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79 post da luglio 2005

domenica 31 luglio 2005

《魔笛》は大成功

DPA通信が、30日にザルツブルク音楽祭で上演された《魔笛》について、マエストロ・ムーティへの拍手喝采、演出家へのブーイングを伝えていました。
インターネットラジオで聴いていても、歌手は歌い所で大きな拍手をもらっていましたし、ピットのマエストロへも大きな喝采が贈られていました。
終幕のカーテンコールでは、演出家へのブーイングが聞かれ、RAI RADIO 3 のコメンテーターも、物議をかもす演出、と言い、タミーノの部屋の様子を説明していました(もしかしたら、今の日本の典型的な高校生、大学生の男子の部屋に近いかもしれません)。合唱団はホームに収容されている設定、と記事にはあります。

マエストロの復帰が音楽面では成功に終わったようで、ほっとしました。
おめでとうございます、マエストロ!

2005年7月30日 DPA通信
Salzburger «Zauberflöte» mit Jubel für Musik und Buh für Regie

Salzburg (dpa) - Kontrovers ist am Abend bei den Salzburger Festspielen die Neuinszenierung von Mozarts «Zauberflöte» im Großen Festspielhaus aufgenommen worden.

Salzburg (dpa) - Kontrovers ist am Abend bei den Salzburger Festspielen die Neuinszenierung von Mozarts «Zauberflöte» im Großen Festspielhaus aufgenommen worden. Großen Applaus gab es für Dirigent Riccardo Muti am Pult der Wiener Philharmoniker, der zum ersten Mal seit zehn Jahren wieder eine Oper in Salzburg leitete. Die kühle, realistische Inszenierung von Graham Vick stieß auf wenig Gegenliebe und wurde mit heftigen Buhrufen quittiert. Der britische Regisseur lässt den Chor als Insassen eines Altersheims auftreten.

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sabato 30 luglio 2005

《魔笛》の特性

プレッセ紙に載ったマエストロ・ムーティのインタビューを紹介します。マエストロが求める美しくエレガントな舞台を演出できる舞台芸術家が、次の《オテロ》でも見つかるといいのですが。

2005年7月29日付 Die Presse 紙
Ricardo Muti:
"Diese Arie, das ist Tamino"
Ricardo Muti im Interview. Über Mailand, Wien und Mozart - und den Menschheitstraum in der "Zauberflöte".


「ウィーンとウィーン・フィルのための時間が今や一層増えたことを喜んでいます。」最近あったばかりの出来事について、リッカルド・ムーティは本当に明るい表情で説明しながら、短くまとめてみせた。ともかく、興行が数週間マヒしたストライキの後、彼は地方政局の事情からミラノ・スカラ座の音楽監督の地位について辞任を申し出た。

このような決断が間違いなく彼の意に沿わないものであることは理解できる。彼がミラノで指導的立場にあったのは19年間だ。そして、まさにモーツァルト記念年を前にして、「自分の」歌劇場でもって野心的な計画を実現する予定でいた。しかし、ミラノを辞任すると同時に、世界中から申し出が彼のもとに届けられている。ことによったら、彼にとってそれらは突然の終幕を軽減されたものにしてくれている。

いずれにせよ、ムーティはすでにこの秋のシーズンに、モーツァルトの《フィガロの結婚》についてウィーン国立歌劇場で一連の公演を行う予定だ。続く翌年については、同歌劇場総裁 Ioan Holender との間で、《コシ・ファン・トゥッテ》で合意していて、それはアン・デア・ウィーンでムーティ自身が当時厳しい稽古を経て、初演し、続く何年か再演したものが再度復帰する。

ザルツブルク音楽祭にも、ムーティは再び、頻繁に客演する予定だ。《魔笛》はグラハム・ヴィックの演出で明日、土曜日が初演だが、それを指揮する。同作品については、2006年のモーツァルト記念年にも指揮を担当する。就任が予定されている総裁 Jürgen Flimm はムーティと既に、2008年の新制作について合意している。 ヴェルディの《オテロ》だ。

当地でムーティの活動がまた一層強まるのは、彼にとっては当たり前のことである。「私は、ウィーンを第二の故郷だといつも思ってきましたから。」彼は言った。「なんといっても35歳から毎シーズン、ウィーン・フィルを指揮しています。スカラ座を率いていた頃でも、ウィーン・フィルにいつも力点をおいていました。ウィーン・フィルは私にとって、世界でいちばん大切なオーケストラなのです。」

ムーティはウィーン・フィルの特別な立場について、自分にとってだけでなく、世界的な広がりをもった文脈の中で定義づけする。「今はまさしく、オーストリアがヨーロッパの中心にあることを強調すべき時代です。そして、ウィーン・フィルは、そのような世界を最も適格に代表しているオーケストラなのです。我々は、ヨーロッパのアイデンティティを、ゆっくりと、しかし着実にまさに喪失させられようとしている危険にあることを、もっと早くに自覚すべきでした。世界の他の地域と対話を始めるつもりならば、しっかりとしたアイデンティティを持つ必要があります。音楽はこういうアイデンティティを何百年にもわたって表現してきました。」

ムーティは自分の考えを、ウィーン・フィルとのツアーで蓄えてきた経験を通じて真実だと検証してみせる。「ラベンナ音楽祭と共同してきた過程で、再三再四、ヨーロッパ以外の国へ行き、そこで、その国の楽器奏者や歌手たちと音楽を演奏してきました。我々は、ベイルート、エレバン、イスタンブール、エルジャム、ダマスカスへ行きました。そこでは、例えば、エレバンで演奏した晩のプログラムと同じものを、次にイスタンブールで演奏しました。どちらの街でも演奏家たちはすぐに、シューベルト、ブラームス、ベートーベンの英雄交響曲に対する豊かな感情に気づきました。トルコとアルメニアの関係がどのようなものであるかについて考えをめぐらせてみるならば、そのことは本当に素晴らしいことです。このようにして音楽は、人々の集団において、人々の関係において、勝利するのです。」

今や、ミラノでの仕事の日数負担が「軽減」されて、ムーティは今後の予定で次のようなことを可能にできた。すなわち、彼が公式に言っているように、「オーストリアの偉大な音楽伝統」をたどる過程において、ウィーン・フィルとのツアーに一層頻繁に出かけることができるようになった。「モーツァルト記念年には世界中が偉大な人間モーツァルトを認めることになるでしょう。」

とりわけ、音楽劇の作者としてのモーツァルトは、表現についてことさら特別な可能性を開拓した、とムーティは説明する。「彼の音楽は登場人物たちを指で指し示すものではありません。むしろ彼の音楽は我々自身を鏡の前に出させるといっていいでしょう。その鏡は、立てた指が我々に指し向けられているような人がその中に立っていたり、我々に道徳的な説教をするような人がその中にいることもないまま、自分の過ちを見ることができるものです。モーツァルトは何一つ糾弾しません。彼の描くドン・ジョバンニでさえそのようなことはありません。どのオペラでも最後には逆に、ひとつになり、我々にとって誠実と考える友達になったかのような気持ちがするのです。常に希望が残ります。」

《魔笛》については、ムーティはザルツブルク音楽祭ではじめて指揮するが、随分以前から彼の関心を引いていた。「この作品は10年前にミラノでみっちり稽古をして上演しましたし、その3年後、もう一度上演しました。私にとってこれは、ダ・ポンテ作品とは対照的に、非常に謎に満ちてミステリアスなのです。」

モーツァルトのオペラの上演において、どんな箇所についても、どんな休止符についても、レチタティーヴォにおいても正確に指揮指導し、準備していることで有名な指揮者が、《コシ・ファン・トゥッテ》のような作品と《魔笛》との間の本質的な差異について、列挙してみせる。「《コシ》は喜劇であり、多くの楽節において、しかも、多くのひとつひとつセリフが二重の意味を持っています。だから、バチカンによって承認された、いわば公式版を翻訳もので選ぶことができますが、あるいはまた、例の、ダ・ポンテがモーツァルト同様、二重の意義を持たせようともくろんだ版もあります。モーツァルトは全く完璧なイタリア語を話していて、後者の版では、二重の意味とシニシズムをすべて、音楽的におきかえていました。私は一度でいいから喜んで音楽大学の学生になって、ユーモア溢れる部分や冷笑的な部分、悪意の感じられる部分、もっとさらには革命的な部分の行間に何が見つかるのかについて、習得したいと思っています。」

《魔笛》においても、その《不可思議さ》の中に、多かれ少なかれ、テキストと音楽における隠されたメッセージが全く別の様式の中に潜んでいると、ムーティは見ている。「この作品について、人々はいつもこう自問します。自然が問題になっているのか。社会的あるいは哲学的な局面の問題なのか。道徳的なメッセージについての問題なのか。解説者たちがここで、宗教的あるいはフリーメーソンとしての背景を立証していますが、それは私にとっては全く重要ではありません。《魔笛》は我々に、何か、よりよい人生について語っているのです。あの作品は人間の夢を表しているのです。」

「モーツァルトはここでは、舞台上の登場人物について、劇性を付与するよりもむしろ純粋な音楽を提供しています。たとえば、タミーノはアリアはひとつしか歌いません。このアリアがタミーノなのです。他も、決して無条件に劇性を備えた印象的な人物になっているわけではありません。登場人物は、しかしながら我々に、音楽という手段を通じて、どういった話なのかを説明しています。ダ・ポンテ作品では、音楽がその瞬間その瞬間全く特別なものになっていて、テキストから役柄を引き出しています。《魔笛》では、テキストと音楽の関係は密接ではありません。そこではコンセプトが大切なのです。そして、音楽がこのコンセプトや意図を実現させているのです。厳密に言えば、こういったことを上演するのは全く不可能です。」

終わりに、陽気なリッカルド・ムーティはこれからのプランに再び目を輝かせた。彼は演出一般について、自分自身の特別な考えを持っている。「今日ほとんど失われてしまっているのが、劇場上演における優雅な芸術です。やはりGiorgio Strehler が思い出されます。彼にはいつも美しさ、みごとさ、目的がありました。それは、劇場では裏側の過酷さを隠すべきである、ということではありません。しかし、デスピーナが反抗するときには、ダ・ポンテとモーツァルトの優雅さをもってやるでしょう。」

例えば?「舞台上で退屈な感じを表現しなければならないとき、だからといって、それは退屈であっていいということでは全くありません。人は私をいつも厳格な純粋主義者だと誤解しています。けれども、舞台上をたえまなくヌードがうろうろすることには、神経をいらだたせられます。確かにヌードは芸術です。しかし、下品なものは全く別です。この違いを再度理解することが、いわば舞台における目的だといっていいでしょう。ここでもう一度ダ・ポンテです。そう望むのなら、ダ・ポンテによって無数の赤色光線のようなフレーズに気づくでしょう。でも、ダ・ポンテは優雅さをもってそのフレーズに奉仕しているのです。それは隠されています。」

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ラベンナ音楽祭のビデオ更新

ラベンナ音楽祭のサイトにマエストロ・ムーティの《メフィストフェレ》の演奏ビデオが載っています。
このソプラノAlexia Voulgaridou のことをマエストロはla Greca と呼んでいるそうです。

http://www.ravennafestival.org/video_sommario.php

Video Festival
Jukka-Pekka Saraste
Riccardo Muti
Valerij Gergiev

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venerdì 29 luglio 2005

スカラ座の《アイーダ》はシャイー?

今日のレプッブリカ紙が、スカラ・フィルの今秋のツアーがシャイーとガッティによって行われる予定であることを報じていました。
その中で、シャイーの2006年12月のスカラ座開幕公演が《ドン・カルロ》か《アイーダ》ではないか、と書かれていました。マエストロ・ムーティは、パリ・オペラ座との共同制作によりスカラ座で《アイーダ》を上演する構想を抱いていましたが、シャイーがそれを引き継ぐことになるのでしょうか。今日のプレッセ紙のインタビューで、マエストロはウィーンで仕事のできる時間が増えたことを喜び、ウィーン・フィルは自分にとって最も大切なオーケストラだと明言していました...。

2005年7月29日付 la Repubblica 紙より
Nei programmi dell´orchestra milanese la presenza dei due maestri italiani e due tournèe all´estero
La nuova Filarmonica parte da Gatti e Chailly
chailly
gatti
Sul podio arriverà anche Prêtre
Tra settembre e ottobre viaggi a Istanbul e Varsavia

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ヴィックの演出は?

