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76 post da dicembre 2005

sabato 31 dicembre 2005

ピアチェンツァのマエストロ(3)

ピアチェンツァの新聞に載った、マエストロ・ムーティのインタビューの残りの部分を紹介します。

クリスティーナさんの演出について、今までになく多く語っています(それでも、言葉数は少ないです)。
また、スカラ座でのできごとについて語る中で、ケルビーニ管のことを la "mia" Orchestra Cherubini 「私の」ケルビーニ管、と言っているのがとても印象的でした。彼らがウィーンでいい演奏を披露できるよう、心から願っています。

マエストロにとって周囲が非常に騒がしい1年でした。その心中は察するしかありません。でも、どんなことがあっても、ファンとしてそのそばにいます。

Sono sempre dalla parte del Maestro Muti !!


2005年11月11日付 Liberta' 紙

Muti stregato da Piacenza
«Sede ideale per far crescere questi ragazzi»

音楽は普遍的な言葉であるために、様々な人々を対話させることができます。今のように深刻な緊張がみられる歴史上の時には、重要な結果を出すかもしれない可能性をもった力だとは思いませんか。
「それは、私にとってはもう当然のことになっているものです。『友情の道』と呼ばれ、長期にわたってラベンナ音楽祭が設定してきた演奏会を通じて、苦しみに苛まれた都市で何年も前から演奏してきました。10年前にスカラ・フィルとサラエボへ赴いて演奏したことが始まりでした。ベートーベンの《英雄》他の曲目をその地の演奏家たち、合唱団と一緒に演奏したのです。これは我々の信条の中心にあるものです。人々の間の結束は音楽という言葉によってなされるのであり、言語という言葉ではなしえないように思えるからです。何よりもまず、言語は様々であり、従って、言語という手段では、多くの場合、我々は互いに遠ざかり、近づきあうことがありません。サラエボの後、ベイルート、カイロ、エルサレム、エレバン(アルメニア)、イスタンブール、モスクワ、ニューヨーク(9・11の後)、ダマスカス、そして、今年はチュニジアに行きました。チュニジアの公演は古代ローマの素晴らしい円形劇場で、サハラの中にあるエルジャムでした。」

ムーティ家はピアチェンツァに特別な「感情」を持っています。あなたがケルビーニ管を指揮する一方で、あなたの妻は市立劇場で《カプレーティとモンテッキ》を成功させています。彼女はピアチェンツァでは初のお目見えでした。終わってから、マエストロ・リッカルド・ムーティは演出家クリスティーナ・マッザヴィラーニについて何を言いましたか。
「何も。娘のキアーラが歌うのを観に行っても、妻が舞台をやるのを観に行くときも(この場合は演出家として、あるいはラベンナ音楽祭総裁としてのもの)、どちらかというと部外者でいようとしています。できるだけ冷静な判断がくだせるように、自分が家族に属していないことを明確にしているとほとんどいっていいような、そんな状況に自分を置いています。《カプレーティとモンテッキ》をまた観ましたが、というのは、ラベンナで最初に舞台にかけられたときに既に観ているからですが、非常に興味深い舞台に出会ったと、いずれにせよ、言わざるをえません。うまく再現され、いくつかの細かな点が改良されていました。そうは言っても、やはり、聴衆も非常に歓迎していたのに気づきました。演出は空想力に富んでいて、舞台装置の点で大きな要求をすることもなく、資金面でもうまくいっているように思えました。オペラなどの現状と縮小を見ると、それは今日では重要でないとはいえないことです。」

音楽のない人生を想像してみたことがありますか。
「うまくいかないものだったかもしれません。この仕事のほかには何もできない人間だと思うからです。そうなりたいと望んだから音楽家になったのではなく、運命がこの長い道のりへ私を連れてきたのであり、その中で、自分の才能を発見したのです。」

最後の質問です。避けることはできない質問です。ミラノ・スカラ座での大きな悲しむべきできごとについては、1年後、あなたのうちに何が残りましたか。
「私にとっては嘆かわしいことではなく、失望でした!人々の忘恩と悪意を確かめることになったからです。けれども、スカラ座のことは癒えない傷ではありません。なぜなら、19年間懸命に働いたことを自覚していますし、誰もが認めたように、オーケストラの質を非常に向上させました。歌手や演出家、公演も並外れていました。だから、スカラ座に対する気持ちは絶対に純粋なものです。アルチンボルディからスカラ座へ戻ったとき、スカラ座に将来、すぐれた計画とともに構想、国際化とともにミラノの中で、地方、世界の中で新しい尊重されるべき地位をもたらしたいと考えていました。曲解され、敵視された企てです。非常に混乱し、いろいろな人々が関心をもち、あらゆる政治勢力、組合勢力によって悪く導かれたストーリーでした。やがて新しい総裁が登場したときに、結果的に、私が2年前に告発したのと同じことを言いました。いずれにしても、今は非常に平穏な時を過ごしています。以前既に共演した素晴らしいオーケストラとより多く仕事をしています。どれも、スカラ座で年間5ヶ月過ごさなければならなかったために、それほど時間を割けなかったオーケストラです。ウィーン・フィル、ニューヨーク・フィル、フィルハーモニア管、バイエルン放送響といった、世界で最高のオーケストラと時間を過ごすことができます。そして、当然、「私の」オーケストラ、ケルビーニ管ともです。朝目が覚めて、音楽とは何の関係もない問題について考える必要がもはやなくなり、ついに、私は思考的に自由な人間になりました。家族とバカンスを過ごすことも可能になったのです。」

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日本ヴェルディ協会の催し

来春の東京のオペラの森では、マエストロ・ムーティのヴェルディ《レクイエム》と小澤さんの《オテロ》が上演されますが、日本ヴェルディ協会では、それに関連して、3月中旬にトークイベントを予定しているそうです。

3月中旬「東京のオペラの森」を楽しむためのトーク・イベント
1.ダリオ・ポニッスィ「ダリオ流!ヴェルディの楽しみ方」
2. 「ヴェルディの生涯~木之下晃&永竹由幸」


また、1月には高崎保男さんが《椿姫》を中心にヴェルディ・オペラの改訂について講演するそうです。マエストロの海外でのオペラ公演(特にフィレンツェ)については、日本の音楽雑誌で随分その様子を教えてもらいました。

1月15日(日)14時 
会場:東京文化会館大会議室(4階)
演題:ヴェルディ・オペラの改訂について ~椿姫を中心に~
        岸純信によるインタビューつき
講師:高崎保男(音楽評論家)
インタビューアー:岸 純信(オペラ研究家)

http://www.verdi.or.jp/

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Philadelphia Maestros

オーマンディのファンの方々の掲示板で教えていただいた新刊本の内容や表紙が、出版社のサイトで確認できます。3月6日発売予定で全体で190ページほどなので、マエストロ・ムーティの来日までには(マエストロの分は!)読めそうです。

http://www.temple.edu/tempress/titles/1845_reg.html

Philadelphia Maestros
Ormandy, Muti, Sawallisch
Phyllis White Rodríguez-Peralta
184 pp  $22.00
Mar 06
Temple University Press
ISBN: 1-59213-487-4

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モーツァルトについて語る

マエストロ・ムーティがOpera magazine 誌2006年1月号にモーツァルトに関して寄稿しているのは、同誌のサイトにも載っています。
内容をいちはやく教えてくださった方がいます。心から感謝します。どうもありがとうございました。
現物は取り寄せ中ですが、内容を紹介します。マエストロはそのモーツァルト観をすでにいろいろな場で語っていて、それらとほぼ同じような内容です。

個人的には、イタリア映画やイタリア文学から受ける漠然とした印象と同じ、すなわち、非常に現実的な部分があるのがモーツァルトかな、と思っていますが、神に関わる部分は、ドストエフスキーやトーマス・マンについてと同様、いま一歩、理解しきれないところがあります...。

http://www.opera.co.uk/

opera magazine誌 2006年1月号
MOZART: 1756-2006
My Mozart  Riccardo Muti

2001年のヴェルディ記念年と同じく、モーツァルト記念年に我々に迫ってきている挑戦は、一層多くの作品を演奏しようとするようなことではありません。モーツァルトとヴェルディは、既に、最も多く演奏されている作曲家です。だから、我々が第一にやるべきことは疑問を呈することです。すなわち、モーツァルトをどのように演奏するか、という疑問です。
演奏については大いにごったがえした状態です。様々のたくさんの方法があるからです。ピリオド楽器(演奏)の強調には、ある部分、罪があります。ウィーン・フィルのようなオーケストラで、モーツァルトにふさわしいと長い間考えられてきているオーケストラが、実際にはモーツァルトには適していないと我々に考えさせるようなところがあるからです。だから、記念年は演奏様式、スタイルの意義について研究するいい機会です。
最終的には正しい答えは見つけられないでしょう。もう存在していない世界を芸術的に再現することはできないからです。ビーチャムの演奏を聴いて、それがわくわくするようなものであるだけでなく、真のモーツァルトであることに気づくだけで十分です。
彼は文献学的なことは何も知りませんでした。モーツァルトの頃とは音は違っているかもしれませんが、フレージングは合っていますし、演奏のスタイルは非常に美しく、モーツァルトでさえきっと認めただろうと思われるほどです。
第二の疑問は、今日モーツァルトはどんなふうに必要とされているのかということです。モーツァルトは必要であるだけでなく、基本的なものです。すべての音が劇場的な感覚から生まれています。人生という劇場、我々の動作、話し方、考え方、反応の仕方から生まれているのです。モーツァルトは今の我々の現れです。私たちの欠点や弱点をそのまま表現していて、かくあるべきという我々を表しているのではありません。ベートーベンが時々そうしたように、説教壇上から話したりはしません。
《コシ・ファン・トゥッテ》が最も重要なオペラのひとつであるのは、そういった理由によります。登場人物の欠点によって我々自身を見ることができるからです。このことはある種の慰めを我々にもたらします。それはモーツァルトの音楽がいつも現実的である理由を説明しています。彼は人間について述べているのです。100年後の人たちも同じ慰めを見つけることでしょう。
そして、音楽という言葉は完璧で、まるで神から直接降りてきたかのように思えるほどです。モーツァルトは我々に、自分たちがいかに不完全かを気づかせてくれます。けれども、彼は完璧さについて他のところでも語っています。モーツァルトを研究しているときに感じるのは、彼の楽譜にはアカデミックな部分がない、ということです。シューマンやメンデルスゾーンなど他の作曲家については説明できても、モーツァルトは依然として神秘のままです。彼の音楽には、常に、聖なるもの、神のようなものと人間的なものとが共存しているからです。これはやや信仰に関するもののように聞こえ、無神論者たちは私のことを馬鹿げていると思うかもしれません。けれども、モーツァルトは、他の作曲家にはありえないやり方で、神学上の論争や社会学上、哲学上の論争を刺激しています。

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1月27日のコンサートの放送

1月27日のマエストロ・ムーティとウィーン・フィルのモーツァルト記念コンサートが、インターネットラジオでは1月29日に放送されます。

sakag510さんがコメント欄で教えてくださいました。ありがとうございました!

2006年1月29日 11時3分(日本時間19時3分) OE1.ORF
Mozartwoche Salzburg 2006 - Matinee

Wiener Philharmoniker
Dirigent: Riccardo Muti
Wiener Singverein
Renée Fleming, SopranCecilia Bartoli, Mezzosopran; Thomas Hampson, Bariton; Gidon Kremer, Violine; Yuri Bashmet, Viola; Mitsuko Uchida, Klavier.

Wolfgang Amadeus Mozart:
Klavierkonzert C-Dur, KV 503;
Ch'io mi scordi di te, KV 505;
Symphonie D-Dur, KV 385, "Haffner";
Exsultate, jubilate, Motette, KV 165;
Hai già vinta la causa, Rezitativ und Arie des Grafen aus "Le nozze di Figaro";
Là ci darem la mano, Duett Zerlina - Don Giovanni aus "Don Giovanni", KV 527;
Heil sie euch, Geweihten, Schlusschor aus "Die Zauberflöte", KV 620
(Aufgenommen am 27. Jänner im Großen Festspielhaus in Salzburg)

http://oe1.orf.at/programm/20060129110300.html

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venerdì 30 dicembre 2005

L'arte di Riccardo Muti

3月に出たマエストロ・ムーティの本の最終章はマエストロへのインタビューになっていて、とても興味深い内容になっています。これまでに読んだことのあるようなものも少なくないのですが、明日から短い休みにはいるので、少しずつ紹介します。インタビューは2005年1月7日にスカラ座のマエストロの部屋で行われています。

1では作品への取り組み方について語っています。
これは、過去、日本の雑誌でも話していて、女性へのアプローチにたとえていたため、そして、マエストロがそれまでにもオーケストラと指揮者の関係を恋人や結婚にたとえることが多かったため、大いに苦笑したことが思い出されます。今この本を読むと、むしろ、ミケランジェロの彫刻の動機が連想されます。中に眠っているものが出てきたいと自分に訴えてくるのを待ち、それを彫りだす、というような。

中学2年のときには英語のペーパーバックや雑誌を読んでいたことを思うと、全然上達しないイタリア語ですが、四苦八苦しながらでもこういう本が読めるのは嬉しいことです。

L'arte di Riccardo Muti e la Musa platonica
Bompiani, Milano
2005年3月

Conversazione coclusiva con Riccardo Muti

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giovedì 29 dicembre 2005

2月のフィレンツェでのコンサート

マエストロ・ムーティのフィレンツェ五月音楽祭管弦楽団との演奏会の予告が同歌劇場のサイトに載りました。同歌劇場の経済的な問題から、土曜日のコンサートは例外を除いてキャンセルになりましたが、マエストロのは通常どおり、3回開かれます。

2005年12月28日 Toscana TV
Annullato tradizionale concerto di capodanno al Teatro del Maggio musicale

Al Teatro del Maggio musicale e' stato definitivamente annullato il concerto dell'ultimo dell'anno.

MOZART 1756 - 2006
Haydn - Le sette ultime parole del nostro redentore in croce Hob.:XX/1 A
Mozart - Vesperae solemnes de confessore K. 339 per soli, coro e orchestra

direttore Riccardo Muti
Valentina Farcas, soprano
Marianna Pizzolato, mezzosoprano
Juan Francisco Gatell, tenore
Maurizio Lo Piccolo, basso
Orchestra e Coro del Maggio Musicale Fiorentino

Teatro Comunale

10-02-2006, ore 20.30 (A, Concerti)
11-02-2006, ore 20.30 (A1, Concerti1)
12-02-2006, ore 16.30 (D, D1, R, R1, Concerti2)

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mercoledì 28 dicembre 2005

1月27日は中継なし?

