« luglio 2005 | Principale | settembre 2005 »

60 post da agosto 2005

mercoledì 31 agosto 2005

ザルツブルクでのモーツァルト上演のDVD化

ザルツブルク音楽祭が終わり、メディアに総括が載り始めています。クリーア紙に載った音楽祭総裁 Ruzicka の発言によれば、来年同音楽祭で上演される22のモーツァルトのオペラはすべてDVD化されるそうです(そして、生誕300周年の2056年までメルクマールになる、と笑いながらコメント。苦笑してしまいました)。
マエストロ・ムーティの《魔笛》の映像化は来年まで待たなければならないのでしょうか。待ち遠しいです。

2005年8月31日付 Kurier 紙
"Höllenangst" ist unberechtigt

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 30 agosto 2005

フィルハーモニア管との1980年のツアー

27日のザルツブルクの新聞でマエストロ・ムーティは、カラヤンからザルツブルク音楽祭での《コシ・ファン・トゥッテ》上演依頼の電話を、合衆国のツアー中に受けた、と語っていますが、それは、フィルハーモニア管との北米ツアー中のローリーでのことのようです。1980年10月に2週間にわたって11公演行っています。掉尾を飾るカーネギーホール公演では聴衆を魅了し、マエストロもアンコール曲を演奏しています。

フィルハーモニア管から入手した資料によれば、1980年10月のツアーは次のとおりです。
1日   ボストン―A
2日   バーリントン―A
3日   オタワ―B
4日   オタワ―B
5日   クリーブランド―A
7日   シカゴ―C
8日   ローリー―D
9日   ローリー―D
11日  ワシントン―A
12日  ニューヨーク―A
13日  ニューヨーク―D
     アンコール―ヴェルディ:《ジャンヌ・ダルク》序曲

プログラム
A モーツァルト:交響曲第41番
  シューベルト:交響曲《グレイト》
B チャイコフスキー:ロメオとジュリエット
  ストラビンスキー:火の鳥
  プロコフィエフ:交響曲第3番
C モーツァルト:交響曲第41番
  プロコフィエフ:交響曲第3番
D ベートーベン:交響曲第7番
  プロコフィエフ:交響曲第3番

Philharmonia Orchestra
Stephen J. Pettitt
Robert Hale, London

| | Commenti (2) | TrackBack (0)

lunedì 29 agosto 2005

カラヤン、モーツァルト SN(1)

27日のザルツブルクの新聞に載ったマエストロ・ムーティのインタビューを紹介します。

2005年8月27日付 Salzburger Nachrichten 紙
Der Michelangelo des Taktstocks

人気指揮者リッカルド・ムーティが10年の後、再びオペラ指揮者としてザルツブルク音楽祭に戻ってきた。そして、モーツァルト、ヘルベルト・フォン・カラヤンについての思い出、ウィーン・フィルとの深いつながりについて話した。

モーツァルトの《魔笛》でもってリッカルド・ムーティは、オペラ指揮者としての新たな就任披露をザルツブルクで行った。モルティエ時代の1995年に《椿姫》の上演が失敗してから、ムーティはザルツブルクではもはやオペラを指揮しなくなっていた。2006年にもザルツブルク音楽祭でこの《魔笛》を指揮する予定だ。ちょうど今日、2006年1月27日まであと5ヶ月になるが、ムーティとウィーン・フィルはその日、モーツァルト記念年が最高潮に達する日に祝祭大劇場で再びあいまみえ、ザルツブルク生まれの天才の生誕250周年を祝うコンサートを行う。

リッカルド・ムーティは、今年3月にミラノでの数ヶ月間の混乱の後タオルを投げ入れ、彼のミラノ・スカラ座辞任が明らかされた。ナポリ出身のマエストロは自分を「運命論者」と呼んでいるが、今音楽に完全に没頭していて、その一方では、「素晴らしく名誉ある申し出を世界中から」受けている。彼は2007年から、1年のうち1ヶ月をニューヨーク・フィルのために費やす。ザルツブルク音楽祭のシェフに就任するJürgen Flimm との会談は、2007年からのザルツブルクにおけるリッカルド・ムーティの強い存在について、望みを抱かせてくれる。彼は、「私は自由です。」と明らかにしている。アニフの邸宅での対談では寛いでいて、対談の間中足元にゆったりとひざまずく愛犬Pagiを撫でてていた。

正真正銘のモーツァルト指揮者と評されているマエストロ・ムーティ、あなたはモーツァルトの《魔笛》の新演出で10年後に、オペラ指揮者としてザルツブルク音楽祭に成功裡に帰還しました。新しいスタートだと思いますか。

Muti: ええ、私のザルツブルク音楽祭でのオペラデビューは、1971年のドニゼッティ《ドン・パスクワーレ》の成功ででした。今やちょうど35年になります!ザルツブルクにモーツァルトの《魔笛》で戻ることは私には深い感動です。というのは、ここは私にとって、モーツァルトが生き、仕事をしたところで、すべてがモーツァルトについて語っているところだからです。さらに特に意義深いのが、ウィーン・フィルを指揮することであり、このオーケストラの響きの中には、モーツァルトの世界のまぎれもない真実が息づいています。ウィーン・フィルは世界のどのオーケストラよりもうまく、モーツァルトの音の世界を表現することができると思います。そして、このヨーロッパの文化財としての「宝物」は、そのことによって支柱そのものとなり、守られなければならないのです。

ヘルベルト・フォン・カラヤンはモーツァルト指揮者としてのあなたの歩みに影響を与えましたか。

Muti: 1979~1980年のシーズンに合衆国でツアーをしていました。North Carolina でのコンサートの後、電話が鳴り、意志の強い声がこう言いました。「カラヤンです。このオペラをザルツブルクであなたに指揮してもらいたいのですが。ただちにイエスかノーかの答えが必要です。」私は承諾しました。《コシ・ファン・トゥッテ》は1982年に大成功を収め、モーツァルト指揮者としての私の道が新しく刻まれたのです。それは、ザルツブルク音楽祭の1年前にフィレンツェでFrancesco Siciliani によって始まり、彼は私にはじめて《フィガロの結婚》を上演させたのでした。カラヤンは最後に彼の《ドン・ジョバンニ》を私にゆだねました。

あなたにとって現代風の演出の問題点はどこにありますか。

Muti: 指揮者はしばしば演出家と衝突します。モーツァルトやヴェルディ、ワーグナーのような作曲家の作品に「内在する」、「音楽にのっとった演出」からあまりに遠くかけ離れているからです。

モーツァルトのオペラに関しては特にどういう意義がありますか。

Muti: モーツァルトは私にとって、いつもあらゆる作曲家の中でいちばん現代的です。なぜなら、他の作曲家は英雄が他の人に語るのに対して、モーツァルトは人が人に話します。とりわけ、ダ・ポンテ・オペラの登場人物は、我々のもつあらゆる誤りや問題によって我々自身を表現するというような、そういう筋立てを見せてくれます。

偉大な神のごときモーツァルトですが、彼は決して判決を下さず、人々に対して人差し指を突きつけるようなこともしません。そうではなく、評価をくだすことなくただ人々について話すだけです。モーツァルトが偉大なのは、「神が投影されたものとしての人間」を表現しながら、他の作曲家がしたようそれを理想化していないところです。モーツァルトはその音楽を神の言葉のように使い、我々について語っているのです。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

domenica 28 agosto 2005

9月24日のコンサート

ケルビーニ管とマエストロ・ムーティのコンサートはまだ曲目が発表されていません。マルタ公演同様、チケット代の設定が話題にのぼっています。

http://www.traniweb.it/trani/eventi/2604.html

今年の夏はマエストロはずっとザルツブルクで演奏していました。愛犬と一緒にゆっくりと寛げたことでしょう。秋のシーズンに向けて、おからだを大切に。

(わたしはさすがに夏の疲れが出ました)

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 27 agosto 2005

ザルツブルクの新聞のインタビュー

ザルツブルク音楽祭も今年のマエストロ・ムーティの同音楽祭での演奏も終わりに近づきました。アニフの別荘で行われたマエストロ・ムーティへのインタビューが、今日のザルツブルクの新聞に載っています。これまでにも語られていたことがほとんどですが、こうやって、イタリア語の新聞ではなく、ドイツ語の新聞に記事やインタビューが掲載されることがますます増えていくのだろうなあ、と思いました。
追って、内容を紹介します。

2005年8月27日付 Salzburger Nachrichten 紙
Der Michelangelo des Taktstocks

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

《魔笛》(2)

Musical America のサイトに載ったマエストロ・ムーティの《魔笛》評の続きです。

2005年8月19日 Musical America
Salzburg "Flute" Marks Muti Homecoming


少なくともヴィックは出演者たちが自然に演技するままにさせているし、ザルツブルク音楽祭にはそうするような素晴らしい出演者たちがいる。Michael Schadeの非常に美しいテノールは彼を理想的なタミーノにしているし、柔らかく歌えることを誇示しがちなところが、しばしば表現のしどころを強調していた。魅力的でやや冷たい感じのソプラノで若いザルツブルク生まれのGenia Kühmeier は、ドイツ語オペラのソプラノの、尊ぶべき伝統を実行していたが、彼女なら、パミーナをもっと陰影に富んだものにできただろう。ほとんどの夜の女王がそうであるように、Anna-Kristiina Kaappola はその高音域の完全な安定度と魅力から選ばれたように見える(おそらく、外見のよさもあるだろう)。Markus Werba は魅力あるパパゲーノで、声の重さもちょうどいい。メトロポリタン・オペラでRené Pape はモノスタトス(ザルツブルクではFranz Grundheber)を歌っているが、ザルツブルクでは何年もザラストロを歌っていたし、今回もすぐれたものを見せている。

ムーティの指揮がさらにたくさんのものを生じさせている。序曲の主題部からテンポは快速で、そのおかげで緊張感が保たれ、劇的なものが充満した解釈になっている。しかし、彼の拍子の刻み方は決して不動ではなく、パミーナのアリア「ああわが幸せは」におけるムーティの、繊細だけれども推進力のあるサポートがそれを証明している。

Continua a leggere "《魔笛》(2)"

| | Commenti (2) | TrackBack (1)

venerdì 26 agosto 2005

《魔笛》(1)

合衆国の音楽サイトに載った、マエストロ・ムーティのザルツブルク音楽祭の《魔笛》の評を紹介します。

2005年8月19日付 Musical America
Salzburg "Flute" Marks Muti Homecoming


(前略)
おそらく、《ピーター・パン》の冒頭(あるいは、《オズの魔法使い》の終わりの部分)にならって、ヴィックは最初の場面をタミーノの寝室に設定した。思春期の青年の典型的なこじんまりとした部屋で、魚の水槽と運動器具がある。タミーノがまず、自分のベッドをはうヘビと格闘しているのが見える。彼の救助者たちである夜の女王の三人の侍女たちは、部屋の壁紙と同じ模様をした生地でできているドレスを着て登場する。誰もがその場所の持ち主であるかのように出入りし、パパゲーノが同じように型通りに登場する。夜の女王は素晴らしいブロンドで、やはりタミーノのベッドの中に現われ、そのアリアの間、彼を誘惑する。このようなガールフレンドがいるのならば、誰が彼女の娘を気にしようか。タミーノは娘を救う任務を負わされるのだが(タミーノの興味をかきたてるパミーナの写真は標準サイズのポスターで、彼はドアにきちんとかけている)。

オペラはタミーノの夢だとみなされているのだろうか。そうだとしたら、そのような前提では、ヴィックのほとんどのアイデアがそうであるように、どこへも到達しない。Paul Brownのセットは(彼は現代風のドレスの衣装もデザインした)とても閉所恐怖症的に縮こまっていて、Grosses Festspielhausの巨大なステージ上に後ほど十分に展開しきるのが待ちきれない。ザラストロ世界の最初の出現はひまわり畑のように見えるが、後に我々は、彼の同志が老人クラブの年老いた偏屈者たちの一群であることを知る。ザラストロが「この会合は我々の時代で最も大切なもののひとつです。」と宣言するとき、その演説の聴取者たちは新聞を下に置くだけの力さえほとんどない(幸いなことに、ザルツブルクの聴衆は合衆国のそれとは異なり、特大の見出しをみて笑う習慣はない)。このみすぼらしい環境でMatthew Richardsonによる薄暗い照明の中、第二幕のすべての絶望的な場面が演じられなければならないのである。そこには火と水の試練があって、ロシアン・ルーレットのゲームになっている。

Continua a leggere "《魔笛》(1)"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 25 agosto 2005