モーツァルトに関するニュースを載せているサイトで、マエストロ・ムーティのザルツブルク音楽祭での《魔笛》が紹介されていました。
ラジオでも放送されたVick の演出の一端を知ることができます。

Das Mozart Heute Magazin
Salzburg: Mozarts Zauberflöte in neuen Bildern?

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リハーサルの模様

ORFのサイトで、ザルツブルク音楽祭でのマエストロ・ムーティの《魔笛》について、3分ほど紹介されています。

2005年7月29日 OE1 Inforadio
Salzburg: "Zauberfloete"-Premiere

http://oe1.orf.at/inforadio/54111.html?filter=5

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ウィーン・フィルがいちばん大切

今日のプレッセ紙にマエストロ・ムーティの長文のインタビューが載っています。
ウィーンやザルツブルクでの今後の予定、ウィーン・フィルがどれほど自分にとって大切か、そして、モーツァルトのオペラなどについて語っています。
予定については、2008年にザルツブルク音楽祭で《オテロ》の新演出、来年はウィーン国立歌劇場で《コシ・ファン・トゥッテ》を上演することが Ioan Holender との間で決まっているそうで、アン・デア・ウィーンでのものが再度復帰するようです。
ウィーン・フィルについては、スカラ座時代からも大切だったが、今は自分にとって世界でいちばん重要だ、と言っていました。

朝は慌しいので、週末にきちんと紹介します。
Ricardo は何とかしてくださいね。(”東京のオペラの森”には表記を直していただけたようで、ほっとしました)

2005年7月29日付 Die Presse 紙より
Ricardo Muti:
"Diese Arie, das ist Tamino"
Ricardo Muti im Interview. Über Mailand, Wien und Mozart - und den Menschheitstraum in der "Zauberflöte".

2005年7月29日付 Die Presse 紙より
1992 verließ er im Protest die "Titus"-Proben
1971 "Don Pasquale", 1982 "Così fan tutte", 1995 "La Traviata": Riccardo Muti in Salzburg.

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極上のホイップクリームのような《魔笛》

マエストロ・ムーティがザルツブルク音楽祭で上演する《魔笛》でタミーノを歌う Michael Schade のインタビューが、オーストリアの新聞に載っていました。
マエストロについてほんの一言ですが、触れていました。彼によれば、今回の《魔笛》はとても嬉しい、ムーティはダ・ポンテ作品全部において最高の指揮者だ、それに、素晴らしい歌手である Genia Kühmeier がパミーナを歌う、このようなザルツブルク音楽祭での上演は、自分にとっては、全くもって、シュトルーデルの上にのった極上のホイップクリームのようなもの、だそうです。

インターネット中継が楽しみです。


OÖN: Es ist Ihre dritte "Zauberflöte" in Österreich?

Schade: Ja, und diesmal habe ich mich besonders gefreut. Weil Muti am Pult steht, für mich der beste Dirigent der Da-Ponte-Opern überhaupt. Und weil Genia Kühmeier, die ich für eine ganz große Sängerin halte, meine Pamina ist. Diese Salzburger Produktion ist für mich wirklich wie eine Portion Extra-Schlagobers auf dem Strudel.


2005年7月28日付 OÖN Nachrichten 紙より
Schlagobers-Zauberflöte
Michael Schade, der Welt bester Mozart-Tenor, hat am 30. Juli in Salzburg als Tamino in Graham Vicks Inszenierung der "Zauberflöte" Premiere.

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giovedì 28 luglio 2005

"When I'm Sixty-Four"

ビートルズのあの曲が浮かんできますが、ジョン・レノンの詩とはあまりに違う、若々しいマエストロ・ムーティです。バレンタインのカードだって、誕生日のカードだって、山のように受け取ることでしょう。

どうか、よい一日を過ごされますように。そして、これからも、マエストロが健康と幸福に恵まれますように。

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誕生日

Buon compleanno, Maestro Muti!!

Le auguro di cuore tanta felicita'.

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mercoledì 27 luglio 2005

《魔笛》の舞台写真

ザルツブルク音楽祭のサイトにマエストロ・ムーティの《魔笛》  Zauberfloete の舞台写真が掲載されています。

http://www.salzburgfestival.at/fotoservice.php?lang=1#top

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《魔笛》の写真

AP通信が26日に行われたマエストロ・ムーティの《魔笛》のリハーサルでの舞台写真を配信しています。

http://de.news.yahoo.com/050726/12/4mlbw.html

http://de.news.yahoo.com/050726/12/4mlcs.html

いずれ、ザルツブルク音楽祭のサイトにも掲載されるでしょう。

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martedì 26 luglio 2005

マエストロの拒否権

イタリアの新聞が、ザルツブルク音楽祭での《魔笛》についてのマエストロ・ムーティのインタビューや、《魔笛》をはじめとする先鋭的な演出について紹介していました。
Corsera 紙は、パパゲーノがリハーサルでトランクス姿になる場面があったことについて、マエストロが拒否権を行使したことを報じていました。

Ma veramente i nudi, gli slip succinti, le natiche in bella vista, le scene provocatorie portano nuovo pubblico? Si racconta che anche il pur raffinato Graham Vick, autore della regia del Flauto Magico (la «prima» sabato) che segna il ritorno di Riccardo Muti a Salisburgo dopo dieci anni di assenza, durante le prove volesse mostrare in una scena Papageno in mutande. E che il maestro abbia posto il suo veto.

2005年7月26日付 Corriere della Sera 紙より
Stasera il debutto di «Die Gezeichneten» diretta da Nagano
Salisburgo, opera choc: provocazioni sadomaso
Il Festival punta ancora sulla trasgressione


インタビューは追って紹介します。

2005年7月26日付 Il Giornale 紙より
RICCARDO MUTI «Il mio Flauto con i Wiener sospeso tra fiaba e gioco»

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lunedì 25 luglio 2005

音楽現代誌 8月号

音楽現代誌8月号はクライバー没後1周年を特集しています。その中に、マエストロ・ムーティが昨年11月5日にクライバーのお墓を訪れて、花を捧げている写真が載っていました。

音楽現代誌 2005年8月号
クライバー記念館開館と資料寄付のお願い

マエストロが、7月のクライバーへのオマージュのためのコンサート(ラベンナ音楽祭)で披露したエピソードは、6月のMilanesiana でも語っていたことですが、今春出た本に載っている対談の中でも、少し詳しく語っています。
それによれば、クライバーがクラリネット奏者にピアーノ、ピアーノと要求したのは、マエストロが見た彼のリハーサル・ビデオの中でです。1970年代にシュツットガルトのオーケストラと行った《こうもり》序曲のリハーサルだとのこと。

L'arte di Riccardo Muti e la Musa platonica
Bompiani, marzo 2005
Coversazione coclusiva con Riccardo Muti

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domenica 24 luglio 2005

ザルツブルクでのひさしぶりのオペラ

ザルツブルクの新聞の付録に載った、マエストロ・ムーティの記事を紹介します。ザルツブルクでの《魔笛》の上演の成功はもちろんのこと、すぐにでも映像化されることを心から願っています。


2005年7月23日付 Salzburger Nachrichten 紙より
Nach zehn Jahren zurück am Opernpult

リッカルド・ムーティは、ずっと以前から関わっているザルツブルクではじめて上演するモーツァルトの《魔笛》でもって、再びオペラを指揮する。1989年にヘルベルト・フォン・カラヤンが亡くなったとき、多くの人が、リッカルド・ムーティがザルツブルク音楽祭における彼の「当然の」後継者だと考えた。しかし、モルティエ時代の顔見世初演である、1992年のKarl-Ernst 、Ursel Herrmann 演出による《皇帝ティトス》の上演を降りた後、彼はメディアの文芸欄で保守主義の悪者という烙印を押された。上演としては失敗だった1995年の《椿姫》で二度目のスタートをして以来、ザルツブルクではコンサートだけを指揮してきた。

今年の音楽祭の夏、はじめて振る《魔笛》でもって、リッカルド・ムーティは10年ぶりにオペラを指揮する。演出は Graham Vick が担当する。彼が信頼している人間で、ミラノ・スカラ座でヴェルディの《マクベス》、《オテロ》で一緒に仕事をした。ヴィックはイタリアものやロマン派の領域で名声を博している。しかし、彼はその演出のスタイル、審美面、舞台上のウィットの面では英国的な演出家である。そして、自分本来の主張や上演にあわない無難な《魔笛》を演出したり、「並みの」路線をとるつもりは全くないように見える。

リッカルド・ムーティはミラノ・スカラ座ですでに《魔笛》を指揮している。しかも、それは10年前の記憶に間違いがなければ、このオペラの特異性、快活さに変容したきまじめさ、俗謡の残った音の響き、かしこまったところのない祝祭的な雰囲気、作品のそういった面について信頼感のあるものだった。その上、彼は、ザルツブルク音楽祭にとって《魔笛》が、バイロイトにおける《ニーベルングの指環》を意味することも知っている。

「《魔笛》は根本的にうまく聴衆に見せることのできないオペラです。一方の聴衆はよく思っても、別の聴衆は気に入らなく思います。だから、《魔笛》はザルツブルクでわれわれに求めるしかないのです。」リッカルド・ムーティは慎重に考えながら語った。「モーツァルトはこの作品において、人が生きていく面の最も深遠な神秘に突き進んでいます。だから指揮者としては、作品に最高の美しさと最大限の純粋さを付与するよう努力するしかなく、それが指揮者としてできることです。」

《魔笛》―それはこの指揮者にとって始まりでしかないといっていいだろう。リッカルド・ムーティが今後の計画について暗示していることを注意深く読みとれば、彼と音楽祭の次期総裁 Jürgen Flimm との最近の会談について、2007年からは単に音楽祭に参加すること以上のものが浮かび上がってくるといっていいだろう。

もちろん、リッカルド・ムーティはミラノ・スカラ座辞任後、たくさんの別の選択肢を持っている。「たくさんの非常に素晴らしくて輝かしい申し出をうけています。」彼は本紙のインタビューでその状況についてコメントした。それらは「よく考えてみる価値のある申し出」といっていいだろう。

レストランの《シェフ》でさえ考えていない。もちろんだ。「断言します。近いうちにどこかの《シェフ》になろうと考えることで時間を無駄にしてはいません。レストランの《シェフ》についてさえ考えていません。私は40年間、様々な団体の音楽監督でした。まずもって当分は音楽のことだけしか考えずにはいられない状態でいたいと思います。」

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sabato 23 luglio 2005

Meli はパルマの歌劇場へ?