マエストロ・ムーティは1月27日にザルツブルクでウィーン・フィルとモーツァルト記念コンサートを行いますが、インターネット・ラジオはヨーロッパでは小澤さんの《イドメネオ》をライブ中継するようです。後日の放送に期待したいです。

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martedì 27 dicembre 2005

クリスマスコンサートの写真

18日のマエストロ・ムーティとケルビーニ管のクリスマスコンサートの写真が、イタリア上院のサイトに載りました。重ねていいプレゼントになりました!

http://www.senato.it/notizie/21359/41821/74292/80220/80232/genalbum.htm

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lunedì 26 dicembre 2005

ピアチェンツァとマエストロ(2)

ピアチェンツァの新聞に載ったマエストロ・ムーティのインタビューの続きで、文化、学校教育について語っている部分を紹介します。
モラッティ改革とは、教育相の名前を冠したイタリアの学校教育改革案のことです。

2005年11月11日付 Liberta 紙
Muti stregato da Piacenza
«Sede ideale per far crescere questi ragazzi»

Avvenire 紙の最近のインタビューで、こう言っていますね。
―イタリアで文化がどう扱われているかを見ていると、イタリアの若者たちと本当に向き合おうとは誰も考えないだろうと思えてきます。私が引退しないと再度決意したとしたら、それはただ、新しい世代を助けたいと思ったからです。―
だから、ケルビーニ管は稀有のものだとみなしていいかもしれません。
「それは疑いのないことです。イタリア人で構成されたオーケストラでこのように選抜され、最高級の講師たちがいて、しかも保証つきで仕事の可能性を提供されているようなオーケストラは存在しません。将来、他の重要な指揮者に指揮を依頼することになるでしょう。この若者たちが音楽を考察するに際して、別の考えや様式を体験するのは正当なことだからです。けれども、私はこのことを強調したいと思います。ピアチェンツァがこのように熱烈にケルビーニ管を歓迎している立派な行為もまた、稀有なことだといえるでしょう、と。」

このインタビューではあなたのほかの言葉もまた印象的です。
―音楽はすぐれた人たちをもたらします。これは事実です。演奏し、歌うことは暴力への対抗手段であり、若者達が連帯する助けになります。残念ですが、イタリアでは誰にも大切なことには思われていないようです。―
的を正確に射た警告の訴えです。
「標的は音楽についての無関心です。最近再び非難しているのが文化についての最近の緊縮財政です。けれども、音楽への関心のなさはもっと深い根をもっていて、たとえば、RAIのオーケストラ(ミラノ、ローマ、ナポリ)が解散になったこと、音楽院のプログラム(放置されているか、いずれにせよ古くなっているか)、劇場が毎シーズン終了時に次シーズンに進めるかどうかの確実ささえないという事実に、この根ははいりこんでいます。音楽についての話だけでなく、音楽文化についてもそうなのです。この無関心は古くからの過ちです。たとえば20世紀初頭まで、音楽は家庭の中にもありました。私はその生きた例です。音楽家になったのは、7歳のときにクリスマスツリーの下にバイオリンを見つけたからです。父は医者で、5人の息子はすべて、一般的な素養の問題として音楽を勉強することが正当だと考えていました。現在、子供達に楽器を贈るような人がどれほどいるでしょうか。」

モラッティ改革と音楽教育。過去、あなたは政府計画に対して非常に批判的な論調でした。
「学校についての問題には理解できないことがたくさんあります。何よりもまず、音楽院を大学と同数にするという考えがあります。私には理解しがたい欺瞞に思えます。それは真の問題から向きをそらすものです。音楽院では音楽だけではなく、一般教養もやるということを本当の問題にすべきなのです。数学や哲学、美術、化学、歴史について何も知ることなく音楽院を出て、クラリネットやフルートの卒業証書を得るなどということは考えられません。音楽院は楽器に息を吹き入れる人を輩出するべきではなく、音楽を通じて、つまりは彼らの人としてのあり方を表現するような、そういう文化的な人を育てるべきです。音楽院を大量に増やす一方でオーケストラの数を減らしていることを考えずにいるのは、新たな世代の失業を生み出していることになります。なぜなら、医者にしても水道屋にしても、そこそこにやっていればともかくも社会の役に立っていますが、音楽家の場合、そこそこであっても、オーケストラに席を持たないのなら、誰の役に立っているというのでしょうか。」

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domenica 25 dicembre 2005

ピアチェンツァとマエストロ(1)

11月上旬にピアチェンツァの新聞に載ったマエストロ・ムーティの長いインタビューを、何度かにわけて紹介します。
マエストロの話を聞くたびに、イタリアの美しさ、素晴らしさにますますあこがれ、自分は本当に何も知らないのだなあ、と落胆してしまいます。

マエストロがインタビューで触れているワインと、ケルビーニ管がリハーサルを行った建物は次のものです。

http://www.castellarquato.com/vini/ortrugo.html

http://www.castellarquato.com/vini/gutturnio.html

http://www.bancadipiacenza.it/nostra_banca/palazzo_galli.shtml

2005年11月11日付 Liberta' 紙
Muti stregato da Piacenza
«Sede ideale per far crescere questi ragazzi»

ケルビーニ管との練習はどうですか。
「今週は大変な1週間でした。焦点を合わせていたプログラムは一組ではなく、二組だったからです。明日のピアチェンツァでのものがひとつ、日曜日にアレーナ県レニャーゴでのものがひとつです。明日は市立歌劇場でモーツァルトの協奏交響曲、ショスタコービッチの交響曲第5番で、とても重要な二つの作品です。何よりもまず、モーツァルトは常に重要で、その様式、透明さ、正確さ、フレージングにおいて、最高の質を求められます。一方、ショスタコービッチは20世紀の交響曲で、演奏が著しくむつかしいものです。すべての楽器が非常に卓越した名人芸を求められるからです。」

それで、日曜日は?
「24時間後にはレニャーゴ(アントニオ・サリエーリの故郷)で別のコンサートを開き、終演後、私は名誉市民を授けられます。スカラ座が18世紀に開場したときと同じ作品、《見出されたエウローパ》で昨年12月7日にスカラ座を再開させた後で、私に授与された栄誉です。サリエーリの再評価は当然なされるべきことだと思います。Milos Forman の映画によって広く知られることになった、モーツァルト毒殺という事柄だけが人々にもたらした考えを思い出してみると、偉大な音楽家が不当な扱いを受けていると思われるからです。」

レニャーゴでのプログラムにはどのようなものを準備していますか。
「サリエーリが作曲したバレエ音楽をいくつかやります。それはウィーン国立図書館で発見されたものです。サリエーリはウィーンで長い間活動していました。そして、シューベルトの二つの交響曲です。シューベルトはサリエーリの弟子で、ベートーベンや若い頃のリストも同様でした。」

作品に対する労苦が倍になっていると?
「ええ、24時間のうちにモーツァルト、ショスタコービッチ、サリエーリ、シューベルトを演奏するのですから。正真正銘のレパートリーをまだ持っていない若者達から成るオーケストラにとって、かなりの骨折りであり、正真正銘の挑戦となります。けれども、彼らは情熱に満ちていますし、ピアチェンツァの現実の中に非常にとけこんでいることにも気づきました。街から愛されているのを感じます。」

ケルビーニ管にとって総決算のときがやってきました。
「オーケストラが大喝采の中で開花してから1年もたっていません。演奏はまだそれほど実践を積んでいませんが、プロフェッショナルな高いレベルになり始めています。他方、この短い間に彼らは非常に様々な経験を積みました。ラベンナ音楽祭ではグノーの《ファウスト》とヒンデミットの《Sancta Susanna》を演奏し、19世紀と20世紀のオペラを同時にやったのです。プロコフィエフの作品をロシアの素晴らしいピアニストと演奏しました。私と一緒にマルタへ行ってベートーベンの第五交響曲を演奏しましたし、Trani を訪れてシューベルトの交響曲第4番をやりました。つまり、彼らのレパートリーは広がりつつあり、彼らの経験と知識のトランクも同様です。」

ケルビーニ管とピアチェンツァ。新鮮な結びつきですが、しっかりした土台で出発したように見えます。違いますか。
「そのとおりです。ピアチェンツァの組織はすべて、ラベンナのそれと同じく、非常にプロフェッショナルなものだと言わなければなりません。とりわけ、Reggi 市長や Calciati 評議員のような管理運営者の方々のおかげです。彼らはいつもこのオペレーションの傍らにいましたし、我々を信頼してくれ、愛情と情熱をもちながら支えてきてくれました。」

あなたの若者達はどのように歓迎されたのですか?
「とても好意的に迎えられています。コーヒーを差し出されるだけのときでもそうです。ここは、大都市では確かに見つけることのできない、『エデンの園』のような雰囲気をかもし出しています。私は目標とできるような地に連れてこられました。ピアチェンツァの街は今のケルビーニ管にとって理想的な大きさです。」

一方、あなたにとって、音楽家である前に普通の人として、ピアチェンツァではどんな発見がありましたか。
「ピアチェンツァは70年代から暮らしてきたエミリア・ロマーニャ地方の第一のとりでです。だから、私にとってポー川を越えるということは家への道を再びたどるようなものです。そして、街には世の中にとどろきわたっているところがたくさんあります。主要な広場やうっとりするほど美しいいくつかの邸宅は言うまでもなく、また、Rivalta リヴァルタ城ももちろんのこと、そこは夢のようなところですが、さらに、Castell'arquato (アルクアート城)やBobbio ボッビオ城も有名です。Palazzo Galli もまた、そこではリハーサルを終えたばかりですが、非常に美しいところです。オーケストラを招じ入れるためだけに作られたかのように思える建物です。そして、このことではピアチェンツァ銀行の総裁に感謝しなければなりません。」

通常はピアチェンツァについては、ワイン通も好印象を持っています。教養面だけでなく胃も感銘も受けています。あなたもそのようなふうですか。
「事実、料理は素晴らしいです。わたしは食通ではありませんが、いくつかとびぬけた料理を見つけました。けれども、特に、ワインには感銘を受けました。Castell'Arquato でオルトルーゴを少し飲みましたが、今まで知らなかったものですけれども、非常に素晴らしいと思いました。まるでワーグナーの四部作から出たような重要な名前のワインで、私はオルトルードを思い出しました。グットゥルニオにも非常に興味をひかれました。ラテン語で『しずく』を意味する重要な名前のついた、また別のワインです。」

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《フィガロの結婚》のキャスト変更

ウィーン国立歌劇場のサイトで、マエストロ・ムーティの12月の《フィガロの結婚》各上演日のキャストを確認しました。一部、スザンナがアルバレスなどとなっていて、まだ訂正がありそうですが...。
HMさん、16日のキャスト変更を教えてくださって、ありがとうございました。

2005年12月22日付 Die Welt 紙
"Er ist ein Teufel, tarnt das aber geschickt"
Weltstar Lucio Gallo singt heute den Scarpia in Puccinis "Tosca" an der Hamburgischen Staatsoper

Die Wiener Staatsoper, Spielplanarchiv
10、12、14、16、18 Dezember 2005

LE NOZZE DI FIGARO
(219~223. Aufführung in dieser Inszenierung)
MUSIKALISCHE NEUEINSTUDIERUNG

Dirigent: Riccardo Muti
Inszenierung: Jean-Pierre Ponnelle
Ausstattung: Jean-Pierre Ponnelle
Chorleitung: Ernst Dunshirn

Graf Almaviva: Ludovic Tezier
Gräfin Almaviva: Barbara Frittoli
Susanna: Tatiana Lisnic
Figaro: Carlos Álvarez(14日、16日 Lucio Gallo)
Cherubino: Angelika Kirchschlager
Marcellina: Stella Grigorian
Basilio: Michael Roider
Don Curzio: Peter Jelosits
Bartolo: Ain Anger
Antonio: Eijiro Kai*
Barbarina: Ileana Tonca
Bauernmädchen: Eliza Zurmann(16日、18日 Jozefina Monarcha)

(* Rollendebüt an der Wiener Staatsoper)

Beginn: 19.00

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故郷に寄せるマエストロのクリスマス・メッセージ

マエストロ・ムーティが故郷プッリャに寄せたクリスマス・メッセージが、南イタリアを本拠とする新聞の昨日の紙面に載りました。故郷の劇場の再開を願うマエストロの深い気持ちが伝わってきます。

オリジナルの紙面では紙面の三分の一を使って、写真とともに掲載されています(手紙の現物は同紙で探せませんでした...)。テキスト版の写真はクリックすると少し大きくなります。

http://www.lagazzettadelmezzogiorno.it/quotidiano/gazzetta_edicolanavSf.asp?IDCatGOL=618&IDNotizia=381235&Edizione=1&Pagina=19&DataPubb=20051224

2005年12月24日付 La Gazzetta del Mezzogiorno 紙

AUGURI ALLA GAZZETTA. Il grande maestro: appuntamento il 15 maggio

Muti: sogno una Puglia con più musica e teatro

Ai lettori de La Gazzetta del Mezzogiorno, ai pugliesi, ai cittadini della generosa terra di Puglia, gli auguri più affettuosi per un Natale sereno e un felice 2006. Il mio augurio da musicista è che il prossimo anno sia più ricco di note e che la musica possa risuonare sempre più nella mia Puglia, sia nei teatri che nelle case degli uomini. Voglio augurare a tutti più certezze per la propria vita e per la cultura, mai così bistrattata come in questo periodo. E il mio augurio s'associa a quello dei giovani musicisti dell'Orchestra «Luigi Cherubini», espressione di un'Italia che guarda al domani, onesta, volenterosa, sincera. Ai baresi e ai pugliesi tutti do appuntamento il 15 maggio del 2006 in occasione del concerto con l'Orchestra «Cherubini» al Teatro Piccinni, dove ancora ragazzo vidi un «Otello» di Verdi, che in qualche modo segnò il mio percorso musicale. Dispiace sempre non poter far musica nell'amato Petruzzelli, il cui foyer è attivo per ragioni di rappresentanza, mentre la sala è ancora lì ad attendere un'effettiva rinascita. Dopo tante parole, che siano i fatti a riportare la grande musica nel Teatro, espressione altissima della città di Bari. Riccardo Muti

ガッゼッタ・メッゾ・ジョルノ紙の読者のみなさん、プッリャのみなさん、プッリャの豊かな地の市民のみなさんに、聖なるクリスマスと2006年の幸せについて、深く心をこめて挨拶を送ります。音楽家としての私の願いは、来年もっと音が溢れ、故郷プッリャにも、人々のよりどころである劇場にも、ますます音楽が響き渡ることです。みなさんすべての生活と文化がもっと確かなものになるよう、願っています。文化がこれほど虐げられた時代はありません。そして、私の願いはルイージ・ケルビーニ管弦楽団の若い音楽家たちにつながります。彼らは、明日を大事にし、誠実さ、熱意、真摯であることを大切にするイタリアを表しています。バリとプッリャのみなさんには、2006年5月15日にピッチーニ歌劇場でケルビーニ管弦楽団の演奏を披露します。まだ少年だった頃、そこで《オテロ》を観ましたが、そのことは私の音楽家としての道に、ある意味、痕跡を残しています。大切な劇場ペトルッツェッリで演奏できないことをいつも残念に思っています。そこはロビーは社交的な場として活かされていますが、劇場の中はまだ再建が具体化されるのを待っています。多くの議論を経て、バリの至高性を表しているこの劇場で、音楽が演奏されるという知らせがもたらされますように。
リッカルド・ムーティ

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sabato 24 dicembre 2005

BUON NATALE!

マエストロ・ムーティが昨年、スカラ座内で起きている対立を示唆しながら口にした言葉が、いまさらのように思い出されます。

クリスマスは誕生の時であるだけでなく、再生の時でもある。

残念ながら、スカラ座内の対立はその後マエストロの辞任へと、行き着くところまで行ってしまいましたが、クリスマスを前に、あらためてマエストロの言葉、クリスマスは再生の時、という言葉の意義をかみしめています。
今年はマエストロにとって、まさにそのような年でした。フィレンツェ、フィラデルフィア管、フィルハーモニア管、そして、ウィーン国立歌劇場―マエストロは音楽家として新たな章の1ページをめくりました。そのような中、来日公演を行ってくれたのは、ファンとして本当に大きな喜びでした。

Buon Natale al Maestro Muti !!!
マエストロにとって幸せに満ちたクリスマスでありますように。

ファンであるわたしたちにも、いいクリスマスとなりますように。

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venerdì 23 dicembre 2005

マエストロとアーノンクール

ウィーン・フィル楽団長がモーツァルト・イヤーを前にして語ったことがAPA通信で配信されていて、とても面白く読みました。

2005年12月22日12:54 APA通信(der Standard 紙)
Philharmoniker setzen auf Muti und Harnoncourt
Mozartjahr "bewußt aufgeteilt"

彼にとって、そしてウィーン・フィルにとって、モーツァルトを演奏する指揮者として重要なのはマエストロ・ムーティとアーノンクールであることが、ここでもはっきり語られています。

楽団長が笑って答えた質問が、1月27日のモーツァルト記念日が昼はアーノンクール、夜はマエストロの演奏会で祝われるけれども、切り替えがうまくいくのか、というものでした。2002年にすでに、マエストロとアーノンクールを時間をおかずに指揮者として迎えた経験を語っています。18時まではマエストロの《ドン・ジョバンニ》のリハーサルを行い、19時からはアーノンクールとのオペラだったが、何の問題もなかったとのことです。

二人の指揮者について、質問者たちが求める決まりきった対比の表現を避けながらも、どちらも重要であると語る楽団長には、来日公演のシューベルティアーデでのわかりやすい講演を聞いて、ますます好感を持っています。マエストロがスカラ座音楽監督を辞任した際、即座に、ウィーンがマエストロへの全面的な支持を表明しましたが、ウィーン国立歌劇場総裁とともにウィーン・フィル楽団長がメディアで語ってくれたマエストロへの尊敬の気持ち、マエストロと一緒にやっていくという宣言は、ファンとして、今年、忘れることのできないものです。

楽団長がこの記事で語っているマエストロ観が面白いです。彼はマエストロの演奏や文化観における綿密さを信頼しているのですが、マエストロはしばしば、情熱の人になり、その解釈がマエストロの臓腑から出てくるものであることがわかる、と言っています。