テレコム・イタリアのサイト

テレコム・イタリアのサイトが整備され、ラベンナ音楽祭のLe Vie dell'Amicizia に関する新聞記事、記者会見や演奏会の写真などが整理されて載っています。2005年の記者会見でのマエストロ・ムーティたちの写真はすでに公表済みのものです。

http://www.telecomprogettoitalia.it/cgi-bin/portali/progettoitalia/iniziativa.do?initiativeKey=Le%20vie%20dell'amicizia

http://www.telecomprogettoitalia.it/cgi-bin/portali/progettoitalia/contenuto.do?initiativeKey=Le%20vie%20dell'amicizia&contentKey=leviedellamicizia

| | Commenti (2) | TrackBack (0)

mercoledì 24 agosto 2005

ウィーン国立歌劇場の再建50年を振りかえる

ウィーン国立歌劇場の戦後再建50年をふりかえる本が、11月にオーストリアで出版されます。出版社やウェッブ書店のサイトからでは本の詳細がまだ不明ですが、マエストロ・ムーティの上演についても記述があるといいのですが。

http://www.kremayr-scheriau.at/index.php?p=buecher.php&buch=162&typ=2

Mazakarini, Prof. Leo
Die Wiener Staatsoper
50 Jahre - unser Leben

352 Seiten, Format 21 x 29,7 cm, durchgehend vierfarbig illustriert, Efalin, Schutzumschlag
Ladenpreis: € (A,D) 39,00; SFr 66,00
Erscheinungstermin: November 2005
ISBN: 3-218-00760-7
Im Verlag Kremayr & Scheriau

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 23 agosto 2005

クリスティーナさんの演出

クリスティーナさんはラベンナ音楽祭で、2001年にベッリーニ《カプレーティとモンテッキ》、2003年にヴェルディ《トロバトーレ》を演出しましたが、来シーズン(2005年10月~12月)、ロンバルディアの歌劇場を巡って(coproduzione dei Teatri del Circuito Lirico Lombardo: A. Ponchielli di Cremona, Grande di Brescia, Sociale di Como, Fraschini di Pavia e dei Teatro Alighieri di Ravenna e del Giglio di Lucca)上演される《カプレーティとモンテッキ》を演出することになりました。新聞で数ヶ月前に報道済みですが、上演の詳細が発表になりました。いつか、マエストロ・ムーティと一緒にオペラを上演するのでしょうか。

2005年8月23日 La Provincia 紙
«Capuleti e Montecchi»: prima nazionale a Como

イタリア版ヴァニティ・フェア誌4月7日号掲載のインタビューで、クリスティーナさんは、スカラ座で渦中にあったマエストロについて、音楽を続ける気力があるかどうかわからない、と発言していましたが、さらにそこでは、自分のこれまでの人生を振り返っています。その中でオペラを演出したことにも触れていました。

―人生の今このときをどのように感じていますか。
最高です。今時が止まればいいのに、と思います。結婚式のときのことも50歳のときのことも、二度と再び話題にしませんでした。けれども、60歳になって、やっと自分のいどころを見つけました。最近は、演出家として表面に出る決意もしました。二つの作品の上演に自分の名前を記しています。ベッリーニの《カプレーティとモンテッキ》とヴェルディの《トロバトーレ》です。

VANITY FAIR 誌 2005年4月7日号
Ora che sei solo anche tu

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

lunedì 22 agosto 2005

パッパーノの誘い

昨日のイタリアの新聞にパッパーノのインタビューが載っていました。
10月からローマのSanta Ceciliaの音楽監督になる彼ですが、マエストロ・ムーティの登場は歓迎で、門はいつも開かれている、と語っています。
コベントガーデンでマエストロが《運命の力》の上演を降りたときに、音楽監督のパッパーノが代わって指揮し、そのために合衆国のオーケストラ(シカゴ響)への自分の客演もキャンセルしていました。当時、グレイトブリテンのいくつかの新聞はパッパーノに非常に好意的な記事を書くことで、マエストロを一層批判していましたが、何にせよ、パッパーノはSanta Ceciliaではマエストロを歓迎するようです。

2005年8月21日付 Avvenire 紙
ANTONIO PAPPANO
Intervista al musicista italo-inglese in questi giorni protagonista al Tuscan Sun Festival di Cortona
«Aspetto Muti a Santa Cecilia»

Lei a Santa Cecilia, dove da ottobre sarà direttore musicale, inviterebbe Muti?
«Il maestro è sempre il benvenuto. Sono anni che manca per motivi che non conosco e nemmeno voglio conoscere. Per lui la porta è sempre aperta».

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

オリジナル楽器の使用について SZ(3)

南ドイツ新聞に載ったマエストロ・ムーティのインタビューの中で、記事のタイトルにもなっている、オリジナル楽器の使用や作曲された当時の響きを追求することについての考えを、興味深く読みました。マエストロの言うアプリオリとは、古楽器による演奏は作曲当時の音を再現するという意味において反証のできないほど、歴史的に正しい演奏、という意味でしょうか。
アーノンクールとのいきさつには興味があります。いずれ、イタリアの新聞の過去記事を読まなければ、と思います。

2005年7月30日付 Sueddeutsche Zeitung 紙
Ich bin kein Fundamentalist


SZ: いわゆる、作曲された当時の響き、オリジナル楽器に取り組んだことはありますか。

Muti: 私は原理主義者ではありません。全然違います。作曲された当時の響きについてや、楽譜の版や校訂の文献的研究についての音楽界での運動には、歴史上のある時期とオリジナル楽器による演奏の美的価値に注意を向けさせたという、大きな功績があります。かつては、モーツァルトをブラームスの重さをもって演奏し、ベートーベンをワーグナーの重さをもって演奏し、ヘンデルをチャイコフスキー風に演奏していました。我々も、ベートーベンをウィーン・フィルやベルリン・フィルといった伝統的なオーケストラと演奏し、それで作曲家のスタイルに敏感な耳を持つようになりました。それについて、我々はアーノンクールのような人々に感謝しています。しかし、過去の歴史に戻る運動の危険性は表現の制限と同意義だといえます。私は、アプリオリな概念にはやはり反対です。そういうような考えにはもはや同意できません。

Continua a leggere "オリジナル楽器の使用について SZ(3)"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

domenica 21 agosto 2005

ボローニャ駅爆弾事件

今年は1980年8月2日にボローニャ駅で爆弾事件が起きてから25年にあたります。チャンピ大統領も追悼のメッセージを述べていました。
マエストロ・ムーティが1980年にアレーナ音楽祭で犠牲者の追悼コンサートを行ったことは、当時、日本の音楽雑誌の海外通信欄でも報じられていました。どのようなコンサートだったのか、ずっと気にかかっていましたが、10年ほど前にプライベート版のヴィデオを入手し、やっとその特別な雰囲気に触れることができました。
19日のヴェローナの新聞がそのときの様子を載せているので、紹介します。
なお、犠牲者への追悼から作曲のコンクールConcorso Internazionale di Composizione “2 Agosto”が設立されていて、マエストロも関わっていたことがあります。


2005年8月19日付 L'Arena 紙
DAL PALCO DELL’ARENA... L’eccezionale coda alla stagione 1980
Un’ovazione lunga 25 minuti per Muti e il «suo» Requiem

1980年のアレーナは特別なプログラムで終わっている。8月7日はリッカルド・ムーティが文字通り素晴らしいヴェルディのレクイエムを演奏した(彼の唯一のアレーナへの出演だ)。(略)
レクイエムの演奏はおそらく、国をあげての悲しみの行事になることが予想されていた。8月2日にボローニャ駅で起きた爆弾事件である。その惨劇がこのレクイエムに別の意義をつめこんだ。音楽祭総裁 Cappelli はすでにこの演奏会を「世界中の飢餓と暴力のあらゆる犠牲者」に捧げていた。しかし、その晩は、当然、ボローニャの犠牲者に捧げられることになり、アレーナ音楽祭の聴衆は深く心を揺り動かされる気持ちを共有しあった。本紙は、喪に服している犠牲者の家族のために売り上げを委託するよう提案した。ムーティの指揮は満員の円形劇場に広がり、誰もが最後まで静かに聴き入り、終わりを誰も予想しなかった。
演奏が終わり、指揮者と演奏家たちは25分以上途切れることなく続く、終わることのない喝采を浴びた。ムーティとソプラノ Montserrat Caballé 、メゾソプラノ Brigitte Fassbaender、テノール Veriano Luchetti、バス Ruggero Raimondi 、アレーナの合唱指揮者 Corrado Mirandola は9回、称賛の舞台に呼び戻された。
このレクイエムはこうして、あの時にふさわしかった唯一の音楽としての声になった。他のどの音楽も、当時の悲しみをうまく歌い、人々の憤りを叫び、人を介してイタリアの広範囲の人々にまかれた、この惨事についての憎しみを高みで泣き叫ぶことはできなかっただろう。レクイエムは死と人間の運命についての瞑想でも成り立っている。ヴェルディが《ナブッコ》から導いた瞑想はこの非凡なミサに行き着くが、そこでは「信仰があって迷いのある」人間が、彼の心の中のあらゆる落ち着かない世界を表現していた。ムーティは、作品に特別な世俗性を特に与えながら、壮大な明快さと劇的なアクセントをもって作品をとらえていた。アレーナの合唱団とオーケストラは指揮者に導かれ、限界を超越し、少なくともなみはずれた成功だった。この演奏会はRAI TREのユーロヴィジョンによる中継でも確認された。退出時にListonでムーティは、再び心のこもった喝采を受け、すべての人々が立ち上がって彼が通るのを見送った。

Continua a leggere "ボローニャ駅爆弾事件"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

イタリアに魅了された芸術家

ヴェネーツィアと芸術家たち
山下史路
文春新書 700円 2005年8月19日

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 20 agosto 2005

ウィーン・フィル公演の放送

9月17日のマエストロ・ムーティのウィーン・フィル公演が、インターネットで放送されます。曲目は来日公演と同じもの。演奏会には行けなくても、このように聴けて幸せです。

OE1 ORF 2005年9月18日11時3分(日本時間18時3分)
Wiener Philharmoniker
Peter Schmidl, Klarinette

Franz Schubert: Ouvertüre zu "Rosamunde, Fürstin von Zypern", D 797
Wolfgang Amadeus Mozart: Konzert für Klarinette und Orchester A-Dur, KV 622
F. Schubert: Symphonie Nr. 4, c-Moll, D 417, "Tragische"
Richard Strauss: Tod und Verklärung, Tondichtung für großes Orchester, op. 24

(Aufgenommen am 17. September im Großen Musikvereinssaal in Wien)

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

venerdì 19 agosto 2005

The Platinum Collection の写真

スカラ座ブックストアが8月は夏休みで、今頃やっと、マエストロ・ムーティの総集編CDを入手できました。
ブックレットでは、イタリアの音楽ジャーナリストがマエストロの様々なインタビューを引用しながら、そのキャリアを述べています。
写真もいろいろ載っていて、どれもどこかで観たことのあるものばかりですが、懐かしく見ました。

RICCARDO MUTI
The Platinum Collection

EMI MUSIC ITALY

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

クラシカ・ジャパン

9月はミラノ・スカラ座特集です。
マエストロ・ムーティのコンサートがまた観られます。

2005年9月4日21時
ミラノ・スカラ座のクリスマス・コンサート 2000

2005年9月11日21時
ミラノ・スカラ座のクリスマス・コンサート 2001

2005年9月18日21時
ミラノ・スカラ座のクリスマス・コンサート 2002

2005年9月25日21時
ムーティ・イン・モスクワ「第九」

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 18 agosto 2005

東京のオペラの森2006のチケット発売詳細

マエストロ・ムーティが来年出演する東京のオペラの森のチケット発売の詳細が、今日発表になりました。

ヴェルディ: レクイエム
2006年4月 6日 (木) 19:00 東京文化会館 大ホール
2006年4月 8日 (土) *時間・会場 調整中

S:\25,000 A:\22,000 B:\19,000 C:\15,000 D:\8,000 (税込)


指揮: リッカルド・ムーティ
ソプラノ: バルバラ・フリットリ
メゾ・ソプラノ: (調整中)
テノール: ジュゼッペ・サッバティーニ
バリトン: イルデブラント・ダルカンジェロ
  
演奏: 東京のオペラの森管弦楽団
合唱: 東京のオペラの森合唱団

2005年11月6日(日)10:00より 発売

http://www.tokyo-opera-nomori.com/index.html

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

2006年に向けて《魔笛》を手直し?

