのオペラ

マエストロ・ムーティによる《ドン・カランドリーノ》のオペラ公演について、ORFのニュースはザルツブルクの新聞とほぼ同様の論調で報じています。

公演は大成功、筋立ての奇想天外さは演出によってしても補いきれなかったし、チマローザの音楽も傑作とは言いがたい、しかしながら、聴衆が長時間楽しみ、大きな喝采を送ったという大成功にかわりはない、というものです。

熱烈な拍手喝采の中心にあったのはこの作品を指揮し、選んだマエストロで、若い歌手のアンサンブルも、若いオーケストラ、ケルビーニ管もマエストロによって生気をふきこまれ、明らかに情熱の炎を点火されていた、と書かれています。

そうはいっても、歓呼にもかかわらず、作品が傑作であると認められたとはいえず、さらに、この喜劇の筋立てが支離滅裂すぎて、演出家によってもそれを救うことはできなかった、と評価の消極面を書いています。

演出家Ruggero Cappuccioは舞台でいつも何かが起こり、動きがあるように配慮し、アクロバットさえ登場させたけれども、それでも、このやり方をもってしても物語は伝わらなかった、とまず作品の筋立ての難点さを挙げています。

さらに、チマローザの音楽自身も完成された職人芸以上のものはなかった、音楽は敏捷な音を響かせていたが、その音楽には音型もなければ、局面もなく、驚かせるようなところもほとんどなければ、注意をひきつけるようなこともほとんどできなかった、と作品の音楽面にも消極的な評価をしています。

しかしながら、総体的にはプロダクションの成功は明らかであり、聴衆は舞台に夢中になってくすくす笑い、3時間近くを楽しんだことに対して、誰もがかなりの喝采を送って感謝の気持ちを示した、と記事を結んでいます。

2007年5月26日 Salzburg・ORF
"PFINGSTEN UND BAROCK
Jubel für unbekannte Cimarosa-Oper

http://salzburg.orf.at/stories/195585/

作品への評価がイタリアと異なるのは、それこそ、その国のキャラクターでしょうし、聴衆が大きな喝采を送ったことこそ重要で、12月のイタリア公演が楽しみです。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ソフィア王妃とは長年の知り合い

マエストロ・ムーティとケルビーニ管による、25日のザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭公演《ドン・カランドリーノの帰還》の成功を伝える記事が、さらにいくつか出ています。

スペインのソフィア王妃の鑑賞はプライベートなものであったようです。

また、ソフィア王妃(グレイの美しく刺繍の施されたパンタロン姿)は妹のイレーネ王女と一緒に聴きにきていましたが、音楽の熱心な愛好家でマエストロとの絆も強く、初めてのザルツブルク訪問に、この聖霊降臨祭音楽祭のマエストロによるオペラ、1700年代ナポリ楽派の傑作の再発見再評価をめざす3年間のプロジェクトの、初年度の公演《ドン・カランドリーノの帰還》を選ぶほどで、満員の客席の中、バルコニー席でアヴェルサ生まれの作曲家チマローザのオペラを楽しんで喝采を送った、と記事にはあります。幕間に楽屋を訪れてマエストロと挨拶をかわしたソフィア王妃について、マエストロはこう語っています。「長年の知り合いです。王妃は、このオペラについて完璧にその真髄を理解し、夢中になり、魅せられていました。」

2007年5月26日 Avvenire紙
lo storico festival di Pentecoste
L’Italia conquista Salisburgo con un’opera inedita di Cimarosa

2007年5月26日 Il Mattino 紙
IL FESTIVAL DI PENTECOSTE
Oltre dieci minuti di applausi per «Il ritorno di don Calandrino» con la regia di Ruggero Cappuccio E dopo Cimarosa, Scarlatti

エリザベス女王も、スカラ座の楽屋でマエストロと歓談している写真ではとても打ち解けている感じですし、満面の笑みで、マエストロの音楽と人柄に魅せられている人たちがどれほど多いかが、よくわかります。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 26 maggio 2007

ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭2008

ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭2008の内容が報道されています。

期間は2008年5月9日~12日で、マエストロ・ムーティは2008年5月9日、10日にAndrea De Rosa演出でパイジェロの"Il matrimonio inaspettato"を上演します。これもラベンナ音楽祭との共同制作です。
また、コンサートはJohann Adolph Hasseのオラトリオ"I pellegrini al sepolcro di Nostro Signore" を演奏します。

ORFのニュースでMarkus Hinterhäuserが語り、また演奏も流れていたように、カウンターテナーの演奏会もあります。

2007年5月26日Dreh Punkt Kultur
Pfingstfestspiele 2007
VORSCHAU 2008
Unerwartete Ehe Jürgen Flimm, Riccardo Muti und Markus Hinterhäuser waren wieder in Neapel Fisch essen und haben ein anregendes Programm ausgemacht, auch für die Pfingstfestspiele 2008.

http://www.drehpunktkultur.at/txt07-5/0443.html

日程的には、もしかしたら行けるかもしれないのが嬉しいです。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

NEWS誌インタビュー

オーストリアの雑誌NEWS誌にマエストロ・ムーティのインタビューが掲載されていることは、既に紹介しましたが、現物を入手しました。

ピアチェンツァのTeatro Municipaleでのリハーサルの最中にとられたインタビューで、目次と記事トップの写真も同歌劇場客席でのものです(よく撮れていますし、若い!)。

インタビューでは、ウィーン国立歌劇場で《コシ・ファン・トゥッテ》を振り、日本公演にもそれを持っていく、とあらためて語っています。

また、ザルツブルク音楽祭の予定については、2008年にAleksandrs Antonenkoの演出で《オテロ》を上演し、この演出家については掘り出し物、新しい発見だ、と語っています。2009年のカラヤン没後20周年の日には、ブラームス《ドイツ・レクイエム》を振るそうです。

なお、ニューヨーク・フィルの音楽監督や、たとえば、ウィーン国立歌劇場の総裁といった、管理的なポジションに新たに就くことはない、と語っています。

追って紹介します。

NEWS誌 第20号 2007年5月16日号
Riccardo Muti 
"Ich brauche keine Macht"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ソフィア王妃も列席しての歓呼

マエストロ・ムーティとケルビーニ管による、25日のザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭公演《ドン・カランドリーノの帰還》についての記事が、レプッブリカ紙とザルツブルクの新聞に載りました。

両者の違いを興味深く思いました。
スペインのソフィア王妃も列席した公演は、歓呼に包まれ、ケルビーニ管は細やかで弾むような、素晴らしい演奏をし、若い歌手たちも新鮮な声を聴かせたことが、両方の記事からわかります。

ただ、ザルツブルクの新聞は、舞台については、たとえば、この作品のウィットが舞台では不完全燃焼、空回りをしているとして、視覚的には全体として消極的な評価をし、チマローザの音楽についても、結局は直線的で単調だとして、傑作だという評価には消極的です。

蘇演が聴衆に好意的に受け入れられたことを、素直に喜びたいと思います。
おめでとうございます、マエストロ!

(マエストロのサイトにも祝福のメールを出しました。)

記事は追って紹介します。

2007年5月26日 Salzburger Nachrichten 紙
NACHTKRITIK

2007年5月26日 la Repubblica紙
Al Festival di Pentecoste l´opera di Domenico Cimarosa con i giovani della Cherubini
Muti porta Napoli a Salisburgo e Calandrino conquista tutti
L´opera dà il via al progetto che il Maestro dedica al ponte musicale che nel Settecento unì Napoli a Vienna
Tutto rimanda al Mozart del Don Giovanni e Così fan tutte ma anche all´Haydn della Creazione

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

Residenzgalerieの展示

ザルツブルクのレジデンツギャラリーで、ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭に関連した展示が、24日夜のセレモニーとともに始まりました。6月17日まで続きます。
タイトルはNapoli nel nobil core della musica(音楽のうるわしき中心ナポリ)で、ナポリ音楽院 il Conservatorio di San Pietro a Majellaとナポリのジロラミーニ僧院の図書館 la biblioteca dei Girolaminiの所蔵物が展示されています。
また、レジデンツギャラリーで1600年代後半~1800年のイタリア絵画も観られるそうです。ナポリの画家Giacomo del Po (1652–1726) と Francesco Solimena (1657–1747)はウィーンとナポリで活動し、高い評価を得ていたとのこと。

なお、上記両所蔵物である自筆楽譜、印刷物をデジタル化するプロジェクトがミラノ大学と共同で、イタリアの国家事業として進められています。ジロラミーニ僧院の図書館の所蔵物が、2007年12月にはじめて一般公開されますが、その際に、デジタル化の可能性、マルチメディアでの展示も示されるとのことです。

2007年5月15日 Il Mattino 紙
A Salisburgo Napoli capitale della memoria
http://ilmattino.caltanet.it/mattino/view.php?data=20070525&ediz=NAZIONALE&npag=25&file=UNO.xml&type=STANDARD

2007年5月24日Salzburg.at, Freizeit, Land Salzburg
Hochkarätige Kunst aus Neapel in der Salzburger Residenzgalerie
Haslauer eröffnete Ausstellung "Napoli, nel nobil core della musica" / Sonderausstellung bis zum 17. Juni
http://www.salzburg.at/themen/freizeit.html?nachrid=38656

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ウィーン・フィル、ケルン公演

ケルンのKölner Philharmonieの新シーズンが発表されました。

マエストロ・ムーティとウィーン・フィルは来春、4月9日に訪れます。プログラムはハイドンの交響曲とブルックナーの2番。

09.04.2008 Mittwoch 20:00 Uhr
Köln-Zyklus der Wiener Philharmoniker 2
Wiener Philharmoniker
Riccardo Muti Dirigent
Joseph Haydn: Sinfonie
Anton Bruckner Sinfonie Nr. 2 c-Moll WAB 102 (1871-1872)
Kölner Philharmonie

http://www.koelner-philharmonie.de/de/01_konzertsuche/detailansicht.php?id=100086

2007年5月25日Kölnische Rundschau
Wenn der Konzertsaal im Souk liegt

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

2008年聖霊降臨祭音楽祭

ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭2008について、昨日、発表があったそうです。
ナポリ楽派の作品の上演がマエストロ・ムーティとケルビーニ管によって行われることが同様に続く、とのことですが、詳細がわかり次第、また、紹介します。

ORFのニュースによれば、既発表どおり、パイジェロのオペラとハッセのオラトリオ、とのこと。また、ヨーロッパの文化が深刻な状況にある中、同音楽祭がスポンサーを獲得できたことに対するマエストロのコメントの聞けます。

2007年5月25日ANSA 通信 
Napoli fa bis a Festival Pentecoste
Il programma della futura edizione e' stato presentato oggi

http://www.ansa.it/site/notizie/awnplus/cultura/news/2007-05-25_12568492.html

2007年 OE1 Inforadio, Kultur, Musik
Salzburger Pfingstfestspiele starten

http://oe1.orf.at/inforadio/76658.html?filter=5

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

Die Welt紙の英訳記事

Die Welt紙へのマエストロ・ムーティの寄稿について、あっという間に英訳記事が出ました。嬉しいことに、《ドン・カランドリーノの帰還》の舞台写真がふんだんにあります。

訳している最中だったのですが、負けました..でも、ここまで注目されて、とても喜んでいます!日本語もがんばらなければ。

2007年5月25日 signandsight.com
La Scuola Napoletana sings again

http://www.signandsight.com/features/1363.html

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ヴェルディ音楽祭2007

ヴェルディ音楽祭2007のページが更新され、マエストロ・ムーティによるヴェルディ レクイエムの公演などが掲載されています。
マエストロの公演は会場は未定です。

FESTIVAL VERDI Ottobre 2007
Parma, luogo da definire
mercoledì 10 ottobre, ore 20.00 turno A
venerdì 12 ottobre 2007, ore 20.00 turno B
Messa da Requiem
Musica di GIUSEPPE VERDI

Soprano BARBARA FRITTOLI
Mezzosoprano LUCIANA D’INTINO
Tenore GIUSEPPE SABBATINI
Basso ILDEBRANDO D’ARCANGELO
Direttore RICCARDO MUTI
Maestro del coro MARTINO FAGGIANI
ORCHESTRA E CORO DEL TEATRO REGIO DI PARMA

http://www.teatroregioparma.org/verdifest/index.htm

http://www.teatroregioparma.org/verdifest/messa/messa.htm

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

MITO Settembre Musica

ミラノとトリノが合同で音楽祭を始めることはここでも紹介しましたが、サイトができました。もともと、トリノ9月音楽祭だったものが発展したものです。期間は2007年9月3日~27日。
6月14日に完全な形のサイトがオープンします。

マエストロ・ムーティはシカゴ響とのトリノ公演(9月26日)で参加します。

MITO Settembre Musica
Torino 26.9
Chicago Symphony Orchestra Riccardo Muti, direttore
http://www.comune.torino.it/settembremusica/

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

venerdì 25 maggio 2007

ナポリでもナポリ楽派の作品を演奏?