1月27日のモーツァルト記念コンサートがCDになるという情報を、ウィーンで《フィガロの結婚》を観てこられたファンの方から教えていただきました(22日のコメント)。HMさん、ありがとうございます。おそらく、インターネット中継で聴けるでしょうが、本当に楽しみです。レーベルからの情報が待たれます。

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スカラ座海外公演の写真集

スカラ座とマエストロ・ムーティの距離が、当面、どんどん広がっていく中、過去のスカラ座を記録した写真集を見て、感慨にふけることが多いこのごろです。

スカラ座来日公演のたびに売られていたので、入手しているファンも多いと思われるのが、次の写真集です。マエストロとスカラ座のはじめての来日公演(1988年)の写真がたくさん載っています。

La Scala nel mondo 1986-1989
Massimo Baldini Editore, 1990

1988年の来日公演では、ベッリーニの《カプレーティとモンテッキ》を観ることができたのは幸せでした。
何よりも、ヴェルディ《レクイエム》で山路芳久さんがテノールとして登場し、デッシーの繊細で美しい声とともに、バルツァの圧倒的な歌唱を堪能できたことが忘れられません。1階席十数列目中央を譲っていただき、視覚・音響ともにマエストロのファンとして大きな喜びを得ることができました。譲ってくださった方には心から感謝しています。カーテンコールでマエストロとバルツァが満足げに顔を見合わせ、視線をかわしあっていた姿が今でも思い出されます。

1989年のモスクワ公演は《コシ・ファン・トゥッテ》が演目になっていて、今思うと、マエストロのスカラ座来日公演で一度もモーツァルトの公演が観られなかったことが、あらためて惜しまれます。

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giovedì 22 dicembre 2005

リミニ空港で贈り物を受け取っている写真

7月5日のブログで、マエストロ・ムーティがリミニ空港を運営する会社からリトグラフを贈られたことを紹介しました。ラベンナ音楽祭チュニジア公演へ飛ぶチャーター便が出発した空港です。

http://il-figlio-del-sud.cocolog-nifty.com/bravomuti/2005/07/post_2c45.html

そのときの写真が空港のサイトにまだ残っていました。

http://www.aeroporti.com/aeroporti/rimini/aeroportodirimini040705.html

活字のニュースを紹介するのに手一杯で、写真の紹介がいつも後手に回っていて申しわけなく思います。

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mercoledì 21 dicembre 2005

ウィーン・フィルの過去の演奏

マエストロ・ムーティの写真がスカラ座のサイト、スカラ座ブックストアからなくなるというCorsera 紙の記事が、早速APA通信で配信されていました。いつものことながら、オーストリアがマエストロに寄せる関心の深さには驚くばかりです。

2005年12月21日12:28 APA 通信(der Standard 紙)
Riccardo Mutis Kleinkrieg gegen die Scala

Gerichtliches Verbot der Porträtnutzung angestrebt

ORFのインターネットラジオではウィーン・フィルの過去の演奏を放送していますが、マエストロの2000年のシューベルトの演奏が聴けます。

2006年1月18日19時30分(日本時間19日3時30分) OE1 ORF
Philharmonisches in Ö1


Franz Schubert: Symphonie Nr. 6, C-Dur, D 589
Dirigent: Riccardo Muti
aufgenommen am 2. April 2000 im Wiener Musikverein

http://oe1.orf.at/

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スカラ座ブックストアから消えるマエストロの写真

今日のCorsera 紙によれば、スカラ座ブックストアおよびスカラ座のサイトから、マエストロ・ムーティの写真がすべてはずされることになったとのことです。11月になされたマエストロの弁護士からの申し入れによるもので、音楽監督ではなくなったマエストロの写真を使用販売する権限はスカラ座にはない、という理由によるものです。

スカラ座ブックストアではCD、DVD や本のほか、演奏家の写真も販売しています。マエストロのものは2001年から2005年の間に350枚ほどが売れたそうで、マエストロ自身が選んだものであり、ファンの求めに応じてそれにサインもしていたという、最近まで店頭にあった2枚の写真が販売中止になったとのことです。シノーポリとシャイーの間にあったマエストロの写真2枚がなくなり、ぽっかりあいてしまったという記事からは、ブックストアの嘆きがとてもよく感じとれます。

これまでに、マエストロ・ムーティの写真を指揮姿やオーケストラと一緒のものなど数枚、インターネットで購入しました。スカラ座ブックストアでは素敵な紙バサミに入れてくれましたが、これも、また宝物になってしまったということなのでしょうか。

2005年12月21日 Corriere della Sera 紙
Lettera dell’avvocato: no alla vendita degli scatti, non avete i diritti
Muti contro la Scala «Ritirate le mie foto»
Il teatro «cancella» le immagini del maestro

http://www.lascalabookstore.com/excat/index.exml

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martedì 20 dicembre 2005

ウィーン・フィルの信頼

モストリークラシック誌最新号はモーツァルトを特集していて、ウィーンの項ではマエストロ・ムーティにも少しだけ触れられていました。
ウィーン・フィルのヘルスベルク楽団長がマエストロに寄せる信頼には、いつも心から感謝しています。
また、《フィガロの結婚》にも出演していた甲斐栄次郎さんも載っていました。嬉しい偶然です。

モストリークラシック誌 2006年2月号
楽都の誇り モーツァルトを支える人々

クレメンス・ヘルスベルク楽団長が語る「ウィーン・フィルとモーツァルト」
(略)現在、我々がモーツァルトの演奏に全幅の信頼を寄せているのが、ニコラウス・アーノンクールとリッカルド・ムーティです。来年一月にザルツブルクで行われるモーツァルトの生誕記念祭では、この二人と我々はモーツァルトを演奏し、夏のザルツブルク音楽祭ではともにオペラを上演します。(略)ムーティもマゼールもカラヤンも若い時にモーツァルトを指揮しています。そこで良い演奏をした指揮者は、我々と良好な関係を結ぶことができるのです。

モーツァルトのオペラはアンサンブルが基本 甲斐栄次郎

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1月のテレビ放映

モストリークラシック誌最新号によれば、マエストロ・ムーティとウィーン・フィルの来日公演が来年1月8日に教育テレビでも放映されるようです。楽しみです。

1月27日のNHK衛星第二のモーツァルト・イヤー特集(28日のNHKデジタル衛星ハイビジョンも同様:2005年12月21日5時18分追記)は、もしかしたらザルツブルク・ライブ、マエストロの演奏中継になるのでしょうか。詳細の発表が待たれます。

モストリークラシック誌 2006年2月号
FM&TV番組ガイド

2006年1月8日22時 教育テレビ
芸術劇場 ウィーン・フィルハーモニー演奏会

情報コーナー リッカルド・ムーティ インタビュー

公演コーナー ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会
2005年10月11日 東京・サントリーホール

2006年1月27日19時30分~21時40分 NHK衛星第二
モーツァルト・イヤー特集
ハッピーバースデー!生誕250年

(2005年12月21日5時20分追記)
2006年1月28日19時30分~21時25分 NHKデジタル衛星ハイビジョン
モーツァルト・イヤー特集
ハッピーバースデー!生誕250年

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パルマの計画

昨日のレプッブリカ紙に、演奏会やオペラの上演に関するパルマの潤沢な資金をめぐる記事が大きく載っていました。マエストロ・ムーティがFondazione «Parma Capitale della Musica»に関わっているといわれているだけに、ずっと気懸かりに思ってきたことでもあります。

記事の趣旨そのものは決して愉快なものではありません。そのような文脈の中で書かれているマエストロ・ムーティの、パルマでの演奏予定の推測記事、憶測記事ですが、紹介しておきます。
来秋、マエストロがパルマで《ドン・ジョバンニ》を上演するらしい、と同紙は書いています。ちょうどスカラ座が同作品を上演する頃にぶつけるらしく、さらに、何人かのスカラ座のキャストが既にそちらをキャンセルしていてパルマに出演するようだ、とも書かれています。演出家としては映画監督のRoman Polanski と折衝中、オーケストラはちょうどウィーンで《フィガロの結婚》で共演したウィーン・フィルの可能性がある、とのことです。

記事の内容がセンシティブ、デリケートでむつかしいものだけに、マエストロのファンとして紹介すべきかどうか一晩迷いましたが、レプッブリカ紙が憶測であれ書いてしまった以上、無視はできません。公式の、決定事項だけを紹介すべきだ、マエストロが不愉快に思うような記事はファンとして紹介すべきではない、という思いとの葛藤がありました。

マエストロは、人は自分についていろいろ言う、と語っていました。
ファンとして願うことはただひとつ――その芸術が障害なく実現されること。
そして、芸術家としても人間としてもマエストロを尊敬し、ファンとして愛していく気持ちは一生変わりません。

2005年12月19日付 la Repubblica 紙
Pioggia di soldi sul Regio la musica diventa un affare Oltre sei milioni di fondi pubblici per le fondazioni della città emiliana E i teatri di tutta Italia protestano
Il denaro sborsato da una società dei ministeri dei Trasporti e dei Beni culturali
Nel comitato cittadino i ministri Buttiglione e Lunardi, Confalonieri e l´Aga Khan
PAOLA ZONCA

E contando su queste risorse non è assurdo parlare di una vera e propria concorrenza alla Scala, distante soltanto un centinaio di chilometri. Verità o fantasie? Da qualche tempo, ad esempio, circola insistente una voce secondo cui a Parma si stia lavorando per allestire al Regio, nell´autunno prossimo, un Don Giovanni diretto da Muti, a pochi giorni da quello che andrà in scena alla Scala con la direzione del giovane maestro venezuelano Gustavo Dudamel e la regia di Peter Mussbach. Un paio di cantanti avrebbero già dato forfait a Milano e sarebbero stati ingaggiati per lo spettacolo parmigiano. Si punterebbe in alto anche per la regia: ci sono trattative in corso con Roman Polanski e l´orchestra potrebbe essere quella dei Wiener Philharmoniker, appena diretta da Muti a Vienna nelle Nozze di Figaro.

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lunedì 19 dicembre 2005

クリスマスコンサートの写真

18日のマエストロ・ムーティのクリスマスコンサートの写真は、イル・ジョルナーレ紙のPDF版が無料で見られます。

2005年12月19日付 Il Giornale 紙
Muti in Senato, trionfo bipartisan Il suo Schubert commuove Ciampi

http://www.ilgiornale.it/a.pic1?ID=51174

クリスティーナさんがチャンピ大統領と挨拶をかわしている写真は、こちらの新聞のPDF版が無料で見られます。

2005年12月19日付 La Provincia 紙

Musica. Roma, ieri concerto di Natale con l’Orchestra Cherubini, attesa a Cremona il 12 maggio

ピアチェンツァの新聞には、チャンピ大統領、両院院長が立ち上がって大笑いしながら拍手している、本当に楽しそうな写真が載っていて、思わずつられて笑ってしまいました。マエストロが、アンコールをめぐってチャンピ大統領に向かって語っていたシーンのものかもしれません。コンサートの映像を観てみたいです。

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次はフランス国立管とモーツァルト

18日のクリスマスコンサートの次は、1月にはいってモーツァルトの演奏が続くマエストロ・ムーティです。

フランス国立管のトップページに1月12日のマエストロの演奏会の予告が載りました。ソリストもマエストロが信をおいている人たちです。予告によればインターネット中継もあるとのことで、楽しみです。

http://www.radiofrance.fr/chaines/orchestres/national/accueil/

http://www.radiofrance.fr/chaines/orchestres/national/concerts/fiche.php?saison_id=95070137

12 Janvier 2006 à 20H00
Du Sacré au Profane
Théâtre des Champs-Elysées /Paris

Wolfgang Amadeus Mozart
- Symphonie n°34 en ut Majeur K 338
- Quatre airs de concerts
- Vêpres d'un confesseur K 339


Julia Kleiter, soprano
Herbert Lippert
, ténor
Marianna Pizzolato, alto
Ildebrando d'Arcangelo, basse


Orchestre National de France
Choeur de Radio France *
Maîtrise de Radio France

Bruno Casoni, chef de choeur
Toni Romon, chef de choeur *

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大成功だったクリスマスコンサート

18日にイタリア上院で行われたマエストロ・ムーティとケルビーニ管の、クリスマスコンサートの成功を伝える速報がいくつか出ています。
マエストロは終演後プライベート・ジェットでウィーンへ向かったようです。議場にはカシーニ下院議長、Fedele Confalonieri や Bruno Vespa も聴きにきていたそうです。

マエストロのスピーチの一部が速報で紹介されていました。

ニュースによれば、ウィーンに戻って《フィガロの結婚》を指揮することになっているので、オーストリアは雪だろうし、自分の到着が遅れるようなことがあったら、二国間の外交に差し支える、と半ば真顔で話していたマエストロだそうです。また、アンコールに再度ヴェルディを演奏するに際して、二度とここでヴェルディを演奏することはないだろうから、と語って振り始めたとのことです。
スピーチでアンコールの前に、ウィーンにすぐに戻って《フィガロ》を振らなければならず、遅れるようなことでもあったら、外交上問題、だから、アンコールではないけれどもヴェルディをもう一度、と話していたのは何とか聞き取れ、最後に笑いを誘って演奏していました。

また、スピーチの前半ではオーケストラを社会になぞらえ、オーケストラではそれぞれが個人として演奏し、自由に満ちているけれども、固有のもの、最高の美、ハーモニー調和を達成しようとするメンバーたちでもある、と語り、フェリーニの『オーケストラ・リハーサル』を引用したそうです。
スカラ座辞任に至る過程をこの映画で説明しようとしたマスメディアが多くあったことを思うと、議場の笑いの意味もわかるというものです。マエストロの面目躍如というか、辛辣なユーモアというか、本当に面白い人です!

上院のサイトには今のところ、写真が第一報で載っているだけですが、いずれもっと演奏会の写真が載るのではと待っています。

http://www.senato.it/notizie/index.htm


2005年12月18日15:20 ANSA 通信

MUSICA: IL CONCERTO DEL MAESTRO MUTI AL SENATO

Oggi stesso, infatti, alle ore 19 Muti deve dirigere ''Le nozze di Figaro'' di Mozart all' Opera di Vienna: ''Se sull' Austria dovesse esserci nebbia ed io arrivassi in ritardo, rischiamo l' incidente diplomatico'', ha detto il maestro in tono semi-serio.

Alla fine c'e' stato ancora il tempo per due parole di saluto e per uno dei suoi rari bis: ''Non so se mi ricapitera' di suonare ancora Verdi in quest' Aula'', ha detto, lanciando ancora l' orchestra nella ouverture di ''Giovanna d' arco''.


2005年12月18日13:46 AGI
MUTI 'CITA' FELLINI, ORCHESTRA METAFORA DELLA SOCIETA'

"Ogni orchestrale - dice Muti - suona individualmente, ognuno in piena liberta', ma anche con gli altri elementi per raggiungere l'unicum, il bene supremo, l'armonia".

2005年12月18日15:08 Apcom
SENATO/ MUTI, CONCERTO DI NATALE: OGGI NESSUNA POLEMICA "Sono soddisfatto e lavoro con i giovani per il futuro"

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domenica 18 dicembre 2005

Complimenti !

素敵なクリスマス・プレゼントをマエストロ・ムーティからいただきました。ありがとうございます、マエストロ!