APA通信によれば、ザルツブルク音楽祭総裁のPeter Ruzicka が水曜日に語ったところでは、マエストロ・ムーティとヴィックが上演している《魔笛》が失敗作かどうかはわからないが、《後宮よりの逃走》がそうだったように、2006年に向けて改良を加えることで三者の間で合意ができている、とのことです。

あの物議をかもした《後宮よりの逃走》と並べられるのは、ファンとしてはちょっと心外ですが...。

2005年8月17日20:55 APA通信 Tirol Online
Zwei Hits und ein Totalflop: Die Opern der Salzburger Festspiele
"La Traviata" und "Mitridate" als Tops - Ruzicka kündigt Nachbesserungen in der "Zauberflöte" an: "Einige Bilder reichlich überpointiert"


| | Commenti (0) | TrackBack (0)

mercoledì 17 agosto 2005

音友誌のフリットリのインタビュー

音楽の友誌最新号にフリットリのインタビューが載っています。
マエストロ・ムーティについては、「作曲家への深い敬意と、現状にけっして満足することなく次こそより高次元の演奏をと音楽に真摯に向かい合い続ける姿勢」がみられる、と語っていました。
来春の東京でのヴェルディ レクイエムが待ち遠しいです。

音楽の友誌 2005年9月号
インタビュー バルバラ・フリットリ

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 16 agosto 2005

シチリアの本

パラディ Vol.5
イタリア・地中海の宝石
シチリアの離島に行ったことがありますか?
愉しきシチリアと美しきシチリアの島々

竹書房 1200円
2005年7月30日発売 

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ザルツブルクでのコンサート短評

マエストロ・ムーティのザルツブルク音楽祭でのウィーン・フィルとのコンサート評が、幾つか出ています。

朝紹介できるような短いものとしては、インターネットで聴いた15日の演奏についてのものかはわかりませんが、スタンダード紙はベートーベンの第五交響曲について、テンポをはじめ、安心のできるものだと書き、一方、レプッブリカ紙は13日か14日の演奏について、解釈は伝統的だが、演奏はかなり筋肉質で野生的になりがち、対位法などの詳細をなおざりにしていた、けれども、結果は大成功、拍手喝采の大爆発となった、と書いています。
インターネットで聴く限りは、13日もそうだったらしいのですが、客席の拍手が続いているのにオーケストラのほうを向くや否や運命の音をたたきだしはじめた第五交響曲は、オーケストラもかなり獰猛な感じになっていて全開状態でした。

NHK-FMでの放送が待ち遠しいです。

2005年8月15日付 la Repubblica 紙
Il soprano russo come Rossella O´Hara. Successo per il Beethoven di Riccardo Muti con i Wiener

La Traviata, che opera sexy

Salisburgo acclama la coppia Anna Netrebko-Rolando Villazòn

2005年8月16日付 der Standard 紙
Perfektionist des Unbewältigten
Der chinesische Pianist Lang Lang und die Philharmoniker in Salzburg

2005年8月15日付 Die Wienerzeitung 紙
Salzburger Festspiele: Philharmoniker/Riccardo Muti
Vom Schicksal des Matadors

Kann denn Klassik männlich sein? Zumindest bei einer Philharmoniker-Matinee mit Riccardo Muti: Wenn der Italiener Orchestermuskeln spielen lässt, kann selbst Herkules einpacken

| | Commenti (2) | TrackBack (1)

lunedì 15 agosto 2005

マエストロ・アッバードのインタビュー

今日のレプッブリカ紙に、マエストロ・アッバードのイタリアを憂えるインタビューが載っていました。

その中で、得がたい知識人がイタリアを去り、価値あるプロジェクトがうまく進まず、とイタリアの状態を憂える発言をしていました。かつてイタリアは人々を追いやる(流刑)ことをしてきたけれども、現在も、それがあからさまではないにせよ、生きている、として何人かの例を挙げ、さらに、ミラノから3人の音楽家がいなくなってしまうようなことは誰も想像できなかったとして、マエストロ・ムーティ、Riccardo Chailly 、Aldo Ceccato の名前を挙げています。

彼は重要な知識人たちがイタリアを去っていったという文脈の中で、マエストロ・ムーティの辞任をとらえているのでしょうか。何がそうさせたかは問わず、そういう状態になってしまったことを憂えているようにも読めます。

最後に、マエストロ・アッバード自身もスカラ座を去ったけれども、そのこととマエストロ・ムーティの場合との比較を婉曲に問われて、それぞれ事情が異なる、自分はウィーンへ行くことが決まっていた、しかし、その何年か前から、スカラ座を去る選択をするような状態が進行していたことは確かだ、とも語っています。ウィーンへ行ったことも、その後ベルリンへ行ったことも、自分にとっては前向きな良い方向への展開だった、スカラ座がムーティのような指揮者を持てたことも、スカラ座にとっては良い展開、発展を意味した、とマエストロの時代を肯定的に見ています。

«Un tempo, in Italia, si mandava la gente al confino. Oggi vige un sistema dell´esilio subdolo. Non si è cacciati in modo esplicito, ma la gente se ne va, o si vede costretta a lavorare altrove. Lo ha fatto Carlo Rubbia, che ha accettato una posizione in Spagna per poter proseguire le sue ricerche. Avevamo al Parlamento Europeo un economista come Monti, che tutti stimano nel mondo, e lo hanno allontanato. Come succede in Rai, dove chi va controcorrente sparisce. E nessuno ha segnalato la gravità di ciò che è accaduto a Milano: in un anno la città ha perso tre musicisti come Riccardo Muti, Riccardo Chailly e Aldo Ceccato».

Torniamo a parlare di Milano, visto che all´inizio di questa conversazione ha aperto una breccia: tanti anni fa anche lei, come pochi mesi fa Muti, lasciò la Scala. Si possono fare confronti?
«Ogni situazione è diversa. Quando me ne andai da Milano la notizia che ero stato nominato direttore all´Opera di Vienna fu pubblicata nel momento in cui stavo partendo. Ma è chiaro che dietro a quella scelta c´era stato un processo di anni. Per fortuna c´è sempre un´evoluzione. Per la Scala avere un direttore musicale come Muti ha rappresentato un´evoluzione. E per me è stata un´evoluzione poter lavorare prima a Vienna e poi a Berlino».

マエストロ・アッバードはインタビューでもちろん他にもいろいろ述べていますが、マエストロ・ムーティに関係する部分だけを紹介しました。

2005年8月15日付 la Repubblica 紙
"Non mi piace questa Italia che allontana i suoi cervelli"

i giovani di talento In Venezuela ho lavorato con l´Orchestra Bolivar, diretta da Gustavo Dudamel. Tra i giovani lui e Harding sono i migliori
LA CRISI DI MILANO Per la Scala avere Muti ha rappresentato un´evoluzione. In un anno la città ha perso lui Chailly e Ceccato: fatto grave
Incontriamo il maestro a Lucerna dove ha aperto il festival musicale alla guida dell´orchestra da lui creata due anni fa "Dopo la malattia ho capito cos´è importante"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

クリスティーナさんが監督したフィルム

今日のCorsera 紙によれば、クリスティーナさんが台本を書いて監督し、キアラさんが出演する17分ほどのフィルムが、来る冬に世に出るそうです。題名は《La luna》。マエストロ・ムーティはプロデューサーとしてスポンサーになっているとのこと。
インターネットで検索したら、今年の春に、サンフランシスコのイタリア文化会館主催の現代イタリア・ミニ映画祭で、カリフォルニア大学バークレー校にて上演されていました。

http://www.sfiic.org/events/_detail/422

http://www.ocf.berkeley.edu/~iisa/CIAC/

http://www.ocf.berkeley.edu/~iisa/CIAC/index_2005.htm

http://www.ocf.berkeley.edu/~iisa/CIAC/2005/schedule05.htm

クリスティーナさんは既にラベンナ音楽祭でオペラを演出しています。

キアラさんが言うには、マエストロはときどき興味ぶかげに撮影を観に来ていたけれども、あの混乱とまとまりのなさから映画が生まれてくるということは、マエストロのメンタリティとしては想像できない、とのこと。だから、この映画には観客としてしか関わっていないそうです。
しかし、クリスティーナさんが言うには、プロデューサーとして参加し、スポンサーになっているとのこと。彼女にとってこの映画を監督することは、自分が音楽と声楽家の道を断念して家族に尽くしてきたことへの代償の意味あいをもつそうです。

In questo privato intreccio di complicità, il padre è rimasto spettatore? Risponde Chiara: «Ogni tanto è venuto a curiosare sul set e l’ho visto sconvolto: il mondo del cinema è quanto di più lontano dalla sua mentalità. Papà non riesce proprio a concepire come si possa riuscire a fare arte nella confusione e frammentazione che caratterizzano il dietro le quinte di un film».
E Cristina: «Tutt’altro che spettatore! E’ lui lo sponsor principale, il produttore del film. Mi ha fatto e mi sono fatta un regalo: dopo aver rinunciato al canto per dedicarmi completamente alla famiglia, a 62 anni questo film rappresenta il riscatto di quella rinuncia».

2005年8月15日付 Corriere della Sera 紙
Chiara Muti, film con mamma e papà

L’attrice diretta dalla madre in «La luna». Il maestro produttore

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

2005年12月のスケジュール

2005年12月10日、12日、14日、16日、18日
ウィーン、ウィーン国立歌劇場 19時
モーツァルト: フィガロの結婚

Inszenierung: Jean Pierre Ponnelle
Ausstattung: Jean Pierre Ponnelle

Graf Almaviva: Ludovic Tezier
Gräfin Almaviva: Ricarda Merbeth Barbara Frittoli
Susanna, deren Kammermädchen: Tatiana Lisnic
Figaro, Kammerdiener des Grafen: Carlos Alvarez
Cherubino, Page des Grafen: Angelika Kirchschlager

2005年12月18日12時30分 ローマ、上院、ケルビーニ管
il Concerto di Natale nell' Aula del Senato
モーツァルト
シューベルト: 《ロザムンデ》より間奏曲
シューベルト: 交響曲第8番《未完成》
ヴェルディ: 《ジョバンナ・ダルコ》序曲

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

domenica 14 agosto 2005

ヴィックの演出についての同国紙の評価

7日のサンデータイムズ紙から、マエストロ・ムーティのザルツブルク音楽祭での《魔笛》についての評の部分を紹介します。紙面のほとんどを同国のVickによる演出に割いています。
演奏評を訳すのは、評者によっては形容詞ひとつをとってみてもとてもむつかしく、これまでここでは積極的に行っていません。本当に、ソロモンの指輪の人間版がほしい。

2005年8月7日付 The Sunday Times 紙
Opera: Sex is everywhere
You’ve got to hand it to Salzburg for a first-class Austrian rarity. But what a baffling Magic Flute, says Hugh Canning

(前略)
メインイベントは《魔笛》の新装版と見られていた。スカラ座前監督のリッカルド・ムーティが指揮し、英国のGraham Vickが舞台を担当している。彼はモーツァルトのジングシュピール、歌入り芝居を英国で二度演出していて、どちらも英語で上演され、Opera North と自分の劇場である Birmingham Opera Companyで行っている。ザルツブルクでの新しいプロダクションはやや大きなスケールのものだ。ヘルベルト・フォン・カラヤンの巨大なホール、the Grosses Festspielhausで上演されるからで、おそらく、このおとぎ話のパントマイムに世界で最も合わない室内空間だろう。

このことがおそらく、ヴィックがそういうおとぎ話のパントマイムとして演出しなかったことの理由だろう。実際、Paul Brownの窮屈な幕開けセットは、Grange Park Opera の舞台になら居心地よく合ったかもしれない。それはFestspielhausの、郵便受けのようなプロセニアムの中央にあっては、切手より小さく見える。そこは若い男性の取り散らかした寝室で、壁にはサーフボードがたてかけられ、《指輪物語》のポスターが貼られ、魔法の洋服ダンスがあり、パパゲーノはそこを入り口にしていて、ザラストロの世界もそこを通じて知ることができる。このタミーノは王子のようにはあまり見えず、ドイツ・カナダ系のテノール Michael Schade はやや今のアンドリュー王子のように見え、若いハリーのような行動をする。彼の「夢」では、フロイト的に、このタミーノはヘビと取っ組み合いをし(オリジナルの台本では彼はヘビに追いかけられる)、夜の女王の侍女たちが寝室の壁紙のすきまからやってきて、モーツァルトの最も大きなオーケストラ序曲に至り、女王自身が厚手の羽ぶとんの下から登場する。これが紙の上では興味深く響いていても、まあ、現実にはそう響かないことがわかった。それは、ある部分、ヴィックの舞台についての技量が弱いからであり、ブラウンのセットが劇場の技術設備に負担をかけたからであり、そして、Schadeがこのように重い解釈を実行するのに十分なカリスマ性を実際には持っていないからである。

第二幕は別のオペラの異なったプロダクションのように見えた。ブラウンの壮観な円形広場が、縦割りのらせん階段と翼のある洋服ダンスとともにあらわれたときには、《ワルキューレ》のポストモダン風な第二幕が頭に浮かんできた。ザラストロの聖職者たちはよろよろの年老いた時代遅れの一団で、まるで、現代風の衣装に身をつつんだパルシファルの聖杯騎士たちの現代版のようだ。残念なことに、SchadeのやぼったいタミーノとGenia Kühmeierの輝かしい響をもっているけれどもずんぐりしたパミーナに代表される新しい秩序は、それほど変化をもたらさないように見えた。5年たてば、彼らも十分時代遅れになりそうだ。