未確認情報として出ていたMauro Meli 前スカラ座総裁がパルマ王立歌劇場総裁になるという話が、今日の一部のイタリアの新聞に載っていました。今日のレプッブリカ紙には、フィレンツェの中道右派がフィレンツェ五月音楽祭歌劇場総裁に、マエストロ・ムーティと親しいMeliを望んでいたことが書かれていましたが、パルマに納まるのでしょうか。なお、パルマをバイロイトのようにしよう、というプロジェクトが生まれたこと、マエストロ(とスカラ・フィル前総裁のConfalonieri )がそれに関わっていることは、先日も紹介しました。
記事によれば、マエストロはMeliへの義の気持ちから、かつて彼が総裁を務めたカリアリの歌劇場で近いうちに演奏するとのこと。また、Confalonieriはパルマ王立歌劇場の理事会に入るのでは、とも言われているそうです。
マエストロのカリアリ公演はケルビーニ管とでしょうか。発表が待たれます。

2005年7月22日付 il Resto del Carlino 紙より
Mauro Meli, dalla Scala al Regio di Parma

2005年7月22日付 la Repubblica 紙より
Nel documento di Forza Italia e An molti dubbi e domande sul lavoro del consulente
Fuoco incrociato su Mazzonis la destra punta alla direzione artistica
Dalla scelta di Nekrosius al Maggio ai suoi legami con la Old & new Montecarlo

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venerdì 22 luglio 2005

2005年ザルツブルク音楽祭

ザルツブルクの新聞のサイトに、Web版の付録として2005年ザルツブルク音楽祭の特集が載っています。1995年の《椿姫》以来、久しぶりにオペラを振るマエストロ・ムーティの《魔笛》についての短いコメントも載っています。
最後の言葉がいいです。音楽監督の職務に心をくだくのではなく、音楽そのものにうちこみたい。ケルビーニ管の演奏会を報じるマルタの新聞にも同じようなことが書かれていました。

Ich war vierzig Jahre lang musikalischer Leiter von verschiedenen Institutionen. Ich möchte mich vorerst einmal nur noch um die Musik kümmern müssen.

http://www.salzburg.com/sn/sonderthemen/festspiele2005.html

Festspiel Beilage Am 23. Juli in den SN
Nach zehn Jahren zurück am Opernpult
23. Juli 2005

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フィレンツェでのグルックのキャスト

ラベンナ音楽祭の《メフィストフェレ》でマエストロ・ムーティと共演したギリシア生まれのソプラノAlexia Voulgaridou は、フィレンツェで上演予定の、グルックのオペラ《Iphigenie in Aulis》でも共演する予定だそうです。

2005年7月22日付 Kleine Zeitung 紙より
Auftakt zur Sommerspielzeit im Stadttheater
Für Riccardo Muti ist sie seine "La Greca", für Dietmar Pflegerl die "Mimi": Alexia Voulgaridou ist ab Samstag im Stadttheater in Puccinis "La Bohème" zu sehen.


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フィレンツェについての未確認情報

イタリアのオペラの掲示板Forum di OperaClickに、フィレンツェ五月音楽祭歌劇場でのマエストロ・ムーティのオペラ上演について、未確認情報が書き込まれていました。

ひとつは、ケルビーニの『メディア』のオリジナル版をフランス語で上演するという未確認情報
これはマエストロが常々上演希望を口にしていて、ただ、ソプラノが見つけられない、と言っていたものです。

もうひとつは、グルックのIfigenia in Aulide、ハイドンの『月の世界』を上演するという未確認情報
グルックについては、2007年に上演する予定とCorsera紙にも載っていたのは紹介済みです。

『メディア』はマエストロの夢であり、ファンの夢なので、それをかなえてくれるソプラノの出現を待ちたいです。アントナッチ?ウルマナ?テオドッシュ?まだ学生で勉強中の未来のソプラノ?

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スカラ座新シーズン(3)

来シーズンの詳細はサイトを見ればわかることですが、それ以降のことについても報じられています。

バレンボイムの重用が目につきます。2005年のクリスマス・コンサートにベートーベンの第九、2007年の開幕公演の『トリスタンとイゾルデ』、さらには2007年のトスカニーニ没後50周年記念のコンサートも彼で、ヴェルディのレクイエムを振るそうです。トスカニーニのはマエストロ・ムーティでないのが残念無念。

そのほかには、バロックオペラと現代作品を毎シーズン上演するそうで、来シーズン、ホグウッドがバロックオペラでスカラ座にデビューするとのことです。また、ガッティは2006年~2007年のシーズンに登場。作曲家としては来シーズンは、ショスタコビッチの生誕100年、シューマンの没後150年を記念してコンサートが組まれる予定だそうです。また、マゼールは来シーズンは『トスカ』を振りますが、2008年には自作オペラ『1984年』を振るとのこと。

他の歌劇場との共同制作としては『イドメネオ』(キャストは9月に発表)と『ドン・ジョバンニ』(キャストが豪華!マエストロ・ムーティが予定していたものかもしれません。Carlos Alvarez、Barbara Frittoli、Giuseppe Sabbatini、Ildebrando D'Arcangelo、Alex Esposito)がそれぞれ、パリ・オペラ座とベルリンのStaatsoper Unter den Linden とのものになるそうです。

2005年7月21日18:20 Apcom
Lissner: ogni anno musica barocca, contemporanea e nuove regie

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スカラ座新シーズン(2)

速報が続々と出ています。詳細は新聞とサイトの更新を待ちます。

2007年の開幕はバレンボイムによる「トリスタンとイゾルデ」で、シェローの演出になる予定だそうです。
マエストロ・ムーティに振ってほしかった作品のひとつです...。

2005年7月21日付16:37 Apcom
SCALA/ A HARDING, CHAILLY E BARENBOIM LE PROSSIME TRE "PRIME"

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スカラ座新シーズン(1)

21日、スカラ座新シーズンについて発表があり、速報がいくつも出ています。
ANSA通信によれは、2006年12月の開幕公演はシャイー(来シーズンは『リゴレット』を振り、タイトルロールはヌッチ)が指揮をし、作品はイタリアの1800年代のものになる予定とのこと(他の報道では、おそらく、ヴェルディだろう、とありました)。
また、スカラ座総裁Lissnerは、マエストロ・ムーティにかわる指揮者、彼と同レベルの指揮者をすぐに探すことは無理で、3年間はRiccardo Chailly、Lorin Mazel 、Daniel Barenboim、さらに若い指揮者など5人か6人の指揮者を主要指揮者にすえてシーズンを構成していく、強く希望するのは、マエストロ・アッバードが2~3年のうちにスカラ座に戻って振ってくれること、マエストロ・ムーティについても同じ、と述べています。

2005年7月21日15:31 ANSA 通信
Scala, presentata stagione 05-06

2005年7月21日15:02 Apcom
SCALA/ LISSNER: OGGI NON E' POSSIBILE RIMPIAZZARE RICCARDO MUTI

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giovedì 21 luglio 2005

「東京のオペラの森」出演の経緯

週刊新潮誌最新号に、マエストロ・ムーティが「東京のオペラの森」に出演するに至った経緯に触れた記事が載っていました。発言者は匿名です。記事によればこうです。

(略)こんな大物を助っ人に呼べたのは、「オペラの森のホーレンダー音楽顧問の力でしょう」と、ある音楽関係者が解説する。(略)
「ムーティは今春、スカラ座の楽員らと対立して音楽監督を辞任した。ムーティを高く評価するホーレンダー氏は早速、小澤がウィーンで振るはずだった『フィガロの結婚』をムーティに頼んだほどです。(略)」
が、”森”の事務局は、「ダメ元でお願いしてみたら実現した。ホーレンダーさんも驚いているのでは」
週刊新潮誌 2005年7月28日号
「東京のオペラの森」に助っ人「ムーティ」

「お願いしてみたら」の主語は”森”の事務局でしょうか、ホーレンダーでしょうか。
お願いしてみた相手はホーレンダーでしょうか、マエストロでしょうか。

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mercoledì 20 luglio 2005

ウィーン国立歌劇場来日公演は小澤さん

モストリークラシック誌最新号に、ウィーン国立歌劇場総裁のHolenderのインタビューが載っていました。
同歌劇場の2008来日公演は、小澤さんの《イドメネオ》と《エレクトラ》、ティーレマンの《マイスタージンガー》だと語っていました。マエストロ・ムーティはやはり同行しないようで、残念です。

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martedì 19 luglio 2005

ナポリ音楽紀行

レコード芸術誌最新号にナポリ楽派を紹介する記事が載っていました。マエストロ・ムーティがとても関心を抱いている作曲家たちです。

レコード芸術誌 2005年8月号
ナポリ音楽紀行

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lunedì 18 luglio 2005

ケルビーニ管との6/27の公開リハーサル

6月27日にラベンナ音楽祭で行われた、マエストロ・ムーティとケルビーニ管の公開リハーサルについての記事を紹介します。遅くなりました。
マエストロのこういうリハーサルを見学する機会にめぐりあいたいと思いました。

2005年6月29日付 Corriere Romagna 紙より
“La più nobile e libera tra le arti” insegnata ai giovani

「音楽はメッセージを表すものではなく、感情を表現するものです。そして、音楽それ自体だけで描写します。このために音楽は芸術の中で最も優れ、自由なのです。」リッカルド・ムーティは月曜日の夜、 Teatro Alighieri の舞台で論証し、説明し、語りかけた。ムーティは聴衆に対して行ったが、とりわけ、舞台に並んだケルビーニ管の若い奏者たちに対してのものだった。それは単純なリハーサルを目的としたものではなく、コンサートを目的としたものでさえなかった。「公開リハーサル」「講義の形をとった演奏会」...定義はあまり重要ではない。それよりも大切なのは、最も有名な作品に近づくための、めったにない貴重な機会であるということだ。それは「最高の」交響曲であるベートーベンの第五で、少なくともその冒頭を無視していいとは、おそらく誰もいえないだろう。そういう作品に、我々の時代の偉大な演奏家のひとりが直接教えてくれることによって接近できる、稀で貴重な機会なのである。饒舌で風刺に満ちたマエストロはすぐに平土間の聴衆に注意した。「これから見たり聴いたりすることは、聴衆がいなくてもこういったものでしょう。」即ち、正真正銘、リハーサルなのである。この若くて選ばれた青年たちにとっては、数ヶ月前に新しいこのオーケストラの一員になるために参加して以来、ずっと続いてきた多くの幸運のひとつだが、コンサートの聴衆にとってはふだんは想像の世界でしかなかったものである。音楽の解釈はどれひとつとして偶然にゆだねられたものはないし、自然にわきあがってくるものではない。すべて意志と分析の成果であり、演奏家の労力の結果である。すなわち「理性や知性によって注意深く制御された精神の表現です。」そして、マエストロの明快で電光のような指揮の振りの背後にあるものを理解するには、冒頭のあの有名な四音(ソ ソ ソ ミ)で十分事足りる。一度、二度と演奏されて、だんだんと鋭く、正確になっていく。確かに、そこには楽譜と演奏のしかた(フレージング、発想記号、音響と音色の関係、抑揚...)についての深い技術的な知識がある。望みどおりの結果に向かってオーケストラ全体を統制し指揮する能力も、作曲家の意図を翻訳して伝える能力もある。けれども、他にもある。音楽によって人間の思想が読めたり、人間の歴史が読めるということの自覚だ。音楽が最もすぐれた成果であることの自覚である。当時「ベートーベンは、音の響きの問題と、メロディーが調和的な構成をもったずば抜けた構造でもって、革命的な闘いを始め、そのことによって、ハイドンやモーツァルトが達成した様式上の完璧性を破壊し、超越することになりました」それは音楽に関する問題であるだけでなく、もっとその向こうにあるものを見るように仕向けるものでもある。作曲家の性格、特性や彼がいた革命時代について見るように導くのである。ムーティが朗読したいと考えていた、出版された書簡のなかにあるベートーベン自身の言葉が、彼の音楽の中にはいっていくのにすぐれた助けになるのだから、その音楽そのものも、当時のことについて歴史の専門書では伝えられないものを明らかにすることができるだろう。「芸術の中でもっともすぐれ、自由なものなのです。」第五交響曲のように偉大でちょうどよい作品が、それらを自分達の欲するものに従わせるために演奏されたことが数多くあるが、成果を生まないのは、このように自由で本質としてとらえることのできない性質をもっているためである。ムーティは率直な皮肉でもってナチの中心人物の浮沈を回想した。「音楽はメッセージを表現することはありません。」けれども、伝えているものは明らかである。拍手喝采がやっとのことで消え、この「オーケストラ・リハーサル」が若者や学生に開かれる形で常に行われるようになったら、という考えが現れた。夢の世界だ。望むだけで十分なのかもしれない。

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domenica 17 luglio 2005

ザルツブルク音楽祭《魔笛》の中継

30日のマエストロ・ムーティの《魔笛》の初日が、 ORF と RAI RADIO 3 でインターネット中継されます。RAI ではインタビューが放送されるかもしれません。どちらを選ぶか悩ましいところです。

2005年7月30日19時30分(日本時間 31日2時30分) OE1 ORF, RAI RADIO 3
Wolfgang Amadeus Mozart: "Die Zauberflöte"