コンサート開始10分前に上院にいるキャスターによる中継が始まりましたが、オーケストラは既に着席。やがてチャンピ大統領夫妻が入場し、拍手。続いて拍手の中、マエストロ・ムーティが登場してすぐに国歌。国歌演奏後、スタジオのキャスターがムーティはすぐに演奏を始めましたね、と言ったので、吹き出してしまいました。現場のキャスターの言葉途中で演奏になってしまっていましたから。そして、上院院長による、チャンピ大統領の紹介、マエストロ・ムーティの紹介、ケルビーニ管の紹介があり、クリスマスおめでとうのメッセージが述べられました。
マエストロは最後の曲が終わるとにっこりしていたそうです。そして、マエストロはスピーチでオーケストラを紹介し、この若者達の将来を訴え、クリスマスのメッセージとともにハーモニーを奏でる意義を唱え、アンコールで再度ヴェルディを演奏しました。

オーケストラについては、これからに大いに期待します。2007年のムジークフェラインでの演奏会では、もっとうまくなっていることでしょう。
NHK-FMでスカラ座の《イドメネオ》を聴いて、ああ、スカラ座の明るくて透明な弦だなあ(弦の配置をマエストロのときとは変えたとのことです)と感嘆したほんの1~2時間後だったので、仕方がありません。それでも、管の腕のみせどころが多い後の二曲、特にヴェルディは楽しみながら聴きました。
本当に、よくあのマエストロの棒についていっていると感心しました。マエストロからどれほどのことを要求されているかと思うと、彼らの素晴らしい体験が大きくて美しい実を結ぶよう心から願います。

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上院図書館でも観られるクリスマスコンサート

18日のクリスマスコンサートは上院図書館でもスクリーンで観られるそうです。

上院が作成したマエストロ・ムーティの経歴の中で、先日のウィーン・フィルとの日本公演の成功も触れられていて、嬉しく思いました。そのときに演奏してくれて、いい曲だなあ、と思った《ロザムンデ》の間奏曲がまた聴けるのも、素敵なプレゼントです。
来春を過ぎれば、マエストロが指揮したオーケストラの中に日本のオーケストラ、合唱団も加わり、経歴の中で触れられる機会もあることを思うと、小澤さんに感謝したくなりました。

2005年12月17日付 Notizie, Senato della Repubblica
Domenica 18 dicembre il Concerto di Natale nell'Aula del Senato
Protagonisti il Maestro Riccardo Muti e l'Orchestra Govanile Luigi Cherubini.

Il concerto potrà essere seguito in diretta anche dagli schermi della Libreria del Senato, in via della Maddalena, aperta per l'occasione.

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クリスマスコンサートのリハーサル写真

18日に行われるマエストロ・ムーティとケルビーニ管にクリスマスコンサートのリハーサル写真(17日に行われました)が、イタリア上院のサイトに載りました。

http://www.senato.it/notizie/8766/41835/73773/77873/77272/78234/genalbum.htm

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クリスマスはマエストロの演奏で

18日にイタリア上院で行われるマエストロ・ムーティとケルビーニ管の、クリスマスコンサートの予告記事が出ています。

2005年12月17日13:09 ANSA 通信
L'orchestraCherubini in Senato
Guidata dal maestro Muti, suonera' di fronte a Ciampi

2005年12月17日 Emilia.net
Riccardo Muti e l'orchestra Luigi Cherubini in diretta dal senato
Domenica 18 dicembre alle ore 12.30 su RaiUno

既報のとおり、チャンピ大統領も姿を見せる予定です。
演奏曲目は、イタリア国歌に続き、シューベルトの《ロザムンデ》間奏曲、未完成交響曲、ヴェルディの《ジョバンナ・ダルコ》序曲です。
In programma, dopo l'inno di Mameli, l'Entr'acte III da Rosamunda regina di Cipro e la Sinfonia n.8 in Si minore (Incompiuta) di Franz Schubert e la Sinfonia della Giovanna d'Arco di Giuseppe Verdi.

インターネット中継は日本時間20時30分から RAI RADIO 3 です。マエストロの演奏を聴くのは2ヶ月ぶりです。

RAI RADIO 3 12時30分(日本時間20時30分)
http://www.radio.rai.it/radio3/

いいクリスマスコンサートになりますように。

マエストロは昨日ローマ入りしている予定ですが、ウィーンへのフライトも無事でありますように。

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sabato 17 dicembre 2005

Banca Intesa のクリスマスプレゼント

スカラ座のスポンサーであるBanca Intesa は、毎年顧客向けにスカラ座に関わる素敵なクリスマスプレゼントを制作していますが、イタリアの音楽ファンの掲示板によれば、今年は、プーランク《カルメル会修道女の対話》のCD と DVD (どちらもハイライト?)だそうです。
去年の《モイーズとファラオン》をはじめ、過去のものは後にほとんど市販されているので、本当だとしたら、楽しみです。
マエストロのこの演奏は放送録音盤とインターネット中継で聴いているだけですが、カーセンの舞台の映像も観られるとしたら、最高のプレゼントです。とりあえず、《モイーズ》を出してくれた出版社のElectaにリリース予定がないか、照会しています。

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スカラ座修復に関する新刊

出版社からは当初は11月に出るとメールがきていた本です。
スカラ座の建物と修復完成に至る様々な様子を紹介した本で、マエストロ・ムーティも言葉を寄せているようです。開幕公演の記事の洪水の中で、本の紹介記事を見逃してしまったかもしれません。2006年出版予定ですが、オンライン書店では注文できそうです(高いので、迷っています)。英語版もあります。

La magnifica fabbrica
Teatro alla Scala
Carlo Fontana, Giuseppe Stolfi, Elisabetta Fabbri, Alberto Artioli, Pier Luigi Pizzi, Mario Botta, Franco Malgrande, Riccardo Muti

Electa
ISBN 8837042086
A cura di: Carla Di Francesco
Anno pubblicazione: 2006
60euro

http://www.electaweb.com/electa/ita/libri/scheda.jsp?isbn=978883704208&ed=53

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venerdì 16 dicembre 2005

クリスマスコンサートの準備は万端

今日のピアチェンツァの新聞に、18日に上院でマエストロ・ムーティとクリスマス・コンサートを行うケルビーニ管の記事が載っています。

オーケストラは明日午後ローマへ発ち、マエストロとリハーサルを行うそうです。
コンサートには、マエストロの家族全員が姿を見せるとのこと。
また、プロトコール上、国歌も演奏することになっているそうです。
随分前に小澤さんが地元で桐朋のオーケストラを指揮したコンサートを聴いたことがありますが、あんな感じなのかなあ、といろいろ想像しています。まだレパートリーは十指くらいのようですし...。

2005年12月16日付 Liberta' 紙
Ieri donate cravatte per la divisa ai giovani orchestrali
Muti e Cherubini: tutto pronto
per il concerto in Senato

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pro:log 誌のインタビュー

pro:log 誌最新号にマエストロ・ムーティのインタビューが載っています。

ウィーンで上演する《フィガロの結婚》はマエストロにとっては特別な意味も持っていて、はじめて指揮したモーツァルトのオペラであると同時にフィレンツェの音楽監督として最後に指揮したオペラであり、スカラ座ではじめて指揮したオペラであり、ウィーンでダ・ポンテ・チクルスを始めるにあたって最初に指揮したオペラ、というように語っています。

追って紹介します。

pro:log 誌 2005年12月号
Die perfekteste aller Mozart-Opern
Riccardo Muti kehrt mit Mozarts Figaro an die Wiener Staatsoper zurueck

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江川紹子さんのインタビュー

音楽の友誌最新号にマエストロ・ムーティのインタビュー記事が載りました。
江川紹子さんによるものです。彼女にしては遠慮がちな感じでした。
新しく知ったこととしては、ザルツブルク音楽祭の《魔笛》の演出について、やや踏み込んで語っていたことがあります。

(略)今回の《魔笛》のグレアム・ヴィックはなかなか興味深い演出家で、2年前のスカラ座の来日公演の《オテロ》も演出し、大成功を収めたのですが、この《魔笛》は、彼の非常に個人的な思いが先行してしまいました。最初は私と方向性が一致していたのですが、いつの間にかとんでもない方に行ってしまい、何やら不思議な結末を迎えてしまったのです。もちろん私は多くの点で彼の演出に納得できませんでした。(略)

音楽の友誌 2006年1月号
江川紹子の部屋 リッカルド・ムーティさん

リッカルド・ムーティ、自らの「モーツァルト・イヤー」を語る

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giovedì 15 dicembre 2005

18日のクリスマスコンサート中継

マエストロ・ムーティとケルビーニ管のクリスマスコンサートの予告が、RADIO3のトップページに載っています。
構図の関係なのでしょうか、指揮棒が左手になっています...。

http://www.radio.rai.it/radio3/view_cover.cfm?Q_POS=1

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ウィーン芸術週間2006

2006年のウィーン芸術週間の概要は今日木曜日に発表されますが、コンサートについては、楽友協会のサイトで発表になっています。マエストロ・ムーティは6月12日、バイエルン放送響と参加します。楽友協会の年間スケジュールで既に発表済みの演奏会です。

http://www.musikverein.at/startseite.asp

FESTWOCHEN 2006
Am 7. Mai beginnen sie mit einem opulenten Mozart-Programm: die Festwochenkonzerte 2006. Wenn sie dann am 18. Juni, wieder mit Mozart, ins Finale gehen, werden wir mehr als 60 Konzerte gehört haben. Viele davon stehen im Zeichen Mozarts, doch auch Schostakowitsch und Schumann, zwei weitere Jahresregenten des Musikjahrs 2006, bilden Schwerpunkte im Festwochenprogramm 2006. Gastspiele internationaler Spitzenorchester – wie des Königlichen Concertgebouworchesters, des Symphonieorchesters des Bayerischen Rundfunks oder der Berliner Staatskapelle – gehören ebenso zu einem Festwochenprogramm des Musikvereins wie Solistenkonzerte mit Koryphäen wie Alfred Brendel, Maurizio Pollini oder Maxim Vengerov. Für Mitglieder sind Karten bereits erhältlich. Der allgemeine Vorverkauf beginnt am 18.01.2006.


2006年6月12日 19時30分 楽友協会大ホール
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
Gerhard Oppitz, Klavier

Giuseppe Verdi
Ballettmusik aus der Oper "Macbeth"
Giuseppe Martucci
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 b - Moll, op. 66
-------- Pause --------
Antonin Dvorák
Symphonie Nr. 5 F - Dur, op. 76

Anstelle des Orchestra Filarmonica della Scala übernimmt das Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks das Konzert.

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mercoledì 14 dicembre 2005

Ciani の想い出

マエストロ・ムーティはスカラ座でDino Ciani と共演していて、そのときの演奏は非正規盤になっています。若い二人のとても熱のこもったいい演奏で、わたしにとっては大切な1枚になっています。

2002年にCianiのトリビュート盤が出たときにスタンパ紙が長々と評を載せましたが、そこで、いろいろな演奏家がライナーノーツで彼の想い出を書いていること、マエストロも書いていることを知って、すぐに購入しました。マエストロ・アッバードやジュリーニ、そして、Gencer なども興味深い言葉を寄せています。
今、マエストロのスカラ座での足跡をカタツムリの歩み、牛歩で追っていますが、Ciani とのことも忘れられません。ディスクを差し出したときのマエストロの表情を思い出すたびに、その思いを強くします。

ベートーベン 合唱幻想曲
ピアノ Dino Ciani
スカラ座管、スカラ座合唱団
1970年11月5日 スカラ座録音
HUNT

Dino Ciani
a tribute

DYNAMIC 2002

私たちの友情は音楽から生まれたもの、音楽を一緒に演奏する喜びの中から生まれたものです。(略)最後に会ったのはアメリカでブラームスの協奏曲1番を演奏したときでした。Dino は素晴らしい集中力を見せ、大成功に終わったので、ロンドンでも再共演しようと決めました。でも、実現しませんでした!純粋な芸術家、素晴らしいピアノの詩人としての彼の想い出が心の中にあります。

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martedì 13 dicembre 2005

フィルハーモニア管イヤーブック

フィルハーモニア管イヤーブック1979/1980を入手しました。

当時は日本の音楽雑誌やGRAMOPHONE誌を読むか、ブリティッシュカウンシルへ行って新聞を読むかしないと、マエストロ・ムーティのフィルハーモニア管との演奏活動の様子はわかりませんでした。ほんの小さな囲み記事でも、それを見つけたときの喜びは今でも鮮やかに思い出せます。

Schwarzkopfが先日90歳の誕生日を迎えました。その夫Walter Leggeはフィルハーモニア管創設に奮闘し、彼に捧げるチャイコフスキー・チクルスのコンサートが、1979年にフィルハーモニア管とマエストロによって行われていて、そのレセプションの写真がイヤーブックに載っています。Schwarzkopfと歓談するマエストロの写真を見て、当時ははるか遠いところにいる巨匠に思えましたが、今見ればまだ40歳にもなっていなかった青年だったわけで、なんだか信じられない気持ちです。

いくつか面白い記事が載っていました。

EMIのプロデューサーとして、マエストロとフィルハーモニア管の素晴らしい録音をいくつも制作したJohn Mordler が、マエストロの録音セッションのエピソードをいくつか書いていました。
これは写真でも見たことがありますが、マエストロが自分のひげを生やした(写真にひげをつけたした)写真を高く掲げて笑っている、セッション中の写真にまつわるエピソードです。1979年の夏のバケーションが終わって、レコーディングのためにフィルハーモニア管のメンバーが集まったとき、マエストロが驚いたことには、多くのメンバーが休暇中にひげを生やしていました。マエストロはいったんコントロールルームに入って録音したテープを聴き、再度録音現場に戻ったところ、譜面台にマエストロの大きな写真が置いてあり、その写真には金属たわしでひげがつけられていました。マエストロは面白がって写真を掲げ、ちょうど録音セッションの写真を撮りにきていたクライブ・バーダもシャッターチャンスを逃さず、ファインダーに収めたというものです。オーケストラと首席指揮者のなごやかな雰囲気が伝わってくるような話です。

また、マエストロのインタビューも雑誌の記事から全文掲載されていました。
ちょうど先日、Holender総裁がマエストロについて、リハーサルで歌手に伝えるべきものをもっている数少ない指揮者だ、と語っていましたが、マエストロもインタビューでそのような指揮者について語っています。こんなふうです。
指揮者で、声楽に関する技術について知識も経験もない者がしばしばいる。彼らは交響曲についてはとりあえずうまく、あるいは悪く振るだろうが、劇場体験のないまま突然オペラを振り始める。劇場は内部の様子を知っていなければだめだ。歌手達を3~4年指導したことがなければいけない。ヴォットーやサンティーニ、特にセラフィンを見てみるといい。セラフィンはカラスに大きな影響を与えた。こういった指揮者たちは歌手にどう話せばいいかを知っている。どうしてこの音やあの音がぶらさがっているのか、声楽の技術としてどうして正しくないのか、などを伝えることができるのだ。現在、指揮者はしばしば何も言わないが、それはたいてい、彼らが何も知らないからだ。

Philharmonia Orchestra 1979/1980
Tchaikovsky Cycle 1979

Recording the Philharmonia

Riccardo Muti
Andrew Keenan meets the Philharmonia's Music Director and Principal Conductor

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《フィガロの結婚》のキャスト

ウィーンの新聞には主要キャストだけでなく、全キャストが載っていました。
二期会会員の甲斐栄次郎さんも出演しています。マエストロ・ムーティの指揮で歌えるとは!