最も美しくて若々しい響をもった歌がRené Papeの無類のザラストロから聴こえてくることも、舞台のたしにはならなかった。ザラストロははげかかって灰色のかつらをかぶり、乳白色のメーキャップを顔にほどこしていたが、そのようにしても、この素晴らしくて若い歌手を、わびしくて年老いた反動主義者に転じさせることはできなかった。ヴィックのパパゲーノ(才能あるMarkus Werba)観はかなり魅力がなかった。鳥刺し屋が年老いた女性に扮したパパゲーナに尽くす rubber penis を作るために、ヴィックは彼に鳥のとじひもをほどかせていた。

変わっていて、支離滅裂な《魔笛》にはアイデアがないわけではないが、確かに魅力はない。ヴィックはある一群からはブーイングを受け、他の一群からは喝采を受けたが、ほとんどの聴衆は退屈していて、その上に(または、あるいは)、当惑していた。多かれ少なかれ、私の反応は当惑だった。ムーティはウィーン・フィルを指揮してワールドクラスのおきまりの点数評価を見せた。
(後略)

Continua a leggere "ヴィックの演出についての同国紙の評価"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

スカラ座に関する批判に答える il Panorama(2)

Bruno Vespa によるマエストロ・ムーティへの長文インタビューから、スカラ座に関する部分の続きを紹介します。マエストロの静かで冷静な怒りと糾弾に、誰に向かって反論しているのかと考えてしまう部分もありました。

2005年8月12日付 il Panorama
Muti: la calunnia soffia anche alla Scala
di Bruno Vespa

では、こういう批判はどうして生じるのでしょう。
「批判?何者かによって発せられ広められた卑劣な中傷です。世界で最も有名な指揮者たちが、ラベンナ音楽祭で私と指揮台を分かち合っています。中傷を受けましたが、私は世界中の主要都市で彼らとともに登場しています。それで?」

それで?
「個人的な資格によってのみ指揮者を招くことができた、ということを、まだ誰になるのかわからない次の音楽監督のために、言い添えておきます。スカラ座財団の規約は、音楽監督に契約上の力を認めていないからです。あらゆることについての責任は総裁にあり、招聘し、取り消す権力を持っています。彼の脇に芸術監督がいて、これはまた別のテーマとして非常に多くの議論の原因となるところです。私は自分のキャリアをFrancesco Siciliani、 Massimo Bogianckino、若い Roman Vlad といった芸術監督たちと始めました。彼らの英知で私と劇場は豊かになりました。そういう人たちでした。時代は変わり、水準はどこも下がりました。けれども、過ちの責任を私になすりつけようとした人は、プログラム編成の責任の荷から逃れるために、中傷を広めさせようとしたのは確かです。プログラム編成の責任は音楽監督に属するものではなく、総括的に劇場を監督している総裁に属するものです。
音楽監督にいちばん負うところの大きいオーケストラの突然の豹変は、どう説明されるのでしょうか。
様々な階層から成る構成員が参加した豪華な最近の会合を度外視して、私的な敬意の表明や惜しむ気持ちの表明を、オーケストラや合唱団の多くの人から受け取りました。多くの事柄を明らかにするにはまだ時間が必要でしょう。もちろん、これらの温かな気持ちと愛情のこもった手紙は大切にします。」

腹立たしいですか?
「いいえ。指導層の交代や非常に暗かった時代(大汚職のことだと思う)を経て行ってきた19年間の仕事を思い出すだけです。オーケストラと世界中をツアーして成功し、オーケストラがウィーン芸術週間とザルツブルク音楽祭にはじめて招かれました。」

新しいスカラ座に関して、どれくらいあなたに期待できるといっていいでしょうか。
「戻る可能性は全くありません。今は興味がありません。幸い、世界中至るところで音楽を演奏できます。過去に一緒に仕事をしたオーケストラ(ロンドン、フィラデルフィア、フィレンツェ五月音楽祭)は心から私を歓迎してくれました。スカラ座での仕事のために以前は断った機会を、やっと彼らのために捧げることができるといっていいでしょう。」

それに、ケルビーニ管の若者たちがいます。
「イタリアのほとんどすべての地方を代表し、私の関心をちょっと大きく引くような価値のある若者達です。彼らがラベンナ音楽祭で、ヒンデミットのSancta Susanna のように非常にむつかしい作品をすばらしく演奏したことは、私にとても大きな満足を与えてくれました。」

19年間、Sant'Ambrogioの晩はあなたがスカラ座の指揮台上にいて、シーズンを開幕する姿が観られました。今年はどこにいますか。
「ウィーンです。ウィーン・フィルと《フィガロの結婚》を準備しています。」

嘆く気持ちは?
「ありません。」

Continua a leggere "スカラ座に関する批判に答える il Panorama(2)"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

スカラ座に関する批判に答える il Panorama(1)

12日にパノラマ誌のサイトに載ったマエストロ・ムーティのインタビュー記事から、スカラ座についての部分を紹介します。

2005年8月12日 il Panorama
Muti: la calunnia soffia anche alla Scala
インタビュアー Bruno Vespa


オーケストラを通じてスカラ座の話題に近づくために、マエストロに、どのオーケストラに大きな親近感を得てきたかをたずねた。
「ウィーン・フィルです。彼らとは1971年から途切れることなく仕事をしてきました。膨大なレコード録音を一緒に実現してきましたし、数多くのツアーをこなし、彼らの求めに応じて、非常に重要な機会を祝う責務を果たしてきました。オーストリア建国1000年記念からウィーン・フィルの150周年記念まで、カラヤンの冥福を祈るレクイエムから、来年1月27日のモーツァルト生誕250周年記念に衛星放送付きで演奏するコンサートまで。
我々の共同作業が始まった頃、Clemens Krauss、 Wilhelm Furtwängler、 Carl Schuricht と何年か演奏したことのあるキャリアの古いメンバーと一緒に仕事のできたことを思うと、感動します。現在ウィーン・フィルは私に、30年以上前から私が習得したことを、オーケストラのより若いメンバーに教えるよう依頼してきています。」

で、スカラ座のオーケストラは?19年間一緒にやってきました...
「たくさん仕事をしました。ベートーベンの全交響曲9曲の演奏(De Sabata の時代からされていない)。ペルゴレージから現代に至るまでの50ほどの異なるオペラの上演は、前期ロマン派から新古典主義まで、ロマン派グランドオペラからヴェリズモまで、プーランク、ストラヴィンスキー、そしてAzio Corghiにより提示されたものやヒンデミットのSancta Susanna まで、どの時代もとばすことなく、行いました。Azio Corghiのは上演せず(スカラ座のオーケストラのストライキのため)、一緒に上演する予定だったSancta Susannaはラベンナ音楽祭に持っていき、ケルビーニ管と上演しました。」

にもかかわらず、現代音楽をなおざりにしたと非難されました。
「したがって、これは残念です。事実ではないからです。今年、8月半ばのザルツブルクでのコンサートは運命についての感情に捧げるつもりです。ベートーベンの第五交響曲に加えて、ブラームスの《運命の歌》、レオパルディの詩をテキストにしたペトラッシの死者の合唱を並べました。来年については、Fabio Vacchiに、ザルツブルクでのモーツァルトの演奏会開幕で指揮する作品を書いてくれるよう、依頼しました。」

オーケストラとのリハーサルで、一度も代わりを頼んだことがないというのは本当ですが。
「一度もありません。劇場をきれいにするという最初の仕事にも、オーケストラの各パートのリハーサルにさえ助手を派遣したことはありません。1985年から今年のはじめまで、新しい演奏家の採用のための委員会をいつも自分で直接運営していました。それから、アルチンボルディへの移転や昨年12月7日のスカラ座復帰のように、困難な道のりを成功のうちに運営させてくれた、オーケストラ、合唱団、技術者たちとともになしとげた厳しい仕事を思い出します。不意にセキが出ても我慢しない私は、労働者たちが完全に必要とした反対行動のすべてについて、気づかないふりはしませんでした。」

そして、まだ気持ちがとけあって一致していたのですね。
「いつもオーケストラ、合唱団、技術者たちの結束に勇気づけられていました。2004年に劇場全体が特別の権利の回復を要求して、懸念を大声で訴えることを求めたとき、私は全面的に賛同し、すべての舞台労働者たちが一緒に歌うVa' pensiero を指揮しました。ついにはLiberazione紙の第一面になりました。共産党再建派の新聞です。」

それから、突然の断絶。
「たくさんの亀裂が開いていました。真剣に分析するには時間が必要でしょう。時は正直です。もちろん、その危機は、私が破滅的な危機を表明した数年前から明らかでした。ミラノという街のためにスカラ座を活性化させるような、そして、世界からスカラ座が孤立しているという評判をミラノに与えないような文化計画がなければ、前進できなかったでしょう。」

この件に関して、名高い指揮者たちを遠ざけていたと批判されました。けれども、数年前に、あなたの幾通かの手紙をパノラマ誌で公表して、クラウディオ・アッバードに対してスカラ座に戻るよう、あなたが招いていることを発表したのは、ほかならぬ私自身です。
「アッバードは毎年招待を受けていました。Daniel Barenboim は毎年招かれ、Pierre Boulezもそうでした。音楽監督として行われた最初のツアーはロシアと日本で、当時のスカラ座総裁はCarlo Maria Badiniでしたが、私はCarlos Kleiber、Giuseppe Sinopoli、Lorin Maazel、Gianandrea Gavazzeniの傍らにいました。スカラ座の直近のシーズンは見逃すのですか。大勢いますが、Gergiev、 Maazel、 Rostropovich、 Termirkanov、 Tate、 Bychkov、 Mehtaが来ています。昨年世界の劇場の中で、これほど重要な指揮者たちが、たとえ、何人かの重要な指揮者は欠けていても、そろったところはありません。」

Continua a leggere "スカラ座に関する批判に答える il Panorama(1)"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 13 agosto 2005

音楽のもつ力 il Giorno(2)

8日のイタリアの新聞に載ったマエストロ・ムーティへのインタビューから、音楽、文化、そしてイタリアの音楽文化と若者の可能性について語った部分を紹介します。
マエストロ・ムーティのフェデリコ二世への傾倒は、今のこういう時代だからこそ、ますます意味をもったものに思えます。

2005年8月8日付 il Giorno 紙

これからのことへ行きましょう。ザルツブルク音楽祭でのモーツァルトの《魔笛》の指揮ぶりが認められて戻ってきたばかりです。他の予定も気にかかりますが、特に限度を超えた大きな関心は、次のSant’Ambrogioすなわちスカラ座についてで...
「オーストリアにいます。1月27日(1月27日はずっとヴェルディの命日で、モーツァルトの生誕と一致している)はモーツァルトの生誕250年の日で、彼に敬意を表した素晴らしいコンサートをザルツブルクで指揮し、それは衛星放送で放映されますが、その準備をしているからです。これからは、過剰な責任を負わないように気をつけなければいけないだけです。スケジュールがすでにいっぱいだからです。ウィーン・フィルと日本、合衆国、カナダ、メキシコでも演奏会があります。フィラデルフィア管やニューヨーク・フィルとも関係をもっていますし、1968年から1980年まで指揮した、私にとってはじめての歌劇場、フィレンツェ五月音楽祭管と仕事を再開させています。」

話題をかえましょう。あの9.11の数ヵ月後、ラベンナ音楽祭とグランド・ゼロで指揮しました。トゥイン・タワー崩壊で火のついたこのテロリズムは、もはや止んでくれません。爆弾のエスカレートを止めるために何ができるでしょうか。
「明確な回答は持っていません。イスラムの穏健勢力や善意の人々と対話を始める努力をすることができるだけです。これはすべてのヨーロッパについて言えることです。道は長いけれども、ほかはありません。ヨーロッパ人は理解のために大きな努力を払わなくてはなりません。イスラム文化がどれほど我々のためになったかを忘れることができないからです。フェデリコ二世はキリスト文化とイスラム文化、ユダヤ文化を融合させることができました。プッリャの町アルタムラは、三つの現存する異なった宗教と文化というタイプを大切にするために建設されました。数学、科学、哲学から思想家まで、アヴェロエスからアヴィチェンナまで。たくさんものがイスラムからもたらされました。それに、我々の言語でアラビア語に語源をもつものはどれほどあるでしょうか。ヨーロッパが、現在危機にある我々自身の文化のアイデンティティを、自分たちのルーツを拒否することなく取り戻すためには、フェデリコ二世の例に戻る必要があります。」