2007年から3年間、ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭でマエストロ・ムーティとケルビーニ管は、ナポリ楽派の作品を演奏しますが、ナポリの、おそらくカゼルタ王宮でも、2008年と2009年の間に、同様にオペラとコンサートを演奏するだろう、と報じられています。

2007年5月24日 Il Mattino 紙
A Salisburgo Napoli capitale della memoria

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

チマローザのオペラ

ORFのサイトで、チマローザ《ドン・カランドリーノの帰還》の一部とマエストロ・ムーティ、演出家Ruggiero Cappuccioのインタビューが聴けます。

最初はオラトリオかと思ったのですが、チマローザのオペラのほうが流れています。第一幕、第二幕のフィナーレ、アリアに注目すべきものがあるようですけれども、演奏が何らかの形で残るよう、願ってやみません。

2007年5月25日 Ö1 Inforadio, Kultur
Bühne Start der Salzburger Pfingstfestspiele
http://oe1.orf.at/inforadio/76642.html?filter=5

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

フランス国立管モスクワ公演

マエストロ・ムーティによるフランス国立管モスクワ公演について、モスクワの新聞に記事が出ました。

the Festival of the World's Symphony Orchestrasは6月1日に開幕、場所はthe Kolonny Zal of the House of Unionsです。
ウィーン・フィルが音楽祭の予算削減により参加できなくなったことも、書かれています。

マエストロ・ムーティとフランス国立管は6月1日に登場します。マエストロのモスクワ公演は6年ぶり、前回はスカラ座オーケストラとで、ヴェルディ レクイエムをボリショイ劇場で演奏した、と記事にはあります。

2007年5月25日 The Moscow Times 紙
Distinguished Guests
Acclaimed ensembles from Paris, Dresden and Rome come to Moscow for the second Festival of the World's Symphony Orchestras.

http://context.themoscowtimes.com/story/176892/

記事によれば、チケット情報はこちらのようです。

http://www.19-00.ru/is-bin/INTERSHOP.enfinity/WFS/1900-1900channel-Site/ru_RU/-/RUR/ViewStandardCatalog-Browse;pgid=ylTue72CmcxSR0Eh4soDVePV0000OqJT79_i;sid=R-XW8u0rAs3b8qt9QCykbvh-oYenRAtJNlM=?TemplateName=HardCodeCategories/
Category_Theaters&CatalogCategoryID=pJ5VFZxypIAAAAESewUPBCje

(この記事に続きはありません)

Continua a leggere "フランス国立管モスクワ公演"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 24 maggio 2007

今日のピアチェンツァの新聞

今日のピアチェンツァの新聞の第一面には、もちろん、チャンピオンズリーグ決勝戦で2得点したSuperpippoが、優勝カップにキスをしている写真が大きく載っています。

でも、真ん中にはマエストロ・ムーティの写真もあり、マエストロのインタビューが載っていることがわかります。文化面1ページすべてをマエストロにあてるという破格の扱いです。そこには、ピアチェンツァとマエストロのつながりを書いた記事のほか、長文インタビューが載っています。マエストロはケルビーニ管とのここまでを振り返り、今夏66歳になる自分を簡単に語っています。

喜ばしい日です!

追って紹介します。

2007年5月24日 Liberta' 紙
Il "grazie" di Muti a Piacenza

Ma il maestro si è "innamorato" anche di Castellarquato

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

Die Welt紙への寄稿

マエストロ・ムーティがザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭、 ナポリ楽派をテーマに、Die Welt紙に寄稿しています(マエストロが語ったものを文章にしています)。
これまでに語ってきたことをあらためて語っている、という感じです。ナポリ楽派の手稿楽譜がある図書館を再度訪れたとき、《薔薇の名前》のあの図書館を想い起こした、とのこと。

またAPA通信(der Standard 紙)も聖霊降臨祭音楽祭を紹介しています。

2007年5月23日 Die Welt紙
Riccardo Muti entdeckt Neapels goldene Klänge

http://www.welt.de/kultur/article891737/Riccardo_Muti_entdeckt
_Neapels_goldene_Zeit.html

2007年5月23日 der Standard 紙(APA通信)
Oper bei Salzburger Pfingst-Festspielen

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

mercoledì 23 maggio 2007

開幕前のニュース

25日にマエストロ・ムーティの指揮でザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭が開幕しますが、いくつかニュースが流れています。

平土間席にはスペインのソフィア王妃が姿を見せるだろうと予告されています。

明日からザルツブルクのResidenzgallerieでナポリ音楽院所蔵品の展示が始まりますが、ナポリのあるカンパーニア州PresidenteであるBassolinoが開幕に訪れるだろう、と報じられています。

また、イタリア文化省は、2007年12月にナポリで、2008年6月にザルツブルクで、Napoli, nel nobil core della musica という展覧会を開催する意向であると、カンパーニア州のサイトのニュースにあります。

なお、今日のIl Mattino紙には演出家Cappuccioへのインタビューが載っています。

2007年5月23日 Il Mattino 紙
«Un Cimarosa che ricorda Totò e Boccaccio»

http://ilmattino.caltanet.it/mattino/view.php?data=20070523&ediz=NAZIONALE&npag=25&file=APER.xml&type=STANDARD

2007年5月21日 Regione Campania, Dettaglio Eventi
Napoli, nel nobil core della musica

http://www.regione.campania.it/portal/media-type/html/user/anon/page/HOME_DettaglioEventi
HomePage.psml;jsessionid=F6A54B74A0CDF44D7E03830BF617B210.tomcat1?itemId=2493&ibName=NotiziaHomePage&theVectString=-1

(今日はチャンピオンズリーグの決勝戦なので、ニュースの続きはまた未明に)

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 22 maggio 2007

「厳格な緊張感」

マエストロ・ムーティへの評価に消極的な人たちが抱いている典型的なものでしょう、おそらく。

指揮者列伝 世界の指揮者100人
玉木正之・平林直哉
ふくろうの本 河出書房新社
2007年5月 1800円

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ウィーン・フィルのモスクワ公演、取りやめ

モスクワで開かれる予定のオーケストラ・フェスティバルThe Festival of the World's Symphony Orchestrasに、ウィーン・フィルは参加しないことになりました。公式理由はスポンサーが降りたから、とのことです。小澤さんがロシアの国民の記念日6月12日に指揮する予定でした。プーチン大統領のオーストリア訪問を直前に控えてのとりやめです。音楽祭総裁はこの参加中止について、自分達の意図と希望に反することが起こったと語っています。
ウィーン・フィルのサイトでも削除になっています。

マエストロ・ムーティとフランス国立管はどうでしょうか。

2007年5月21日 ORF
Philharmoniker von Festival ausgeladen
http://wien.orf.at/stories/194458/

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

lunedì 21 maggio 2007

リチートラのインタビュー

レコード芸術誌最新号のリチートラのインタビューを興味深く読みました。
マエストロ・ムーティとの共演について、「芸術的なレヴェルを上げるために非常によかったと思います。」と語っているのを、とても嬉しく読みました。
リチートラは3年前にマエストロから、もうオテロを歌えると言われたそうですが、まだ3、4年は温めておくとのこと。ザルツブルク音楽祭の《オテロ》も彼ではなさそうです。
スカラ座での《仮面舞踏会》は、是非商品化されてほしいです。

リチートラのスカラ座のオーディションについては、フォンタナも自著で短く触れています。
「若きサルバトーレ・リチートラのことは好ましい良き思い出です。オーディションで聴いた後、彼をリッカルド・ムーティに《トロバトーレ》のマンリーコとして提案させてもらいました。ムーティによって入念に準備が重ねられ、挑戦の結果、勝利を勝ち得ました。」

レコード芸術誌 2007年6月号
Interview  サルヴァトーレ・リチートラ

Carlo Fontana
A scena aperta

Electa, 2006

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

domenica 20 maggio 2007

ヴェルディ音楽祭2007

ヴェルディ音楽祭2007について、昨日午前発表がありました。
パルマ王立歌劇場のサイトはまだ更新されていませんが、マエストロ・ムーティは既報どおり、10月10日、12日にヴェルディ《レクイエム》を演奏します。

http://www.teatroregioparma.org/verdifest/index.htm

2007年5月20日 Corriere di Bologna紙
«Luisa Miller» apre le celebrazioni del Festival Verdi

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

Ruggero Cappuccioのめざすもの

ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭で演出を務める、Ruggero Cappuccioの言葉を紹介します。
同音楽祭のサイトには舞台模型の写真が載っていますが、その様子がIl Mattino紙の記事からうかがえます。

Bühnenbildskizzen von Edoardo Sanchi http://www.salzburgfestival.at/pfingsten_start.php?lang=de


2007年5月19日 La Stampa 紙

Muti,  canta Napoli

「1700年代ナポリ楽派の音楽にたくさん負うところのあるヨーロッパの偉大な音楽家は、何人かいますが、モーツァルトはそのひとりです。その後何年もたってからスタンダールは、モーツァルトよりもチマローザが好きかどうかわからないと書いていました。別の機会に、もっと明晰な論理でもって、モーツァルトを聴くために40~50キロメートル泥の中を歩いたことがあると言っているにしても、そのように書いていたのです。スタンダールがどれほどぬかるみを嫌っていたかはよく知られています。」

「過去あったとおりに舞台を実現することを選ぶ人もいます。けれども、過去そうだったことを誰が正確に知っているでしょうか。そして、現代的にするために翻案することを選ぶ人もいます。でも、とはいっても、現代性とはなんでしょうか。どちらもマンネリズムに思えます。私は時間の中断、停止を考えています。過去でもなければ、未来でもない、しかし、永遠であり、古典時代に属するものです。カルビーノの解読が好ましいと思われます。」


2007年4月18日 Il Mattino 紙

«Cimarosa un precursore di Mozart»

「興味深い楽譜と台本で、その後に続く傑作の傾向を予想させるものです。モーツァルトのたとえば《フィガロの結婚》のようなものでさえ、その中に含まれます。ここには、モーツァルトのエロスを垣間見させてくれる恋愛のからみあいがあります。すべてがモーツァルトにおいて転換され、モーツァルトがナポリ楽派に負っているものがあることがわかります。それには、レチタチーヴォが、ナポリ楽派でどれほど重視され、偉大なザルツブルクの音楽家の『イタリア』オペラにおいて重きをおかれているかに注目するだけで、十分です。スタンダール自身も、モーツァルトとチマローザのどちらがより一層好きか、決めることができませんでした。」

「筋立ては単純です。私は、オペラ・ブッファとコメディア・デラルテとの関係に光をあてる役割を果たすことになるでしょう。」(Ruggero Cappuccioは)キャストとして8人の道化師を招き、キューバの素晴らしい軽業師を8人招いた。彼らはEdoardo Sanchiによる舞台美術上を自在に動き回る。素朴な舞台装置がポリ塩化ビニルで実体化され、その素材は色彩と雰囲気の変化に貢献し、ナポリのいくつかの象徴が様式化されたものと調和している。その象徴とは、巨大な角、幸運の女神、ラッキーナンバーである。数少ない動く構成物はどれも、舞台が非常に簡単に移送できるように、仕上げてある。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

聖霊降臨祭音楽祭を前に(3)

12日のレプッブリカ紙に載ったマエストロ・ムーティへのインタビューの、残りの部分を紹介します。

マエストロは、じっくりと勉強し仕事をすることをすっとばして、センセーショナルな結果ばかり重視することへの疑問を呈しています。

マエストロは誤解されることの多い人だと、いつも思います。

オペラの来日公演に字幕はつけないで欲しい、と要望したことにしても、権威的だとか、オペラが広く楽しまれるという大衆化を妨げるものだとか、いろいろ言われました。
マエストロの意図は、事前にいろいろ調べて聴きにきてほしい、会場では舞台に視線と心を集中させてほしい、ということであり、自分達も一生懸命上演するから、聴衆も同じような心構えで来てほしい、日本の聴衆はそれができるような尊敬に値する人たちだ、という、ある意味、上演における演奏者と聴衆の真剣勝負を語ったものだと考えています。
マエストロが公開リハーサルや事前講演などで、オペラについて人々に深く知ってもらおうとどれほど努力してきたかを、もっと多くの人に気づいてもらいたい、と思います。
特に、日本の字幕システムとスカラ座(アルチンボルディ)などで採用されている座席字幕システムとは、同列に論じることのできないものがあるように思います。

2007年5月12日 la Repubblica 紙
Incontro col maestro che prova con l´Orchestra Cherubini alla vigilia della partenza per l´Austria
"Scelgo Vienna e Monaco sul podio come su una Rolls"

ひとつのオーケストラと仕事することを長く、深く続けるという関係がなくなってもいいのですか。
「先に述べたような限られた素晴らしいオーケストラと仕事をすることは、私にとって、我が家に帰るようなものです。何年もの間、正確さや音色を音楽家達によって維持するという、疲労困憊するような仕事を続けてこなければなりませんでした。現在、ウィーンやミュンヒェンに行くと、音楽を演奏するという純粋な喜びが、すぐに手に入ります。それは、メカニックの仕事の心配をすることなく、ロールスロイスを運転するようなものです。海外の多くの新聞が、ムーティが指揮台でこれほど幸せそうなのを観たことがない、と書いていました。」

紛糾が過去のものとなり、スカラ座での長い経験は尊重されて当然だということでしょうか。
「その19年間については、一日たりとも否定しさることはしません。それでも、私が今このように完璧に幸福であることに、変わりはありません。自由なのです。」