Graf Almaviva Ludovic Tezier
Die Gräfin Barbara Frittoli
Susanna Tatiana Lisnic
Cherubino Angelika Kirchschlager
Figaro Carlos Alvarez
Marcellina Stella Grigorian
Doktor Bartolo Ain Anger
Basilio Michael Roider
Don Curzio Peter Jelosits
Antonio, Gärtner Eijiro Kai
Barbarina, seine Tochter Ileana Tonca

http://www.nikikai.net/member/kai_eijiro.html

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イタリア音楽散歩

イタリア音楽散歩
世界文化社 ほたるの本シリーズ 1800円
2005年12月

ミラノのページにはスカラ座脇のレストラン、アッラ・スカラが載っていて、マエストロ・ムーティが昼時によく訪れては、トマトとバジリコのスパゲッティを素早く食べてスカラ座に戻っていたという、伝聞が紹介されています。

また、既に家庭画報誌2001年8月号に掲載されていた、林望さんのマエストロの《仮面舞踏会》鑑賞記も、再編集増補されて載っています。

トマトとバジリコのスパゲッティは大大好きです!(ただし、アリオ、ガーリック抜き)

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lunedì 12 dicembre 2005

ミラノのファンからのマエストロへのプレゼント

ウィーン国立歌劇場の10日の公演に、ミラノからマエストロ・ムーティのファン(スカラ座にもゆかりの深い、Amici del Loggione )がかけつけていたのは、事前にもその計画が報道されていましたし、今日のイタリアのいくつかの新聞も報じていました。
彼らはウィーンへマエストロへのプレゼントをたずさえてやってきたのですが、それは銀でできた小箱で、中にマエストロがスカラ座で上演した全オペラの作品名を1枚1枚に書いたカード、50枚ほどを入れたものです。ただ、作品の名前を書いたリボンがはいっている、という報道もあり、いったいどんなプレゼントだったのか、ニュースのサイトをうろうろしてしまいました。
こういう温かな気持ちが、同じファンとして本当に嬉しいです。

2005年12月12日付 Corriere della Sera 紙
Vienna apre l’anno mozartiano con «Le nozze di Figaro»
Muti, 15 minuti di applausi «Intesa perfetta coi Wiener»


2005年12月12日付 il Mattino 紙
VIENNA

2005年12月12日付 la Repubblica 紙
IL DEBUTTO
Muti a Vienna un trionfo con Mozart

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チャンピ大統領も聴く予定のクリスマスコンサート

18日にイタリア上院で行われる、マエストロ・ムーティとケルビーニ管のクリスマスコンサートには、上院院長のほかに、チャンピ大統領も列席する予定だそうです。チャリティの目的も持ったものになるとのことです。
演奏会はユーロビジョン、RAI UNO で放映されるほか、RAI RADIO3 でインターネット中継されます。
どんな演奏をするオーケストラなのでしょうか。

2005年12月12日11:29 Apcom
SENATO/ DOMENICA IL CONCERTO DI NATALE IN AULA CON CIAMPI E PERA
Muti dirigerà orchestra Cherubini.90 euro per beneficenza l'ingresso

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オーストリア文化とイタリア文化の完璧な融合

ウィーン国立歌劇場の《フィガロの結婚》で喝采を浴びたマエストロ・ムーティと、同歌劇場総裁 Holender のコメントが、今日のCorsera 紙に載りました。
ウィーンの寵児、アイドルであるマエストロとウィーン国立歌劇場、ウィーン・フィルの緊密で幸せな結合を称える記事になっています。

Holender によれば、マエストロはモーツァルトのスペシャリストとしては最高の指揮者で、リハーサルで歌手達に何か伝えるべきものをもっている稀な指揮者のひとりだそうです。そして、ここウィーン国立歌劇場はマエストロのホームであり、Holender は自分が得られるものはすべて提供して、プログラムの上で調整していくつもりだ、とマエストロに対する大歓迎振りを語っています。4月には《フィガロ》を再度上演し、次は《コシ・ファン・トゥッテ》の予定で、Holender は、マエストロがスカラ座を出たことはウィーンにとっては大きな機会になることを意味する、とも言っています。

また、マエストロは微笑しながら、イタリアとオーストリアの完璧な結合についてこう語ったそうです。
ウィーン国立歌劇場はフィレンツェ五月音楽祭歌劇場とスカラ座を別にすれば、自分がいちばん出演しているところである。ウィーン・フィルとの35年間途切れることのない関係の中で彼らとモーツァルトを演奏するのは、同じ言葉を話しているようなものだ。劇的なものに対して同じひらめきをもち、同一のフレージングと音色をもちながら、同じ言葉を話しているようなものだ。モーツァルトの創造において、オーストリア文化とイタリア文化という二つの文化の完璧な融合が実現したのと同じだ。

また、最後にマエストロはモーツァルトについても語っています。
モーツァルト記念年が、神のように卓越した存在の確かな証であるこの音楽家の、オペラの解釈を再考する機会にもなることを望む。モーツァルトの音楽は将来の世代とも一緒に歩んでいくだろう。彼の音楽は人間に話しかける神の声だからだ。

2005年12月12日 Corriere della Sera 紙
Vienna apre l’anno mozartiano con «Le nozze di Figaro»
Muti, 15 minuti di applausi «Intesa perfetta coi Wiener»

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キリスト教美術の本

地中海都市紀行
古代キリスト教美術をたずねて
名取四郎
岩波書店 3150円
2005年11月11日刊

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15分続いた喝采

ANSA通信も、マエストロ・ムーティのウィーン国立歌劇場での《フィガロの結婚》の大成功を報じていました。

マエストロとウィーンとの芸術における素晴らしい連帯、結びつきが、この《フィガロ》の上演で新たに保証され、確かだと証明された、とし、歌手は完璧に歌い、オーケストラは飛ぶように舞うように素晴らしい演奏をした、聴衆は足を踏み鳴らし、拍手喝采を続け、アンコールは15分も続いた、とありました。

スカラ座開幕も成功し、ウィーンでのマエストロも大成功を収め、本当にほっとしました。

2005年12月11日16:27 ANSA 通信
Nozze Figaro, Muti trionfa a Vienna
Staatsoper apprezza direzione del maestro con i Wiener
(ANSA) - VIENNA, 11 DIC - Muti e i Wiener: uno straordinario sodalizio artistico che alla prima delle 'Nozze di Figaro' alla Staatsoper, ha avuto una nuova conferma. Il maestro ha diretto una ripresa dell'opera mozartiana nella messa in scena di Jean-Pierre Ponnelle del 1977. Cantanti portati alla perfezione, un'orchestra che sembrava volare, una musica sublime: ovazioni, scalpiccio entusiastico del pubblico sul pavimento e pioggia di applausi per 15 minuti alla fine.

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大成功の《フィガロ》

昨日のAPA通信が、マエストロ・ムーティのウィーン国立歌劇場での《フィガロの結婚》の大成功を報じていました。

劇場内には聴衆のブラボーの叫び声と足を踏み鳴らす音が充満し、響き渡ったそうです。
マエストロについては、ムーティが《フィガロ》を上演する、というだけで、その晩はもう保証されたようなものだけれども、実際そうだった、軽やかだが、きんきらきんに光るような成金趣味のない音、モーツァルトの音、豊かな中間音が最初から最後まで劇場内を貫いていた、ムーティは大きく弓をひきしぼって緊張感を保ち続けたために、細部にまで力がみなぎっていた、ウィーン・フィルは光沢に満ちた輝かしい音を出し、彼らの頂点の演奏をしてみせ、弱点は何もなかった、と手放しの称賛です。

歌手については何の心配もしていませんでしたし、マエストロのエレガントさを極めた演奏についても何の懸念ももっていませんでしたが、それでも、聴きにいけないので、気が気ではありませんでした。
ご成功、おめでとうございます!!

2005年12月10日11:20 APA通信
Mutis Staatsopern-Comeback mit "Figaro" gefeiert

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domenica 11 dicembre 2005

18日のNHK-FMはスカラ座開幕公演

18日のNHK-FMでスカラ座開幕公演が放送されます。
マエストロ・ムーティの話も出るかもしれません。

12月18日(日) - 午後 03:00 ~ 午後 06:00 -NHK-FM
速報 スカラ座 2005/2006シーズン開幕公演

                         堀内  修

「歌劇“イドメネオ”K.366(全3幕)」 モーツァルト作曲
     イドメネオ…(テノール)スティーヴ・デーヴィスリム
         イダマンテ…(ソプラノ)モニカ・バチェルリ
           イリア…(ソプラノ)カミラ・ティリング
            エレットラ…(ソプラノ)エンマ・ベル
       アルバーチェ…(テノール)フランチェスコ・メリ
            大祭司…(テノール)ロビン・レゲイト
         神託の声…(バス)エルネスト・パナリエルロ
                   (合唱)スカラ座合唱団
                 (管弦楽)スカラ座管弦楽団
               (指揮)ダニエル・ハーディング
  ~イタリア・スカラ座で収録~
  (イタリア放送協会提供)

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ウィーンの様子

イタリアの新聞メディアは今日は二日目のストライキのはずで、今夜のミラン・インテルの試合前の様子もwebであまり読めないのですが、マエストロ・ムーティのウィーンでの様子を今日のイル・ジョルナーレ紙が載せていました。

ゲネラルプローベは凛とした静かな雰囲気だったそうで、マエストロは、こうやってインターナショナルな舞台にいることを今はとても幸せに思い、解放された気分だと語っています。ウィーン・フィルについて称賛し、フェラーリを運転しているようなものだとも言い、ますます自分の家族のように感じている、とのことです。

同紙はマエストロのハイドン、モーツァルト、ベートーベンの演奏については、そのテンポの自然なこと、確固とした成熟ぶりは確信に満ちていて、もう並ぶ者がない、とまで称賛しています。ちょうど、ハーディングのスカラ座での《イドメネオ》評でテレグラフ紙が、マエストロの演奏には優雅さや温かさがないが、ハーディングにはそれがあると批判していたのを読み、面白く、かつ意外に思ったのを思い出しました。

終幕後の喝采は終わることがなく、それは出演者全員へのものであり、そして言うまでもなく、マエストロへのものだった、とイル・ジョルナーレ紙は書いています。

よかった...。

ウィーンの新聞は日曜日は休みなので、月曜日の朝刊の早版が数時間のうちにwebに出るのではないかと思います。

2005年12月11日付 Il Giornale 紙
Muti celebra le «Nozze di Figaro» con fantasia e un pizzico di eros

2005年12月9日付 Telegraph 紙
Brits conquer La Scala

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ウィーン国立歌劇場博物館

昨日の朝日新聞夕刊に、ウィーン国立歌劇場博物館の紹介が載っていました。

円形の展示室の壁面は1年に1メートルを割り当て、1955年から半世紀を紹介しているそうです。
pro:log 誌のChronik von 1955 bis 2005 にはマエストロ・ムーティについての記述(《アイーダ》での歌劇場デビューとダ・ポンテ・チクルス上演)もあるので、壁面にも写真があるかもしれません。見てみたいです。

2005年12月10日付 朝日新聞夕刊
オペラ支え映る歴史 ウィーン国立歌劇場再開50年迎え博物館

pro:log 誌 herbst 2005
Chronik von 1955 bis 2005

1973
04.02 Riccardo Muti debuetiert mit Aida

1994
30.10 Beginn des Da Ponte Zyklus im Theater an der Wien unter Riccardo Muti

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スカラ・フィルとの第九

マエストロ・ムーティとスカラ・フィルのベートーベン交響曲全集のCDは入手済みですが、第九のCDを入手しました。

ベートーベン 交響曲第9番
スカラ・フィルハーモニー管弦楽団
スカラ座合唱団
Jane Eaglen
Mette Ejsing
Jyrki Niskanen
Dean Peterson
1998年スカラ座録音

weekend CLASSICA / MUSICOM 2002

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sabato 10 dicembre 2005

音楽は天からの贈り物

Kurier 紙に載ったマエストロ・ムーティのインタビューを紹介します。

マエストロ・ムーティは、お茶目でどうしようもなくいたずらっ子な男の子のような面、イタリアおのこの面目躍如の面とともに、こういう静かで内省的な面ももっていて、本当に魅力的です。

ウィーンでの《フィガロの結婚》の成功を心からお祈りします。ファンの想いに羽根があって、マエストロのもとに届くと嬉しいのに。


2005年12月9日付 kurier 紙
Von der Wahrhaftigkeit des Augenblicks überzeugt
Stardirigent Riccardo Muti feiert am Samstag (10. 12.) sein Comeback an der Wiener Staatsoper


リッカルド・ムーティは19年間ミラノ・スカラ座の音楽監督だった。しかし、名高いミラノの歌劇場はこの花形指揮者にとって、もはや話題ではない。ムーティは内部でのいさかいの後、争いの中タオルを投げたが、それにもかかわらず、ひまそうではない。土曜日にはもう、マエストロはウィーン国立歌劇場への復帰を祝う。そして、それは他の作品もありえただろうが、モーツァルト《フィガロの結婚》でである。

「このオペラは既にしばしば指揮しています。けれども、再三再四新しいことを発見しています。」ムーティは力説した。「ダ・ポンテとモーツァルトは天才で、その時代の驚くほどはるか先を行っていました。隠されたエロス、内にある猥雑ともいえる点において、実に、私を魅了します。多用される言葉あそびにみられる両義性は、同時代の人々にとって非常に衝撃的だったに違いありません。」《フィガロの結婚》や他の作品に対するこういったモーツァルトの理解を、ムーティがいつの日か本として世に出すだろうであることは、想像しうる。

―計画

そして、この一連の国立歌劇場での上演が、ムーティにとってウィーンに登場する最後になるのではないことは確実だろう。「《コシ・ファン・トゥッテ》やほかの作品について、具体的な話をしています。」

しかし、何よりもまずムーティはウィーン・フィルに専念する。年のはじめにウィーン・フィルと合衆国、カナダ、メキシコへのツアーを行う予定だ。夏は、ザルツブルクで《魔笛》を再演する。Pierre Audi が Graham Vicks の失敗に終わった演出に手を加える。ムーティは言った。「残念ながら、今やもう、 Jean-Pierre Ponnelle や Giorgio Strehler のような演出家はいません。彼らは本当に音楽を聴いた演出をしていました。」

ムーティも言うように、しばらく前にはじめて若者たちのオーケストラを創設した。「ケルビーニという名前です。作曲家 Luigi Cherubini の名前であり、天使ケルブのイタリア名でもあります。というのは音楽は神からもたらされるものであり、我々は、これらの贈り物を次の世代にさらに伝えていく義務を負っているからです。」そして「ケルビーニ管のレベルは非常に高いです。こういう形からたくさんのすぐれた音楽家達が生まれるよう、望んでいます。」

音楽はどうあっても非常に個人的な主観的なものであることを、マエストロは知っている。「芸術には絶対の真実というものは存在しません。そのときだけの瞬間的な真実があるだけです。モーツァルトの解釈も、他のも同じです。究極的には嗜好の問題です。」

そして、ムーティが個人的な隠れ場としてつい最近購入したプッリャの領地はどうなっているのだろうか。「カステル・デル・モンテの近くでいつも自由な時間を過ごしています。フェデリコ二世はそれを文化的、精神的な中心になるものとして建てさせました。当時彼は、芸術の中ですべての宗教をひとつにすることに成功しました。今日では、そのことはかつてよりもますます重要になっているように思えます。そうなれば世界はもっとよくなるでしょう。」

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新しいスタイルの指揮者とは?

スカラ座開幕公演について、通信社が配信した記事の後に続いて、各国各紙の独自の評が出始めています。

通信社の配信記事は、イタリア主要紙の論調、ほぼそのままです。スカラ座の新しい時代が初日の大成功とともに始まった、若い指揮者ハーディングの大勝利、がその要旨です。
ハーディングについては、これまで、いい評ももちろん読みましたが、その演奏に疑問をつきつける評もそれ以上に読んでいたので、イタリアの新聞のこの絶賛をとても面白く思いました。グレイトブリテンの記事にもありましたが、イタリアが想像するブリティッシュとは異なったイタリア的な親しみやすさの感じられるキャラクターであることも、ハーディングを好意的に迎え入れた要因のひとつだったのでしょう。

いちばん興味を持って待っていたのが、グレイトブリテンの新聞評でした。ハーディングの国の新聞ですし、マエストロ・ムーティについては、コベント・ガーデンでの《運命の力》キャンセルの折も、スカラ座音楽監督退任の折も、非常に厳しい論調を張っていましたから。
予想どおり、インデペンデント紙は、古いタイプの指揮者が去り、新しいタイプの指揮者が勝利を収めたという論点も盛り込み、その成功を称えています。
ガーディアン紙も、その論点を別の意味でとりあげていて、スカラ座がイタリアの歌劇場であった時代は終わり、他の国の歌劇場同様、インターナショナルな歌劇場へ一歩を踏み出した、と一抹の淋しさも漂わせる文で書いています。

マエストロとハーディングの個人的な音楽観、演奏スタイルを云々するのではなく、両者が旧新の指揮者を代表し、新しい時代が勝利を収めたと書いていた論者には、微苦笑を禁じえませんでした。

時代が求めるものや新しいものに無条件のアドバンテッジ、優位性があると考えるのは、あたかも一昔前、二昔前の進歩観の如しです。おそらく市場原理の中では当然のことなのでしょう。
けれども、どれが求められ、新しいものなのかは瞬間瞬間にかわり、いわば、それは消費され、たとえば、新しい企業スタイルや企業といったものが短いサイクルで栄枯盛衰をみせているのは、現実をみればわかることです。
演奏は消費されるものではないし、演奏家のタイプも同様です。

マエストロ・ムーティの独裁ぶりを長々と書いてみせた(感嘆してしまいます)インデペンデント紙は、ハーディングのその家族や居住、演奏活動などにおけるインターナショナルなあり方を前向きに見ています。これは、スカラ座新総裁のスカラ座についての考え方と共通しています。
もちろん、それはひとつの思想として尊重します。

けれども、マエストロ・ムーティが非常に若い頃から、そのプロフェッショナルな活動をはじめたまさに最初の頃から、どれほどイタリア国家の自国文化への無関心さを憂え、イタリアの学校教育における音楽の地位の低さを指摘し、イタリアの若い演奏家たちの育成に力を注いできたか、音楽団体のグローバル化に疑問を呈してきたかを、わたしたちはよく知っています。これもひとつの思想であり、大きく支持するものであります。