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sabato 16 luglio 2005

ラベンナ音楽祭の7日の映像

ラベンナ音楽祭のサイトで、7日のマエストロ・ムーティの演奏会の映像がほんの数十秒、観られます。
マエストロが語っているクライバーの思い出については、Milanesiana で語っていたのと同じような内容でした。6月25日の新聞記事で紹介したとおりです。

http://il-figlio-del-sud.cocolog-nifty.com/bravomuti/2005/06/milanesiana.html

高速のインターネット接続だったら、とまた思ってしまいました...。

Omaggio a Kleiber
http://www.ravennafestival.org/video_sommario.php

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音楽のために音楽を演奏する

9日のマルタ公演に関して、マルタの新聞に載ったマエストロ・ムーティの記事を紹介します。

2005年7月11日付 The Times of Malta 紙より
Making music for music

Valletta の Mediterranean Conference Centre で土曜日に行われたコンサートの翌朝、リッカルド・ムーティは疲れていたが、満足げだった。

彼のマルタ体験は「非常に肯定的なもの」だった。世界的に有名な指揮者は本紙にそう語り、「この言葉は嫌いですが、旅行者として」再びマルタを訪れることを望んでいた。

「すべてうまくいき、私が会ったコンサートの実現と運営に関わった人たちは気持ちのいい人たちで、仕事もプロでした。」

マエストロ・ムーティは土曜日に会った大統領の Eddie Fenech Adami と閣僚たちを「非常に魅力的だ」と語り、その出会いについてこう述べることで肯定的な印象を強調した。「これまで、エリザベス女王から法王たち、ロシアの大統領ウラジミール・プーチンまで、何人かの重要人物に会ってきました。」その中でも魅力的な人物だということである。

「飾らず、率直で、誠実」というのが、マエストロ・ムーティが二日間の訪問で引きつけられたマルタの人々の基本的なキャラクターである。

「我々音楽家はものごとを即座に把握しますが、今、私の直感的な第一印象を確認することになるでしょう。」彼はこう言い、楽しみにしていたマルタ・ツアーに昨日出かけた。それは Valletta のSt John's Co-Cathedral に行って Caravaggio の絵を鑑賞し、ムディナへ向かうというものだった。

Renaissance Productions Ltd とそれを率いる Anton Tabone と Amabile Zammit がマルタへ連れてきたケルビーニ管は、土曜日、マルタの聴衆に畏敬の念をおこさせた。マエストロ・ムーティのベートーベンの第五交響曲の演奏は、聴衆にとって座席から飛び上がりたいと思わせるようなもので、最後にはスタンディングオベーションとなった。

マエストロ・ムーティは聴衆の期待に応え、聴衆もそうした。誤ったところで拍手が起きたにもかかわらず、彼は、よく知られているようにいらだって、聴衆を静めたりするようなことはしなかった。逆に、聴衆をほめただけだった。「彼らはコンサート中終始静かに聴き入っていました。」彼はこう指摘した。静けさはマエストロにとって黄金に等しく、彼はどんな妨げに対しても非寛容で、コンサートの間中、空調をオフにするよう求めた。

ミラノ・スカラ座音楽監督という、オペラやクラシック音楽の世界で最も切望される地位のひとつを、彼は20年間治めたあと、4月に去った。それは大きな論議の最中になされ、クラシック音楽の世界に衝撃の波が伝わった。それ以来、マエストロ・ムーティはホームレスだといわれてきた。けれども、それは事実とかけ離れている。彼はこれまで口をつぐんできたデリケートな問題について、本紙に口を開いてみせた。

「逆に、私は長い間家を持ちすぎたのです。これまでずっとどこかの音楽監督でした。」1968年にフィレンツェ五月音楽祭の音楽監督に就任して以来、いくつかの重要な地位にずっと就いてきていた。

「カラヤンでさえ、ベルリン・フィルを離れました。」彼は指摘した。「論議は別として、今のところ自由になれてとても幸せです。ニューヨーク・フィルや他のオーケストラが音楽監督を依頼してきたことは否定しませんし、ニューヨーク・フィルが依然として私に申し出をのんでほしいと望んでいることも確かです。」

将来の計画について。「当面、客演をするつもりです。」「親密な」ある一定のオーケストラとの仕事を好んで行うことを明らかにしながらそう言った。そのオーケストラとは、数ある中で、ウィーン・フィル、ニューヨーク・フィル、ロンドン・フィル(訳注:フィルハーモニア管のこと)、そしてケルビーニ管である。「もちろん、パリや他の街にも行きますが、さっきあげたオーケストラが私の人生の基本をなしています。」彼はそういったオーケストラとの間に歴史を築いてきたのである。

「スカラ座にいた時代は私にとって重要でしたし、スカラ座にとってもそうでした。一生涯をなしていました。けれども、今私は、官僚的、行政的な面をもった深い憂慮をすることなく、空を漂いたいのです。そういう心配事は音楽監督という地位の一部であり、背負っている荷物です。今のところ、とても満足しています。朝起きて、スカラ座がどうなっているか、などといったことに煩わせられることがないからです。」

マエストロ・ムーティの新しい仕事は、目下のところ、「音楽のために音楽を演奏する」ということであり、そのことにわくわくしている。次の仕事はザルツブルクでウィーン・フィルと何日間か《魔笛》の新演出を上演することで、それは来年のモーツァルト記念年にも予定されている。

指揮者であることは「大きな犠牲を伴った人生です。終始、永続的に研究することだからです。書かれた音楽作品の量は膨大です。オペラやオーケストラ曲について知り、限られた同じプログラムを繰り返さないようにするために、広大なレパートリーを持つには、生涯にわたって勉強し続け、新しいことを学ぶことを求められます。また、一方ではかつて勉強したことを完全にすることも求められます。」

マエストロ・ムーティというのは指揮の分野では完璧性の最高のレベルと同意義だろうが、彼の見るところは違う。「頂点には決して到達できません。それは不可能であり、そのことを神に感謝すべきです。でなければ、それで終わりだからです。目的地に達すれば、それは道の終わりに着いたことになります。それは死ということです。」

64歳(訳注:まだ63歳)になり、数々の業績を積んできたマエストロ・ムーティは、「自分が探しているものが見つからないということを認識しながら、探究すること」を続けようとしている。けれども、それは悲観的な考えではない。彼の人生の哲学は「誰もが真実のほんの一部しか見つけられない」ということである。

会話は深遠になり、哲学的になった。彼はこう説明した。「オーケストラは社会の真の象徴です。」なぜなら、その究極の目的は様々な構成要素の調和であり、音楽が音楽であることを超え、生活のあらゆる部分に進行していくことであるからだ。このことは、音楽が彼の人生でどれほど重要か、音楽に対する理解がどれほど広いかを示しているにすぎない。

こういったことは、日曜日の朝のAttardのCorinthia Palace Hotelにおける、朝食の最中のはじめのほんの少しかもしれない。けれども、いつまでも考えていることのできる事柄である。

オーケストラの活動の複雑さについて説明するにあたって、彼はこう言った。「他の人の自由を奪わない限りは、基本的にはすべての者が自由です。」ある意味、矛盾している。「誰もが自由ですが、その間他の人を助けるのです。これが真の民主主義であり、オーケストラが社会の象徴であることの理由です。」

で、指揮者はどこに加わるのか。彼の役割はこういったことすべてにおいて、一緒に参加し、助け、命令はしない、かつて独裁者といわれていた人のように。「指揮者はいつも専制君主のように見られています。けれども、そうではありません。事実はこうです。指揮者は音楽についての考えを持っていて、組織全体に説得力ある形で伝えるのです。それは彼のカリスマ性や知識次第です。権威によってではでなく、知的文化的な導き方をします。」

最近の演奏のハイライトについて、マエストロ・ムーティは先週のチュニジアでのコンサートに触れた。そこでは、Arrigo BoitoのMefistofileを演奏している最中、次の箇所に移る際、muezzin の声が聞こえてきて、彼は演奏を止めた。

「完璧なタイミングでした。まるで作品に書かれているかのように、ちょうど、章の間でした。祈りを告げる声が聞こえてきたとき、私はまさに次の演奏をしようとしているところでした。4分間ほど演奏を止めました。合唱団、オーケストラ、4000人強の聴衆の誰もが静かにしていました。そして、予期しない中断が終わると、拍手がまきおこりました。それから、再び演奏をはじめたのです。」彼は熱意をこめて詳しく話し、時を追ってその体験を再現してみせた。

これはマエストロ・ムーティの側の尊敬の気持ちの表れで、彼の音楽の世界は政治から社会、文化、宗教に至るまで生活のあらゆる場面ににじみ出ている。「あのとき、あの祈祷は特別な人種の特別な神に対するものではありませんでした。」

教訓話だ。すなわち、様々な文化や多様な宗教は共存しうるし、音楽はすべてを結びつけるというものである。

そして、哲学的な話から、マエストロ・ムーティは簡単に、もっと日常的な話題に移っていく。たとえば、指揮することの身体的な側面、演奏中のしっかりとした、力強い、絶え間ない腕の動きについてだ。けれども、彼のよく整えられた身体はそういったことの結果ではない、と強調した。

この話題について彼はもっと重要な問題と同じくらいの真剣さをもって話した。指揮者は運動を伴うから長生きするという誤った概念の存在を一掃した。

「指揮をすると体重が減るというのは事実ではありません。水分と塩分、ミネラルを失うだけで、だから、飲料を補給すれば失ったものは回復します。それで、太った指揮者もいるわけで...。身体的な運動の要素もありますが、それはアンバランスで、上半身に対して効果があるだけです。実際には我々はすわりがちな老人のような生活を送っているのです。」

運動から人生の過ちへ。マエストロ・ムーティはしばしば過ちという言葉について語る。では、彼の過ちは?「たくさんあります。」彼は打ち明けた。けれども、オスカー・ワイルドの言葉を引用することで列挙を避けた。「経験とは誰もが自分の過ちに与える名前です。」

「だから、私は過ちに満ちた人間だといっていいですよ。」彼は認めた。

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オリエントへの親近感

2004年ラベンナ音楽祭はシリアを訪れましたが、それを目前にして、2003年にカイロで行われた演奏会や、ラベンナ音楽祭のある目的をもった旅についてマエストロ・ムーティが語ったインタビューの載った雑誌を入手しました。Corsera 紙に毎週挿し込まれている女性向けの雑誌です。

その中で、アラブ的なもの、オリエントへの親近感とアラブの音楽についても触れていました。
自分はナポリで生まれ、プッリャで育ったが、そこにはアラブを感じさせるものが多くある、これまでに訪れたカイロやベイルートを思い出すと、そこは混沌とにおい、声に満ちているが、そういったものはナポリ生まれには驚くべきことではない、学生の頃、旧ナポリ地区を横切って音楽院に通っていたが、そこにはオリエント同様、小さな路地のにぎわいとざわめき、物売りの声があった、と語っています。

今年のチュニジア公演では、イスラムの祈りを告げる声が演奏の合間に聞かれましたが、その muezzin についても語っていました。
イスラムの祈りの時を告げるmuezzinの声には感動する、彼らの声は素晴らしい方法で人々を揺り動かす、けれども、自分はそのことには驚かない、歌というものはどこでも人間の最も直接的な表現だからだ、誤解を招く言い方かもしれないが、muezzinの時を告げる声と物売りの声とは、我々には非常に似たものに感じられる、どちらも単純な演奏技法だが、聴いている者たちをうっとりさせる効果を持つ、オペラも、結局は人々のこのような表現から生まれた。

マエストロのフェデリコ二世への傾倒はよく知られているところですが、それはその思想への共感とともに、マエストロの生まれ育った土地がフェデリコ二世の治世を多く遺すところであることにも起因しているようです。アラブ的なものへの親近感もそのようなところからきている、というのを、とても興味深く思いました。