法王ラツィンガーのような人のことを言っている...
「法王ベネディクト十六世を非常に尊敬しています。文化にも音楽にも深いものをもった人です。彼の言葉には侵しがたさがあります。ヨーロッパは自分たちのアイデンティティを回復しなければいけないし、音楽は失われた道を再び見つけるのに大きく貢献できるでしょう。偉大な作曲家や演奏家が、ことに1700年代に旧大陸全体で思想や正当な政治共同体を築くためにどれほどのことをしたかを、思い出してみましょう。ケルビーニがパリで、スポンティーニがベルリンで、サリエーリがウィーンで、パイシェルロがサンクトペテルブルクで何をしたかを思い出してみましょう。共同体の原型が海の向こう側にも広がっていたことには、モーツァルトの台本作家であるイタリア人のLorenzo da Ponteの例があります。彼はフィラデルフィアやニューヨークで教えていて、オーストリアのマエストロ、モーツァルトの作品がアメリカで上演されるのを見て、それで満足を味わっていました。」

確かに、イタリアは世界中で音楽に精通していますが、現在、莫大な遺産を消散させる危機にあります...
「そのとおりです。我々の学校でどう音楽が教えられているかをみれば十分です。若者の側にはクラシック音楽についても深い才能があります。私の父はモルフェッタで医者をしていましたが、5人の息子全員にヴァイオリンと音楽の個人教授をしてもらっていました。そういうレッスンが大文字で始まるカルチャーに貢献すると考えていたからです。完璧な理由でした。イタリアには、若者をはじめ、音楽にとって肥沃な土地がまだまだあります。それを耕せば十分なのです。妻と数年前にしたロマーニャ地方、マルケ州の丘陵への旅を思い出します。そこはあるいくつかの点で、私の大切なナポリにとても似ています。そして、San Leo で偶然、非常に素晴らしい発見をしました。人で混みあった小さな教会で、アマチュアの仲間が楽しみだけの目的で音楽をやるために集まり、聞きほれるほどの演奏会を催していたのです。San Leo のこの若者たちのように、イタリアにはたくさんの音楽グループや劇場があり、それらは尊重されるような価値があるといっていいでしょう。けれども、我々は全く自虐的な国のようです...」

全く自虐的だ、スカラ座のように。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

イタリアについての本

イタリア的―「南」の魅力
ファビオ・ランベッリ
講談社選書メチエ 1680円
2005年8月10日刊

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

スカラ座に戻る可能性は全くない

Bruno Vespa がマエストロ・ムーティに行った長文のインタビューが、パノラマ誌のサイトに掲載されました。
(きっと、またいろいろなメディアが、スカラ座に戻る可能性が全くない、とマエストロが語ったことを、このインタビューを引用して報じるでしょう)
内容は、スカラ座辞任について、スカラ座辞任をめぐって受けた非難について、スカラ座でやってきたことについて、モーツァルトについて、今後について、などです。ザルツブルクのマエストロの別荘(Villa Chiara)で、クリスティナさんもそばにいて、食事をとりながら行われたもののようです。
今後のスカラ座については、スカラ座に戻る可能性は全くない、今は興味がないし、12月7日はウィーンにいて《フィガロの結婚》だ、と最後に語っていました。
Vespa の結びの言葉に共感。でも、ローマでオペラを上演するかもしれないことをマエストロの口から引き出したのは、 Vespa です(それができたことを、彼自身、誇っています)。

Lo rivedremo presto anche in Italia. Oh, se lo rivedremo.

インタビューは、追って紹介します。

2005年8月12日付 il Panorama より
Muti: la calunnia soffia anche alla Scala

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

venerdì 12 agosto 2005

2008年のザルツブルクは《オテロ》

2008年のザルツブルク音楽祭でマエストロ・ムーティが《オテロ》を上演する予定であることは、本人のインタビュー記事などで既に報道済みです。昨日のオーストリアの新聞、雑誌に、新総裁Flimmのもとでの2007年から2009年のオペラの上演予定演目が載っていました。それによると、マエストロはやはり2008年に《オテロ》を上演しますが、マエストロと合うような演出家はまだ見つけられていないそうです。

2005年8月11日 NEWS 誌
Salzburgs neue Ära: Die Pläne

Jürgen Flimm, Festspielintendant ab 2007, hat seine ersten Sommer in den Grundzügen geplant. Die Dirigenten: Welser-Möst, Barenboim, Muti, Gergiev.

2005年8月11日付 Kurier 紙
Die Salzburger Opernpläne

Programm von Flimm nimmt Konturen an

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 11 agosto 2005

スロベニア・フィルのサイト

長らく準備中だったスロベニア・フィルのサイトが再開され、ラベンナ音楽祭でのマエストロ・ムーティの演奏会の記事や写真が載っています。
マエストロがクライバーの追悼コンサートを行ったことについて昨年同オケに照会し、コンサートのパンフレットを購入できないかとメールを出したところ、余っていたのか、快く送ってくれました。日本のクライバーのファンから照会が多くて、慣れていたのかもしれません。本当に感謝しました。

http://www.filharmonija.si/index/English/Gallery/

http://www.filharmonija.si/index/English/AboutUs/InfoPoint/

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

フィルハーモニア管のルクセンブルク公演

マエストロ・ムーティとフィルハーモニア管公演の詳細が、ルクセンブルクのコンサートホールのサイトに載っています。

http://www.philharmonie.lu/fr/events/abos.html

2005年9月11日ルクセンブルク、フィルハーモニア管

Rossini:
Ouverture William Tell (Guillaume Tell)
Busoni:
Turandot Suite
Brahms:
Sinfonie N° 2 D-Dur (ré majeur) op. 73

20時、Philharmonie Luxembourg、Grand Auditorium

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

フィルハーモニア管とのヨーロッパ音楽祭ツアー

フィルハーモニア管のサイトが更新され、これまで新聞などで伝えられていたように、マエストロ・ムーティとフィルハーモニア管のヨーロッパ音楽祭出演がブレーメンの他にもあることが、告知されました。

もともとはおそらくスカラ・フィルとのツアーの一部だったと思われ、当初はブラームスの2番や《マクベス》のバレエ曲など、スカラ・フィルのお得意ものがプログラムに組まれていました...。Ma, avanti !

Muti European Festivals Tour September 2005 Details
The Philharmonia Orchestra and Riccardo Muti are performing at three major European Festivals in early September, in Germany, France and Luxembourg.

2005年9月9日 7:00pm
Konzerthaus, Bremen, 28195 Bremen

ROSSINI Overture, William Tell
BUSONI Turandot Suite
SCHUBERT Symphony No. 9, The Great

2005年9月10日 8:30pm
The Arsenal, Metz, 57000 Metz
die Musikfestspiele Saar MUSICA ITALIANA 2005

ROSSINI Overture, William Tell
BUSONI Turandot Suite
SCHUBERT Symphony No. 9, The Great

http://www.musikfestspiele-saar.de/index.php

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

mercoledì 10 agosto 2005

誕生日

ザルツブルクはマエストロ・ムーティにとっては、自分の誕生日を祝うところでもあります。
今日のオーストリアの新聞に、マエストロがあるいは二つ誕生日を持っている、という話が載っています。マエストロは大笑いして、公式には否定しなかったそうです。
1941年7月27日にはマエストロは既にこの世に生を受けていましたが、翌日ナポリの役人が、マエストロのお母さんの気持ちをくんで、28日と登録してくれたというもの。
マエストロのお母さんはGildaという名前で、息子は全員自分と同じナポリ生まれであってほしいという気持ちを強く持っていたそうです。1941年という戦時中に、列車で12時間かかると同記事にあるモルフェッタからナポリへ行くのは、どれほどの想いだったことでしょう。

2005年8月10日付 OOE Nachrichten 紙より
Geschenkter Tag

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

スカラ座で一緒に働いた人たちへの感謝 il Giorno(1)

8日の新聞に載り、9日のイタリアの複数のメディアがとりあげたマエストロ・ムーティのインタビューから、とりあえず、スカラ座辞任について語った部分を、取り急ぎ紹介します。おかしな訳は少しずつ直します。申しわけありません。

2005年8月8日付 il Giorno 紙


(前略)
センセーショナルな別離から4ヶ月たって、関係がこのように壊れた理由を理解する時だ。マエストロははじめて、本紙にスカラ座の一連のできごとすべてを語ることを承諾した。

マエストロ・ムーティ、この別離はあなたにとっていまだに癒えていない傷...。
「いいえ、癒えない傷について話すのではないでしょう。誤った言い方です。いずれにせよ、非常に深い失望でした。労働組合によるたくさんの政治的圧力がありました。それはついには水をかきまぜ、くりひろげられた仕事の非常な真剣さや質の面でそれ以前に行われたよいことを、すべて隠しました。スカラ座にいた頃、ペルゴレージから19世紀の作曲家に至るまで、50ほどの異なる作品を指揮しましたし、スカラ・フィルのために委嘱して、現代作曲家の作品もまたたくさん指揮しました。オーケストラを率いてザルツブルクに至るまで、非常に多くの海外ツアーに出ました。その報いとして、私は独裁者と称され、暴君と呼ばれたのです。」

あなたに反対する動議に投票したオーケストラのメンバーに裏切られた気持ち...。
「この動議には多くの人が署名しました。その後、彼らから謝罪の手紙をもらいました。労働組合政治の圧力団体による圧力によって、立場をきめざるをえない状態にあった、というものです。そして、その日の指令を採決するために、オーケストラに加わっていない労働者たちまで、特にいたのでした。」

しかし、結局のところ、この別離の理由は何だったのですか。
「管理者たちの運営上の無能力さのために、あるいは投げかけられた警告についての無理解さのために、スカラ座が混乱の中に落ちていくことに私は気づきました。警告の返事として、私は批判責めにされました。スカラ座では単なる音楽監督に過ぎず、それは芸術監督とは役割が異なります。芸術監督はどちらにせよ、演目に対して責任を持ち、また総裁に対して責任を負います。総裁はそれにひきかえ、ほとんど絶対の権限を持っています。実際には決定権を持っていないのに、音楽監督や芸術監督は常に真のスカラ座の象徴であったり、スカラ座を表していたりするのですが、トスカニーニから、デ・サバタ、アッバードからムーティに至るまで、これらの人間はその点がみんな同じです。従って、ミラノの歌劇場に栄光を与え続けていた重要な演奏家たちがいたにもかかわらず、質についての条件の面では価値のない年だと理解したときに、状況に注意を促すことが私の義務だったのでした。」

全く自虐的に見えるといっていいでしょう。かつて、随分例として出されましたが、サン・シーロは「サッカーにおけるスカラ座」のようなものだと言われていました...。
「そのとおりです。芸術文化遺産を食い潰していました。イタリアのボタンホールにさされた花です。どうして価値のないままで終わらせることができたでしょうか。衰退が進行していく、こういう状況に気づくのが遅すぎたことは、ことによったら、私の過ちです。もっと以前に警告を発するべきだったかもしれません。けれども、無能力に対して対策を講じるのが遅すぎたことと、他の人の無関心に対して対策を講じるのが遅すぎたこととは、同じではないと思います。それよりも、私の《非難》が物の見方を混乱させたために、ついには人間関係を悪化させました。この時点で、辞任を決めました。おそらく、こう終わる運命だったのでしょう。一巡して輪は閉じたのです。」

閉じて終わり、全く再び回らない輪。というのも、私には、新しい管理体制とともにスカラ座が再出発したとは思えず、それどころか...
「一連のばかげたすべてのできごとについては、新総裁Stephane Lissner が、私が明らかにしたスカラ座の劇的な状況に関して、今同じことを語っています。何ひとつ成果をあげられないまま、貴重な時間を失いました。今、ミラノ市や労働組合の政治的責任について入り込むつもりはありませんが、そうはいっても、このような惨状をもたらすことに力を貸したことについて、進路をかえるために全く何もしないということはなく、誰かが償わなければならないでしょう。Lissnerはまた、ムーティは代えがたい存在で、従って、今後、順番に多くの指揮者がスカラ座のオーケストラを指揮するだろう、と強調しています。もしも本当に代えがたい存在ならば、新総裁がなぜ結局私を求めなかったのか、理解できません。オーケストラ指揮者の交替は劇場の歴史と劇場そのものの伝統と対照をなしていて、最初に言ったように、劇場の伝統はいつもひとりの指揮者と同一化されています。」

あなたは今、スカラ座にある種の郷愁を覚えているように見えますが...
「いいえ、違うでしょう。たとえ、ほぼ20年間の芸術家生活を突然消し去ることはできないであろうとしても、です。私は突然去りました。けれども、スカラ座で一緒に働いてきたすべての人たちに対して、いつも感謝しています。ひどく不便な状況の中、アルチンボルディに移ったときに、みんなで一緒にのりこえてきた困難を忘れることはできません。ロッシーニの«Mosè» や «Ifigenia in Aulide»といったオペラで素晴らしい成果をあげたとき、あるいは、昨年のSant’Ambrogio12月7日に改修後のスカラ座に戻り、世界中が一致して熱狂した『初日』になったとき。私の中傷者であっても、こうした成功を消し去ることは決してできないでしょう。」