クラシック音楽の危機を語る人もいれば、その回復を語る人もいますし、また、偉大な演奏家達の時代は終わりを迎えている、と言う人たちもいます...。現在の音楽界をどのように見ていますか。
「聴衆が音楽界に入ってきていることははっきりしています。それは好ましい面です。けれども、音楽への近づき方が変わりました。かつては、演奏家達はじっと待つこと、待ち構えることができました。今は、《ドン・ジョバンニ》のように複雑な問題をはらんだオペラで、成熟と賢明さ、特にイタリア語について知悉していることが求められる作品について、イタリア語を話さない人やこのレパートリーの上演経験のない人が信頼されています。その結果、歌手も危機に陥っています。私がリヒテルやロストロポービッチと共演したときには、ひとつのフレーズを強調するために、ひとつのハーモニーの意味をくみとるために、ひとつの楽節を解釈するために、時間をかけました。今は、そのかわりに、効果がどう現れるかということに根ざした衝撃性に重きがおかれています。本物の炎を礼賛しているのではなく、煙を盲信しているのです。」

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 19 maggio 2007

《アイーダ》の録音エピソード

レブレシュトには、EMIにおけるマエストロ・ムーティの売り上げは低く、フィラデルフィア管とのベートーベンの録音は大失敗、完敗、と書かれてしまいました。もちろん、彼の新著で紹介されている、個人の総売り上げトップ20にもはいっていません(15位の小澤さん、メータ、バレンボイムが1000万枚程度)。
また、素晴らしい《アイーダ》のディスクも、オイル・ショック真っ最中の発売で、いいレストランでゆうに二人が食事できる値段(12ポンド)だったため、若い指揮者のディスクをあえて買おうとする人はほとんどいなくて、売り上げは遅々として進まなかったと書かれています。
プレーバックを聴いているマエストロやキャスト、スタッフたちのなごやかな笑顔の写真は雑誌にも掲載されましたが、マエストロの妥協しない姿は、この頃から変わっていないことがレブレシュトの記述からわかります。

マエストロが驚くほどの成熟を見せている最近10年ほどの間の録音が少ないのは、非常に残念です。結局は、ライブの人なのでしょうか。その意味で、ここでも書きましたし、レコード芸術誌最新号でも紹介されている、レーピン、ウィーン・フィルとのベートーベン協奏曲の録音はとてもとても楽しみです。

レコード芸術誌 2007年6月号
RECORD & RECORDING NEWS
ムター、レーピンなど DGの録音情報より

レブレシュトの新著から、《アイーダ》の録音エピソードを紹介します。マエストロのファンにとって、EMIのPeter AlwardとJohn Mordlerは忘れることのできない重要な人たちです。Alwardはスカラ・フィルの来日公演に同行していたこともあります。

Norman Lebrecht
Life and Death of Classical Music

Anchor Books, April 2007

(Mordlerにレブレシュトは電話インタビューしています―2005年7月29日。)
「Peter Andryは(EMIで)イタリア・オペラをやろうと言い、リッカルド・ムーティとジェームズ・レバインの間の選択になりました。私はウィーンに派遣され、ムーティが国立歌劇場で《アイーダ》を振るのを聴きました。それは衝撃的でした。その後では、それ以上レバインの話をすることはなくなりました。」

1970年12月2日、EMIはムーティをはるばるCroydon、かえりみられることのないロンドン郊外へ連れてきて、ニュー・フィルハーモニア管を指揮させた。録音商売を気遣うオーケストラ・メンバー達は、彼に首席指揮者就任を依頼した。ムーティは漆黒の髪で、オーケストラの仕立てについては目から鼻に抜けるほど鋭く、30歳を過ぎたばかりだったが、その年のクリスマスは早くもやってきた。ケルビーニのレクイエムを録音した後、Walthamstow Town Hallでの《アイーダ》の録音によって、彼はその威信を明らかにした。最初の録音は散漫な感じで、広大な建物の周囲にあまりに多くの人間が散らばっている風だった。ムーティは録音の再生を聴きながら険しい表情をし、非常に憤慨した。録音ホールの中心部に疾風の如く戻り、演奏をたきつけ、それによってキャストたちは真剣に打ち込み、高揚させられた。「その磁力には抵抗できませんでした。」Mordlerは言った。ディスク(カバリエ、ドミンゴ、コッソット、ギャウロフ、カップッチッリ)は古典になるものとして歓呼の声でもって迎えられた。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

レブレシュトという発音

レコード芸術誌最新号でも、レブレシュトの新刊が非常に好意的に紹介されています。
邦訳されることになったら、わたしはちょっと困惑するかもしれません...。

本人がレブレシュトと発音しているのを受けて、BBCもその読み方を採用しているとのことです。

レコード芸術誌 2007年6月号
CRITIC'S REPORTS
イギリス ノーマン・レブレシュトの衝撃的新著

WORLD TOPICS
ノーマン・レブレシュトの新著『Maestros, Masterpieces and Madness』

| | Commenti (2) | TrackBack (0)

venerdì 18 maggio 2007

ローマ人の物語

15年なんて、あっという間でした。
塩野七生さんの『ローマ人の物語』のガイドブックがまた出ました。ラベンナも紹介されています。
対談や編集部によるインタビューで読める塩野さんの言葉は、ひとことひとことがまるで箴言のようにさえ感じられます。

塩野七生『ローマ人の物語』
スペシャル・ガイドブック

新潮社 2007年5月
2000円

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

テオドッシュウ

音楽の友誌最新号にテオドッシュウのインタビューが載っています。
ここでも、マエストロ・ムーティへの賛辞を隠さず述べています。
ちょうど、スカラ座での《二人のフォスカリ》2003年公演の放送録音ディスクを聴く機会を得られそうなので、楽しみにしているところです。
(スカラ座1981年来日公演の《セビリアの理髪師》の放映録画映像も、同時に入手できるかもしれず、待ち遠しいです。)

音楽の友誌 2007年6月号
対談シリーズ 江川紹子の部屋
ディミトラ・テオドッシュウさん

「彼(ムーティ)はオペラ指揮者の第一人者だと思うのです。彼は、すべて自分の思い通りにしなければ気がすまない、譲らない人というイメージがありますが、同時に歌に添ってくれるのです。」

また、同号には、マエストロの東京のオペラの森公演の評も載っています。

音楽の友誌 2007年6月号
レヴュー&レポート
「東京のオペラの森」オーケストラ公演

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

NEWS誌最新号

オーストリアの雑誌NEWS誌最新号にマエストロ・ムーティのインタビューが掲載されています。
最新号の目次がInhaltsverzeichnisをクリックするとPDFで見られます。

http://www.networld.at/news/magazin/

バックナンバーとして入手できないか照会しましたが...。

NEWS 誌 2007年5月16日号 No.20
Kultur: Riccardo Muti

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 17 maggio 2007

ザルツブルクでのリハーサルは明日から

ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭のザルツブルクHaus fuer Mozartでのリハーサルは、明日から始まります。ケルビーニ管のメンバーたちは今朝10時に出発し、明日から、歌手たちと合同のリハーサルが行われます。

ケルビーニ管は4日から、マエストロ・ムーティの指揮で10日間のリハーサル(休みは1日だけ)をピアチェンツァで行いました。
リハーサルにはメディアもかけつけ(("Repubblica"紙、 "Amadeus"誌、 il "Sole 24 Ore"紙、 Radio Raitre、 "News"誌)、音楽学者、シカゴ響・フィルハーモニア管の会長の姿もあったそうです。

雑誌・新聞は何とかして入手したいと思っています。ORFのほかに、RAIの放送もあるかもしれず、楽しみです。

2007年5月17日 Liberta' 紙
Il 25, 27 e 28 al Festival di Pentecoste
La Cherubini e Muti verso Salisburgo con il "Calandrino"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ローマ歌劇場デビュー

マエストロ・ムーティのローマ歌劇場デビューは2008年12月、シーズンの終幕で、演目はヴェルディ《エルナーニ》だとのことです。
上演する四つのオペラはヴェルディとグルックから選ばれる予定です。

マエストロの家族はromanizzandoローマのカラーになじみつつあり、キアラさんは女優として、クリスティナさんは演出家としてローマの舞台に立ち、そして、マエストロがローマ歌劇場でオペラを振ります。ベルトローニ市長は、続いて欲しい協力関係だ、とコメントしています。

さらに、サンタ・チェチリア・オーケストラ登場への期待もあります。マエストロは、オーケストラのあるメンバーたちと衝突して断絶状態にあったと言われてきましたが、そのように言われていたメンバーたちも引退し、新しいメンバーたちはもっと規律がとれている、そして、マエストロも自由になって時間に余裕があるからだ、とのことです。

2007年5月17日 Corriere della Sera 紙
Riccardo Muti all'Opera: il debutto è con «Ernani»

Muti dirige Verdi e Gluck, Roma adotta lui e la famiglia

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

レブレヒトの新刊

音楽ジャーナリスト、ノーマン・レブレヒトの4月に出た新刊が、エコノミスト誌など主要紙誌の書評に載りましたし、本人のホームページでも紹介されています。

彼が選んだ、ベスト100、ワースト20のどちらにもマエストロ・ムーティのディスクは載っていませんが、レコード産業との関わりの中で、マエストロのレコーディング・デビュー、及び《アイーダ》の録音風景などが、短く語られています。

レブレヒトはたいていは毒のある、センセーショナルな書きぶりで、著作はほとんど目を通していますが、その中から演奏家への温かな視線を感じるのはちょっとむつかしいライターです。それでも読んでしまうところが、彼のマジックなのかもしれません。

マエストロについては、EMIはイタリア・オペラの録音を、マエストロかレバインのどちらかに、と計画を進め、ウィーンでのマエストロの《アイーダ》が決定打となって、マエストロによる録音が決まったことなどが書かれています。

本当に短い記述ですが、追って紹介します。

The Life and Death of Classical Music
Norman Lebrecht
Anchor Books
2007年4月 

http://www.normanlebrecht.com/

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ラベンナ音楽祭はレバノンへ

昨日、ローマで、ラベンナ音楽祭2007の発表記者会見がCristina Mazzavillani Muti同音楽祭総裁によって行われました。

その中で、今年の''Un ponte di fratellanza per le vie dell'amicizia attraverso l'arte e la cultura''(芸術と文化を通じて友情の道をつくっていくための、友愛の架け橋)のイベントはレバノンで行われ、ラベンナでと同じく、マエストロ・ムーティによるヴェルディ レクイエムが演奏されることが発表されています。

2007年5月16日 ASCA
RAVENNAFESTIVAL: RITORNO IN LIBANO PER LE VIE DELL'AMICIZIA

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

mercoledì 16 maggio 2007

フィルハーモニア管バルセロナ公演

マエストロ・ムーティとフィルハーモニア管のバルセロナ公演は、2008年2月24日で、プログラムは未定です。

Domingo, 24 de Febrero de 2008, 20:00 h
SALA DE CONCERTS
PALAU 100
PHILHARMONIA ORCHESTRA
RICCARDO MUTI, director
Programa per determinar

http://home.palaumusica.org/fundacio.html

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ラベンナ音楽祭のヴェル・レク、キャスト

マエストロ・ムーティがラベンナ音楽祭で演奏するヴェルディ レクイエムのキャストが発表になりました。

2007年7月21日21時
Palazzo Mauro de André
ヴェルディ レクイエム
ORCHESTRA E CORO DEL MAGGIO MUSICALE FIORENTINO
direttore RICCARDO MUTI
maestro del coro Piero Monti

soprano Alexia Voulgaridou
mezzosoprano Olga Borodina
tenore Mario Zeffiri
basso Ildar Abdrazakov

http://www.ravennafestival.org/scheda_programma.php?id=983

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

バーリの願い

Petruzzelli再開に向けて工事が始まっていますが、バーリの意向としては、2008年のクリスマスに市民たちに劇場の門戸を開いて、マエストロ・ムーティによるコンサートを聴いてもらうこと、劇場側はできればそうすべきではないか、ということのようです。
マエストロが市民達と一緒に祝うことができれば、それは素晴らしいことですが。

2007年5月15日City Corriere 
Petruzzelli, cantiere aperto Gli eredi occupano i locali

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

Il Sole 24 Ore 紙の新しい雑誌

マエストロ・ムーティのサイトによると、Il Sole 24 Ore 紙の新しい雑誌(15日創刊、あるいは新聞差込?)Luxury24誌にマエストロのインタビューが載っているそうです。
ケルビーニ管、(おそらく)プーリアの憩いの地に建てている自分の「家」、ナポリについて語っているとのこと。

Riccardo Muti Official Website
notizie
15 maggio 2007

Un caffè con.....Riccardo Muti
Giovani Prendetevi la musica!
Riccardo Muti e le sue passioni: i nuovi talenti, l'Orchestra Cherubini, i trulli in Puglia e il Napoli

luxury24

http://www.riccardomuti.com/Notizie.aspx?idNews=139

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

フィルハーモニア管スペイン公演

来シーズン、マエストロ・ムーティとフィルハーモニア管がバルセロナを訪れます。
2008年2月にグラン・カナリアへも行くので、その頃でしょうか。マエストロがこのホールPalau de la Música Catalana カタルーニャ音楽堂で演奏するのは1991年以来とのこと。1905~1908年に建てられた同音楽堂はla Temporada Palau 100 といって、開場100周年を祝っています。