Io donna 誌2004年7月24日号
il mio oriente ricorda napoli

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venerdì 15 luglio 2005

イタリア・オペラを守ろうとした私心のない英雄的行為

11日の夜からブログの具合がよくなかったのですが、直していただけたようで、ほっとしました。

OPERA NEWS 誌7月号のマエストロ・ムーティの記事を読みました。いい記事でした。朝の電車内で読み、今日一日のエネルギーをもらいました。
筆者の Peter G. Davis はわたしにとっては、 New York 誌で数々のマエストロの演奏評を書いてくれていたなじみの評者です。でも、ここまで深くマエストロの演奏を聴き、マエストロについて考えてくれているとは思ってもみませんでした。フィナンシャルタイムズ紙に評を寄せている Andrew Clark とともに、いつも気になる評者です。

興味深かったのが、オペラファンに多くみられるアンチ・ムーティとは正反対の主張を述べていることでした。ムーティは歌手にたっぷりと表現をさせ、歌手をできうる限りサポートしている、彼は過去30年間主だった歌手達すべてと共演してきたが、彼らからムーティへの不満を聞いたことはない、と書いています。
こういうことは、マエストロと共演した歌手も語っています。

また、演奏についても、その濃密さ、緻密さが特徴で、まるで室内楽のようだと、とスコット、クラウスによる《椿姫》を称賛しています。

人柄については、フィラデルフィア管の首席オーボエ奏者の言葉を引いていました。とても興味深いところのある人で、どちらかというと複雑な性格だ、詩的なところがあって、素晴らしく自己表現する、いつも思考を促し、我々を刺激して、音楽とそれの歴史における位置について考えさせようとしていた、と語っていたそうです。

筆者はマエストロがカーティス音楽院で1991年に語った含蓄に富んだ言葉を紹介し、スカラ座で起きたことが自分の人生に起こりうることを暗示しているかのようだ、としています。すなわち、音楽への愛情が非常に深ければ、音楽人生における苦難も受け入れるだろう。

最後に、ムーティのイタリア・オペラに対する造詣の深さは比類のないものであり、イタリア・オペラを守ろうとする献身の深さも同様で、その私心のない、使命感ともいえるものがムーティをスカラ座に20年近くいさせた、と書き、称えていました。
感動しました。

今日、現物を入手することができましたが、いちはやく記事のコピーをくださった方に感謝します。

2005年7月号 OPERA NEWS 誌より
THE PURIST

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giovedì 14 luglio 2005

朝岡聡さんのミラノ訪問

クラシカ・ジャパンでも放映されている「朝岡聡のミラノ・オペラ通信」が、音楽の友誌最新号でも紹介されています。
ミラノのレストラン「サヴィーニ」で、マエストロ・ムーティの指定席に座る朝岡さんの写真も載っています。

音楽の友誌 2005年8月号
朝岡聡の極楽オペラ旅
オペラの聖地で「ヴェルディ」を堪能!ミラノ篇

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《フィガロ》は譲った、という小澤さん

音楽の友誌最新号に小澤さんのインタビューが載っていました。その中で、「来年のぼくの《フィガロ》はムーティにあげちゃおうと思っているんですよ。あれ、暇になったから。今年ぼくはやり過ぎなんですよ。」と語っていました。

音楽の友誌 2005年8月号
小澤征爾、モーツァルトを語る

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マルタ公演のエピソード

マエストロ・ムーティとケルビーニ管の9日のマルタ公演について、ピアチェンツァの新聞が客席の写真とカラバッジョの絵を見ているマエストロの姿の写真を載せていました。
マルタの新聞にもありましたが、マエストロは演奏中の静けさを大切にし、会場の空調をオフにしました。そのためもあるのでしょう、上着を脱いで上半身白いワイシャツの男性の姿が結構目立ちます。また、10日はcattedrale di San Giovanni に短時間寄って、カラバッジョの絵を鑑賞してから帰国しています。

2005年7月13日付 Liberta 紙より
Il concerto e la visita alla cattedrale di San Giovanni
Orchestra “Cherubini”, immagini da Malta

カラバッジョの絵についてはこちらです。

http://travelguides.lastminute.com/sisp/index.htm?fx=event&event_id=97837

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mercoledì 13 luglio 2005

ウィーンでの《フィガロの結婚》

マエストロ・ムーティは12月にウィーン国立歌劇場で《フィガロの結婚》を指揮しますが、2006年4月にも上演するとの情報をオペラの掲示板で見ました。4月20日、23日、26日です。

10.Dez.2005、 12.Dez.2005、 14.Dez.2005、 16.Dez.2005、 18.Dez.2005

20.Apr.2006、 23.Apr.2006、 26.Apr.2006

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オペラニュース誌最新号

OPERA NEWS誌最新号は指揮者特集で、マエストロ・ムーティの記事も載っています。購読されていて手にされた方からも早速ご連絡をもらいました。ありがとうございます。

http://www.metoperafamily.org/operanews/issue/issue.aspx

OPERA NEWS 誌 2005年7月号
The Purist

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Cappuccilli 亡くなる

12日のANSA通信によれば、Piero Cappuccilli が亡くなりました。マエストロ・ムーティとの《アイーダ》のディスクは永遠の名盤です。安らかにお眠りください。

2005-07-12 14:06 ANSA 通信
E' morto il baritono Piero Cappuccilli, aveva 78 anni
Ultimi mesi le sue condizioni fisiche erano peggiorate

(ANSAweb) - TRIESTE, 12 LUG - Il baritono Piero Cappuccilli, 78 anni, e' morto a Trieste, sua citta' natale, dove si trovava per un periodo di riposo. Ne ha dato notizia la figlia. Cappuccilli, che aveva esordito al Nuovo di Milano nel 1956, aveva cantato fino al 1992. Memorabili le sue interpretazioni nel Simon Boccanegra, Rigoletto e Macbeth in 36 anni di carriera che lo aveva visto cantare nei principali teatri del mondo.Dal 1992 Cappuccilli si era dedicato all' insegnamento. Le sue condizioni fisiche erano peggiorate nei mesi scorsi. (ANSAweb)

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martedì 12 luglio 2005

マルタ公演は大成功

9日にマルタで行われたマエストロ・ムーティとケルビーニ管の演奏会は大成功のうちに終わり、スタンディング・オベーションが15分続いたとのこと。マルタの新聞にもマエストロが満足げだったと書かれていました。当夜はマルタ共和国の大統領も列席し、入場、退場時にマルタの国歌がオーケストラによって演奏されたそうです。
マルタの新聞と一緒に、追って紹介します。

2005年7月11日付 Liberta 紙より
L'Orchestra “Cherubini” incanta Malta
Un quarto d'ora di standing ovation per i giovani diretti da Riccardo Muti

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チュニジア公演の映像

マエストロ・ムーティによるラベンナ音楽祭チュニジア公演の映像が、同音楽祭のサイトで観られます。4分ほどです。

http://www.ravennafestival.org/video_sommario.php

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lunedì 11 luglio 2005

マルタ公演

9日にマルタで行われたマエストロ・ムーティとケルビーニ管の演奏会について、マルタの新聞がインタビューをまじえて紹介していました。
いい記事でした。スカラ座を離れた解放感をここでも述べていました。
追って紹介します。

2005年7月11日付 The Times of Malta 紙より
Making music for music

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クライバーのお墓参り

マエストロ・ムーティが昨年11月にクライバーのお墓を訪れている写真について教えていただきました。ありがとうございました。

http://www.litija.net/konjsica/konjsica06.html

いまさら紹介するまでもないことですが、クライバーのことでしたら、この方に、そして、このサイトへ。

http://www.thrsw.com/index.html

Erich & Carlos Kleiber page

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domenica 10 luglio 2005

クライバーへのオマージュ

7日に行われたマエストロ・ムーティの、クライバーへオマージュを捧げたコンサートについての記事を紹介します。

2005年7月9日付 la Gazzetta del Mezzogiorno 紙

赤いバラの花束が指揮台に立てかけられ、Pala De André の暗闇の中で白い照明によって照らし出された。ベートーベンの第四交響曲の冒頭が広い会場の静寂を破った。カルロス・クライバー指揮の録音である。亡くなってから1年、リッカルド・ムーティによるコンサートが、ゆかりのラベンナ音楽祭でクライバーに捧げられた。感動に驚きが加わった。ロンドンでのテロリズムによる卑怯な企てがもたらした大量殺人への驚愕である。赤いバラはこのようにクライバーのためのものであるが、けれどもまた、今や我々の生活を血塗られたものにしているテロリズムのすべての犠牲者のためのものでもある。彼らのために1分間の静寂が持たれた。その後、音楽が、美と詩、平安によって作られうるような別の世界を表した。「我々はチュニジアから戻ったばかりです。そこでは、文化を乗り越えて人々の間に友愛の橋を築く意図に感動しました。」モルフェッタ出身のマエストロは言った。「けれども、再び邪悪な行為に向かい合うことになりました。しかし、我々は、希望を捨てないし、音楽を演奏し続けていきます。」それから、友人だったカルロス・クライバーの思い出に言葉を向けた。「内気な人間で、とても素晴らしい指揮者でした。彼の演奏は苦悩に満ちていましたが、また、苦悩から解き放たれる歓喜にも満ちていました。」「私達は、1981年にスカラ座で《フィガロの結婚》のリハーサルをしている間に知り合いました。」ムーティは回想した。「そのときに、彼からピチカートの秘訣は何かをたずねられました。私達は何年かつきあい、誠実な友人になり、性格の違いを尊重しあう友人になりました。彼は多くの様々な文化が融合した存在でしたし、私はより一層地中海的に育ってきました。」そして、言い足した。「優美さと権威の混ざった人でした。けれども、オーケストラからは求めていたものをいつも得ていました。」(以下略)

Continua a leggere "クライバーへのオマージュ"

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2005年10月のスケジュール

2005年10月7日~17日
ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2005

2005年10月7日17時~18時 川崎 ミューザ川崎シンフォニーホール
公開リハーサル

2005年10月7日19時 川崎 ミューザ川崎シンフォニーホール
シューベルト: ロザムンデ序曲
シューベルト: 交響曲第7番ロ短調「未完成」
シューベルト: 交響曲第8番ハ長調「グレイト」

2005年10月8日15時 岡山 岡山シンフォニーホール
7日と同じ

2005年10月9日15時 東京 サントリーホール
モーツァルト: クラリネット協奏曲イ長調
         クラリネット: ペーター・シュミードル
シューベルト: 交響曲第8番ハ長調「グレイト」

2005年10月11日19時 東京 サントリーホール
シューベルト: ロザムンデ序曲
モーツァルト: 交響曲第35番二長調「ハフナー」
ラベル: スペイン狂詩曲
ファリャ: バレエ音楽「三角帽子」第2組曲

2005年10月12日19時 東京 サントリーホール
11日と同じ

2005年10月13日19時 大阪 フェスティバルホール
シューベルト: 交響曲第7番ロ短調「未完成」
モーツァルト: 協奏交響曲変ホ長調
         バイオリン: ライナー・ホーネック
         ビオラ: トバイアス・リー
シューベルト: 交響曲第3番二長調

2005年10月15日10時  東京 サントリーホール
青少年のための公開リハーサル

対 象 高校生以上25歳以下の方(2005年10月15日現在)
定 員 500名様


2005年10月15日18時 東京 サントリーホール
R.シュトラウス: 交響詩「死と変容」シューベルト: 交響曲第4番ハ短調「悲劇的」
ヒンデミット: 組曲「至高の幻想」
シューベルト: 交響曲第4番ハ短調「悲劇的」R.シュトラウス: 交響詩「死と変容」

2005年10月16日15時 東京 サントリーホール
13日と同じ

2005年10月17日19時 東京 サントリーホール
9日と同じ
招待コンサート?