何が起きてもスカラ座はスカラ座、という考えは大いに結構、スカラ座のインターナショナル化、新しい時代の始まりもそれは素晴らしいことです。
けれども、こういう個々の現象を超えて、マエストロがスカラ座での活動を通して訴え続けてきたイタリア文化のこと、訴え続けてきたという行為そのものの価値を、忘れるべきではありません。これは決して、インターナショナルなものと対峙する、ネガティブな意味でのナショナルな視点ではないのです。


2005年12月10日付 The Independent 紙
Daniel Harding: Lightning conductor
At 30, he has arrived at a point in his career that most conductors would be happy to reach at 50

2005年12月10日付 The Guardian 紙
Sentimentality aside, Italy is still the home of opera
The changing face of La Scala is too often judged by those with Merchant Ivory disease

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ヘルベルト・リッペルト

日本での演奏会やマエストロ・ムーティとの共演で気になるテノールのひとりになった、ヘルベルト・リッペルトのインタビューが今日のスタンダード紙に載っていて、とても面白く読みました。

彼も、モーツァルトについてアーノンクールとマエストロを特筆すべき指揮者としてあげています。1週間のうちにふたりと共演したことがある体験を語っていました。アーノンクールのスタッカートを多用したようなモーツァルトの後では、マエストロのレガートを効かせたモーツァルトは、最初はとても衝撃的だったそうです。けれども、最後には、あるべきところへ帰ったような、幸福な気持ちになったとのこと。

2005年12月10日 der Standard 紙
"Aber das Mozartjahr ... !"
"Das ist ja eine reine Melkkuh!" kritisiert der Tenor Herbert Lippert

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venerdì 9 dicembre 2005

ガッティは《ローエングリン》

フィナンシャルタイムズ紙のスカラ座開幕公演評を興味深く読みました。
ガッティは2007年に《ローエングリン》を上演する予定とのことです。評そっちのけで、そのニュースに興奮してしまいました。2007年開幕公演は《トリスタンとイゾルデ》だし、ミラノもとうとう、ドイツ流の演出を受け入れるようになったようだし、これでマエストロ・ムーティのことがなければ、どれほど刺激的かしれないのですが...。

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いい演出家は音楽を本当に聴いていた

今日のKurier紙にマエストロ・ムーティの短いインタビューが載りました。

ザルツブルク音楽祭の《魔笛》の演出について、やはり、質問されています。
残念ながら、今はもはやポネルもストレーレルもいない、彼らは徹底的に音楽を聴いていた、と答えています。暗にヴィックを批判しているのでしょうか。

次のウィーンでのオペラについては、《コシ・ファン・トゥッテ》のほかに、別のオペラも具体的に話している、とのことです。

面白かったのが、《フィガロの結婚》の奥深さをはじめとして、モーツァルトの他のオペラについてもその言葉がもつ両義性に関して、いつか本の形にできたらとマエストロが考えているらしいことでした。

プレッセ紙のインタビューとともに、追って紹介します。

2005年12月9日付 kurier 紙
Von der Wahrhaftigkeit des Augenblicks überzeugt
Stardirigent Riccardo Muti feiert am Samstag (10. 12.) sein Comeback an der Wiener Staatsoper

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前回のウィーンでの《フィガロ》

前回マエストロがポネルの演出を指揮したのは、Holender の時代が始まった最初の頃のこと、1993年です。この年は個人的には、結局マエストロ・ムーティがフィラデルフィア管を離れることになって、マエストロの来日公演はなくなり、落胆したことが残念な想い出のひとつです。

1993年10月17日、19日、21日 ウィーン、ウィーン国立歌劇場
モーツァルト フィガロの結婚
演出 Jean Pierre Ponnelle
フィガロ Bryn Terfel
スザンナ Elizabeth Norberg-Schuiz
伯爵 William Shimell
伯爵夫人 Adrianne Pieczonka
ケルビーノ Vesselina Kasarova

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giovedì 8 dicembre 2005

MUSE 誌

結局、スカラ座開幕公演を最初から最後まで聴いてしまいました。マエストロ・ムーティ以外の指揮者とスカラ座オーケストラによるイタリア国歌は二度と聴きたくない、と思いましたが、オーケストラは本当にいい演奏をしていました。マエストロの《コシ・ファン・トゥッテ》をスカラ座で聴かなかったことが、心から悔やまれます。

サントリーホール会員誌最新号に、マエストロとウィーン・フィルの来日公演の写真が載っていました。

今夜もきれいな月で、マエストロのウィーンでの《フィガロの結婚》のご成功をまたお祈りしました。

MUSE 誌 2005年 Winter 号
コンサートレビュー

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ANSA通信もプレッセ紙の記事を紹介

スカラ座開幕公演中継を聴いています。ハーディングが登場するときの声援にはブラボーしか聞こえてきません(声援の中にマエストロ・ムーティの名前が聞こえてきたのはわたしの聞き取りの悪さのせい?)。

ANSA通信が、昨日のプレッセ紙のマエストロ・ムーティのインタビューを少しだけ紹介しています。ウィーン・フィルと新たに仕事ができてとても嬉しい、ウィーンとの新しい仕事の始まりだと確信している、というコメントをインタビューから引用していました。

2005年12月7日16:17 ANSA通信
Muti con Figaro dirige a Vienna
Sabato all'Opera di Stato con i Wiener

Muti racconta al giornale di essere 'molto felice di lavorare di nuovo con i Wiener Philharmoniker' e si dice anche convinto che questo sia 'l'inizio di una nuova collaborazione'.

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mercoledì 7 dicembre 2005

ウィーンへ向かうミラノのマエストロ・ファン

スカラ座開幕に関する記事の中に、またもや、スカラ座ロッジョニスティのマエストロ・ムーティ派、マエストロ・アッバード派の行動が描かれていて、とても面白く思いました。
マエストロ・アッバード派は、そのファンクラブの首脳がブログを新たに開設し、ミラノでのオペラなどについて自由に書き込むよう呼びかけています。マエストロ・アッバードの弟子であるハーディングを開幕公演に迎え、師にスカラ座へ再び登場してもらう意気込みがいっそう高まっているようです。
一方、マエストロ・ムーティを好意的に応援してきたスカラ座ロッジョニスティ連は、10日のウィーン国立歌劇場公演《フィガロの結婚》を鑑賞するために、ウィーンへの旅行を企画しているそうです。

2005年12月6日付 il Giorno 紙
Tutti contenti E torni Abbado

2005年12月7日付 la Reppublica 紙
Milano pronta alla sfida
nell'anno zero del dopo-Muti


ハーディングの若さをとりあげた記事がどれほど多かったことか。
そういったものを読みながら、マエストロがケルビーニ管マルタ公演の際のインタビューで口にし、また、"L'arte di Riccardo Muti e la Musa platonica"の本の中にも登場したオスカー・ワイルドの警句、『ドリアン・グレイの肖像』の中のヘンリー卿の言葉を思い出していました。

―経験とは多くの人が自分の誤りにつける名前である。

マエストロはオスカー・ワイルドのこの言葉から、人は経験から学ぶことはできず、繰り返し同じ過ちを犯す、というようなことを示唆していましたが、新しい経験を求めて旅立ちつつあるハーディングはどのように歳を重ねていくのでしょうか。もちろん、ハーディングを、ドリアン・グレイがはじめて熱烈な恋という新しい経験を求め、とらわれたときになぞらえるつもりは毛頭ありませんけれども、いろいろ考えてしまいました。

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来シーズンは《コシ・ファン・トゥッテ》?

今日のプレッセ紙にマエストロ・ムーティのインタビューが載っています。

ウィーン・フィルと再び仕事ができること、とても素晴らしい歌手たちと音楽が奏でられることを大いに喜ぶというマエストロは、これが新しい仕事の始まりであることを確信している、と語り、スカラ座のことには触れていません。
内容は今後の予定で、ウィーン国立歌劇場での《フィガロの結婚》、同劇場での来シーズンについて、ニューヨーク・フィルやフィレンツェ五月祭歌劇場への出演について、ザルツブルク音楽祭での《魔笛》の新演出について、ウィーン・フィルとのザルツブルクでのモーツァルト生誕記念演奏会について、同オーケストラとの北米ツアーについて、ケルビーニ管とのクリスマス・コンサートについて、同オーケストラについて、を語っています。イタリアの新聞で既に語っていることとほぼ同じです。
ケルビーニ管については彼らの若さ、新鮮さによって、繰り返し新しい発見へと誘われる、とその喜びを語っています。
注目の《魔笛》の新演出への言及ですが、演出の変更はマエストロの希望かどうかというインタビュアーの質問に対して、音楽祭がDVD制作のために別の演出を求めている、新しい演出家にはもう会っている、彼のアイデアはヴィックとは全く違う、魔法の物語から出発している、と語り、直接には答えていません。
なお、来シーズンは《コシ・ファン・トゥッテ》か、という質問に対しては、総裁とは他の計画についても話しあっている、と答えています。総裁の定例の会見が11日の日曜日にあるので、マエストロのことも何かでるかもしれません。

2005年12月7日 Die Presse 紙
Mozart von Salzburg bis Mexiko
RICCARDO MUTIS Rückkehr an die staatsoper. Wiederaufnahme von "Figaro".

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martedì 6 dicembre 2005

来月号のOpera Magazine 誌

Opera Magazine 誌のサイトによると、1月号はモーツァルトの特集で、マエストロ・ムーティの寄稿記事も載るようです。楽しみです。

http://www.opera.co.uk/magazine/soon.htm

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クリスマスコンサート中継!!

お願いのメールを出したのが通じたのでしょうか???

RAI RADIO 3 でマエストロ・ムーティとケルビーニ管のクリスマス・コンサート中継があります。とても嬉しいです!

2005年12月18日12時30分 (日本時間20時30分) RAI RADIO 3

CONCERTO DI NATALE DAL SENATO
In diretta dal Senato della Repubblica

Orchestra Giovanile Luigi Cherubini
direttore, Riccardo Muti

Franz Schubert
Entr'acte in si bemolle maggiore da Rosamunde

Franz Schubert
Sinfonia n. 8 in si minore D. 759 "Incompiuta"

Giuseppe Verdi
Sinfonia dalla "Giovanna d'Arco"

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AP通信で紹介されたスタンパ紙

アンダンテの無料サイトに、スタンパ紙のマエストロ・ムーティのインタビューを紹介するAP通信の全文が載りました。
わたしなら、スカラ座の章は自分の中で終わった、のあとに、前方を見ている、という一言も添えますが...。

2005年12月5日 AP 通信
Riccardo Muti Says He Has Closed the 'La Scala Chapter' of His Life

http://www.andante.com/article/article.cfm?id=26243

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ウィーンでのプレミエ

マエストロ・ムーティのウィーン国立歌劇場でのプレミエについて、pro:log 誌の再建50周年特別号掲載のものを紹介します。

マエストロは《アイーダ》でウィーン国立歌劇場デビューを飾っています。
《アイーダ》、《運命の力》、《ノルマ》はプライベート盤でその演奏を聴くことができます。《リゴレット》は当時日本の音楽雑誌でも、テノールの高音なしなどウィーンの聴衆には耳慣れない上演だったことから、初日はブーイングをくらった、と伝えられていて、プライベート盤でいいから聴けないものか、とかねてから思っています。

アン・デア・ウィーン劇場でのダ・ポンテ三部作上演は、《コシ・ファン・トゥッテ》(1994年10月30日)、《ドン・ジョバンニ》(1999年6月20日)、《フィガロの結婚》(2001年6月18日)、三部作全作品(2002年6月)となっています。

スタンパ紙のインタビューでは、ポネルの演出についてマエストロは、時代がたったものではあるが、奇抜ではない、と言っています。インターネット中継がないようなのが残念です。

《アイーダ》
1973年2月4日
演出 Merrill
Frnac, Cortez, Jones, Domingo, Giaiotti, Holmes

《運命の力》
1974年9月29日
演出 Squarzina
Cruz-Romo, Paskalis, Bonisolli, Davidson, Siepi, Bruscantini

《ノルマ》
1977年3月17日
演出 Faggioni
Cossutta, Roni, Caballe', Cossotto

《リゴレット》
1983年3月13日
演出 Sequi
Bonisolli, Bruson, Gruberova, Bogart, Yachmi

《メフィストーフェレ》
1997年2月13日
演出 Alli
Ramey, Farina, Gauci, Boschkowa, Broitman

pro:log 誌 2005年秋特別号

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lunedì 5 dicembre 2005

スカラ座のことは終わった

昨日のスタンパ紙に載った、マエストロ・ムーティのインタビューを紹介します。
早速、AP通信が英語のニュースを流していました。

《フィガロの結婚》のリハーサルと上演の成功を、心からお祈りしています。

2005年12月4日付 La Stampa 紙
Muti: la Scala?
Non rovinerò
la sua festa
«Porta chiusa senza rancore
Sul passato non si torna»


「『12月7日』について議論するつもりはありません。また、『12月7日』を邪魔したり、現在スカラ座で非常に念入りに準備されている祝祭をだいなしにするつもりもありません。」リッカルド・ムーティは彼のいないミラノの開幕初日が近づく一方で、平静な様子である。その開幕は、19年間彼が務めた後のものであり、3月のきびしい緊張、劇場の首脳陣を無効にすることを望んだスカラ座労働者たちの集会、そして、4月2日に提示された彼の辞任の後のものである。ムーティは明日ウィーン国立歌劇場でモーツァルト《フィガロの結婚》再演のリハーサルを始める。それは12月10日から5晩上演され、さらに4月に3回上演される。

いつもミラノにいた頃にウィーンで指揮することについて、へんな感じはしませんか。

「確かに。けれども、すでに人生でひとつのページを閉じたあとです。恨みがましい気持ちは何もありませんし、なしとげた仕事も全く否定しません。19年間、自己犠牲の気持ちで劇場の求めるままにやってきた、私の人生で大切な部分です。過去には戻りませんし、そこへのドアは閉じて、前方を見ています。いろいろ提案したことの質の面では重要だった歳月を過ごした後、終わりにしたのです。ベートーベンの交響曲全曲公演は、もちろん、デ・サバタの時代以来のものでしたが、アッバードとの論争に加わることは夢にも思っていません。ヴェルディの人気のある作品三部作も、問題になっていたために誰も手をつける勇気がなかったものでしたが、上演しました。グルックやスポンティーニといったレパートリーを拡大したことは言うまでもありません。」

ウィーンは両手を広げてあなたを引き受けました。音楽監督の小澤征爾は、自分の名前が既に記されていた公演をあなたに譲りました。

「非常にすばらしいことでした。私の辞任の翌日に起きたことで、私が何もしないうちのことでした。《フィガロの結婚》を再び勉強し、新たな発見のできる時間がもてるのは素晴らしいことです。ダ・ポンテ三部作の台本は学校で学ぶべきだといっていいでしょう。スザンナのアリア中の Come la notte i furti miei seconda は素晴らしい詩です。モーツァルトはその部分を祖母のハープにあわせて作りました。まるで、夜想曲におけるドビュッシーの感性を先取りしたかのようです。ここウィーンでは、ポネルの舞台を再演します。《フィガロ》はアン・デア・ウィーン劇場で《ドン・ジョバンニ》、《コシ・ファン・トゥッテ》とともに既に上演済みです。おそらく、少し古くさい感じがするでしょうが、無茶な演出部分はありません。」

ウィーンではこのほかにオペラの上演計画を考えていますか。

「ウィーンとザルツブルクで、スポンティーニの《ホーエンシュタウフェン家のアニェーゼ》を再びやりたいと考えています。これはドイツ語の壮大なオペラで、称賛を受けていたウェーバーを超えたいという意図をもってベルリンで書かれました。随分以前にローマとフィレンツェで演奏しました。けれども、カットがありました。今は、完全版でオリジナル言語で上演したいと考えています。」

ウィーン・フィルはあなたがいっそう頻繁に指揮するオーケストラになりました。

「2006年はモーツァルトについて非常に荷沢山の年です。彼の生誕250年記念です。1月27日にはまさにザルツブルクでウィーン・フィルの演奏会を指揮して、数々の祝祭を開幕させます。演奏会は衛星放送テレビで中継されます。プログラムはモーツァルトのすべての作品にわたり、ソリストはフレミング、ハンプソン、クレーメル、バシュメットです。それから、ウィーン・フィルと合衆国、カナダ、メキシコでのツアーを行います。ウィーン・フィルを指揮するのがはじめての地もあります。夏には、ザルツブルクで《魔笛》を再演します。」