2007年5月15日 EUROPA PRESS
Carreras, Arteta, Mehta, Gardiner y Muti, en la Temporada Palau 100 del centenario del Palau de la Música

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 15 maggio 2007

木之下晃さんの写真

音楽現代誌最新号に、東京のオペラの森公演でのマエストロ・ムーティの写真が載っています。

音楽現代誌 2007年6月号
コンサート・フォトグラフィー 木之下晃
リッカルド・ムーティ

コンサート・クリティーク
東京のオペラの森 コンサート

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

GLOBArt Award 2007

APA通信によれば、マエストロ・ムーティにGLOBArt Award2007が授与されるそうです。
授与式は8月26日にニーダーエステライヒのPerneggで行われます(8月23日~26日に開かれるGLOBArt Academyの最終日)。
授与理由は、マエストロの長年にわたる芸術活動と、ラベンナ音楽祭の『友情の道』コンサートにみられるような、社会政治活動への関与、とのことです。

2007年5月15日APA通信
Riccardo Muti erhält "GLOBArt Award 2007"

GLOBArt
News, Academy 2007
http://www.globart.at/de/events/academy/academy_programm.htm#Awardverleihung

GLOBArt Award
http://www.globart.at/de/events/award.htm

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

RAIの過去の放送録音の放送

RAI RADIO3 で過去の放送録音が放送されていますが、マエストロ・ムーティのメンデルスゾーンのオラトリオが放送されます。1971年の演奏です。

夜に補足します。

2007年5月19日24時(日本時間20日7時) RAI RADIO3
http://www.radio.rai.it/radio3/cartellone/mostra_evento.cfm?Q_EV_ID=214975

2007年5月15日21時54分追記
ESERCIZI DI MEMORIA - SUONI DALL'ARCHIVIO DELLA RADIO 

MENDELSSOHN, GLI ORATORI
Paulus
Oratorio in due parti op 36
per soli coro e orchestra

Agnes Giebel, soprano
Oralia Dominguez, mezzosoprano
Theo Altmeyer, tenore
Siegmund Nimsgern, basso
Robert Amis el Hage, basso

Orchestra Sinfonica e Coro di Milano della Rai
Direttore, Riccardo Muti
Maestro del coro, Giulio Bertola

Registrato a Milano il 15 gennaio 1971

I parte: 1h 04'18. II parte: 45'29

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

lunedì 14 maggio 2007

山下史路さんの新刊

フィレンツェ暮らし
山下史路
青土社 2007年5月10日
1600円

マエストロ・ムーティへの取材申込みは、イタリア大物経済人から「彼はそういう人ではないから」と言われてあきらめ、マエストロ・アッバードやマエストロ・ポリーニからは、時間がないので、と丁重に断られたとのこと。

デル・ピエロについて書いたものを読んだことがありますが、ちょっと、違うかな?と思いました。でも、サッカーやクラシック音楽の専門家でなければいいインタビューができない、というわけでもありませんし、もしかしたら、マエストロ・ムーティについて、どこか新鮮なところの感じられる文が読めたかも知れません。

マエストロ・ムーティ、マエストロ・アッバード、両マエストロについて、ほんのひとこと、ふたこと書かれています。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

domenica 13 maggio 2007

聖霊降臨祭音楽祭を前に(2)

12日のレプッブリカ紙に載った、マエストロ・ムーティへのインタビュー記事の続きを紹介します。

マエストロには、音楽以外のことでは神経をすり減らして欲しくない、と心から願い、気遣う気持でいっぱいです。

2007年5月12日 la Repubblica 紙
Incontro col maestro che prova con l´Orchestra Cherubini alla vigilia della partenza per l´Austria
"Scelgo Vienna e Monaco sul podio come su una Rolls"

新しい音楽祭は《ドン・カランドリーノの帰還》で始まります。どうして、この作品を選んだのですか。
「チマローザは基本的にはウィーン、しかも皇帝の宮廷にいた作曲家です。これは素晴らしい仕上げのなされたオペラ・ブッファで、モーツァルトにおいて再び見つけられ、そしてロッシーニに至るような要素を持っています。台本作家Petroselliniの貢献は抜きん出ています。彼はモーツァルトの《偽の庭師》の台本も書いています。彼の言葉遊びは楽しくて他の言葉に移し変えることはできず、Scarpetta、Viviani、De Filippo、Totò...に至る道を意味しています。偉大なナポリ演劇の伝統です。」

最近、あなたのニューヨーク・フィル常任について随分話が出ています。ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューでオーケストラのマネジャーZarin Mehtaが、あなたはオーケストラに特に歓迎されている、と言っています。現在、あなたの辞退のニュースが明らかになっています。何が起きたのですか。
「真実は、常任の固定された地位は望んでいない、ということです。スカラ座を離れて以来、たくさんの申し出を受けてきました。けれども、どこかの団体の音楽監督でいることが40年間続きました。自由を感じていたいし、次のような、限られた絶大なオーケストラへ客演するような仕事の仕方を望んでいます。ウィーン・フィル―1971年からつながりがあります。ロンドンのフィルハーモニア管―そこでは音楽監督でした。ミュンヒェンのバイエルン放送響―世界で最も素晴らしい交響楽団のひとつです。フランス国立管―6月1日にモスクワでもっぱらシューベルトだけのコンサートを開きます。そして、ニューヨーク・フィル―6月に2週間、再び演奏します。実際の音楽監督が気にかけ、手がけなくてはならないといわれているようなこと、つまり、音楽団体の内部活動にはいっていくようなことに、これ以上関わりを持つ気にはなれません。しかも、アメリカのオーケストラでは(私はフィラデルフィア管との仕事について、長年にわたって責任を負っていました)、スポンサーなどと関わる活動にも参加しなければなりません。」

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

朝日新聞喜田記者のバーリ訪問

朝日新聞のローマ特派員は名物記者だった郷富佐子さんから喜田尚さんに変わり、少し残念に思っていましたが、12日の夕刊ではアレッツォをリポート(ピエロ・デラ・フランチェスカ展)していて、嬉しく思いました。

2007年5月12日 朝日新聞夕刊
とれんどうおっち アレッツォ
喜田尚

バーリ市のサイトでPetruzzelliの記事を読んでいて、喜田さんがバーリを訪れて市長にインタビューを行っていることが、ニュースになっているのに気づきました。
守護神ニコラ、モスクワのつながりがどういう記事になるのか、楽しみです。
バーリの記事が朝日新聞に少しでも載ると嬉しいのですが。
(市長はまるでサンタクロースのように恰幅がよくて、びっくりです!)

2007年5月11日 Comune di Bari
PETRUZZELLI: IL CONTO ALLA ROVESCIA

2007年5月12日 Comune di Bari
REPORTAGE DELLA RIVISTA GIAPPONESE THE ASAHI SHIMBUN SULLA CITTA' DI BARI

http://www.comune.bari.it/comune/opencms/sito/Bari/index.jsp

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

モルフェッタの雑誌の記事

モルフェッタの雑誌に載ったマエストロ・ムーティのモルフェッタ時代を振り返った記事とお父さんの追悼記事を、同誌の編集部がメールで送信してくれました。写真も鮮明で、その厚意に心から感謝しました。

マエストロの記事は、今、ここで途中まで訳しているLa Gazzetta del Mezzogiorno紙記事の内容と似ていて、マエストロのバイオリンの先生が回想しています。1952年5月15日にマエストロがバイオリンを弾いて「デビュー」し、新聞の記事になったことと、後に先生がラベンナ音楽祭でのマエストロの演奏を聴きに行った折のことが載っています。
1992年9月に亡くなったマエストロのお父さん、Dottor Mutiの追悼記事は、その写真(マエストロと目元やあごのあたりがそっくり)とともに、葬儀の様子などを書いています。

時間を見て紹介していきます。

l'altra Molfetta
http://www.laltramolfetta.it/

インターネットでこのように古い記事が瞬時に読めるようになったといっても、それでも、やはり、現地の図書館などで探したり、関係者に照会しなければわからないことが多々あり、フィラデルフィアの図書館や古書店ではじめてうろうろしまわったときの気持、国際返信用切手を同封してあちらこちらに手紙を出していた頃の気持は、いつまでも忘れられません。
(先日、映画《ロッキー・ザ・ファイナル》を観て、マエストロの演奏を聴きにフィラデルフィアへ行き、フィラデルフィア美術館を訪れては、あの階段を昇りきったところからダウンタウンの方を見やって感激にひたっていたことを、思い出しました。)

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

聖霊降臨祭音楽祭を前に(1)

昨日のレプッブリカ紙に載ったマエストロ・ムーティへのインタビューを紹介します。
Spettacoliの面の第1ページ全面を使った記事で、マエストロの指揮姿全身の写真を大きく載せています。

ケルビーニ管とザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭のリハーサルを行っている最中にとられたインタビューで、音楽祭の意義、ナポリ楽派の重要性を語り、ニューヨーク・フィルでの重要なポストを受けない理由を語り(いくつかの素晴らしいオーケストラと音楽を演奏する喜びを楽しみ、自由を享受する)、スカラ座について語り、成果を急ぎすぎる現在のクラシック界への憂いを語っています。

マエストロがあまりにも若く見えるので、時々、ああ、そうなのか、とあらてめて感銘を受けることが、これです。
すなわち、マエストロがよく口にする倫理的な義務、その歳になったからこそ、社会に向かってますます発言し、自分が受けてきた恩恵を還元する責務が、最近のインタビューで非常にはっきりと感じられます。もちろん、ケルビーニ管との活動はそのひとつの表れです。
先日のピアチェンツァでの即席サミットでは、マエストロは60代(とてもそうは見えません!)、市長は40代、ルテッリは50代で、経験豊かな年長として後生を導いていく人なのか、とピアチェンツァの新聞第一面の大きな写真を見ながら、ますます敬意を強くした次第です。

2007年5月12日 la Repubblica 紙
Incontro col maestro che prova con l´Orchestra Cherubini alla vigilia della partenza per l´Austria
"Scelgo Vienna e Monaco sul podio come su una Rolls"

「マリアの悲しみは悲嘆と優しさに満ちています。イタリアの聖母を、ミケランジェロの《ピエタ》を想い起こしてください。」そして、さらに進める。「この音楽からは、ほら、聴こえてくるでしょう?、イタリア南部のプロセッションが浮かんできます。」リッカルド・ムーティはピアチェンツァのMunicipaleの指揮台で、スカルラッティの四声のための荘厳なオラトリオについて説明しながら、ケルビーニ管の若者達とリハーサルをしている。ひとつのフレーズにこだわり、旋律の進行を歌ってみせる。エピソードや思い出を引用する。そして、リハーサルに没頭することに戻る。熱烈で、根気強さを見せ、熱意をこめてたがねをふるって磨き上げる。若者達は彼に従う。ふわふわした巻き毛、ジーンズ、髪をたばねてまとめた男性達がいる。音楽を演奏することを喜び、集中している。ザルツブルクで跳躍する前の、長時間のリハーサルだ。ザルツブルクとは、国際的な舞台、モーツァルトの町の最高に厳しい聴衆、ウィーン・フィルを夏に歓迎するのと同じオーケストラ・ボックスを意味する。あとわずかの後ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭が任せられるのは、ムーティによって創設されたイタリアの若者達の楽団に対してである。今年モーツァルトの最高の演奏家であるマエストロはザルツブルクへ、1700年代ナポリに捧げる3年間の計画とともに、その創設者として登場する。1700年代ナポリはモーツァルトの天分が大いに依拠するところのあった音楽世界である。1700年代ナポリではScarlatti、 Piccinni、 Paisiello、 Jommelli、 Fioravanti といった音楽家達のオペラ、ミサ、オラトリオがくりひろげられ、ムーティが言うには、彼らは啓蒙の世紀のチャンピオン達だった。ムーティはナポリで生まれ、そこで勉強し、この計画の意義についてこう言う。「それは、ナポリ楽派の重要性、特に、ウィーンとの関係においてそうだったことを意味します。演劇や音楽だけでなく、文学や絵画がより合わさって生まれたもので、二つの都市のつながりは強く、ヨーロッパ文化にとって無視できない存在でした。ヨーロッパ統合を形成することが模索されている現在において、ナポリの音楽家達が既にそのことを成し遂げていた様子を示すのは、興味深いことです。」

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 12 maggio 2007

2008年12月6日に向けて

1991年10月27日に火災に遭ったTeatro Petruzzelliの開場を、2008年12月6日に公式に定めた文化相Rutelliの同劇場工事現場訪問記事を、興味深く読みました。

Rutelliがマエストロ・ムーティに電話で、公演について予定して欲しいと申し入れたことが報道されているのは、既に紹介しました。
「彼のスケジュールが許せば、開幕公演を指揮することになるでしょう。ムーティはイタリア人として、でも、プーリア人としても少し(ma anche un po´ da pugliese) 、このイベントに対する喜びと誇りを明確にしていました。」とRutelliは語っています。

劇場内部はこうなる、という模型写真を載せた記事を読みながら、スカラ座改修のことを思い出していました。
バーリ市長も、2008年12月6日の再開とマエストロ・ムーティの再開公演指揮を期待している、と述べています。この劇場によって、バーリは再び世界とつながりを持つだろう、という言葉に、文化の重さをあらためて感じます。

Rutelliの言葉、プーリア人としても少し、マエストロは喜び、誇りに思っていた、というのは、本当に「少し」なのか、と考えてしまったのですが...。

マエストロのサイトにお祝いのメッセージを送りましたが、1年半なんて、あっという間です。どうか、無事に再開しますように。

2007年5月12日 La Repubblica 紙
LA RINASCITA DELLA CITTÀ
La cerimonia con il ministro che conferma: concerto di inaugurazione a dicembre 2008. L´esproprio? Ineccepibile"
Muti per il nuovo Petruzzelli
Rutelli consegna il cantiere: "Lunedì via ai lavori"

2007年5月12日 La Repubblica 紙
I commenti delle istituzioni. Il sindaco: abbiamo fondi sufficienti per un restauro decoroso
Emiliano accusa: "Eredi indegni non avevano assicurato il teatro"

2007年5月12日 Corriere del Mezzogiorno 紙
Petruzzelli, lunedì inizia l'ultimo lotto di lavori
Riaprirà il 6 dicembre 2008, ci sarà Muti

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

バーリの名誉市民授与式の写真

マエストロ・ムーティがバーリの名誉市民になったときの写真は、スイスの音楽ジャーナリストのサイトmuti.ch(現在リンク切れhttp://www.muti.ch/index.html)でも観ることができますが、プーリアのニュースサイトにもあることがわかりました。
思わず、拍手!