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チュニジア公演放映は65万人が観た

RAI UNO で8日23時から放映されたマエストロ・ムーティのチュニジア公演は視聴率6.56%、65万1千人が観たことになるそうです。

2005年7月9日14:59付 ASCA
Ascolti Tv: Rai Vince Prime Time. Maresciallo Rocca Il Piu' Visto

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sabato 9 luglio 2005

ロンドンの犠牲者のための静寂

7日に行われた、マエストロ・ムーティによるクライバーへオマージュを捧げたコンサートについて短い記事が出ました。二人の写真が添えられています(クリックすると大きくなります)。

http://www.lagazzettadelmezzogiorno.it/quotidiano/gazzetta_edicolanavSf.asp?IDCatGOL=672&IDNotizia=284861&Edizione=1&Pagina=27&DataPubb=20050709

2005年7月9日付 la Gazzetta del Mezzogiorno 紙より

A Ravenna omaggio a Kleber ed alle vittime di Londra

Muti, il terrore non ferma la civiltà della musica

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7日のラベンナ音楽祭の写真

7日に行われたマエストロ・ムーティによるラベンナ音楽祭演奏会および授賞の写真が、同音楽祭のサイトに載りました。

http://www.ravennafestival.org/galleria_fotografica.php?data=2005&spettacolo=807

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スロベニアの新聞

今日のスロベニアの新聞にマエストロ・ムーティとスロベニア・フィルのラベンナ音楽祭の模様が載っていました。PDF版ではマエストロがソリストと歓呼を受けている写真も見られます。
さすがに自動翻訳のお世話にならないと記事は読めません。

2005年7月9日付 DELO 紙より
Uspeh filharmonikov in magične moči Riccarda Mutija
Slavni italijanski dirigent Riccardo Muti je s slovenskimi simfoniki povsem napolnil veliko športno dvorano na spominskem koncertu za Carlosa Kleiberja

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スロベニアのTV局

スロベニアのテレビ局のサイトで、ラベンナ音楽祭にスロベニア・フィルが参加することを報じる1分ほどの短いニュースの映像が紹介されています。映像はマエストロ・ムーティが昨年行ったクライバー追悼コンサートのものです(シューベルト未完成交響曲)

RTV Slovenija Filharmoniki so gostovali v Ravenni http://www.rtvslo.si/kultura/modload.php?&c_mod=rnews

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RICCARDO MUTI - The Platinum Collection

マエストロ・ムーティの新譜について、EMI のイタリアのサイトのを紹介します。

http://www.emimusic.it/evento.do?idEvento=87

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パミーナは赤ちゃんのお母さん

ザルツブルク音楽祭でマエストロ・ムーティが指揮する《魔笛》でパミーナを歌うGenia Kühmeierは、生後5週間の赤ちゃんのお母さんであることが報じられていました。6月の半ばまではパミーナを降りようかとまで考えていたそうです。でも、ザルツブルク音楽祭で歌うのは自分の夢の実現だから、と思ったとのこと。
歌手の出産については影響がいろいろあるようですが、どのようなパミーナになるのか、インターネット中継が待たれます。

2005年7月9日付 Salzburger Nachrichten 紙より
Pamina mit Baby

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ナポリとマラドーナ

ナポリ生まれでナポリ音楽院にも通ったマエストロ・ムーティは、ナポリのファンでしょうか。マラドーナは、今年チャンピオンズリーグ決勝のゲストとして驚くほどスマートになった姿を見せ、そして、十数年ぶりにナポリのスタジアムに現れ、ファンを喜ばせました。いろいろ記事を読んで感慨にふけりましたが(わたしにとっての永遠のアイドル、プラティニも同じ頃ユベントスにいたので)、日本の雑誌でも特集しているものがありました。

マエストロのチュニジア公演の記事の中に、マエストロがナポリについて語っている部分があり、マラドーナの「帰郷」を思い出した次第です。スカラ座辞任など非常に騒がしかった反動で、晩年に想いを馳せたのでしょう。マエストロは、晩年はナポリにもう少しとどまって、青春時代に行った場所に行きたいし、友達に再会したい、とメルジェリーナの海に面した家のことを思い出しながら語ったそうです。でも、ファンとしては、いつまでもマエストロの音楽を聴いていきたいです。マエストロの思い描く晩年はあと30年は訪れないだろうと思うし、カステル・デル・モンテのそばに住めるのも30年先のことでしょう。

2005年7月6日付 il Mattino 紙より

Tunisi. Dall'altra sera il «Mefistofele» di Boito

Tanti giornalisti al seguito impegnati a carpire dal musicista napoletano qualcosa in più, dopo le polemiche roventi e le sofferte dimissioni dalla Scala, pochi mesi fa. Lui, però, non si lascia andare. Sereno, ricorda il suo maestro, Vincenzo Vitale e gli anni di formazione in una casa affacciata sul mare di Mergellina: «Voglio fare come Vitale, negli ultimi anni diceva di voler vivere solo di sottigliezze, di delicatezze. Ma vorrei avere anche un po' più di tempo per restare a Napoli, frequentare i luoghi della mia giovinezza, rivedere gli amici».

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チュニジア公演の写真

マエストロ・ムーティが指揮したラベンナ音楽祭チュニジア公演とその前日のラベンナでの公演の写真が、同音楽祭のサイトに載りました。

http://www.ravennafestival.org/galleria_fotografica.php?data=2005&spettacolo=804

http://www.ravennafestival.org/galleria_fotografica.php?data=2005&spettacolo=803

管楽器が合唱団の後ろにも並んでいます。

RAI UNOで8日23時から、チュニジア公演の模様と Vespa によるマエストロへのインタビューが放映されます。イスラムの祈りを、マエストロをはじめとする全員が聞いている写真が見たかったのですが、テレビなら観られるのかもしれません。

2005年7月8日ラベンナ音楽祭ニュース

RAI 1 ORE 23.00. DALL'ANFITEATRO ROMANO DI EL DJEM L'APPUNTAMENTO DEL 2005 CON LE VIE DELL'AMICIZIA

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venerdì 8 luglio 2005

来シーズンのスカラ座

8日のル・モンド紙に、来シーズンのスカラ座の一部が載っています。クリスマス・コンサートはバレンボイムによるベートーベンの第九交響曲。
スカラ・フィルのシーズン最終コンサートをマエストロ・ムーティに替わって振った22歳の指揮者が、《フィガロの結婚》も上演します。開幕公演《イドメネオ》を振るハーディング、《ドン・ジョバンニ》を振る24歳の指揮者と、フレッシュな名前が並んでいるのが、ああ、スカラ座も変わった、と思わせます。
ちょうど、パルマをバイロイトのように、という計画が一昨日のイタリアの複数の新聞で報じられていました。マエストロも名誉的な立場ですが関わっています。いろいろ思ってしまいました。


2005年7月8日付 le Monde 紙より
La prochaine saison de la Scala sous le signe de la jeunesse

Au lieu du Cosi fan tutte que le maestro Muti avait prévu de diriger en ouverture de l'année Mozart, la Scala de Lissner proposera, le 7 décembre, pour l'inauguration de la saison, une œuvre moins connue du compositeur autrichien,Idoménée, roi de Crète, sous la baguette de Daniel Harding et dans une mise en scène de Luc Bondy.

Par sécurité, le nouveau patron de la Scala a fait appel à ses fidèles : ainsi, Daniel Barenboim assurera le traditionnel concert de Noël avec la 9e Symphonie de Beethoven.

En 2006, la salle fraîchement rénovée du théâtre Piermarini doit recevoir d'illustres revenants comme Riccardo Chailly avec une création du Rigoletto de Giuseppe Verdi, ou John Eliot Gardiner pour diriger Jenufa, de Leos Janacek. Milan accueillera aussi des maestri internationaux peu habitués des lieux depuis que Riccardo Muti en avait pris possession en 1986 : Lorin Maazel dirigera Tosca, de Giacomo Puccini, et Roberto Abbado Lucia di Lammermoor, de Gaetano Donizetti.

Pour le reste, Stéphane Lissner a décidé de donner un coup de jeunesse à la vénérable institution. Pour reprendre Sancta Susanna, l'œuvre de Paul Hindemith, que Muti devait diriger, courant mars, au moment où la crise de la Scala s'est déchaînée, le Français aurait choisi Dusan Janovsky. Mais surtout, c'est à un chef d'orchestre de 24 ans, le Vénézuélien Gustavo Dudamel, que reviendra la responsabilité de conduire une création de Don Juan. Tandis que Les Noces de Figaro seront confiées à un prodige encore plus jeune, l'Anglais Robin Ticciati, 22 ans.


2005年7月6日付 il Tempo
«Parma regina della musica»

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DIRIGENTEN

ジュリーニが亡くなったときに、取り出してページを繰ったのがこの本です。
ウィーンで指揮者を撮影した写真集で、1986年出版。20人弱の指揮者を10ページほどずつの素晴らしい写真で紹介した写真集です。イエナに入ったのをすぐに購入しました。今でも流通しているのか、日本版が出ているのかは調べていません。
ジュリーニ、バーンスタイン、マエストロ・アッバードとともに、マエストロ・ムーティももちろんとりあげられています。購入当時は毎日マエストロのページを見ていました。指揮姿の写真をコマ送りのレイアウトで並べているページは、腕や指揮棒が空を切るときの空気の流れが力感あふれるその姿から感じられます。何よりも美しい!フレーニやファスベンダーがピットの中のマエストロの美しさを語っていましたが、本当にそのとおりなのです。そして、若さがまぶしい!


Margret Wenzel-Jelinek : DIRIGENTEN
Oesterreichischer Bundesverlag Gesellschaft m.b.h., Wien 1986

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giovedì 7 luglio 2005

桜を見てもらえるかもしれない...

来春のマエストロ・ムーティの来日公演は、ウィーン・フィルとの長い北米ツアーの後ですが、もしかしたら、桜を見てもらえるかもしれません。それで、疲れが少しでもとれるとよいのですが...。(散ってしまっていたら、残念)
ただ、マエストロは hay fever にかかりやすいのでは、と心配です。

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スカラ座の新シーズンについて

いくつかのプログラムが既にファンの口から伝わっている来シーズンのスカラ座ですが、スカラ座からのニュースレターによれば、新総裁が新シーズン、および今後のプログラムなどについて語る集まりが21日15時30分からスカラ座であるそうです。(招待されても行けない...)

Il Sovrintendente, Stéphane Lissner, è lieto di invitare la S.V.
all'incontro di presentazione della

Stagione 2005 ~ 2006

e delle linee di programmazione artistica futura

Giovedì 21 luglio 2005 ~ ore 15,30

Teatro alla Scala
Piazza Scala - Milano

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《パルシファル》の頃

マエストロ・ムーティはスカラ座音楽監督だった頃、上演オペラについての講演を大学でしばしば行ってきました。
1991年には開幕公演《パルシファル》について11月25日にミラノ大学で講演しています。その内容の載った雑誌の切り抜きを入手しました。誌名がわからないのが残念です。

Il Parsifal Secondo Me

講演の内容とは別に、マエストロについて1ページの紹介があり、経歴などのほかに、マエストロの言葉や共演者のマエストロについてのコメントが載っていました。夜に読むのにちょうどいい軽い内容でしたので、紹介します。カエサルかチェーザレ・ボルジアかはあまり自信がありません。

Luca Ronconi  演出家
他の音楽家と一緒に仕事をすると何かが足りないと感じます。

Werner Resel  ウィーン・フィル、チェロ
我々はムーティと仕事をするのが大好きです。ナポリ生まれだとしても、ウィーン風にシューベルトを指揮することができる人です。

Brigitte Fassbaender  メゾソプラノ
指揮台に立つと、どれほど美しいことか。まさにカエサルのようです。

マエストロの言葉
「オペラの唯一のスターは作曲家です。」

「指揮者は音楽と聴衆の橋渡しをするだけです。」

「二十歳の頃には、ここまですごくなるとは想像だにしていませんでした。」

「精神面では人生には二つの可能性があります。豊かな精神をもつか、貧しい精神をもつか。それはその人次第です。」

マエストロのエピソードがいくつか紹介されていて、当時だからこそ、と思われてほほえましかったのが、友人は主にロマーニャ人で、音楽と料理が大好き、夕食会を催すときには男性がパスタとインゲンマメを用意し、そして、全員がピアノの周りに集まる、というもの。

また、はじめて大洋横断旅行(?)を1972年に家族でしたときに、まだ赤ちゃんだった長男フランチェスコさんの切符を買い忘れ、切符点検の折にはバスケットに入れて隠していたというエピソードも書かれていました。マエストロがスカラ座を辞任するか、といわれていた頃、キアラさんとフランチェスコさんがマエストロのそばにいたことを思い出してしまいました。

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mercoledì 6 luglio 2005

フリットリとのヴェルディのレクイエム

何人かのフリットリのファンの方から、マエストロ・ムーティと日本でヴェルディのレクイエムを歌う、というニュースを聞いていました。
オペラの森から昨日正式に発表があり(といってもキャストの一部は未定)、マエストロが来春、フリットリをソプラノにすえてヴェルディのレクイエムを演奏することになりました。
教えてくださった方々に感謝します。

2005年7月6日 クラシックニュース
2006年東京のオペラの森 公演内容決定!チケット発売は10月29日!