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 9 agosto 2005

Judith Kernick 、フィラデルフィアを去る

フィラデルフィア管の副会長Judith Kernick がフィラデルフィア管を去りました。1985年の来日時にはまだ1983年に就任したばかりのPR部門の長Judith Karpで、日本のファンに丁寧に応対してくれたことが忘れられません。また、マエストロ・ムーティのフィラデルフィア管での20年の本を書いたのも彼女です。


RICCARDO MUTI TWENTY YEARS IN PHILADELPHIA
Kurnick, Judith Karp
Univ. of Pennsylvania 1992

2005年8月9日付 Musical America
Philly Orchestra Senior Staff Member Departs

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

lunedì 8 agosto 2005

イタリアのプレスのインタビューをAPAが配信

今日のイタリアの新聞に載ったマエストロ・ムーティのインタビューを、スカラ座に関する部分にしぼってAPA通信が早速配信しています。
スカラ座への想いはない、という部分を強調していますが、これは、これまでにも言ってきたことです。南イタリアの人間であり、常に前を向いている、人生は前へ進んでいく、と何度も言っているのですが...。
オーストリアがいかにマエストロに関心を持っているか、いつものことながら、感嘆します。

2005年8月8日13:38 APA 通信 der Standard 紙
Muti trauert der Scala nicht nach
Ende seiner Arbeit am Mailänder Opernhaus bezeichnet Stardirigent als "enorme Enttäuschung": "Als Dank hat man mich als Tyrann und Diktator bezeichnet"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

《魔笛》について語る

マエストロ・ムーティが、イタリアの新聞のインタビューで《魔笛》について語っているのを紹介します。これまでのインタビューで紹介したことと同じような内容です。
原文ではつかめたマエストロの考えが日本語にするとぼやけてしまうのは、訳の拙さのせいです。すみません。マエストロ、申しわけありません。また追々、直していくつもりです。

2005年7月25日付 il Giornale 紙
RICCARDO MUTI «Il mio Flauto con i Wiener sospeso tra fiaba e gioco»

35年間にわたる音楽祭への出演と、リッカルド・ムーティとウィーン・フィルの、理想的な調和をもった35年間の協力。「モーツァルトの生誕250年の記念日である2006年1月27日に音楽祭大ホールで行われるコンサートについて、ウィーン・フィルが私に委ねたのは象徴的な行為だと思います。それは《モーツァルト・マラソン》で、衛星放送テレビで放映される予定です。交響曲、協奏曲、アリア、宗教曲で、クレーメルとバシュメット(ヴァイオリンとヴィオラのための協奏曲)、ピアニストの内田、声楽家のフレミングやハンプソンといった演奏家が、国立歌劇場の合唱団のほかに出演します。」
ムーティの夏のザルツブルクもまた、まずモーツァルトがその象徴になっている。《魔笛》で復帰(7月30日から8月末まで8公演)するが、同作品はRoberto De Simoneの演出で既に1995年12月7日にスカラ座で持ち出されていて、数年後に再演されている。ザルツブルクのものは新しい舞台でGraham Vick によるもので、キャストは全く素晴らしく、二人のソプラノが含まれている。それはGenia Kühmeier (パミーナ)とAnna-Kristiina Kaappola (夜の女王)で、新生なったスカラ座の《見出されたエウローパ》の上演でも輝いていた。リッカルド・ムーティは今回、《魔笛》にどう立ち向かったのか、解釈の面で以前と何が変わったのか。
「正確にはわかりません。なぜなら、熟成の過程が自覚できないからです。確かに、この10年間、絶え間なくモーツァルトのオペラやオーケストラ曲とつきあってきました。モーツァルトの先人たちや後続者たちが、第二あるいは第三の取り組みへ私を導いていってくれました。《魔笛》に対する取り組み方について一層意識するようになったとは言いたくありませんが、確かに、一層親密になりました。その結果、一層自然になったように思います。その自然さにはウィーン・フィルの存在が寄与しています。」

《魔笛》は二つの軌道を走っている。おとぎ話と道徳的寓話、大衆喜劇の外観と秘密結社入会の厳粛性。演奏家はそれらとどう関わるか。
「指揮する者は、モーツァルトの偉大さと、寓話・遊び・儀式・象徴との間にバランスを見つけなければなりません。演出面に比べると、指揮者の観点は一層ストレートです。というのは、《魔笛》の登場人物は音楽によってのみ生命を吹き込まれるからなのです。劇の上で、そして、人間らしさの面で唯一自然で現実性がある人物は、パミーナだけです。聖職者のザラストロは音楽としては荘厳ですが、心理状態に関する限りはそうではありません。タミーノでさえ、劇的な深さを持っていません。それにひきかえ、パパゲーノは自然であることの強さを表しています。利口で、抜け目がなく、気どらない(「自分は自然児だ」と言っています)。陽気、ありのままであること、道化でない無邪気さといったことは、音楽が全体的に明らかにしている特質です。それらを明確にする唯一の方法として、アリアはひとつあれば十分です。」
演出家の Vick は?
「演出家は、とりわけ音楽祭といったものでは、台本の示唆することからかけ離れて、『保守的ではない』新しい道を試みる気にさせられます。それが知的で音楽に逆らうものでないならば、歓迎され、今の聴衆が視覚的に時代遅れでないような作品の中に入っていくのを助けます。Vick はその現代性にもかかわらず、おとぎ話や魔法といった特徴を保つ一方で、他方、思索的な特徴も維持していますが、観客はそれを評価すると言っていいと思います。」
(以下略)

Continua a leggere "《魔笛》について語る"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ラベンナで寛ぐマエストロ、でも《魔笛》は...

ザルツブルクからラベンナに戻ったマエストロ・ムーティに行った長文のインタビューが、今日のイタリアの新聞に載っています。
スカラ座辞任について、かなり話しています。先日紹介したBloombergのインタビューとほぼ同じような内容で、当時の状況を説明し、スカラ座辞任をどう思うかを語り、今後のことを話しています。さらに、ヨーロッパの文化、イタリアの若者についても触れています。その中で、新しい法王について、文化にも音楽にも深くたしなんでいるところを非常に尊敬している、と言っています。
スカラ座で数々の困難をくぐりぬけてきたことを思うとき、スカラ座でのことを忘れることはできない、という言葉に胸をうたれました。でも、やはり、心はウィーンで大きく占められているようです。
イタリアのプレスでここまでスカラ座について語ったのははじめてのように思います。追って、紹介します。

追記:紙面を見ました。この新聞はタブロイド判なのですが、第一面下に見出しとマエストロの写真、8ページ目、9ページ目の見開き両面全部が当記事になっていて、エリザベス女王夫妻をスカラ座に迎えたときの写真をはじめ、マエストロの写真が何枚か載っています。特に、昨年のスカラ座開幕初日の一家の写真が全員この上なく美しく幸せそうに撮れていて、当時話題になったクリスティーナさん、キアラさんのアルマーニのドレス姿がとてもチャーミングです。いろいろ想い出して、目頭が熱くなりました。(2005年8月9日4時AM追記)

2005年8月8日付 il Giorno 紙
RAVENNA - Il Maestro è tornato.

ただ、マエストロが《魔笛》の演出をどう思っているかは、初日の後、まだ聞けていません。
昨日のザ・タイムズ紙に《魔笛》の評が載りましたが、9割以上をヴィックの演出について割いていました。マエストロの演奏についてはたったの一文です。
Muti conducted the Wiener Philharmoniker in a world-class routine account of the score.
それで十分、何も言うことなし、ということなのでしょうか。
舞台については、アイデアがないとはいわないが、魔法や不思議といったものはない、支離滅裂なところがあり、観客は退屈し、または(あるいは、その上)戸惑っていた、と結んでいます。FT紙が言うように、やはり、失敗作なのでしょうか。
こちらも、追って紹介したいです。

2005年8月7日付 The Sunday Times 紙より
Opera: Sex is everywhere
You’ve got to hand it to Salzburg for a first-class Austrian rarity. But what a baffling Magic Flute, says Hugh Canning

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

domenica 7 agosto 2005

《マノン・レスコー》!!

マエストロ・ムーティのスカラ座での《マノン・レスコー》のDVDが、秋にTDKよりリリースされます。
この頃(そして、マエストロ・アッバードとの《オテロ》も)のクーラはとても気に入っています。待望の商品化です。

http://www.tdk-music.com/frame_content.php?did=3~13&showme=everything&from_id=1800

Giacomo Puccini
Manon Lescaut

Teatro alla Scala, Milan, 1998

Maria Guleghina (Manon Lescaut)
José Cura (Remato Des Grieux)
Lucio Gallo(Lescaut)
Luigi Roni (Geronte)
Marco Berti (Edmondo)
Orazio Mori (L'oste)
Gloria Banditelli (Un musico)
Mario Bolognesi (Il maestro di ballo)
Ernesto Gavazzi (Un lampionaio)
Ernesto Panariello (Un comandante di Marina)
Sivestro Sammarinatano (Un sergente)

Orchestra e Coro del Teatro alla Scala

RICCARDO MUTI

Stage Director
Liliana Cavani

Release Dates
Europe: September 2005
UK, USA, Canada: October 2005

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ブレーメン音楽祭のインターネット中継

1ヶ月も先のことですが、マエストロ・ムーティとフィルハーモニア管のブレーメン音楽祭での9月9日の演奏会が、インターネット中継される予定です。
ブレーメン音楽祭のサイトに、同音楽祭と提携している複数のドイツの放送局で中継予定とあり、そのひとつですでに10月までの放送予定の中に組まれていました。RAI RADIO 3 の放送予定は随時更新で、5日間ぐらい先までしかわからないこともあるのに比べると、羨ましいです。

Deutschlandradio Kultur 2005年9月9日20時3分(日本時間 10日3時3分)

Konzert
Musikfest Bremen
Live aus der Glocke

Gioacchino Rossini
Ouvertüre zu "Guillaume Tell"

Ferruccio Busoni
Turandot Suite

(ca. 20.50 Konzertpause
mit Nachrichten_ )

Franz Schubert
Sinfonie C-dur "Die Große"

Philharmonia Orchestra
Leitung: Riccardo Muti

http://www.dradio.de/dkultur/vorschau/

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

15日のインターネット中継

マエストロ・ムーティとウィーン・フィルの15日のザルツブルク音楽祭公演が、インターネット中継されます。ORFはテレビ中継もします。

http://oe1.orf.at/programm/20050815110300.html

OE1 ORF 2005年8月15日 11時3分(日本時間 15日18時3分)
Salzburger Festspiele 2005 - Matinee live

Wiener Philharmoniker
Dirigent: Riccardo Muti
Konzertvereinigung des Wiener Staatsopernchores

Goffredo Petrassi: Coro di morti
Johannes Brahms: Schicksalslied, op. 54
Ludwig van Beethoven: Symphonie Nr. 5, c-Moll, op. 67

Übertragung aus dem Großen Festspielhaus in Salzburg

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

ケルビーニ管の来シーズン

6日のイタリアの新聞に、ケルビーニ管の首席ヴィオラ奏者の短いコメントが載っていました。
こういう、純粋な喜びと興奮の伝わってくるコメントを読むと、マエストロ・ムーティがこの若者たちに素晴らしいものを伝えていることがわかり、とても嬉しいです。
また、来シーズンの予定を少し語っています。2006年にはケルビーニ管とモーツァルトの作品も演奏するようです。上院でのクリスマスコンサートは有名なものですが、指揮はマエストロがするのでしょうか。昨年はこのコンサートにフリットリが出演して中国のオーケストラと共演し、話題になりました。

http://www.senato.it/notizie/21359/21361/41023/genarchivioeventi.htm

2005年8月6日付 La Provincia 紙より
Musica. I progetti dell’Orchestra Cherubini nell’anno dedicato a Mozart
«Muti, maestro geniale»
La sua esperienza al servizio dei giovani


「マエストロ・ムーティ?素晴らしいし、天才です。それに、少なくとも私たち若者にとっては気の置けない人です。彼とは冗談を言って笑ったりしていますが、いつも尊敬され、人望があります。ええ、彼はみんなの心をつかみました。」 ケルビーニ管(リッカルド・ムーティの最新の「手兵」で、2005年6月に披露、ピアチェンツァが本拠地)の首席ヴィオラ奏者Luca Pirondini は、同僚の意見も推し量りながら、一気に話した。ジェノヴァで1981年に生まれ、芸術の申し子であり(父 Franco は Columbus Orchestra の創設者かつ指揮者であり、同オーケストラは Carlo Felice のメンバーを最大の構成員にしている)、ここ数日、来月9月17日に予定されている活動の公式再開の準備をしている。

彼は言った。「非常に興味深くて厳しいシーズンだと予想しています。Trani でもコンサートがあり、ピアチェンツァで《ファウスト》、ローマの下院あるいは上院でのクリスマスコンサート、などなど。けれども、私たちはみんなマエストロと再会するのが待てないと思っています。ピアチェンツァでデビューしたあと、ラベンナ音楽祭で演奏したことによって非常に成長しました。そこでは、私たちのオーケストラは信用を得ました。それから、ナポリのサン・カルロ歌劇場での la lezione-concerto 、マルタへの遠征も忘れられません。私たち70人の若者は全員が音楽院を卒業したばかりの者です(全員がイタリア人で、加えて、スペイン人がひとりとアルバニア人がひとり)が、みんな、この経験についてリッカルド・ムーティに感謝しています。音楽家の人生としても、ひとりの人間の人生としても、忘れることのできない影響を残してくれたと思います。」
(以下略)

Continua a leggere "ケルビーニ管の来シーズン"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 6 agosto 2005

19年間スカラ座でいい仕事ができて幸せ

Bloomberg のニュースサイトに載ったマエストロ・ムーティのインタビューを紹介します。

スカラ座での19年間に、マエストロの肩にどれほどの重責が乗っていたかをあらためて思いました。けれでも、そこでの数々の極上の上演に映像や録音、実演で接することができて、ファンとしてとても幸せでした。
ありがとうございます、マエストロ!