2006年6月6日 Puglialive.net
Riccardo Muti - cittadino barese
http://puglialive.net/home/news_det.php?nid=525

マエストロの写真の下にある[PHOTOGALLERY] をクリックすると、授与式やPeruzzelli訪問時、映画祭での写真が出てきます。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ナポリ音楽院からザルツブルクへ

ナポリ音楽院所蔵の1700年代ナポリ楽派の自筆楽譜や絵、楽器が、ザルツブルクResidenzgalerieでの展示に向けて、今日、送り出されます。
今朝未明、同音楽院サイトで図書館や博物館の所蔵品を検索しているうちに、夢見心地になってしまいました。マエストロ・ムーティが過ごしたナポリ音楽院の素晴らしさに、あらためて驚嘆しています。

Conservatorio di Musica San Pietro a Majella
http://www.sanpietroamajella.it/index.cfm

実は、マエストロ・ムーティの肖像もあります!

Autore: Armando De Stefano
Soggetto dell'opera: Riccardo Muti
http://www.sanpietroamajella.it/it/museo_qd_bs_dettaglio.cfm?image=09.jpg&txt=&soggetto=Riccardo%20Muti&autore=Armando%20De%20Stefano&StartRow=1

ナポリ音楽院からザルツブルクに向けて送り出されるものが記事に載っています。

Il manoscritto autografo del «Matrimonio segreto» di Cimarosa, quello del «Flaminio» di Pergolesi, quello de «La Nina, ovvero la pazza per amore». E poi quadri (i ritratti di Paisiello, Leo, Alessandro Scarlatti), un salterio del diciottesimo secolo e un paio di nacchere appartenunte alla regina Maria Carolina.

ナポリ音楽院の図書館のページ(所蔵楽譜の一部が写真で観られます)
Biblioteca - Galleria
http://www.sanpietroamajella.it/it/archivio_galleria_biblioteca.cfm

2007年5月11日 Il Mattino
AL FIANCO DI MUTI
Conservatorio in mostra a Salisburgo
Manoscritti, quadri e antichi strumenti al festival di Pentecoste
http://ilmattino.caltanet.it/mattino/view.php?data=20070511&ediz=NAZIONALE&npag=41&file=STOP.xml&type=STANDARD

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

レプッブリカ紙のマエストロ特集

今日のレプッブリカ紙はマエストロ・ムーティとザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭の特集を組んでいます。

昨日のIl Mattino 紙によれば、ナポリ音楽院の貴重な楽譜、絵などがザルツブルクでの展示に向けて、送り出される予定です。
同音楽院の図書館サイトでもいくつかの所蔵を確かめることができます。

追って、紹介します。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

Beiteddine Festival

マエストロ・ムーティがレバノンの音楽祭に出演するというAFP通信のニュースが、中東メディアなどで引用されています。

マエストロがピアノを弾いて出演する予定といわれているベイト・エッディーン・フェスティバルのサイトは、まだ更新されていません。室内楽か声楽でしょうか。

Beiteddine Festival
http://www.beiteddine.org/

2007年5月11日 Playbill Arts
Riccardo Muti to Help Relaunch Lebanon's Music Festivals
http://www.playbillarts.com/news/article/6483.html

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

Petruzzelli再開公演はマエストロの指揮で?

14日の改修工事者決定を前に、文化相Rutelliがバーリを訪れ、マエストロ・ムーティがPetruzzelli再開公演の指揮をとるだろう、と語ったニュースがいくつか報じられています。

ルテッリはマエストロと電話で話したそうです。マエストロは最高に喜んでいて、そのスケジュールがあえば、もちろん、開幕公演を指揮する心積もりがある、と文化相は語っています。
各報道では、開場は2008年末から2009年初め、だとか、公式の開場日は、バーリの守護神であるミーラの聖ニコラスの日である、バーリにとって最も大切な日2008年12月6日などと書かれています。

火災による1991年10月の閉鎖以来、マエストロが常に気にかけてきたことのひとつが、ようやく、解決されるのでしょうか。

2007年5月11日16:50 ANSA通信
Petruzzelli: manifesti contro esproprio
In occasione della visita del ministro Rutelli

20007年5月11日18:51 ANSA通信
Petruzzelli: lunedi' apre cantiere
Rutelli, inaugurazione con il maestro Muti a fine 2008

2007年5月11日 La Gazzetta del Mezzogiorno
Petruzzelli: il cantiere riapre il 14 maggio. Rutelli taglia il nastro

2007年5月11日 Puglialive.net
Bari - Il Teatro Petruzzelli ritornerà ai baresi nel 2009!?

2007年5月11日 APcom
PETRUZZELLI/ RUTELLI CONSEGNA CANTIERE DELLA RICOSTRUZIONE
Rumorose contestazioni dei proprietari espropriati

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

尽きることなく続く音楽の話

音楽を「考える」
茂木健一郎 江村哲二
ちくまプリマー新書
2007年5月 760円

クラシック音楽について、広範なテーマで対談した本です。広範なだけに、語りつくされていない部分が多々あるように思えますが、R25的なキャッチーなとらえ方、インデックスだけで知識を得たように思える満足感、興味を抱いたらさらに専門書へ、まさしくそれらが、この新書のキャラクターなのかもしれません。

茂木さんが、大野和士さんの言葉を紹介していました。「最後は指揮者は振らなくていいんだ。究極は、じいっと彫像のようにそこにいるだけで音楽が変わるということが指揮者の理想なんだ。」
マエストロ・ムーティも同じようなことを言っていたのが想起されます。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

venerdì 11 maggio 2007

イタリア鉄道旅行の本

イタリア縦断、鉄道の旅
池田匡克
角川oneテーマ21
2007年5月10日 876円

同じテーマの本で手元にあるのは

イタリア鉄道の旅
秋山満
光人社 1997年8月7日
1900円

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

シカゴ響ベローナ公演の貴重さ

マエストロ・ムーティとシカゴ響がヨーロッパ・ツアーで訪れるl'Accademia Filarmonica di Veronaでの公演について、昨日、イタリアでいくつか報道がなされています。

シカゴ響がはじめてそこで演奏するだけでなく、 Il Settembre dell'Accademia 2007のclou頂点、目玉、いちばんの見せ所であることを、l'Accademia Filarmonica di Verona総裁Luigi Tuppiniは強調したそうです。

2007年5月10日 Il Gazzettino
NOSTRA REDAZIONE

2007年5月10日 Corriere di Veneto
Verona, Accademia Filarmonica, Muti sul podio con la « Chicago »

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

レバノン公演

AFP通信によれば、昨年戦火のためにキャンセルされたレバノン国内の四つの国際フェスティバルが、今年は行われるとレバノン側から発表され、バールベック国際音楽祭へのマエストロ・ムーティの出演もそこには含まれている、とのことです。

レバノンの別の音楽祭への出演については、詳細がわかり次第紹介します。

2007年5月10日 AFP
Italy's Muti to launch Lebanon summer festivals

写真がいくつか。
http://news.search.yahoo.com/search/news?ei=UTF-8&c=&p=Riccardo+Muti+&datesort=1&fr=&c=images

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

フランス国立管ロシア公演

マエストロ・ムーティとフランス国立管が6月にモスクワで公演することは紹介済みですが、第二回シンフォニック・オーケストラ国際音楽祭the Second International Festival of Symphonic Orchestras への参加(開幕公演)であることが報じられています。

2007年5月10日 Russia Info Center
The Best Conductors of the World to Play in Moscow

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 10 maggio 2007

ベローナのFestival 2007

すでに紹介済みですが、ベローナのIl Settembre dell'AccademiaのFestival 2007 のパンフレットPDF版が、同サイトで見られます。

http://www.accademiafilarmonica.org/sett2007.php

マエストロ・ムーティはシカゴ響とのヨーロッパ・ツアーで訪れます。

2007年9月27日20時30分
ČAJKOVSKIJ Sinfonia n. 6 “Patetica”
HINDEMITH Nobilissima Visione
SCRIABIN Le poème de l'Extase
リッカルド・ムーティ
シカゴ響
Teatro Filarmonico

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

肩のこらないイタリア食文化論

わたしの好きなイタリア
北村光世
集英社 2007年4月30日
1700円

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

フィレンツェ公演の写真

イタリアのオペラ・ファンのためのサイトに、マエストロ・ムーティのフィレンツェ五月音楽祭公演での写真が載っています。クリックすると少し大きくなります。

Opera Clic com
Firenze - Maggio Musicale Fiorentino: Orfeo ed Euridice
http://www.operaclick.com/pagpn/vrec.php?id=1535

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

mercoledì 9 maggio 2007

モルフェッタからスカラ座へ(4)

南イタリアの新聞に載った、マエストロ・ムーティのモルフェッタ時代を扱った記事の続きを紹介します。

嬉しいことに、昨日ここで書いた、モルフェッタの雑誌が入手できそうです。マエストロの記事が手にはいりましたら、また、紹介します。

1987年1月10日 La Gazzetta del Mezzogiorno 紙
Felice de Sanctis

» Riccardo Muti da Molfetta alla Scala. Bacchette sulle mani del gran maestro «

そういうわけで、運命の前触れには欠かないが、リッカルドはそう思わない。ムーティはl'Espresso誌にこう語った。「私がこのキャリアにたどりついたのは、ある種の音楽一家、あるいはある種の軍人家族がそうであるように、指揮者にならせようという考えのもとに育てられたからではありません。そこでは、父親は一般的に、楽隊の幼年兵たちをすぐに息子の支配下においています。私の家族は、音楽の勉強を文化行為として奨励したのであり、職業とする見込みのもとで奨励したのではありませんでした。モルフェッタの音楽隊の指揮者になる可能性はどうだったでしょうか。いいえ、私は高校の素晴らしい卒業証書を得なければならなかったのでした。その後で、可能性が検討されれればいいのではないか、といったふうでした。」

そのために、普通の生活が続き、父方の祖父の助言で、Manzoni小学校に通っていた。Donato先生は「昔風の紳士で慈父のような先生だけれども、厳格で、必要なときには甥のリッカルドについても、他の者たちへと同じく、手のひらへのむちを惜しむことはありませんでした。」同じクラスだったGiuseppe Mastropasquaは回想している。

学校に通うようになって、リッカルドはバイオリンをやめてピアノに専念し、Maria De Judicibus教授のレッスンに行っている。彼を鍛錬し、その才能を見抜いた最初の人である。

自分に厳しく、少年が自然に持つような欲望をコントロールするほどで、エピクロス主義のような享楽を許すことはほとんどなかった。練習部屋では練習の鬼だが、その時、音楽の女神をたたえるために、ピアノの鍵盤をやさしく、あるいは激しくたたくことをしながら、瞳は爛々と光輝いている。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 8 maggio 2007

モルフェッタの雑誌

USAにあるモルフェッタ連盟la Federazione Molfettesi d'America において、マエストロ・ムーティが名誉会員であることを連盟会長選出記事で知りました。

2007年5月7日 News Italia Press
Scardigno riconfermato alla Presidenza della Federazione Molfettesi d'America