《東京のオペラの森 2006》~ヴェルディとその時代~
オペラ公演・オーケストラ公演が決まりました。

・オーケストラ公演
ヴェルディ:レクイエム
2006年4月6日(木)19時 東京文化会館
     4月8日(土)*時間・会場 調整中
指揮:リッカルド・ムーティ
ソプラノ:バルバラ・フリットリ
メゾ・ソプラノ: (調整中)
テノール:ジュゼッペ・サッバティーニ
バリトン:イルデブラント・ダルカンジェロ
演奏:東京のオペラの森管弦楽団
合唱:東京のオペラの森合唱団

入場料:未定
発売日:2005年10月29日(土) 10時から

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イスラムの夕べの祈りを聞きながら

4日にチュニジアで行われたマエストロ・ムーティの演奏について、今日イタリアの主要な新聞が報道していました。ある情景の写真が見たくて今日の報道まで待っていましたが、まだ見つけらずにいます。

演奏の最中、(記事によれば22時30分に)遠くのミナレットからイスラムの夕べの祈りが聞こえ、マエストロ・ムーティは拍手がやんだあと、5,6分ほど指揮棒をおろしたまま、祈りを聞いていました。インターネット中継でもキャスターが、イスラムの祈りをマエストロが聞いていると話していました。
この祈りを聞いていたことについて、マエストロはこんなふうに述べています。もちろん予期していないことだったが、音楽はいつも驚きを求める、この祈りは演奏していたオペラの趣旨、作品の文脈にぴったりあう、それはまるで、我々の神とイスラムの神が共同して国境を超えて、まさに悪と対峙しているようだ、などといったふうで、文化や人種の違いを超えた一致を、音楽におけるそれと類似させているかのようでした。

2005年7月6日付 Il Giornale 紙より
E il canto del muezzin placò il «Mefistofele»

2005年7月6日付 Corriere della Sera 紙より
Nel Colosseo di El Jem, in pieno deserto, un’atmosfera magica con il «Mefistofele» di Boito per il Ravenna Festival
Anche il muezzin nel concerto tunisino di Muti
«Mi sono fermato perché quella preghiera si inseriva perfettamente nell’opera. In Libia? Andremo»

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2006年はイランへ

2006年のラベンナ音楽祭は既に紹介済みのとおり、イランのペルセポリスを訪れる予定です。また、開幕コンサートではマゼールとマエストロ・ムーティがニューヨーク・フィルを指揮するそうです。

2005年7月6日付 Corriere della Sera 紙より
NEL 2006
In Iran

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フィレンツェでのオペラ、コンサート

今日のCorsera 紙に、マエストロ・ムーティのフィレンツェ五月音楽祭歌劇場、および同管との今後のおおまかな予定が載っていました。
2006年2月のコンサートはハイドンとモーツァルト(サイトによれば、Haydn - Le sette ultime parole del nostro redentore in croce  Mozart - Vesperae solemnes de confessore K. 339 per soli, coro e orchestra)、2007年にはグルックの Ifigenia in Aulide を Teatro alla Pergola で、2008年には同じ劇場で Cimarosa のオペラを De Simone の演出で上演し、2009年にはテアトロ・コムナーレで、五月音楽祭か、9月にオペラを上演する予定だそうです。

2005年7月6日付 Corriere della Sera 紙より
TRE TITOLI
Gluck e Cimarosa nei progetti futuri con il «Maggio»
In febbraio due esibizioni con musiche di Haydn e Mozart, dall’anno dopo il ritorno alla lirica

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モーツァルトのサイト

モーツァルトが旅した道をたどり、ゆかりの場所、モーツァルト関連のコンサート、イベントなどを総合的に紹介するサイト European Mozart Ways ができました。
35歳の生涯のうち、11年ほどが旅だった、というモーツァルトですが、マエストロ・ムーティはどうなのだろう...。

http://www.mozartways.com/

2005-07-05 11:00 ANSA 通信
E' nato un sito web su Mozart
Ricostruisce oltre 200 luoghi visitati dall'artista
(ANSA) - VIENNA, 5 LUG - Un sito internet ricostruisce piu' di 200 luoghi in 10 Paesi che visito' Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791). Dalla sua prima infanzia, trascorse un terzo della sua vita in viaggio alla conquista del pubblico musicale mondiale. ''La vita di Mozart duro' 35 anni, dieci mesi e nove giorni, dei quali fu in viaggio 3.720 giorni, ovvero dieci anni, due mesi e otto giorni'', si legge sul sito www.mozartways.com., gestito dall'associazione 'vie di Mozart' di Salisburgo.

ヴィエリがミランに来ます!今シーズンはとてもいいチームだったのに、残念な結果ばかりでした。カカも残るし、来シーズンこそ!インテルを応援している、といわれていたこともあったマエストロですが、ミラノを離れて、どうなのでしょうか。スカラ座をめぐって、自分がファン・バステン(わたしは大ファンでした)になぞらえて報道されていたことはどう思っていたのでしょうか。

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2006年ラベンナ音楽祭

来年のラベンナ音楽祭がイランを訪れる予定であること、マゼール指揮ニューヨーク・フィルハーモニックが開幕コンサートを務めること、マエストロ・ムーティも客演すること(ニューヨーク・フィルを振るのか??)などが報じられていました。

2005年7月5日14:15  Agr
Musica: l'edizione 2006 del Ravenna Festival si terra' in Iran
TUNISI - Sara' l'Iran a ospitare l'edizione 2006 del Ravenna Festival, la rassegna musicale che ogni anno cambia localita' compiendo una sorta di viaggio dell'amicizia. Lo ha annunciato Cristina Muti, presidente del festival. Il Ravenna festival, che avra' uno sguardo su Mozart e sara' a cura del drammaturgo italiano Eugenio Barba, verra' aperto dalla New York Philarmonic diretta da Lorin Maazel e da Riccardo Muti, direttore ospite. Quest'anno l'evento si e' tenuto a Tunisi.

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CD編集盤の発売

マエストロ・ムーティの録音の編集盤"Platinum Collection Muti"が発売されるようです。収録内容から、EMI と思われます。

2005年7月5日付 TG.COM
Muti, cd e tanti progetti musicali
Forse dirige un'opera di Mozart a Roma

E' uscito nei negozi "Platinum Collection Muti" con le sinfonie più celebri dirette dal Maestro: dalla "Sinfonia n. 5" di Beethoven a "Bolero" di Ravel; da "L'uccello di fuoco" di Stravinsky a "Libiamo nei lieti calici" della "Traviata".


TRACKLIST PLATINUM COLLECTION
CD 1 - IL MAESTRO e I CAPOLAVORI IMMORTALI
Beethoven - Sinfonia n. 5
Orff - Carmina Burana
Verdi - La Traviata - Preludio Atto I
Prokofiev - Romeo e Giulietta
Handel - Musica sull'Acqua
Verdi - Dies Irae
Respighi - I pini di Roma
Ciaikovsky - Il lago dei cigni
Mussorgsky - Quadri da una esposizione
Stravinsky - L'uccello di fuoco
Ravel - Bolero
Ciaikovsky - 1812
Strauss - Marcia di Radetzky

CD 2 - IL MAESTRO e L'OPERA
Nabucco - Va pensiero sull'ali dorate
Norma - Sinfonia
Aida - Marcia Trionfale
Il Trovatore - Coro degli Zingari
Cavalleria Rusticana - Intermezzo
La Traviata - Libiamo nei lieti calici
Don Giovanni - Ouverture
I Pagliacci - Coro
La Forza del Destino - Sinfonia
I Lombardi - O Signore dal tetto natio
Il Barbiere di Siviglia - Sinfonia
Don Carlo - Spuntato ecco il dì
I Vespri Siciliani - Sinfonia
Ernani - Si ridesti il Leon di Castiglia
Rigoletto - Preludio Atto I

CD3 - IL MAESTRO e LE GRANDI SINFONIE
Mozart - Sinfonia n. 29 - I. Allegro
Beethoven - Sinfonia n. 6 "Pastorale" - V. Allegretto
Berlioz - Sinfonia Fantastica - V. Songe d'une nuit de Sabbat
Mendelssohn - Sinfonia n. 3 "La Scozzese"- II. Scherzo
Schubert - Sinfonia n. 8 "L'incompiuta" - I. Allegro moderato
Scriabin - Sinfonia n. 1 - V. Allegro
Ciaikovsky - Sinfonia n. 6 "Patetica"- I. Adagio - Allegro non troppo

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martedì 5 luglio 2005

ローマ歌劇場でのオペラ上演

4日のラベンナ音楽祭チュニジア公演前に行われたBruno Vespa によるマエストロ・ムーティのインタビューについて、今日のレプッブリカ紙があらためて報じていました。

2006年にローマでモーツァルトのオペラを上演するだろうとマエストロが語ったことについて、ローマ歌劇場側のコメントを載せていました。

音楽監督のGianluigi Gelmettiは、マエストロがスカラ座でむつかしい立場になったとき、Corsera 紙に全面支持の手紙を寄せてくれました。今回のマエストロの申し出についてのコメントは新聞が報じるところでは、大歓迎だ、 Vespa が示唆した《フィガロの結婚》は9月に自分が新演出で上演することが決まっているけれども、モーツァルトの他の作品の上演などについて話し合う用意があり、ムーティの登場に合わせることができるという希望をもっている、我々の側は大いに協力する、と非常に前向きです。
総裁の Francesco Ernani も Gelmetti と同じ考えで、これまでに何度もムーティに公式に出演の申し入れをしてきた、ムーティにその気があるのなら、実現も必ずしもむつかしいとはいえないだろう、と語っています。

マエストロはローマについて、フランチェスコ・シチリアーニが RAI とローマ歌劇場の芸術監督だった頃に演奏を行ったことを思い出し、条件が整えば、ローマでオペラを演奏できるだろう、ローマで演奏できることを嬉しく思う、と語っています。

キアラさんが5月にローマで音楽劇に主演した際、マエストロも客席に姿を見せていたことが報道されていました。ローマへの30年ぶりのオペラでの登場も、そのようなことが流れを押したのかもしれません。

2005年7月5日付 la Repubblica 紙より
Forse nel 2006, dopo trent´anni di assenza. Già presi i contatti
Muti: "Sarei felice di dirigere a Roma"
Si parla di un´opera di Mozart. Gelmetti: "Lo aspettiamo a braccia aperte"

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ラベンナ音楽祭での演奏ビデオ

同音楽祭のサイトで、マエストロ・ムーティとケルビーニ管のベートーベンの第五交響曲、バイオリン協奏曲、ヒンデミットのSancta Susannaの演奏の様子が、数分ですが、観られます。

http://www.ravennafestival.org/video_sommario.php

Orchestra Giovanile "Luigi Cherubini" Toradze Piano Studio Sancta Susanna

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リミニ空港

マエストロ・ムーティとラベンナ音楽祭の一行は、4日午前リミニの空港からチャーター便でチュニジアへ旅立ちました。その際、リミニのフェデリコ・フェリーニ空港を運営するAeradria Spa がマエストロに贈り物をしたことが報じられていました。フェリーニが映画《道》の撮影中にジェルソミーナのデッサンを彫ってサインを入れたリトグラフです。

写真は同空港のサイトにあります。(2005年12月22日5時7分追記)
http://www.aeroporti.com/aeroporti/rimini/aeroportodirimini040705.html

2005年7月4日付 News Rimini より
Rimini: Sosta con omaggio per il maestro Muti all'aeroporto 'Fellini'

Breve sosta all’Aeroporto “Fellini” di Rimini, ieri mattina, per il Maestro Riccardo Muti in attesa del volo charter che ha condotto la carovana di Ravenna Festival in Tunisia per il concerto del progetto Le Vie dell’Amicizia. Al Maestro Muti è stata consegnata da Aeradria Spa una litografia con incisa “Gelsomina”, bozzetto firmato da Federico Fellini e realizzato durante le riprese del film “La Strada”.