モーツァルトを祝うことについての展望はどのようなものですか。

「記念年は彼について考え直すことを始める機会でなければいけません。スカラ座でヴェルディ百年祭をやったのと同様です。解釈に貢献するものであるべきで、単に行政側に奉仕するものであってはなりません。ヴェルディ記念年は残念ながら通常の演奏シリーズにもなってしまいましたが、モーツァルト記念年が同じような連なりに変型してしまう可能性があるのではないかと恐れています。」

2月にはフィレンツェで五月音楽祭オーケストラと演奏会を開きます。新たな計画をもらしてくれませんか。

「そこは私がずっと愛した街であり劇場です。自分の家に帰るようなものです。私の子供達もそこで生まれました。グルックかヴェルディの上演を考えています。」

それから、ケルビーニ管との仕事があります。

「この名前のことも嬉しく思っています。偉大な音楽家であるからというだけでなく、ケルビーニのような若者達を象徴しているからです。すぐれたイタリアを代表する唯一のものです。ロンバルディア人がシチリア人と並んで演奏しているのです。音楽の名にとても近いところにいます。彼らと演奏するのは素晴らしいことです。しきたりにとらわれていないからです。次の日曜日にこのオーケストラを上院会議場で指揮して、クリスマス・コンサートを行います。RAI UNOでテレビ放映されます。このような招聘はたいてい断っています。上院議員たちのほうからコンサートホールへ来るべきで、演奏家たちが議会へ行くべきではないのではないかと思うからです。けれども、若者達を指揮すること、私はこれをクリスマス・プレゼントとして上院に持参するのがふさわしいと考えました。上院はこの国の問題が闘わされ、時々解決を見る場ですから。」

文化に対する予算カットのことを特に言っているのですか。

「政治的になるつもりはありません。問題は古くから存在し、わずかな時間で解決できるものではありません。けれども、確かに、チャンピへの要求は非常に強く真剣なものでした。何かがなされなければならないのです。イタリアはその美、芸術、歴史にアイデンティティがあります。けれども、今日まで、必要なこととは正反対のことがなされてきました。音楽院が10倍になり、一方では、オーケストラが縮小されています。この若者達の将来はどうなるのでしょうか。」

最近のケルビーニ管の演奏会で、スカラ座の首席奏者 Francesco Manara と Simonide Braconi をソリストとしてよびました。つまり、ミラノのオーケストラのメンバー全員がムーティに反対したというのは、本当ではないということですか。

「私の近くにいたのは彼ら二人だけではありません。オーケストラだけでなく合唱団のメンバーからも、好意に満ちた手紙を受け取りました。」

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前を見ている、というマエストロ

5日からウィーンで《フィガロの結婚》のリハーサルが始まるマエストロ・ムーティのインタビューが、スタンパ紙に載りました。

スカラ座辞任に至ったことなど一連のことには恨みはないし、自分にとってはもう終わったことだ、今は前を見ていると、静かにマエストロは語ったそうです。
今後の計画のひとつに、マエストロの希望としては、ウィーン、ザルツブルクでのスポンティーニの《ホーエンシュタウフェンのアニェーゼ》の上演があるとのこと。フィレンツェではグルックかヴェルディのオペラの上演を考えているそうです。
ケルビーニ管の最近の演奏会にスカラ・フィルのふたりの首席奏者がソリストとして出演しましたが、ほかにも、スカラ座のオーケストラや合唱団のメンバーから敬意に満ちた手紙を受け取っているとのことです。

以上、これまであまり語られていないようなことだけ書き留めました。追って、全文を紹介します。
なお、ザルツブルクでの《魔笛》については、指揮するとしか語っていません。演出の変更への言及は、今日以降のウィーンの新聞に載るかもしれません。

今の時期、マエストロへ関心が集まるのは仕方のないことです。その心中は想像することしかできませんが、記事からは穏やかな様子がうかがえて、ほっとしました。ウィーンへ行けなくて、ファンとして本当に本当に申しわけなく思います。

2005年12月4日付 la Stampa 紙
Muti: la Scala?
Non rovinerò
la sua festa
«Porta chiusa senza rancore
Sul passato non si torna»

2005年12月4日付 Apcom
SCALA/ MUTI: UNA PAGINA ORMAI CHIUSA, MA SENZA RANCORE (STAMPA)
"Ho chiuso una porta e guardo avanti".

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domenica 4 dicembre 2005

スカラ座開幕へのマエストロの想い

昨日は、マエストロ・ムーティのインタビュー記事を読んで、考え込んでしまいました。

もともとイタリアの新聞記事の書き方は、話し言葉としてのイタリア語の場合とは全く違い、装飾と凝った言い回しに満ちているように思えます。5年かそこらのイタリア語学習初心者であるわたしは、身動きできない通勤電車の中でぼーっとしながら文章の意味を反芻することがよくあります。Eメールの普及で、ますます、一文は短く、簡潔に、わかりやすい言葉で、というスタイルに慣れてしまっているので、関係代名詞を多用する新聞記事は大意をつかんでから分解していくに限る、と思っています。
そして、何よりも驚くのが、マエストロがインタビューや談話でも関係代名詞や挿入句をたくさんたくさん使い、一文が非常に長くなる人のようであることです。インタビューも早口なことが多いし、頭の中が言いたいことで溢れているのかもしれません。

昨日読んだのは、すでにウィーンにいるらしいマエストロへの2日付インタビュー記事で、内容は、文化への公的助成の必要性(国家が文化に介入する危険性という当たり前の視点を記者が持ち出したのが新鮮)だったのですが、最後にスカラ座開幕を指揮しないことについてたずねられ、答えたことの意味を考えてしまったのでした。

今年のスカラ座開幕についての気持ちはほとんどない、あるいは何も感じていない、スカラ座にとって自分はもう記録の中の存在、痕跡となった存在である、だから、私も彼らにきっぱりとした態度の例を見せたいと思う、というように語っています。マエストロのそこでの発言から推測するに、もしかしたら、2007年のシーズン開幕の頃は、ニューヨーク・フィルと仕事をしているのかもしれません。

毎年、開幕前40日間あまりをスカラ座に捧げてきた、というマエストロの言葉に胸が熱くなりました。ここのところ、過去のシーズン開幕の頃のマエストロの記事をいろいろ読んでいて、スカラ座にとってどれほど偉大な人だったかをあらためて認識しています。

昨日のフィガロ紙に、スカラ座の関係者が新たな出発にどれほど入れ込み、ハーディングにどれほど感嘆しているかが載っていました。でも、その中にあった、マエストロとの素晴らしい時代のことは忘れることはできない、というオーケストラのメンバーの言葉に胸がつまりました...。

でも、もう過去は過去でしかありません。
マエストロが前方に見ているものが少しでもわかるようなファンでありたいと、心から思います。


2005年12月2日付 il Tempo 紙
Muti: i politici senza sensi di colpa
«Da sempre sono contro la lottizzazione dell’arte e l’indifferenza per la musica»
Confessioni di un grande direttore d’orchestra tra le delusioni della Scala e lo spirito di rivalsa

L’amareggia almeno non salire sul podio del prestigioso "tempio" lirico, la sera del prossimo 7 dicembre, per l’inaugurazione della stagione coll’«Idomeneo» di Mozart? «I miei sentimenti contano poco o nulla. Penso alle quattro settimane annuali che dal 2007 dedicherò alla Philharmonia di New York. Osserverei piuttosto che il giovane ed affermato maestro inglese Daniel Harding, cui spetta l’onere e l’onore d’occupare il podio meneghino la fatidica sera, è di questi tempi impegnatissimo a dirigere a dritta e a manca. Io dedicavo alle prove della première non le briciole bensí i quaranta giorni precedenti l’evento. Già, la Scala è un teatro che ha segnato la mia esistenza: spero a mia volta d’averle offerto un inequivoco paradimma comportamentale».


2005年12月3日付 Le Figaro 紙
La Scala entame l'ère Lissner OPÉRA C'est par «Idoménée» de Mozart, sous la direction de Daniel Harding, dans une mise en scène de Luc Bondy, que s'ouvre mercredi prochain la saison de la célèbre maison d'opéra.


Autre habitué des riches heures aixoises, Daniel Harding a répondu présent en souhaitant diriger cet opera seria. Le jeune chef, qui a dû renoncer cet automne à diriger Cosi fan tutte à Paris en butte à l'hostilité de l'orchestre, a trouvé à Milan un havre de paix et d'écoute. «On est certes très loin de Muti, analyse Fabien Thouand, le premier hautbois de l'Orchestre de la Scala recruté il y a deux ans en pleine crise. «Il voulait beaucoup plus de piano. Harding met beaucoup de nuances et d'articulation.» «Il impose une conception très dynamique et a une lecture très musicale de l'oeuvre», surenchérit le trompette solo Francesco Tamiani. «On a tourné la page», ajoute Fabrizio Meloni, qui n'oublie pas les «dix-neuf merveilleuses années passées avec maestro Muti», mais qui estime à l'instar de ses compagnons de fosse que «la Scala est une maison que ses habitants rendent importante».

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マエストロにとっての母親

マエストロ・ムーティがスカラ座のオペラ上演に登場したばかりの、1983年と1986年のイタリアの雑誌の記事、インタビューを懐かしく読みました。12月の今頃になると、やはり、マエストロの前向きな抱負に満ちたインタビューや記事を読みたくなります。

1986年の記事は、マエストロが音楽監督になってはじめてのスカラ座開幕公演の頃のもので、マエストロがどのようにして指揮者になったかを追っています。インタビューは載っていませんが、ラベンナでの家族、あるいは夫人と一緒の写真が何枚かあり、1985年のフィラデルフィア管来日公演のことが想い出されました。
なお、マエストロがたどってきた道については、記事によって細かなところが異なることが時たまあります。

Domenica Corriere 誌 1986年12月20日号
Il maestro gli disse : "Muti, lascia perdere la musica"

記事の内容を以下、簡単に紹介します。

記事の当時はラベンナの家は緑に囲まれ、家の中にはペットがたくさんいました。オウムが3羽、ウサギが1羽、リスが2匹。犬はテリアで名前はバジリオ。(おそらく、3人のお子さんが15歳、13歳、7歳だったので、ペットがたくさんいたのでしょう。)

1941年7月28日にナポリで生まれ、モルフェッタで育ったのは、母親の選択によっています。子供が生まれそうなときには、モルフェッタからナポリに移動していました。後に、彼女は息子達にその選択の理由をこう説明しました。「世界を巡るようになって出身地を問われたときに、ナポリといえばそれで十分で、誰もがどんなイタリア人か理解する。」

ムーティ家はマエストロの音楽の適性を全く予想しないまま放っておきました。父親は医者で、音楽の知識はないけれども、音楽を愛していました。祖父はたいていのお年寄りのように、ヴェルディのいちばん有名なアリアを口笛で吹くことができました。《女心の歌》《乾杯の歌》《見よ、恐ろしい火を》を歌いながらでしたが、それくらいでした。医者であった父親は、文化一般として音楽をやるのはいいことだと思い、マエストロが8歳になったときに、ほかの遊び道具(マエストロがもっと楽しく思っただろうことは確実)のかわりに、バイオリンを贈りました。マエストロは弓をもって先生につきましたが、1ヶ月たっても少しも身を入れませんでした。失敗でした。先生は折れて、両親に無駄だといい、お子さんには音楽の素質がないと主張しました。父親は嘆き、「まあいい。音楽は減らそう。」といいましたが、母親はこう主張しました。「もう1ヶ月待とう。今はそうでなくとも、たぶん情熱が生まれてくるだろう。」こうして、マエストロは自分が音楽好きであったことを発見し、学び、バイオリンからピアノへと移り、15歳でバリの音楽院の入学試験に備えるまでになりました。

父親は息子を、自分と同じ仕事か弁護士か技術者にならせようと考え続けていました。マエストロは高校に通うと同時にピアノのプライベートレッスンにも通いました。試験委員会ではポロネーズ嬰ハ短調を弾き、満点をとりました。ニーノ・ロータはバカンスの後でマエストロに再会したとき、「あのポロネーズの生徒」というように思い出したそうで、絶対に音楽院に通うべきで、プライベートレッスンでは彼には不十分だ、と言いました。この言葉が両親を説得し、モルフェッタとバリの間の25キロメートルを往復させることになりました。当時は大変な移動距離でした。ここでまた母親の決断が登場します。「リッカルドがバリ音楽院に通わなくてはならないのなら、長時間の通学もやはり必要だ。」

長距離通学は1年続きました。一家が息子達の大学入りを認め、そのために母親の生まれ故郷であるナポリに移ったからです。ニーノ・ロータはしぶしぶ、この有望な生徒の去ることを認め、ナポリの知り合い、ヤコポ・ナポリに紹介状を書いてマエストロに託しました。ナポリの音楽院はもっと重要な音楽院で、マエストロはVincenzo Vitale にピアノ師事し続けました。そのときは音楽的な将来を決めるときにきていて、大学は哲学科を選択しましたが、休まず通うことがむつかしくなっていました。でも、まだ、将来がどんなものかわからない状態でした。

もちろん、指揮者になることは考えてもいませんでした。そして、あるできごとに遭遇したのです。1年目の終わりころ、生徒たちのオーケストラを指揮する者が誰もいませんでした。ヤコポ・ナポリはマエストロがピアノをシンフォニックに演奏することを重視し、マエストロをいきなり呼び、頼みました。「君がやってみればいいではないか。」突然の申し出に対して、若者特有の向こう見ずさでマエストロは承諾しました。とは言っても、何が起きるというのだろう。指揮が間違っていたら、ピアノに戻ればいいだけだ。先生達は手の動かし方、拍子の刻み方をマエストロに教え、必要なレッスンを手速く済ませ、マエストロを危機の中に送り込みました。けれども、その危機を最高にうまくくぐりぬけ、先生達はマエストロを称賛し、大声で言いました。「今日、新しい指揮者が誕生した。」

マエストロは19歳になっていて、自分の運命がどう続いていくか、わかっていました。すなわち、指揮者になる、でした。4年間の課程を1年でやりとげ、1年後ヤコポ・ナポリがミラノ音楽院へ学院長として招かれて移ることになったとき、マエストロにもついてくることを求めました。こうして、ミラノにやってきて、出費をおさえるためにテノールの学生と下宿部屋を共有しました。ミラノ音楽院ではアントニーノ・ヴォットーに師事しました。ここでも、10年かかる課程を5年でやってのけました。25歳、1966年のときに卒業証書を手にしたのです。

1968年にフィレンツェ市立歌劇場に招かれ、リヒテルと共演し、演奏会は素晴らしい成果をおさめ、27歳のマエストロに門は開かれ、フィレンツェ市立歌劇場のオーケストラは常任指揮者のポストを差し出しました。


以上が雑誌に書かれていた、マエストロの指揮者への道です。この記事は、他に、マエストロ・アッバード、シャイーの指揮者への道も短くとりあげていて、イタリア人指揮者の当時の目覚しい活躍ぶりを書いています。でも、結論での警鐘は今も同じようです。
マエストロの批判の言葉。イタリアは音楽院の数とそこで学ぶ生徒の数を非常に拡大したけれども、質は落ちている。
それに同意する当時28歳の指揮者Bruno Dal Bonの言葉。音楽院は過剰に多い指揮者を輩出しているけれども、指揮できるオーケストラの数が少なすぎて、育っていくことができない。

マエストロは母親を30代はじめに亡くしていますが、子供時代のマエストロについて、その後の人生を決める決断をいくつかくだしていることが、この記事には描かれています。マエストロの直感とも思える決断の速さ、正しさはこんなところにも遠因があるのだろうか、と思いました。

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sabato 3 dicembre 2005

ふたりはケルビーニ管の親代わり

先月11月に、クリスティーナさんはクレモナのポンキエリ歌劇場でベッリーニ《カプレーティとモンテッキ》を演出しました。その際に行われたインタビュー記事を、遅くなりましたが、紹介します。

クリスティーナさんが数年前、ひさしぶりに観客を前にして歌い、そのとき歌ったのが黒人霊歌あるいはゴスペルだったのを当時不思議に思っていましたが、若い頃にすでに興味を持っていたことをはじめて知りました。(ファンとして勉強不足でした。)
また、先日、マエストロ・ムーティがケルビーニ管について、歳のずっと若い子供を育てるような気持ち、父親のような気持ちでいる、と語っていましたが、クリスティーナさんも自分のことを母親がわりのように思っているそうで、ふたりは、ケルビーニ管にとって両親のようなものなのだなあ、とその真摯な姿勢と気持ちに感嘆しました。


2005年11月7日付 La Provincia 紙
L’intervista. Cremona, dal concerto del 1968 al Ponchielli alla passione per il teatro, fino al rapporto col marito Riccardo
«Mina è la Callas dell’altra musica»
Cristina Muti firma la regia de I Capuleti e i Montecchi La moglie del direttore d’orchestra ieri all’Hotel Impero


――シニョーラ・ムーティ、1968年にポンキエリ歌劇場であなたが開いたコンサートから始めましょうか。

覚えているのですか。

――私はとても幼かったので、無理でしょう。

では、どうやって知ったのですか。

――あなたの夫のおかげです。ミラノでDVDの発表会があったときに、クレモナでのあなたのこのリサイタルに興味をひかれたことを打ち明けてくれました。

私はとても若くて25歳で、リッカルドと婚約していました。二人ともミラノ音楽院で学んでいて、恋人たちに起こるようないろいろなできごとがありましたし、音楽についての意見をかわしあいながら、勉強していました。

――あの頃にしてはかなり特別なプログラムからなったコンサートでした。

非常によく覚えています。まず、シューベルト、シューマン、ブラームスの歌曲をいくつか歌い、有名な《ます》も歌いました。それから、黒人霊歌をいくつか歌いました。確かに、当時のはやりではありませんでしたが、自分で考えたプログラムでした。

――聴衆に受け入れられましたか。

歌詞を訳し、それを語ったり、歌ったりするのが好きでした。それはコンサートのやり方の新たな解釈でした。結果的には、そうやって自分の考案したことを聴衆に伝えたと思います。逆からみると、それは楽観的すぎるかもしれません。ラベンナ音楽祭でその後成功を収めることができたといっていいというような結論を出すときには、そうかもしれません。ラベンナ音楽祭で私は、イタリア語の展望という点からは、いくつかのやり方で言葉の新たな堕落を招きましたから。

――ポンキエリ歌劇場にはそのリサイタルに加えて、別の機会にも何度か出演していますね。

当時ミラノ音楽院院長だったヤコポ・ナポリのオペラの作品で歌っています。また、モンテヴェルディ記念年にも歌いました。

――モンテヴェルディも、1960年代終わりは確かに人気がある作曲家ではありませんでしたが...