上記組織やモルフェッタのことを調べていて、モルフェッタの雑誌があることに気づきました(バーリにも同じような雑誌があり、マエストロのインタビューなどを載せています)。バックナンバーには、マエストロの記事だけでなく、マエストロのお父さんだろうかと思われる人Dottor Mutiの記事もありました。マエストロのバイオリンの先生が手記を寄せています。入手できないか、照会しています。現物は無理でも、せめて、コピーだけでも入手できたら、と思うのですが...。

l'altra Molfetta
http://www.laltramolfetta.it/

PERSONAGGI > MUTI: UN MEDICO E UN AMICO D’ALTRI TEMPI
di GERARDO DE MARCO
Pagina 21 del numero 10, anno 8

PERSONAGGI > ADDIO DOTTOR MUTI, UOMO BUONO E GENEROSO
di ALDO GIGANTE
Pagina 21 del numero 10, anno 8

PERSONAGGI > RICCARDO MUTI: QUARANT’ANNI DI MUSICA
di ALDO GIGNTE
Pagina 10 del numero 5, anno 8

RICORRENZE > RICCARDO MUTI. CINQUANT’ANNIDALL’ESORDIO
di GIUSEPPE TURI
Pagina 44 del numero 5, anno 18

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

パノラマ誌のインタビュー

マエストロ・ムーティのインタビューがパノラマ誌最新号に載っていることは、マエストロのサイトで知り、ここでも紹介しました。
5ページにわたる記事(1ページは指揮姿の写真)ですが、読後に重いものも残る記事でした。

一方では、若い音楽家たちからなるケルビーニ管にうちこんで、《トリスタンとイゾルデ》や《魔弾の射手》といった多数の有名作品をうちやって、ナポリ楽派のオペラを上演し、他方では、ニューヨーク・フィルやウィーン・フィルといった偉大なオーケストラと共演する、というのがスカラ座を去った後のマエストロの様子だと書き、フィルハーモニア管とのヴェルディ《レクイエム》の新聞評やニューヨーク・フィルとのリハーサルの様子、ニューヨーク・フィルの第一の音楽監督候補にあがっていることなどが書かれています。

もちろん、これまでにも書かれてきたように、マエストロは現在の自由を存分に楽しんでいると、この記事にもあります。

でも、マエストロの憂いのようなものも少し書かれています。音楽が表面的な現象になっていないだろうか、センセーショナルな話題を提供することに終始していないだろうか、ということであり、若い演奏家、演出家などが仕事を急ぎすぎていないか、十分なたくわえがないうちに仕事をしすぎていないか、ということです。ミュンヒェンでブーレーズとバレンボイムのコンサートにはたくさんの空席があるというのに、話題性だけの歌手の800ユーロのチケットが売り切れている、あるいは、ザルツブルクで舞台リハーサルなしに《ドン・ジョバンニ》を指揮した者がいた、と語っています。若い演奏家たちがどれほど音楽を知っているのか、どれほど勉強できているのか、どれほど勉強したいと思っているのか、懸念しているようです。
そして、どうすればいいか、には、lavorare 勉強、と答えています。

追って、紹介します。
ケルビーニ管のコンサートミストレスと、楽譜を手に話し合っている写真は、とてもいいな、と思います。

Panorama 誌 2007年第19号
L’INCONTRO A colloquio con MUTI dopo la scala

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

lunedì 7 maggio 2007

ウィーン・フィルの来シーズン

ウィーン・フィルの新シーズンが発表になっています。ただ、まだ、カレンダーでしか確認できないので、一部かもしれません。

マエストロ・ムーティは、今のところ、2008年4月のツアー(ケルン、パリ)と定期公演、2008年6月のウィーン芸術週間(ヴェルディ レクイエム)となっています。

1)Konzert auf Reise
Datum:
2008-04-09, 19:30

Ort: Kölner Philharmonie (Köln, Deutschland)
Dirigent: Riccardo Muti

Programm:

Joseph Haydn: Symphonie D-Dur, Hob. I:93 (1. Londoner Symphonie)
Anton Bruckner: Symphonie Nr. 2, c-Moll, WAB 102



2)Konzert auf Reise
Datum:
2008-04-10, 20:00

Ort: Théâtre des Champs-Élysées (Paris, Frankreich)
Dirigent: Riccardo Muti

Programm:

Joseph Haydn: Symphonie D-Dur, Hob. I:93 (1. Londoner Symphonie)
Anton Bruckner: Symphonie Nr. 2, c-Moll, WAB 102


3)8. Abonnementkonzert
Datum: 2008-04-12, 15:30
Ort: Musikverein, Großer Saal (Wien, Österreich)
Dirigent: Riccardo Muti
Wolfgang Schulz, Flöte

Programm:

Antonio Vivaldi: Concerto g-Moll, Nr. 2, RV 439, "La Notte”
Herbert Willi: Konzert für Flöte und Orchester
Anton Bruckner: Symphonie Nr. 2, c-Moll, WAB 102


4)8. Abonnementkonzert
Datum: 2008-04-13, 11:00
Ort: Musikverein, Großer Saal (Wien, Österreich)
Dirigent: Riccardo Muti
Wolfgang Schulz, Flöte

Programm:

Antonio Vivaldi: Concerto g-Moll, Nr. 2, RV 439, "La Notte”
Herbert Willi: Konzert für Flöte und Orchester
Anton Bruckner: Symphonie Nr. 2, c-Moll, WAB 102



5)Großer Musikvereinssaal

Datum: 2008-04-14, 19:30
Ort: Musikverein, Großer Saal (Wien, Österreich)
Dirigent: Riccardo Muti

Programm:

Joseph Haydn: Symphonie D-Dur, Hob. I:93 (1. Londoner Symphonie)
Anton Bruckner: Symphonie Nr. 2, c-Moll, WAB 102



6)Konzert der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien

Datum: 2008-04-15, 19:30
Ort: Musikverein, Großer Saal (Wien, Österreich)
Dirigent: Riccardo Muti
Wolfgang Schulz, Flöte

Programm:

Antonio Vivaldi: Concerto g-Moll, Nr. 2, RV 439, "La Notte”
Herbert Willi: Konzert für Flöte und Orchester
Anton Bruckner: Symphonie Nr. 2, c-Moll, WAB 102


7)Wiener Festwochen
Datum: 2008-06-07, 15:30
Ort: Musikverein, Großer Saal (Wien, Österreich)
Dirigent: Riccardo Muti
Barbara Frittoli, Sopran
Luciana d’Intino Alt
Ramón Vargas, Tenor
Thomas Quasthoff, Bass
Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien

Programm:

Giuseppe Verdi: Messa da Requiem


8)Wiener Festwochen
Datum: 2008-06-08, 11:00
Ort: Musikverein, Großer Saal (Wien, Österreich)
Dirigent: Riccardo Muti
Barbara Frittoli, Sopran
Luciana d’Intino Alt
Ramón Vargas, Tenor
Thomas Quasthoff, Bass
Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien

Programm:

Giuseppe Verdi: Messa da Requiem

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ウィーン・フィル新シーズン

ウィーン・フィルの新シーズンが同サイトに載りました。

http://www.wienerphilharmoniker.at/

追って紹介します。

(この記事に続きはありません)

Continua a leggere "ウィーン・フィル新シーズン"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

文化相ルテッリのピアチェンツァ訪問

マエストロ・ムーティはピアチェンツァで、ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭に向けてケルビーニ管とリハーサルの最中ですが、5日に文化相兼副首相ルテッリがピアチェンツァを訪れ、キャンペーン予定外のことながら、マエストロ、ピアチェンツァ市長との即席《サミット》が行われたとのことです。
ピアチェンツァも選挙の季節で、ルテッリはマルゲリータ党首として、市長再選のキャンペーンでピアチェンツァを訪れたものですが、キャンペーン予定にはないものの、マエストロがリハーサルを行っているTeatro Municipaleを訪れ、市長もまじえた会談となった次第のようです。
ピアチェンツァの新聞は一面に三人の写真を大きく載せていますし(マエストロは厳しい表情ですが...まあ、選挙キャンペーン中ですから)、市長のブログにも、三人でピアチェンツァとケルビーニ管とのたくさんのプロジェクトを話し合ったし、ピアチェンツァがかくあるのは市長の功績であるとマエストロが語った、というルテッリの言葉も書かれています。

イタリアの政治家には左右を問わず、興味深い人がたくさんいて、ルテッリといい、ローマ市長ベルトローニといい、文化にもこれほど深い関心を寄せる姿には感銘さえ受けます。いずれは首相になるという志を持った人たちでしょうが、マエストロが深く憂える文化政策が好転するといいのですが。

市長のブログは選挙もあるので、紹介するのはあまりあまり気が進まないのですけれども...。

2007年5月6日 Liberta' 紙
Rutelli sprona Piacenza: punti su arte e cultura

Roberto Reggi, News
2007年5月6日 
"Pieno sostegno al progetto di dismissione delle aree militari"
http://www.robertoreggi.com/blog/rute3.html

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

domenica 6 maggio 2007

1984年フィラデルフィア管ツアー(4)

マエストロ・ムーティとフィラデルフィア管の1984年ヨーロッパ・ツアーのうち、イタリア・ツアーの部分をとりあげた記事の続きを紹介します。

このツアーの演奏曲は次のとおりです。
バルトーク 二つの映像
マーラー 交響曲第1番
フランク 交響曲二短調
ヒンデミット 弦楽と金管のための協奏音楽
シューベルト グレイト交響曲
プロコフィエフ 組曲《ロメオとジュリエット》
ファリャ 《三角帽子》組曲2
チャイコフスキー 交響曲第4番

Attenzione誌 1984年10月号
Bravissimo!

フィレンツェはフィラデルフィアの姉妹都市だ。そして、1970年にフィレンツェ五月音楽祭のオペラ上演のリハーサルをしているリッカルド・ムーティを、長期にわたってフィラデルフィア管の指揮者を務めたユージン・オーマンディが聴いたのは、ここのテアトロ・コムナーレにおいてであった。それは、その若い音楽家をフィラデルフィアに客演させ、現在の地位に導いた出来事だった。ムーティが戻ってきた晩はやや小さなホールは満員で、手すりの中には、立見の客が2列になっていた。聴衆の反応は非常によく、オーケストラがステージを去るという仕草を見せるまで、何度も繰り返されたカーテンコールに喝采を送っていた。コンサートの後、ムーティは引きつったような顔と疲れ切った様子で、あっというまにラベンナに連れ去られた。フィレンツェから75マイルほど離れていて、クリスティーナや子供達とめったにないオフを過ごすためだった。ヴィヴォリVivoliのおいしいアイスクリームで精をつけ、オーケストラはピサを経て次のコンサート旅程の地へ飛んだ。トリノである。

ピエモンテの首都にある乾いた音響のTeatro Regioは、元々建てられていた場所にある。最初の建物は1937年に焼け落ちてしまったが、1896年2月1日にプッチーニ《ラ・ボエーム》が初演された。曲の合間にムーティは楽屋裏にひょいと入り込み、見回して、最近の《ボエーム》に使われたカフェ・モミュスのセットに気づいた。メンバーの中には、自分達の受けた喝采が劇場の音響によって、枕を一斉にたたいているように聴こえたことに気づいた者たちもいたが、拍手喝采はフィレンツェでと同じくらいの間続いた。

トリノからミラノへの列車内でのなごやかなポーカー・ゲームでは、芝居っ気たっぷりなプレーヤー達がベットを3000にレイズしたり、4000がコールされたりするのが見られた。立見している者たちは、賭けがリラで行われているのに気づくまでは、この大きな浪費に驚いたことだろう。この陽気に見える雰囲気にもかかわらず、スカラ座で演奏することの懸念が、その底には強く渦巻いていた。ほとんどの演奏達にとって、クールなミラノっ子達は打ち勝つべき聴衆だったからだ。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

1984年フィラデルフィア管ツアー(3)

マエストロ・ムーティとフィラデルフィア管の1984年ヨーロッパツアーを取り上げた記事の、続きを紹介します。

ツアー中の大変さが想像を絶するものであることはよく知っているつもりですが、ベストを尽くそうとするマエストロ・ムーティとオーケストラにはいつもいつも心から感謝しています。

Attenzione 誌 1984年10月号
Bravissimo!

ムーティはローマのアカデミア・サンタ・チェチリアにおいて、過去最も若い演奏家として栄誉を受けた。「永遠の都」での歓迎振りはナポリと同じくらいにぎやかだった。現代的なAuditorio Pioに登場したオーケストラ一行は、満員のホールで演奏した。ファン達は両壁際に立ち、最前列を埋めたファン達は弦楽器奏者達の弓にほとんど触れることができるほどだった。両サイドエプロンに座った人達は、ムーティの表情やジェスチャーを見ることができた。フランクの二短調交響曲とプロコフィエフの《ロメオとジュリエット》組曲を彼が指揮した際のしかめっつらや、眉をつりあげた様子、指揮棒での突き、ジャブ、ソロ奏者を突然直視する姿といったものである。 演奏が終わると、聴衆にまじめな顔つきを向ける前に、オーケストラに向かって大きな笑顔を見せていた。アンコールであるヴェルディの序曲は、今度は、聴衆を座席に釘付けにした。演奏が終わり、ロックコンサートでのように、女性ファンたちの大きな波がコントラバス奏者Neil Courtneyを踏みつけんばかりになり、彼は本能的に自分の1540年製楽器を護ろうと動いたほどだった。

ツアーの間、オーケストラのメンバー達の会話はコンサートホールの音響、レストラン、バーゲン、美術館といったことに傾きがちだった。この順番は彼らが観光している短い間にちょっと聞き取ったものによった。彼らは、自分達の旅程とイタリアの生活様式があわないことに気づいていた。そのバスと列車はどの都市にもいつも午後3時ごろに到着し、開いているレストランや店を見つけるには遅すぎた。レストランが開く7時には、彼らはちょうどバスに乗ってコンサートホールに向かうところだった。さらに、最適の状態で連続して演奏しようとすることは、常に存在する、言葉にならない緊張感を生み出していた。彼らのマエストロの誇らしげな笑顔は、聴衆からもらう勲章と同じくらいの重みがあったのである。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 5 maggio 2007

1984年フィラデルフィア管ツアー(2)

マエストロ・ムーティとフィラデルフィア管の、1984年ヨーロッパツアーに関する記事の続きを紹介します。
マエストロはいつでも、今でも、ナポリではヒーローです!