2005年8月5日 Bloomberg.com
Conductor Riccardo Muti Discusses Mozart, La Scala Squabble


それはザルツブルク音楽祭でのモーツァルト《魔笛》初日の前日のことで、指揮者リッカルド・ムーティはリラックスして見えた。コットンのクリスプシャツを着て、襟元のボタンははずし、トレードマークである栗色の豊かな長髪を後ろに流し、まさに自宅の主人として、自宅の門までぶらりと出てきた。

実際、そうである。ミラノとラベンナに家を持っていて、ザルツブルクよりもウィーンで多くの時間を過ごしているにもかかわらずである。ムーティはザルツブルクの中心から15分の大地所に、広々としたエレガントな家を建てた。

「妻がデザインについてはほとんど決めました。」彼は言った。「だから、オーストリアの伝統的な様式に従いましたが、内部はまさにイタリア風の明るい感覚になっていることに気づきます。」

65歳の(訳注:64歳です)マエストロがウィーン・フィルと親密な関係にあり、過去30年間、毎年、名高いザルツブルク音楽祭で指揮をしてきているとしても、驚くことではない。それとも驚くことが何か?

今年の《魔笛》はムーティが10年ぶりにザルツブルク音楽祭で指揮するオペラだ。10年前、当時の音楽祭監督Gerard Mortier と意見が合わず、ムーティは長い間オペラを断つことになった。彼がそれを気にしているとしても、そうは見えない。

寓話、笑劇

「このオペラはおとぎ話であり、寓話、笑劇、フリーメーソンの作品、宗教的な作品、社会学的・神学的なニュアンスをもった作品です。」彼は、片腕をソファの後ろに投げ出し、クッションに身をよリかからせながら言った。「すべてが一緒になっています。最後のメッセージはよりよい人生への希望です。それは、道徳的に言えば、様々な困難をくぐりぬけて到達することのできるものです。」

ムーティはいろいろな困難をすべて知っている。彼のザルツブルクでの紛糾は、1992年上演の別のモーツァルトのオペラ《皇帝ティトス》をめぐってMortier 、舞台演出家 Ursel 、Karl-Heinz Hermann との間に生じた(彼は抗議して街を離れた)。しかし、それは、今年始めにミラノ・スカラ座で起きた彼の嵐のような音楽監督辞任とは、比ぶるべくもなかった。

陰謀とスキャンダルが渦巻くそのさなか、ムーティは3月に辞任した。彼は19年間その任にあった。メディアは800人のスカラ座労働者集会から、不信任の投票を詳細に報じた。

「スカラ座については今は話さないでください!」ムーティは言った。「新聞で報じられたことは本当に起きたこととは全く無関係です。」

ミラノの惨状

では、実際には何が起きたのか。

「とても複雑です。」彼は言った。「けれども、実際のところ、私はどうしようもなく悲惨な状況をそのままにしておくことに決めました。既に2年前に、この劇場の状態は破滅的だと報道関係者に言いに行っていました。私が離れた後、Stephane Lissner が劇場の運営を引き継ぐためにやってきて、報道機関に言いました。『ここの状況は破滅的です!』それで、私は自分の申し立ての論拠を提出し終えたのです。」

彼はLissnerがこの状態を解決できると考えているのだろうか。ムーティは目を細めて、しばらく黙っていた。

「スカラ座はこれまでたくさんの大きな困難を乗り越えてきました。」ムーティはやっと口を開いた。「スカラ座は自分の道を見つけるでしょう。私は19年間いい仕事ができて幸せです。このことは、私を攻撃していた人たちでさえ認めています。」

「もちろん、私は劇場の運営方法に反対していました。そこには将来の展望もなければ、具体的な計画もありませんでした。すべてが衰退しつつありました。責任ある立場にあるとみなした人々に対して強い行動を起こしたときに、イタリアならではの悲劇で終わったわけです。」

「全く問題が多くありすぎました。政治的な不和、新しい劇場、人身攻撃と報復、派閥と陰謀。途方もなく複雑でした。最後には、フェリーニの映画のようになりました。」

音楽上の決定

「イタリアの劇場の音楽監督は、ドイツや合衆国の劇場の音楽監督がもっているような類いの力には恵まれていません。」ムーティは言った。「Intendant や芸術監督がいて、シーズン全体について責任を負っています。音楽監督はただオーケストラや合唱団、音楽の質について担当するだけです。けれども、世界中の音楽愛好者の気持ちの中では、音楽監督は劇場と同一であり、劇場を代表しています。音楽監督には力はありませんが、うまくいかなければ、最後にはすべての責任を負うことになるのです。」

いずれにせよ、ムーティが言うには、自分のための時間を一層持てて幸せだし、急いで新しい音楽監督の地位に従事するするつもりはない、とのことである。おそらく、それもいいだろう。そうでなければ、あるいは、2002年からニューヨーク・フィルでクルト・マズアの後任の音楽監督になる申し出を断った決断について、苦い思いを抱くかもしれないだろう。当時は、彼は、スカラ座への献身のほうが大切だと言っていた。

「この長い音楽家経歴の中で、私は音楽監督をあまりにしばしば務めすぎました。」ムーティは言った。「フィレンツェ五月音楽祭歌劇場の音楽監督になったのはまだ27歳のときで、そこは、スカラ座に次いでイタリアでは第二に重要な音楽組織でした。それから、ロンドンのフィルハーモニア管、次にフィラデルフィア管、そしてスカラ座。今は、音楽のために音楽を演奏するという事実を楽しみたいのです。」

城を眺める

そのかわり、彼はウィーン・フィルと数多くの公演計画があり、フィルハーモニア管やフィラデルフィア管へも再び登場する予定だ。けれども、ちょっと特別な自由時間をもてるものと思っているのは明らかだ。新しい船を購入したが、それはラベンナにある。もっと彼の心に近いのはプッリャに購入した土地で、そこはナポリの生地に近いし、ホーエンシュタウフェンのフェデリコ二世によって、13世紀に建てられたカステル・デル・モンテの見えるところにある。

「これは世界でいちばん美しい城のひとつで、4歳のときにはじめて見た記憶があります。」彼は言った。「私は、いつかこの城が見えるところに小さな土地を持ちたいといつも思っていました。そして、その土地を見つけたのです。」

「そこには、石でできた羊飼いたちの小屋がいくつかあります。プッリャの典型的な建物です。それはフランシスコ会の修道士のような生活様式です。瞑想をするところであり、友人達といるところです。食べ物はおいしいし、羊もいて、あらゆる花がある...その香りは信じられないほどです。これらすべてに加えて何よりも、城はとても神秘的で、秘密に満ちた存在なのです。」

神聖なもの

けれども、今は、ムーティの心で最も大切なのはモーツァルトの神秘、謎である。

「《魔笛》は劇的な状況についてのものではありません。」ムーティは言った。「そこでは、自然を構成するもの、動物、奇跡など多くのものが一緒に描かれています。モーツァルトは、我々が自分たちを何か神聖なものの一部であると感じる段階へ連れて行ってくれる、数少ない音楽家のひとりです。同時に、彼のオペラは我々に、我々について何の非難も審判もなしに語りかけてきます。モーツァルトのオペラが古くさくならない理由のひとつはそれです。我々は誰なのかを彼が語っているからなのです。」

Continua a leggere "19年間スカラ座でいい仕事ができて幸せ"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

日本ヴェルディ協会

日本ヴェルディ協会通信によると、来春の東京のオペラの森のヴェルディの公演を同協会が後援するそうです。マエストロ・ムーティによるヴェルディ レクイエムの公演も予定されています。

同協会のサイトではまだ発表されていません。
http://www.verdi.or.jp/

日本ヴェルディ協会 ヴェルディ通信第42号
東京のオペラの森2006「ヴェルディとその時代」を後援

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

フィレンツェ来日公演はメータ

NBSニュース2005年8月号によると、フィレンツェ歌劇場が2006年9月に来日します。演目は《トゥーランドット》と《ファルスタッフ》で指揮はメータ。
NBSはお得意のオペラ・フェスティバルをやめたのでしょうか。マエストロ・ムーティはフィレンツェ歌劇場ともスカラ座ともウィーン国立歌劇場とも来日しない模様です。だからといって、海外へ聴きに行けるはずもなく、淋しいです。ファン失格かも。

NBS NEWS 紙 2005年8月号
2006年NBS公演ラインナップ一挙公開

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

パルマに登場する?

スカラ座前総裁 Mauro Meli がパルマ王立歌劇場総裁に就任しました。マエストロ・ムーティをパルマに招聘したいと語っていて、詳細は9月に新シーズンの発表を行うときに、とのことです。
イタリアのメディアだけでなく、APA通信も Il Sole 24 紙の報道を元に配信していました。同通信によると、トスカニーニの没後50周年記念はニューヨーク・フィル、マゼールと共同して行う予定だそうです。マエストロはトスカニーニの没後50周年記念には何をするのでしょうか。スカラ座の同行事の発表以来、気にかかっています。

2005年8月5日 APA通信
05. August 2005 13:15
Meli hat eine neue Aufgabe
Ehemaliger Scala-Intendant zum neuen Kunstdirektor des Teatro Regio in Parma ernannt

2005年8月5日付 La Provincia 紙より
Parma. Il Sovrintendente si presenta
Meli: «La Scala è un capitolo chiuso Ora penso al Regio»

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

スカラ座に関する報道は真実ではない

金融・経済のニュースを主に配信しているニュース・サイトに、マエストロ・ムーティのザルツブルクでのインタビューが掲載されています。《魔笛》初日の前日のもので、スカラ座辞任について、《魔笛》について、カステル・デル・モンテなどについて語っています。映像で配信されているのなら、観てみたいのですが。
スカラ座辞任については、イタリアのメディアは本人にあまり突っ込んだインタビューは試みていないように思います。スカラ座については語りたくない、というマエストロの気持ちを慮ってのことでしょう。他の国のメディアの中には、それでもあえて質問しているものがあり、とても興味深く読んでいます。
追って全文を紹介します。

2005年8月5日 Bloomberg.com
Conductor Riccardo Muti Discusses Mozart, La Scala Squabble

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

venerdì 5 agosto 2005

演出は永遠のものではない

ザルツブルク音楽祭でマエストロ・ムーティが指揮する《魔笛》でタミーノを歌っているMichael Schade のインタビューが、今日のプレッセ紙に載っています。

タミーノは200回以上歌っているけれども、今はもっと優雅に、正確に、そして気品ある響きをもって歌っている、このことではムーティに感謝している、彼と仕事をすると厳しいリハーサルを経ることになるが、おかげでこのようになった、彼は非常に創造力の豊かな人だ、とマエストロとの共演を肯定的に見ています。

また、ブーイングを浴び、批判を受けているヴィックの演出については、四分の三はいい、ただし、結末の部分は自分にとってはあまり幸福なものではない、どの演出も永遠のものではない、その時々のものの見方を反映している、古き良き時代の名演といわれるカラヤンの《ドン・ジョバンニ》をじっくり見たが、ツェリーナとマゼットは40メートル離れて演技をしていて、舞台をなしていない、もちろん、もっと古くていい舞台もある、たとえばポネルの舞台は非常にいい、そういった古くていい舞台を再び発掘して、Martin Kusej のような現代的な演出家にまかせるのもいいのではないかと思う、と語っています。

今年のザルツブルクの《魔笛》の演出についてSchadeは、イタリアの偉大な指揮者と英国のユーモア、そして、ドイツの作品の出会いはわくわくとするようなものだ、ヴィックを連れてきたのはムーティであることを言っておく、舞台は常に美しくある必要はない、今回の舞台では炎と水の試練がロシアンルーレットとして表現されているが、それは意味のあることだ、と語っているのですが、このチームで75%はうまくやったけれども、結末の部分は自分 にとって完全に幸福とはいえない、と彼がいう舞台に、ますます興味がわいてきました。

2005年8月5日付 Die Presse 紙
Schade:
Lehrreiches Blutschwitzen mit Muti
Michael Schade über die "Zauberflöte" und seinen Schubert-Liederabend.