音楽院では勉強しなかったような音楽に取り組むのが好きでした。つまり、バロック作品や、最初に言ったような歌曲のようなものすべてです。

――今ここには演出家としてきています。

当時は想像もしなかったことです。結婚後、歌をやめ、人生で別の選択をしました。けれども、ラベンナ音楽祭のおかげで、劇場の世界に戻ってきました。ポンキエリ歌劇場に戻ってくるのはいつも嬉しいことですし、それはこの劇場が非常に素晴らしいことが理由でもあります。

――あなたの夫は、ミーナの歌がふたりの婚約時代のBGMを務めたと断言しています。

そのとおりです。ミーナは別の音楽におけるカラスだと思っています。

――リッカルド・ムーティはスカラ座辞任という遺憾なできごとを克服しましたか。

私が言うのはちょっと好ましくありません。彼がクレモナを訪れたときにたずねてみてください。

――まさに。マエストロとケルビーニ管は、2006年5月12日にここでモンテヴェルディ音楽祭を開幕させます。

私たちふたりが関わっているオーケストラです。たまたまケルビーニ管がラベンナとピアチェンツァに本拠を構えているからというのではなく、私はちょっと彼らの母親がわりのような気持ちでいます。私も夫も、若い彼らを助けなければいけないと思っています。

――今年のラベンナ音楽祭について発表する場で、あなたは夫への愛情について公けに話すことですべての人を驚かせました。マエストロの反応はどうでしたか。

まず、叱られました。そして、ロマーニャ人はいつも人を驚かす、と言われました。

――チャーチルが言ったように、偉大な男の背後にはいつも偉大な女性がいるということですか。

答えられませんよ。

彼女が演出する《カプレーティとモンテッキ》の指揮者Mianitiが割って入ってきて言った。

でも、私はそのとおりだと思います。シニョーラ・ムーティに関しては全くそのとおりだと、どうか書いてください。

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venerdì 2 dicembre 2005

《イドメネオ》を選んだ理由

7日にスカラ座開幕公演を振るハーディングの言葉が、今日のイタリアの新聞各紙に載っています。
音楽の友誌のインタビューを読んだときにもそう思いましたが、頭の回転がとても速そうです。

今日のイタリアの新聞によれば、予想されたとおりマエストロ・ムーティについていくつか質問を受けていました。スカラ座で起きたことや、当初の開幕演目だった《コシ・ファン・トゥッテ》ではなく《イドメネオ》を選んだことについて、こんなふうに語っています。

スカラ座で起こったことについては新聞記事を読んだけれども、書かれたことを必ずしも常に信頼していいわけではない。何が起きたかは外からではわかりにくい。けれども、誰も好き好んでそこに関わったのではないと思う。最高のオペラ《コシ・ファン・トゥッテ》はムーティが望んでいたものだ。だから、そのタイトルを変えて《イドメネオ》を選ぶことが、いっそう敬意を表明することになると考えた。

2005年12月2日付 Corriere della Sera 紙
Scala, il giovane direttore spiega perché condurrà l’opera mozartiana
Harding: ho scelto «Idomeneo» per rispettare il maestro Muti
«Dall’esterno è difficile capire cosa è successo» Atteso alla «prima» il presidente Ciampi


Che idea si è fatto della Scala dopo gli ultimi avvenimenti? «Ho letto qualcosa sui giornali e penso che non bisogna sempre credere a quello che scrivono». Ma, maestro, per Milano l'addio di Muti è stato traumatico. Che ne pensa? «Dall'esterno è difficile capire che cosa è successo, ma credo che nessuno comunque ne abbia tratto piacere». Perché ha scelto Idomeneo e non Così fan tutte come era previsto? «Quest'ultima era l'opera voluta da Muti. Ho pensato più rispettoso un cambiamento di titolo».

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ウィーン・フィルとモーツァルト

サラサーテ誌最新号がウィーン・フィルをとりあげているのを、ブログ《K&Kの生活》で知りました。どうもありがとうございました。

http://kwien.exblog.jp/


ヴァイオリンとチェロの首席対談で「ウィーン・フィルとモーツァルト」が話題になっていて、アーノンクールとマエストロ・ムーティが両雄のようにとりあげられているのを、とても面白く読みました。モーツァルトを歌う歌手たちの中にも、そう発言する人がいます。来年1月のモーツァルト週間にその両者が一日で聴けるというのは、本当に素晴らしいことだとあらためて思いました。

コンサートマスターのヒンクの言葉を嬉しく読みました。

ヒンク: 原典版は良いことではあるが、結局、確たるモーツァルト・スタイルを持っていない若いプレーヤーたちを不安な状況に陥れた。「自分たちの弾き方というものはこうあるべき」というものが確信を持てなくなったのさ。そこへ、シャンドール・ヴェーグやムーティが現れたんです。

ドレシャル: 彼らによってある意味、安心できるモーツァルトを演奏できるようになったね。

ヒンク: 実際にムーティのモーツァルトは、ザルツブルクや、アン・デア・ウィーン劇場、それから国立歌劇場でも絶賛されているよ。

サラサーテ誌 ’05~’06冬号
ウィーン・フィル ヴァイオリン・チェロ首席対談ヒンク&ドレシャル
「ウィーン・フィル響きの伝統」


同誌ではウィーンの街も特集していて、ウィーンでは必ず訪れる音楽書店、ディスク店が全部紹介されていました。というよりも、ケルントナー通り近辺にはこれらしかないのでしょう。短い短い滞在では、これに書店を加えれば、わたしの場合もう時間は目いっぱいです。

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18日のクリスマス・コンサート

昨日は、18日にイタリア上院で行われるマエストロ・ムーティとケルビーニ管のクリスマス・コンサートの記事が、たくさん出ました。

いくつか共通の誤りらしい記述もありました。プレス向けの資料のせいでしょうか。
18日はマエストロ・ムーティは、12時からローマでクリスマス・コンサート、19時からはウィーンで《フィガロの結婚》を振ります。《フィガロ》ではなく、《魔笛》としている記事がいくつかありました。
また、上院のクリスマス・コンサートには、昨年はマエストロ・アッバードが出演したという記事がいくつかありました。記憶では、昨年はフリットリが中国のオーケストラと出演するというので話題になり、また、上院のアーカイヴズでもそうなっています。調べてみます。

マエストロの昨日の記者会見での発言をほぼ忠実に掲載していたのは、例によって、il Mattino 紙でした。追って紹介します。

2005年12月1日付 il Mattino 紙
Muti in Senato «La cultura tesoro d’Italia»
Il maestro con la Cherubini su Raiuno il 18 dicembre «Segnale importante la musica in una sede istituzionale»


ピアチェンツァの新聞には、当日のプログラムを選んだ理由が載っていました。

2005年12月1日付 Liberta' 紙
Il maestro e il presente Pera hanno presentato il concerto del 18 dicembre (diretta su Raiuno)
Muti: io e la Cherubini al Senato...
«Se fossi immortale sarei sempre con quest'orchestra»


Quanto al programma, Muti ha motivato la scelta di Schubert (Rosamunda regina di Cipro e Sinfonia n. 8 in Si minore) e di Verdi (la Sinfonia della Giovanna d'Arco), dicendo che il primo compositore rappresenta al più alto livello la sensibilità europea e la voce universale dell'arte viennese; e Verdi rappresenta lo spirito nazionale italiano, oltre a essere stato a suo tempo un membro del Senato d'Italia.

マエストロによれば、シューベルトはヨーロッパの感性とウィーン文化の普遍性について最高のものを代表しているし、ヴェルディはイタリアの魂を体現している、何よりも、彼は当時上院のメンバーだった、というのが選択理由だそうです。

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giovedì 1 dicembre 2005

クラシカ・ジャパンでサリエリ放映

クラシカ・ジャパンのサイトによれば、サリエリ《見出されたエウローパ》が放映されるそうです。
以下は同サイトの番組紹介抜粋です。

サリエリ:歌劇『見出されたエウローパ』
●2006年1月9日(月・祝)21:00
1778年のスカラ座柿落としで上演され、今回改修工事を終えた新スカラ座の柿落としともなった、昨年12月の2004~05年シーズン開幕公演。古代フェニキアを舞台に、クレタ王アステリオと彼に誘拐され妻になったエウローパ、彼女を今も愛するイッセオ、そのイッセオに想いを寄せるセメレ、そして虎視眈々と王座を狙うセメレの夫エジストの愛憎劇。エジスト以外主要人物は全て女性が演じ、今人気急上昇の4人の若手女声歌手、ダムラウ、ランカトーレ、キューマイヤー、バルチェッローナが次々と超絶技巧を披露し、絶賛されました。人気テノール、サッバティーニが悪役を演じているところにも注目。世界的ダンサー、フェリとボッレも出演。演出はロンコーニ、新スカラ座の最新舞台機構を駆使した装置はピッツィ。ムーティにとって最後の開幕となった話題の舞台を日本初放送。

[出演]ディアナ・ダムラウ(エウローパ)ゲニア・キューマイヤー(アステリオ)デジレ・ランカトーレ(セメレ)ダニエラ・バルチェッローナ(イッセオ)ジュゼッペ・サッバティーニ(エジスト)アレッサンドロ・ルッジェーロ(アステリオとエウローパの息子)アレッサンドラ・フェリ、ロベルト・ボッレ(バレエ・ダンサー).ミラノ・スカラ座バレエ団
[演出]ルカ・ロンコーニ
[装置&衣裳]ピエル・ルイージ・ピッツィ
[振付]ハインツ・シュペルリ
[指揮]リッカルド・ムーティ
[演奏]ミラノ・スカラ座管弦楽団及び同合唱団
[収録]2004年12月ミラノ・スカラ座

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上院のサイトのニュース

昨日、上院で行われるクリスマス・コンサートについての記者会見がありましたが、そのニュースと写真が上院のサイトに載っています。
上院長がマエストロ・ムーティのことをイタリアの栄光だと話していました。インターネット中継があるといいのですが...。

2005年11月30日 Senato della Repubblica, Attualita'
Il Presidente Pera e il Maestro Muti presentano il Concerto di Natale

http://www.senato.it/notizie/8766/41835/67531/73152/73538/gennotizianew.htm

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もっと文化に財源を!

マエストロ・ムーティはことあるごとに文化の大切さを訴えてきていますが、昨日行われた記者会見(上院で行われるクリスマス・コンサートについてのもの)でも鋭いアピールを行いました。FUS削減の中、政治の場で行われるクリスマス・コンサートは、他の意味合いももったものになりそうです。

チャンピ大統領のアピールに賛同を表明しているのは一昨日のフィレンツェでのスピーチと同様です。
マエストロはこんなふうに語ったそうです。

私はこれまで政府の予算、財源についてこれほど舌鋒鋭く要求したことはない。けれども、自分には南イタリア出身特有の断固さがあるから言う。かねがね政治家のほうがとにかくコンサート会場に足を運んでみるのがいちばんいいと考えてきていた。でも、今回は招きに応じる。このケルビーニ管のような将来も才能もある若い音楽家達が、財源のなさから切捨てられているような状態があるからだ。一国の大統領が自国の文化について振り返って言及するということは、危険信号だということである。イタリアでは文化の意義が失われてしまった。けれども、それはイタリアの歴史の重要性とアイデンティティを否定することである。政府予算で音楽院をいくつ作ろうが、そこの卒業生が仕事をしようとするプロのオーケストラが解体されているような状況では、何の意味もない。ケルビーニ管がクリスマスに上院で演奏することには、彼らのこんなの不安、問いかけの意味もある。すなわち、我々はどうなっていくのだろう?


(朝で時間がなくて逐語訳にならず、申しわけありません。今日の新聞に詳しく載ったら、夜にまた紹介します。)

2005年11月30日 AGI
CULTURA: RICCARDO MUTI, FORTE E SERIO L'APPELLO DI CIAMPI
(AGI) - Roma, 30 nov. - Un intervento "politically non correct", annunciato e rispettato. Riccardo Muti dirigera' a mezzogiorno di domenica 18 dicembre il tradizionale concerto di Natale nell'aula del Senato e stamani, con il presidente Marcello Pera, ha presentato alla stampa la manifestazione. Riccardo Muti ha anche colto l'occasione per denunciare lo stato di semiagonia della cultura nel nostro paese e levare un plauso all'appello recentemente lanciato dal Presidente della Repubblica.
"Sono sempre stato un po' refrattario agli inviti perche' ho sempre pensato, nella mia prosopopea meridionale che, a parte la beneficenza, fosse piu' giusto che i senatori venissero ai concerti e non viceversa. Ma, stavolta, ho ritenuto che - ha detto Riccardo Muti - fosse giusto accettare perche' avevo l'occasione di portare giovani musicisti, quelli dell'orchestra Cherubini, freschi di diploma, con un avvenire incerto a causa della situazione della cultura italiana che ha provocato un recente, forte e chiaro appello del Presidente Ciampi. Un fatto che giudico molto serio. Quando si arriva a rendere necessario - ha sottolineato Muti - un appello del Capo dello Stato a favore della cultura italiana, vuol dire che si sono passati i limiti e l'acqua ha superato la diga. La cultura e' oggi quasi svuotata di significato ma non e' un problema di oggi, esiste da quando avevo sette anni, ma disconoscere la nostra dorsale cultura significa disconoscere la nostra storia e la nostra identita'. Allora in un paese dove sono stati decuplicati i conservatori ed e' stato drasticamente ridotto il numero delle orchestre i giovani musicisti che dirigero' e che vengono da quasi tutte le regioni d'Italia porteranno anche una domanda inquietante: 'cosa sara' di noi in futuro?'" -

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上院でのクリスマス・コンサート

昨日記者会見があり、12月18日のイタリア議会上院での伝統のクリスマス・コンサートについての発表がありました。
マエストロ・ムーティとケルビーニ管が同日12時から上院でコンサートを行い、RAI UNO で放映される予定です。曲目はシューベルトのロザムンデ序曲と未完成交響曲、ヴェルディのジョバンナ・ダルコ序曲です。

2005年11月30日17:07 ANSA通信
Muti per Concerto Natale in Senato

2005年11月30日14:03 Apcom
SENATO/ CONCERTO DI NATALE IL 18 DICEMBRE CON RICCARDO MUTI
Suona orchestra Cherubini, in diretta su Rai 1

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