手元の資料によれば、1984年のツアー日程は次のとおりです。ラベルの左手のための協奏曲を弾くはずだったリヒテルは、キャンセルしています。

1984年5月17日、18日 ミュンヒェン
1984年5月19日、20日 ウィーン
1984年5月21日、22日 ナポリ
1984年5月23日 ローマ
1984年5月25日 フィレンツェ
1984年5月27日 トリノ
1984年5月28日 ミラノ
1984年5月29日 ベローナ
1984年5月30日 ロンドン
1984年6月1日 ベルリン
1984年6月2日 パリ

また、1984年以前のマエストロのナポリ公演については、手元の資料では次のとおりです。1980年のナポリ地震については、フィラデルフィアでも慈善コンサートを開いています(1981年2月17日)。

1968年10月19日 ナポリ秋季音楽祭、RAI響
1978年4月14日 フィルハーモニア管
1982年4月8日 フィルハーモニア管

Attenzione 誌 1984年10月号
Bravissimo!

ムーティとフィラデルフィア管のツアーは、ミュンヒェンで2回、ウィーンで2回行うことから始まった。ピアニストのスビャトスラフ・リヒテルとのミュンヒェンを始めとする5回の共演は、彼の病気のためにキャンセルせざるを得なかったが、オーケストラのメンバーたちは、5月21日のナポリ公演での溢れんばかりの歓迎振りを楽しみにしていた。実際、報告が伝わってきていて、ボックスオフィスでコンサートのチケットを求める人たちの騒動を統制するために、警察の出動が要請されたという。オーケストラのナポリ滞在中、ムーティは、18世紀に建てられたナポリの堂々たる歌劇場テアトロ・サン・カルロを、イタリア最古の歌劇場であり、ロッシーニとドニゼッティがかつて最高の状態を過ごした場所であることを、大いに誇りにした。彼はすべての人に次のことを思い出させた。「かつてはあらゆる指揮者がオペラ出身だったのです。」

最初の晩には、ナポリ地区のムーティ・ファミリーが35人、妻のクリスティーナ、父、二人の兄弟がエレガントに盛装した聴衆の中にいた。一方、オーケストラの家族たちの中には、気後れするようなイタリアの劇場マナーにまごついている人たちもいた。二つあり、ひとつは、チケットの値段が券面から省かれていて、チケットの価値は需要と入手可能性によって変わるということ。もうひとつは、チケットには通路表示、列表示、座席表示がなくて、当然、意欲的な案内係へのチップが必要なこと。

アメリカのオーケストラは、個々にばらばらとステージに現れて、楽器を弾いて音響を確かめるのに対して、ヨーロッパのオーケストラは隊列をなして一斉に登場する。合唱団のやり方である。フィラデルフィア管はホールに登場したとき、赤と白の花が楽譜台にあるのに気づいた。ステージ裏では、好意を寄せる人たちと、ムーティが短時間談笑していた。明らかに彼は寛いでいた。

ムーティが自分の町に戻って指揮したのは4回だけで、前回の公演は1980年地震救済のための慈善コンサートだった。コンサートゴーアーのひとりは、ムーティのいちばん最近のナポリ登場への期待を、こう言うことで強調した。「彼が戻ってくるためには、また地震が必要なのかもしれないと我々は思っていました。」ムーティの登場は大きな反応を巻き起こしたが、いつものように、彼は即座に聴衆に背を向けた。それは、あたかも、オーケストラの素晴らしさを証明する仕事にただちにとりかかりたいかのようだった。作品が終わるごとに、ムーティは、自分が聴衆のほうを向いて歓呼を受けるよりも前に、オーケストラに起立するよう求めていた。

オーケストラとともに成果を共有するということを強調しようとしたのは、今回がはじめてではなかった。フィラデルフィアで彼は、オーケストラのメンバー達にこう言ったことがあった。「思い出してください。拍子をとることは楽器を上手に演奏するよりは容易なのです。」鮮やかに演奏されたコンサートは激しく興奮した喝采で終わり、やがて、短いアンコールによって鎮まった。天井桟敷で高ぶった誰かがこう叫んだ。「戻ってきてくれて、ありがとう」そして、ムーティが彼らしくなく(訳注:uncharacteristicallyが原語。マエストロはスカラ座でや最近は、アンコールの前などに聴衆となごやかなやりとりやスピーチを行うことが多いように思いますが)答えた。「私達を聴きにきてくれて感謝しています。オーケストラも同じ気持です。」

翌朝、ムーティと妻はホテル・エクセルシオールのロビーで客達の歓迎を受けた。二人が通りを横切って、ナポリ湾に突き出た要塞沿いをぶらぶら歩いていると、カメラマンたちが二人の一挙一動を写真に撮った。ムーティの顔があらゆる新聞に載り、すべてのレコード店のショーウィンドーを飾っていて、彼は音楽界のヒーローとして故郷に戻っていたのだった。

その晩、バルトーク、ヒンデミット、シューベルトのプログラム(訳注:バルトーク 二つの映像、ヒンデミット 弦楽と金管のための協奏音楽、シューベルト グレイト交響曲)を堪能した聴衆の構成は、前の晩に比べて、まじめなコンサートゴーアー達は多くなっていて、社交界の人たちは少なくなっていた。劇場を揺るがした狂乱の喝采を鎮めるかのように、ムーティが突然指揮棒をとって、管楽器の三つの不吉な音を導き、そして、それが繰り返され、沈黙の叫び声が出た。突然聴こえたあえぎが、ヴェルディの《運命の力》序曲における運命に苦しむメロディだとわかった。オーケストラがアンコールの最後の音を演奏したときには、聴衆は立ち上がっていた。喝采はオーケストラのメンバー達がステージを去った後も続いた。ムーティがこのオーケストラの有名な弦楽器セクションの椅子の間から現れ、天井桟敷に向かって手を振ったとき、彼は間違いなく、自分の運命の力を証明して見せたのだった。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

Petruzzelliの再建業者決定は5月14日

バーリのPetruzzelli劇場の再建業者は5月14日に決まるそうです。2008年12月再開に向けていよいよ始動ですが、市・政府ともに、再開記念コンサートはマエストロ・ムーティの指揮のもと、2008年12月6日あるいは12月24日に行う予定としている、と記事にはありました。

2007年5月5日 Corriere del Mezzogiorno 紙
Petruzzelli, sette aziende per la ricostruzione: lavori al via il 14 maggio

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ザルツブルクに向けてのリハーサル

今日のピアチェンツァの新聞に、ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭に向けての、ケルビーニ管のリハーサルの進行状態が載っていました。

4月27日から行われた各パートのリハーサルが終わり、昨日からは、マエストロ・ムーティの指示のもと、市立歌劇場Teatro Municipaleの舞台で、チマローザのオペラについてオーケストラ全体のリハーサルが始まりました。スカルラッティのオラトリオについても同様だとのこと。
二つの作品のピアチェンツァでのリハーサルは5月14日まで続き、その後オーケストラはオーストリアへ飛んで、歌手とともに《カランドリーノの帰還》の最後のリハーサルを行うそうです。

リハーサルには、第一バイオリン、第二バイオリンにそれぞれ指導教授がついていたそうで、マエストロのインタビューにあった、チマローザの作品におけるバイオリン奏法のむつかしさもあってのことかもしれません。

ケルビーニ管のディスクが出るのはいつのことでしょうか。待ち遠しいです。ファンとして、たとえ自主制作盤であっても、そして、ささやかであっても、支援は惜しまないつもりです。

2007年5月5日 Liberta'紙
Calandrino, al via le prove della "Cherubini" con Muti
http://www.liberta.it/asp/default.asp?IDG=705057507&H=

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

パノラマ誌最新号にインタビュー

パノラマ誌のサイト、マエストロ・ムーティのサイトによれば、同誌最新号にはマエストロ・ムーティのインタビューが載っているそうです。

オンラインではまだ読めないので、内容がわかったら、紹介します。

Riccado Muti Official Website
notizie 2007年5月4日

Panorama
A colloquio con Muti dopo la Scala

http://www.riccardomuti.com/Notizie.aspx?idNews=133

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

1984年フィラデルフィア管ツアー(1)

マエストロ・ムーティとフィラデルフィア管の、1984年ヨーロッパ・ツアーをとりあげた記事(原文は英語)を紹介します。

この頃、マエストロはしばしば、オーケストラとの結びつきを結婚にたとえていて、イタリア人だからなのか?と苦笑させられていたのを、久しぶりに思い出しました。

Attenzione 誌 1984年10月号
Bravissimo!

その輝かしいキャリアの過程で、リッカルド・ムーティはおそらく、これまでに書かれたすべての交響曲を演奏したか、聴いたかしたと思われる。けれども、新しく任命されたスカラ座音楽監督を歓迎する、ミラノの聴衆から受けた喝采ほど甘美な響きは、かつて彼は聴いたことがないだろう。

指揮者リッカルド・ムーティは今年5月に故国イタリアを訪れたが、それは普通の旅行ではなかった。フィラデルフィア管を伴って、キャリアの若い頃に成功を収めた都市に戻ったムーティは、クラシックの演奏界で最も高位の贈り物を受けることが決まっていた。ミラノの名高いスカラ座の音楽監督である。訪れる6ヶ国のうち、そのひとつであるイタリア・ツアーの7演奏会は売り切れ、20日間のヨーロッパツアーの目玉だった。一方、フィラデルフィア管のメンバー達(彼らにとっては1955年以来4度目のイタリア訪問)は、自分達の43歳のマエストロにとって、これらのコンサートが特別な意味を持っていることに気づいていた。

イタリアに向かって出発する前、ムーティは、ツアーが持つ個人的な面については控えめに語るように努めていた。人懐っこくて、しばしば、いたずらっ子のように見える微笑で中断されたとはいえ、彼の鋭く率直な話し方は、その突き刺すような黒い瞳によって強められていた。「音楽はヨーロッパで生まれました。」とムーティは注意を促した。「そして、ヨーロッパの聴衆は手厳しいです。彼らは、ニュー・フィルハーモニア管と訪れた頃から私を知っていますし、フィラデルフィア管とのこの結婚、結びつきについて知りたがっています。私達のためにgrancassaバスドラムを鳴らす必要はありません。この結びつきが機能していることについて彼らを納得させることさえできれば、拍手を送ってくれるからです。」

「スカラ座は私がフィラデルフィア管を続けていることを嬉しく思っています。また、私がスカラ座を受け入れたことをフィラデルフィア管が喜んでくれるよう、私は望んでいます!アメリカの音楽監督は、プログラム、新しいメンバーのオーディション、独奏者、指揮者の招聘、そのほかたくさんの運営管理上の職分の、すべてについて責任を負います。けれども、イタリアの音楽監督は自分の上演についてだけ責任を負い(それは、私の場合は、二つの新プロダクションと《リゴレット》の再演ですが)、劇場全体の水準全般をチェックするだけです。フィラデルフィアで私がしなければならないことをスカラ座でやることは不可能でしょう。それでも、スカラ座での仕事は非常な激務になることでしょう。けれども、ひとりの女性と結婚することとは違って、この場合は、大西洋を渡って別の女性と懇意になる、というわけです。今や、他の歌劇場に行って仕事をする時間は、少なくなるでしょう。」1984年のシーズンでは、ムーティはフィラデルフィアを4回訪れ、30回のウィークエンドチクルスのうち、11回を指揮する。

5人兄弟の三男として、ムーティはナポリで生まれたが、青春時代をバーリに近いモルフェッタで過ごした。父の故郷であり、そこには家族がナポリに戻るまでいた。8歳でバイオリンを勉強し、13歳のときにピアノに切り替えた。音楽院での演奏会で指揮を依頼されて、はじめて、自分の特別な才能に気づいた。19歳でミラノのヴェルディ音楽院に入学し、そこではアルトゥーロ・トスカニーニと一緒に仕事をしていたAntonino Vottoに学び、Bruno Bettinelliに師事した。同じ音楽院の学生だった歌手Cristina Mazzavillaniは妻になった。二人は結局のところ彼女の故郷ラベンナに居を構え、娘Chiara13歳、息子Francesco14歳、Domenico5歳と現在もそこに暮らしている。

1967年、ヴェルディ音楽院卒業後2年たって、誰もが望んだGuido Cantelliコンクールに優勝し、フィレンツェ五月音楽祭で指揮する機会を得た。フィレンツェで毎年催される行事である。1969年から1980年までフィレンツェ五月音楽祭管の首席指揮者、音楽監督を務め、1972年から1982年までロンドンのフィルハーモニア管の音楽監督だった。偶然の一致なのだろうか、フィラデルフィア管は、ムーティの初期のキャリアにおいて傑出した役割を演じた、その同じ都市にツアーを行い、しかも、それと同じ舞台に立った。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

venerdì 4 maggio 2007

フィラデルフィア管1984年イタリア・ツアー

マエストロ・ムーティとフィラデルフィア管が1984年に行ったヨーロッパ・ツアーのうち、イタリア・ツアーの部分をスケッチした記事をとても楽しく読みました。
イタリアに関する話題を載せているUSAの雑誌で、マエストロがカバーストーリーになっています。
マエストロのいたずらっぽくて、生き生きとしていて、黒く澄んだ瞳は、いつもいつも、本当に魅力的です!