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 4 agosto 2005

FT紙のザルツブルク批判

2日のFT紙で、ザルツブルク音楽祭のRuzicka 時代の総括が総じて批判的な観点から述べられていました。その中で、もちろん、マエストロ・ムーティの《魔笛》についても触れられていて、このブログでも、「GBの評如何」とタイトルだけ書いたのですが、考え込んでしまうような内容だったので、とばしてしまいました。
マエストロの演奏と歌手については、独墺のメディアの批評の主流どおり、FT紙のAndrew Clark も言うことなし、としています。ヴィックの演出については、ある意味、モルティエ時代の遺物のようなもので、こういう観客の想像力をかきたてるようなプロダクションのない、退屈ともいえるRuzicka 時代だった、と述べています。
これまでいわれていたのは、ザルツブルク音楽祭はRuzickaになって、かつての輝きを取り戻した、といったものが主流だったように思うのですが、FT紙の記事もなかなか面白かったです。
なお、Andrew Clark によれば、今年のザルツブルク音楽祭のモーツァルトの栄冠はMitridateだそうです。

独墺の評読みが一段落したので(頭の中がドイツ語でぐるぐるしています)、マエストロの国イタリアとヴィックの国英米の記事を少し紹介できれば、と思います。

2005年8月2日付 FT紙
The safe way to make money out of Mozart

| | Commenti (2) | TrackBack (1)

《魔笛》の演出について SZ(2)

30日の南ドイツ新聞に載ったマエストロ・ムーティのインタビューから、《魔笛》の演出について語った部分を紹介します。

2005年7月30日付 Süddeutsche Zeitung 紙
Ich bin kein Fundamentalist

SZ:ともかく、《魔笛》の話に戻ってください。

RM:言われているように、モーツァルトの代表的な作品のひとつです。すべての演出家にとって問題なのは、つまり、《魔笛》が社会学と神学、精神分析学、フリーメーソンについてのおとぎ話、喜劇、象徴を使用した不可思議な作品であるということです。この問題についての答えはひとつもなく、音楽があるだけです。つまり、モーツァルトは音楽を通じて語り、人柄を純粋な音楽で説明しています。他のモーツァルトのオペラには男と女がいるのに対して、《魔笛》では音楽を通して人物が存在しています。ただ、パミーナは別です。彼女は唯一、真実味のある人間的な人物です。パパゲーノは自然の一部をなす人間です。

SZ:そもそも演出家は、どうやればそういったことを上演できるのでしょうか。

RM:私は演出家であろうとは思いません。グラハム・ヴィックの仕事は、どちらにせよ、伝統的でもなければ、保守的でもありません。《魔笛》は問いを発しています。人間はどこへ向かうのか。我々はどういった存在なのか。すべてのモーツァルトのオペラは、大きな危機をもちこむような、そういうやり方をして悲観的です。《コシ・ファン・トゥッテ》の結末は私にいつも苦い後味を残します。


ORFのラジオで初日を前にして、マエストロのインタビューやリハーサルの模様が流されていましたが、その中でも《魔笛》について、南ドイツ新聞やプレッセ紙のインタビューと同じようなことを語っていました。すなわち、こうです。《魔笛》は音楽的には演劇上よりも複雑なところが少ない、モーツァルトは音楽を通じて直接的に表現している、音の背後には無限の宇宙がある、それが神秘なのだ。
また、演出については、こう語っていました。最近は、作曲家が本来考えていたこととかけ離れたプロダクションがますます増えている、問題は、現代的な演出か、古風な演出か、ということではなく、知的かどうか、音楽に合致したものかどうか、ということだ。

2005年7月29日 OE1 ORF Inforadio
Salzburg: "Zauberflöte"-Premiere


ヴィックの舞台がマエストロの考えるものと一致しているのかどうか、早く舞台を見てみたいです。

Continua a leggere "《魔笛》の演出について SZ(2)"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

mercoledì 3 agosto 2005

Mauro Meli はパルマへ

スカラ座前総裁で、マエストロ・ムーティのスカラ座辞任後、スカラ座を去った Mauro Meli がパルマ王立歌劇場の総裁に指名されました。同歌劇場のサイトでもテロップが流れています。正式のお披露目は明日とのことです。一方、Meli が総裁に就任するのではといわれていたフィレンツェは、後任が決まらないままです。

http://www.teatroregioparma.org/index.htm

2005年8月3日 Corriere della Sera 紙
La scelta del Cda
Regio di Parma Mauro Meli sovrintendente

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

1996年、スカラ座改修記念公演ライヴ 

スカラ座ブックストアが出しているDVDが日本にも輸入されて、大手輸入CD店などで売られている(某店では7月26日発売)ことを教えていただきました。ありがとうございます。
昨年12月のスカラ座再開を前に新聞社が出したものとは、ジャケット仕様が異なります。もちろん、スカラ座ブックストアでも購入できます。


DVD 1996年、スカラ座改修記念公演ライヴ 

・ロッシーニ:歌劇『ウィリアム・テル』~序曲
・ロッシーニ:歌劇『ウィリアム・テル』~「婚礼の合唱と踊り」
・ロッシーニ:歌劇『モーゼ』~「天の玉座より(祈り)」
・ヴェルディ:歌劇『ナブッコ』~序曲
・ヴェルディ:歌劇『ナブッコ』~「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」
・ヴェルディ:歌劇『シチリア島の夕べの祈り』~序曲
・ヴェルディ:歌劇『テ・デウム』
・ヴェルディ:歌劇『運命の力』~「天使なる聖母よ」
・プッチーニ:歌劇『マノン・レスコー』~間奏曲
・プッチーニ:歌劇『マノン・レスコー』~「この柔らかなレースの中で」
・ボーイト:歌劇『メフィストーフェレ』~「天上のプロローグ」

 ミレッラ・フレーニ
 エリーザベト・ノルベルク=シュルツ
 ルチアーナ・ディンティーノ
 ヴィンチェンツォ・ラ・スコラ
 サミュエル・レイミー
 ミラノ・スカラ座合唱団
 ロベルト・ガッビアーニ(合唱指揮)
 ミラノ・スカラ座管弦楽団
 リッカルド・ムーティ(指揮)

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

martedì 2 agosto 2005

GBの評は?

今日のニューヨークタイムズ紙が、マエストロ・ムーティが指揮するザルツブルク音楽祭の《魔笛》について評を載せていました。その冒頭にあるように、モーツァルトがその狭量さを嘆いた頃とザルツブルクの聴衆はかわらないのでしょうか。

2005年8月2日付 The New York Times 紙
Music Review | Salzburg Festival
Mozart Resounds in a City He Hated

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

未来は美しい SZ(1)

南ドイツ新聞に載ったマエストロ・ムーティのインタビュー全文と、ザルツブルク音楽祭での《魔笛》の評を読みました。インタビューは後日、きちんと紹介するつもりですが、スカラ座辞任、スカラ座でのウィーン・フィルの演奏会について語っているのを興味深く読みました。このように話せるまでになったことに、心から安堵しました。その部分をとりあえず紹介します。

2005年7月30日付 Süddeutsche Zeitung 紙より
Ich bin kein Fundamentalist
Riccardo Muti spricht in Salzburg über Orchester, Mozart, die Scala und sich selbst  

SZ:そこで非常に重要な年月を過ごして仕事をしたスカラ座を、危機の後辞任してから、どう過ごしていますか。

RM:人生はめぐります。私はナポリ人で、南出身です。また、ひとつの哲学を持っています。ちょっと言いにくいことですが、つまり、様々な性格をもった非常にたくさんの構成員がいるわけで、それは、《魔笛》と同じです(笑い)。タミーノがいて、パパゲーノ、ザラストロ、そしてたくさんのモノスタトスがいます。私はそこで19年間働き、印を残しました。交響的な作品では40近く演奏しました。今は、音楽家として人間として、人生の新たな章にはいっています。振りかえってみると、自分の責任は果たしたと思います。ヴェルディにこうたずねた人がいます。「マエストロ、いちばん大切なのは何ですか。」彼は答えました。「三つあります。仕事、仕事、仕事。」

SZ:辞任して1ヵ月後、ウィーン・フィルとともにスカラ座に客演で戻りましたが、どんなふうでしたか。

RM:大成功でした。曲目は1年前から決まっていました。まず、ハイドンの驚愕交響曲、それから、スクリャービンの《神聖な詩》、アンコールにヴェルディの序曲《運命の力》です。感動的でした。それはミラノ・スカラ座への別れでした。グァルディアーノ神父 が《運命の力》で言っていたとおりです。誰が未来を読めるだろうか。前途は謎だ。けれども、麗しい。

Continua a leggere "未来は美しい SZ(1)"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

lunedì 1 agosto 2005

パパゲーノ Werba のインタビュー

バイエルン国立歌劇場の掲示板・フォーラムで、30日のミュンヒェンの新聞が載せたパパゲーノ役の Markus Werba のインタビューが、要約紹介されていました。
また、南ドイツ新聞に30日に載ったマエストロ・ムーティのインタビューも紹介しています。全文を入手できるのは少し先なので、こちらも、次の項で簡単に紹介します。

インタビューでは、彼の叔父がウィーン・フィルのファゴット奏者(たぶん、Michael Werba でしょう)であることが語られていて、パパゲーノが口を封じられて歌うシーンでは、その叔父が演奏しているという、というエピソードを披露していました。
また、マエストロ・ムーティはこのシーンについてリハーサルでパパゲーノの演技に異議を唱えていて、当初はトランクス(ブリーフ?)を三人の侍女に頭に被せられたのだそうです。それが、ソックスを口に入れられることになった、とのことです...。
なお、マエストロとの共演については、ムーティとやると最高にうまく進む、彼はエネルギーと活力に満ちている、彼がスピードをあげると、人々は熱狂させられる、と語っています。
さらに、演出については、ヴィックは1970年代に時代をおきかえ、パパゲーノはヒッピーになっている、ヴィックのメッセージは、死と老いの社会を救ってくれる人としてタミーノが選ばれた、というもので、ヴィックによれば少し映画の《マトリックス》的、だそうです。

2005年7月30日付 Abendzeitung 紙より

Continua a leggere "パパゲーノ Werba のインタビュー"

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

クラシカ・ジャパンの放映

クラシカ・ジャパンとe+の各メールマガジンによると、マエストロ・ムーティのスカラ座開幕公演が4演目、放映されるそうです。

《ミラノ・スカラ座21世紀のシーズン・オープニング公演》
http://www.classica-jp.com/sp2/index.html

9月3日   ヴェルディ 《オテロ》
9月10日  グルック 《オーリードのイフィジェニー》
9月17日  ロッシーニ 《モイーズとファラオン》
9月24日  サリエーリ 《見出されたエウローパ》
全日21時10分~

また、朝岡聡さんのミラノ通信も続きます。

朝岡聡のミラノ・オペラ通信Vol.6~9
全日21時~
http://www.classica-jp.com/entertain/index.html

8月5日(金)
Vol.6 グランドホテルの夜は更けて

8月12日(金)
Vol.7 音楽家に捧げられた家を訪ねて

8月19日(金)
Vol.8 オペラ・ファンが集う至福の場所

8月26日
Vol.9(最終回) スカラ座を愛するミラネーゼ

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

《魔笛》の舞台写真

マエストロ・ムーティがザルツブルク音楽祭で上演している《魔笛》の20枚近い舞台写真が、ザルツブルクのニュース・サイトに載っています。
オーストリアの主要メディアの演出についての評を、このシーンのことかなと舞台写真を見ながら、読んでいます。ザルツブルク音楽祭のプレミエの聴衆というのは、想像していた以上にはるかに特別なようです。スカラ座初日の聴衆同様、体験することのない別世界、欧米のスタブリッシュメントの世界です。
早くこの上演の映像を観たいです。

Salzburg.com
im Bild
"Die Zauberflöte" in Salzburg

http://www.salzburg.com/freizeit/237_1214.htm

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

« luglio 2005 | Principale | settembre 2005 »