スカラ座では、マエストロの師Vottoが楽屋を訪れ、マエストロとフィラデルフィア管のコンサートマスター、ノーマン・キャロルととも写真に納まっています。
フィラデルフィア管のメンバーたちは、早くからスカラ座を訪れ、ステージから空っぽの客席を眺めて、威厳に打たれている様子だったとのこと。アカデミー・オブ・ミュージックがスカラ座を模している、と言われてきたからだと、記事は書いています。

ナポリの様子は壮観でした。テアトロ・サン・カルロには、ナポリ及びその周辺にいるマエストロの親族35人、クリスティナさん、マエストロのお父さんとマエストロの二人の兄弟が聴きにきていたとのこと。
ナポリが誇る指揮者でありながら、なかなかナポリで公演してくれず、1984年のこの公演は1980年の地震被害者救済慈善コンサート以来で、マエストロに訪れてもらうためには、地震を起こすしかないか、とまでファンに言われていたことを、記事は紹介しています。
終演後、天井桟敷からThank you for coming back home.(戻ってきてくれて、ありがとう)と叫び声がとび、マエストロがそれに対して、I thank you for having us ,and so does the orchestra.(私達の演奏を聴いてくれてありがとう。オーケストラも同じ気持です)と答えた様子には、ああ、イタリアだ、と涙が出そうになるくらい嬉しくなりました。
(ちょうど、ミランがチャンピオンズ・リーグの決勝戦進出を決めた試合の感激を、ミラノのファンたちの熱狂ぶりと一緒に味わったばかりだったので)

このツアーについてマエストロは、フィラデルフィア管の素晴らしさをイタリアでも知ってもらいたい、と語っていて、聴衆はそれを十分に堪能し、大きな大きな成功に終わったことがこの記事からうかがわれます。

マエストロの言葉で、ああ、やはり、と思ったことがあります。
マエストロは聴衆の拍手に対して、自分が聴衆のほうを向いて応える前に、まずオーケストラのメンバー達を起立させ、その喝采を浴びせさせますけれども、その理由をメンバーたちにこう語っています。「思い起こしてほしいのですが、楽器をうまく演奏するよりも、拍子をとるほうが容易なのです。」

記事は、また、時間をみて紹介します。

Attenzione 誌 1984年10月号
Bravissimo!

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

モルフェッタからスカラ座へ(3)

南イタリアの新聞に載った、マエストロのモルフェッタ時代を追った記事の続きを紹介します。

幼いマエストロがバイオリンを弾いている写真は、別のところでも紹介しました。
この写真をはじめてインターネットで見たときの驚き、嬉しさは、言葉では言い尽くせません。こんなにきりっとした少年だったとは、とため息。
Gigante先生は後に、立派になったマエストロを楽屋にたずねてマエストロを感激させ、周囲の人たちに、この人のおかげで今の自分があります、と紹介されています。マエストロが古くからの親交をどれほど大切にする人かが、こういったエピソードからもわかります。

1987年1月10日 La Gazzetta del Mezzogiorno 紙 
Felice de Sanctis

Riccardo Muti da Molfetta alla Scala. Bacchette sulle mani del gran maestro
http://www.felicedesanctis.it/default.aspx?main=03&id=113

このようにして、クリスマスにナポリ(ここでもまた、運命のいたずらのように、プーリアとナポリがからみあう)から、リッカルドの最初のバイオリンが届いた。父からの贈り物である。自信を投入するようなものであり、音楽を愛する気持に気づかせるものであった。

Giganteは続けた。「でも、本当の驚きは次のときでした。しばらくしてから、via Annunziataにあるムーティ家にソリスト用のレッスンに出かけたときのことです。父のDomenicoがあるニュースを前もって知らせてくれたのです。リッカルドが時間通りにあらわれ、《セビリアの理髪師》のアリアを私に聴かせました。この演奏を容易にしたパート譜になじんでいたのです。今思い返せば、このエピソード(当時感動しましたが、しかし、リッカルドの将来を見通すまでいくような時点ではありませんでした)は、彼の才能がはじめて芸術的に表現されることになった機会をつかまえたもの、といえるかもしれません。

1952年5月に、我々の幼いバイオリニストは当地の神学校Seminarioでコンサートを開いた(父は神学生たちと校長の医者で、校長は現在はナポリ大司教であり、Cardinale Ursiである。訳注:Il Cardinale Corrado Ursiは2003年8月29日死去)。師Giganteがピアノ伴奏を務めた。1952年5月18日のLa Gazzetta del Mezzogiorno紙はこのように報じている。「傑出した才能、小さなバイオリニストで10歳のリッカルド・ムーティは医者ドメニコ・ムーティの息子である。ヴィヴァルディのイ短調協奏曲、バッハのブーレを演奏した...演奏会はヴェルディの《ナブッコ》の合唱で終わった」(ここにも運命の兆し?)

当時の別の新聞Momento sera 紙は、この公演についてこう書いている。「音楽は、演奏者の歳を考えてみるならば、ほとんど奇跡に近いほど、そこまで完璧に演奏された。」

(写真は、師のGiganteがピアノを弾き、幼いムーティがバイオリンを弾いているもの)

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 3 maggio 2007

チェーザレ

惣領冬実さんの漫画『チェーザレ』が話題をよんでいて、とても嬉しいです。

第三巻が出ましたが、連載時に感銘を受け、マエストロ・ムーティがスカラ座で《モイーズとファラオン》を上演したときの言葉を思い出させたチェーザレの言葉を、あらためて読みました。
イスラム文化の柔軟性、イスラム文化が西洋文明の源のひとつとなっていることを知悉しているチェーザレ・ボルジア。興味はつきません。

「ユダヤであろうが イスラムであろうが 信仰の形は違えど 神が神であることに 変わりないだろうに 何故 こんなことでいがみあわねば ならない

もともと 生まれた場所も 肌の色も 言葉すら異なる この世界で 自分達以外の 人間 宗教を 排除しようと いうのが 間違っている」
惣領冬実 破壊の創造者 チェーザレ(3)
2007年4月 講談社
743円

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

2007年5月のスケジュール

2007年5月25日~28日 ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭
ケルビーニ管
http://www.salzburgfestival.at/pfingsten_start.php?lang=de

2007年5月25日、27日19時30分

Haus fuer Mozart
D.チマローザ  《カランドリーノの帰還》

Riccardo Muti  指揮
Ruggero Cappuccio  演出
Edoardo Sanchi 舞台美術
Carlo Poggioli 衣装
Maurizio Viani 照明

Laura Giordano, Livietta
Monica Tarone, Irene
Leonardo Caimi, Valerio
Juan Francisco Gatell, Don Calandrino
Marco Vinco, Monsieur Le Blonde

2007年5月28日11時
Kollegienkirche コレーギエン教会
A. スカルラッティ ORATORIO A QUATTRO VOCI

Riccardo Muti, Conductor
Karine Deshayes, Mezzo-soprano
Ekaterina Gubanova, Alto
Franco Fagioli, Countertenor
Matthew Polenzani, Tenor

28日はOE1・ORFでインターネット中継

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ザルツブルクの光景に!

マエストロ・ムーティのサイトのトップの写真が、ザルツブルクの光景とケルビーニ管になりました。

Riccardo Muti Official Website
http://www.riccardomuti.com/homepage.aspx

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

31年間の成熟

フィレンツェ五月音楽祭出演に際して行われた、マエストロ・ムーティの短いインタビューを紹介します。

2007年4月28日 Avvenire 紙
Muti: «Dedico Orfeo al coraggio dell'amico Slava»

「グルックの《オルフェオとエウリディーチェ》をSlavaの思い出に捧げます。死に打ち勝った人生を描いたオペラです。」リッカルド・ムーティの声は強い感情に揺さぶられていた。今晩、彼のフィレンツェへの帰還はめでたい祭典になるはすだった。そのかわりに、この指揮者にとって、「とても親しかった友人で、共演したことを誇りに思い、その傑出した音楽解釈にいつも魅了されていた友」への最後の敬意を表す場となるだろう。ロストロポーヴィチは、2004年のスカラ・フィルのロンドン・ツアーについて、ムーティの代わりに指揮するよう依頼されたが、断り、その行動を、困難なときにある友に対する友情の表明だと説明したが、まさしく、そのロストロポーヴィチのことである。今晩と明日、ムーティは五月音楽祭の指揮台に戻ってくる。1976年にLuca Ronconiの演出とPier Luigi Pizziの舞台美術の助力も受けて、イタリア・オペラの歴史に痕跡を残した作品を、指揮するのである。ムーティは説明する。「コンサート形式でなされ、始める前に友ロストロポーヴィチを偲びます。」

マエストロ・ムーティ、このロシア人チェリストの死去で、音楽から失われたものは何でしょうか。
「しばらく前から、音楽界はロストロポヴィチの健康状態を心配していました。彼の死去は、今、音楽と文化から、我々の時代における最も傑出した人物のひとりを奪いました。崩壊したベルリンの壁の前でチェロを演奏したSlavaを忘れることはできないでしょう。偉大なチェリストであり、素晴らしい指揮者であった彼は、同時に、強い熱意をもって、平和、友愛、自由を倦むことなく求めたひとりの人間、市民でもありました。」

なんというのでしょうか、グルックのオペラのテーマは...
「《オルフェオとエウリディーチェ》のテーマは永遠の夢、伝説です。妻のエウリディーチェを取り戻しに地獄へ降りてゆき、オルフェオは実際には自分自身を探し求めます。だから、ここで、スコアは聴衆に深い省察をうながしているといっていい、ということを、私はもう一度持ち出します。フィレンツェではじめて《オルフェオとエウリディーチェ》に取り組みました。31年間に聴衆は悲惨なことや損失を体験しましたが、希望を抱かせるできごともあり、それは歌劇場に通う人の中に深い文化的精神的姿勢を生み出すのに貢献しました。」

そして、あなたの演奏も成熟しましたか?
「この時の流れの間に、古典といわれる音楽だけでなく、現代音楽にも向き合うという、たくさんの円熟した体験のおかげで豊かになったんですよ。」

1976年の歴史的上演の後、今回は、《オルフェオとエウリディーチェ》はコンサート形式です。
「私のスケジュールによるやむをえない選択です。あと1ヶ月でザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭を予定しているからです。そこではケルビーニ管と1700年代ナポリ楽派見直しをします。私の人生における最も重要な体験のひとつを築いたオペラを、フィレンツェに戻って指揮する感動は隠しません。《オルフェオとエウリディーチェ》は音楽的な演奏面で素晴らしい成功を収めましたが、ロンコーニの舞台にとってみてもそうでした。それは、アルプスの向こう側では扇動的なものに形を変えてしまったような歪曲を行うことなく、現代的な演劇の根本を提示したのです。」

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

mercoledì 2 maggio 2007

リヒテル没後10周年記念コンサート

マエストロ・ムーティのサイトのコンサート予定に、PMFなどが載りました。
中でも、モスクワで行われる、リヒテル没後10周年記念コンサートのことは、マエストロのサイトではじめて知りました。
マエストロにとってもリヒテルにとっても友人だった、ロストロポヴィチが亡くなったばかりですから、一層心のこもったコンサートになることでしょう。

Riccardo Muti Official Website, concerti
http://www.riccardomuti.com/Concerti_Visualizza.aspx

2007年6月1日 モスクワ、フランス国立管
リヒテル没後10周年記念コンサート

シューベルト 
《ロザムンデ》序曲
交響曲第8番
交響曲第9番
Columned Hall (Kolonny Zal)

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 1 maggio 2007

フィレンツェ市長の称賛

フィレンツェ市長がマエストロ・ムーティの《オルフェオとエウリディーチェ》の公演について、今晩(28日)のような公演以外に、フィレンツェ五月音楽祭のレベルをさらに一層高めるものはありえないだろう、と最高の言葉を新聞に語っていました。

ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭の準備に追われる中、素晴らしい演奏を聴かせてくれたマエストロに心から感謝します。
そして、ご成功、おめでとうございます!

2007年4月30日 La Nazione 紙
Alla prima di "Orfeo" Muti incanta la platea

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

« aprile 2007 | Principale | giugno 2007 »