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ミューザ川崎

ミューザ川崎の会報最新号でウィーン・フィル来日公演が紹介されていました。
マエストロ・ムーティについては、「カール・ベーム亡き後のモーツァルト指揮者」と呼ぶほどウィーン・フィルが信頼を寄せていること、そのシューベルトはウィーン・フィルから「とてもウィーン的」と評価されていること、などが書かれていました。ウィーンのメディアでは当たり前に書かれていることですが、日本の音楽評論界ではほとんど一顧だにされてこなかったことのように思えます。

スパイラル誌 2005年7月1日号
ウィーン・フィルとチェコ・フィル 名門オーケストラの伝統と魅力


また、同ホール主催で開かれる木之下晃写真展「世界の巨匠101人」のちらしも送られてきました。マエストロ・ムーティの写真はマエストロ・アッバード、クライバーなど指揮者を多く展示している前半期間に観ることができます。
展示の詳しい内容を早くに教えてくださった方がいて、楽しみにしていたところでした。ありがとうございました。

木之下晃写真展「世界の巨匠101人」
2005年7月23日~8月8日 ミューザ川崎シンフォニーホール・企画展示室

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ローマでオペラを上演

イタリアでニュースが流れていました。マエストロ・ムーティがBruno Vespa のテレビインタビューに答えたものです。
Bruno Vespa は4日のラベンナ音楽祭のマエストロのコンサートも聴きにきていましたが、インタビューはLe vie dell'amicizia《友情の道》コンサートに関連して行われたものだそうです。

04/07/2005 (h.12.59) Lo Spettacolo

Ritorno a Roma per Riccardo Muti
Il maestro starebbe valutando l'ipotesi di dirigere per la prima volta un'opera di Mozart nella capitale

Il maestro Riccardo Muti sta seriamente valutando l'eventualità di dirigere per la prima volta un'opera a Roma nell'anno mozartiano che cade nel 2006. Muti avrebbe così risposto finalmente in maniera positiva all'invito che Bruno Vespa gli sta rivolgendo insistentemente da tre anni perché tornasse a Roma proprio con un'opera di Mozart e Da Ponte.

La conferma è arrivata in un'intervista rilasciata da Muti a Vespa nell'introduzione del concerto che il maestro, insieme con l'orchestra e il coro del Maggio Musicale fiorentino, terrà questa sera nel deserto tunisino per il ciclo "Le vie dell'amicizia" del Ravenna Festival. L'evento sarà trasmesso da Raiuno, venerdì 8 luglio in seconda serata.

"Stiamo discutendo della possibilità di venire a Roma - ha infatti detto il maestro a Vespa - Se saranno soddisfatte alcune condizioni relative ai tempi e all'organizzazione dell'evento, sarei felice di tornare a Roma l'anno prossimo con una delle opere italiane di Mozart. Sono molto legato a questa città che mi ricorda alcuni memorabili concerti degli anni '70, quando il direttore artistico dell'orchestra della Rai e poi dell'Opera di Roma fu Francesco Siciliani. Poi le nostre strade si sono divise". "È dunque il momento di tornare?", ha insistito il giornalista, "Ne sarei felice", ha risposto il direttore.

Muti è in procinto di partire per Salisburgo, dove dirigerà "Il Flauto magico" di Mozart. Poi, nel mese di dicembre, sarà a Vienna con "Le nozze di Figaro" e una delle ipotesi "papabili" è che proprio quest'opera potrebbe essere quella che segnerà il ritorno di Riccardo Muti a Roma.

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ローマでオペラ上演?

2006年にマエストロ・ムーティはローマではじめてオペラを上演するというニュースが流れています。テレビのインタビューで明かされたそうで、作品は《フィガロの結婚》ではないか、といわれています。
詳細不明。

sued tirol online Montag, 4. Juli 2005

Muti will 2006 Mozart-Oper in Rom dirigieren
Erstmals in seiner Karriere will Riccardo Muti 2006 eine Mozart-Oper in Rom dirigieren. Dies teilte der Dirigent in einem Fernsehinterview mit. Indiskretionen zufolge könnte es sich dabei um „Figaros Hochzeit“ handeln.

„Wir überprüfen die Möglichkeit, in Rom eine der italienischen Mozart-Opern zu inszenieren. Ich bin an Rom sehr gebunden“, so Muti, der im April den Posten des Musik-Direktors der Mailänder Scala verlassen hatte. „Figaros Hochzeit“ wird Muti im Dezember in Wien aufführen.

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lunedì 4 luglio 2005

空路チュニジアへ

ラベンナ音楽祭チュニジア公演へ、マエストロ・ムーティをはじめとする一行は、今日4日午前、リミニから空路、二便に分かれてチュニジア入りします。マエストロは、劇場近くに直行するオーケストラのメンバーたちなどとは別の便の、チュニス行きの飛行機かもしれません。
まずは、3日の演奏会の成功を祈り、空の旅の無事をお祈りします。

Domani mattina da Rimini partiranno due voli per la Tunisia: uno per Monastir, più vicina all'antica città romana di Thysdrus dove si trova l'anfiteatro, con più di 200 persone di orchestra, coro e staff tecnico e l'altro per Tunisi, con personale e ospiti del "Ravenna Festival", oltre che con la stampa.


03/07/2005 - 18:50 Apcom
VIE DELL'AMICIZIA/ DOMANI SERA RICCARDO MUTI IN TUNISIA
Nona edizione dell'iniziativa di Progetto Italia di Telecom

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クライバーへのオマージュ

7日にラベンナ音楽祭で行われる、クライバーへオマージュを捧げたマエストロ・ムーティによるコンサートについて、同音楽祭のサイトにニュースが載りました。
ブラームスの交響曲第4番の出だしがどう鳴るのかわからない、というクライバーの言葉が書かれていました。

E di nuovo, come ad ogni sua apparizione, si compì il miracolo: fin dall'imprevedibile colore di quel "levare" della Quarta di Brahms: "non so mai come verrà quel primo suono", diceva.

2005年7月1日付 ラベンナ音楽祭ニュース
OMAGGIO A KLEIBER DI RICCARDO MUTI

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domenica 3 luglio 2005

チュニジア公演

4日に行われるマエストロ・ムーティによるラベンナ音楽祭チュニジア公演の記事が、アフリカのニュースサイトに載っていました。

2005年7月1日付 La Presse (Tunis) より
Riccardo Muti et l'orchestre et choeur du «Maggio Musicale Fiorentino» à l'amphithéâtre d'El Jem
Les Voies de l'amitié les voix de la fraternité

マエストロは指揮者のトップ15人にはいる世界的な指揮者であること、イタリアの記者が60人同行する予定であること、RAI 3で中継される予定であること、チュニジアとイタリアの二国間の友好に基づきコンサートは無料であること、チュニスとエル・ジェムの間は鉄道で移動できる予定であること、などが書かれていました。
なお、ファウスト役は既に報道済みのとおり、Keith Ikaia Purdy に変更になっています。
砂漠は人里はなれた静寂と死の場所であり、幻想と誘惑の場所でもある、けれども、砂漠はまた、余計なものを脱ぎ捨てて、ものごとの本質をつかむところでもある、というラベンナ音楽祭の今年のモットーはなかなか格調高いものです。記事のいうとおり、ここでいう本質は、友情、友好、ということです。

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Milanesiana で語ったこと

6月24日にマエストロ・ムーティが Milanesiana で語ったことについては、いくつかの報道がなされています。部分、部分をとりあげた記事が多い中、簡単にまとめて報じていたものもあるので、先に紹介します。

蒸し暑くて体調がよくなく、ご紹介が遅れていてすみません。マエストロも暑いイタリアで、体調を崩したりなさいませんように。

2005年6月25日付 Avvenire 紙より
PAROLE E MUSICA Per Ravenna Festival il 4 luglio guiderà il Maggio nell’anfiteatro romano di El-Diem, in Tunisia
MUTI SI RACCONTA: «CHE FATICA DIRIGERE»
Il maestro, assieme al filosofo Giovanni Reale, ha aperto la rassegna. «La milanesiana» ma nessun accenno alla Scala. L’appello: «La musica entri a scuola»

「解釈」や「演奏技法」としての言葉が響き渡った2時間の考察。モーツァルト、ケルビーニという名前のついた音楽について、けれども、さらにまた、ヴェルディの《行け、我が思いよ》のように国民的な音楽についての2時間。そして、劇場のどよめき。「たとえ指揮台に昇ってこういったことすべてを考え始めたとしても、オーケストラはそれ以上動きません。」リッカルド・ムーティはこんなふうだ。ベートーベンの第九交響曲の第三楽章について詳細な説明をして聴衆の心をつかむことについて話した2時間、あるいは、ブラームスの第四交響曲を始めるにあたって、カルロス・クライバーを常に襲った狼狽を再び思い出しながらの2時間でもあった。けれども、また、次のようなことを言って、その一撃ですべてを重大に思わせないようにすることもできる。そもそも「私は人々がもしかしたら望んでいるような、そんなカリスマではありません。オーケストラの指揮者であることを仕事としてではなく、責任、義務と考えて生きているひとりの人間です。」昨晩、Teatro Dal Verme の中で、ミラノ県が奨励する催しとして第六回 Milanesiana が開幕した。 ムーティはスカラ座音楽監督を辞任して以来、ミラノで公衆の前に現れるのは二度目である。スカラ座ではもうどの晩のコースにもマエストロの名前はなくなっていた。5月にはウィーン・フィルの演奏会で帰郷したが、昨晩は一音たりとも演奏しなかった。彼は言葉で話をし、「演奏は思考の過程でたまたま生じるにすぎません。」というように説明したり、「聴くことを教えること」の大切さを強調し、哲学者Giovanni Realeの考察によって刺激を受けて話をし、聴衆の熱意で迎えられた。その晩の人々の多くは最後には楽屋で彼のまわりをぎっしり取り囲み、その後、マエストロは車に乗り込み、「彼の」オーケストラであるケルビーニ管と水曜日にヒンデミットの Sancta Susanna のリハーサルを行うラベンナへ向かった。とかくするうち、ラベンナ音楽祭は、7月4日の«Le vie dell'amicizia»「友情の道」コンサート(ムーティがフィレンツェ五月音楽祭管を指揮する)について、当初リビアだったはずの場所を、チュニジアのローマ古代都市 Thysdrus シスドラスの古代ローマ円形劇場 El-Diemエル・ジェムに公式に設定した。
ムーティは、そういうわけで、昨晩ミラノに再びいて、音楽と哲学との間の理想的な親密さについて確認した。そして、Realeが聴衆に「ムーティの演奏技法は解釈の法則によく適合しています。」といったように説明しようとしても、指揮者のほうは本題の音楽に入るほうを好んでいた。「自分の録音を聴き直すたびに、共演した音楽家たちが、どれほど私の演奏家としての人生に重要な役割を果たしているかということを思います。指揮者の仕事は非常にむつかしいです。外面的な手段を通じてメッセージを伝えることが求められているのですから。」ムーティは語る。「ベートーベンの第九交響曲をはじめて指揮した日の前の幾晩かは魔女の宴であり、不吉で眠れぬ夜でした。振る機会に出会ったのは遅く、既に40歳になっていました。」スピーカーがモーツァルトの交響曲第25番を再び送り出し、ムーティは説明した。「不思議な結果を味わわせられています。時とともに解釈がかわり、熟していくからです。」若い世代に芸術について理解することを教える必要性については変わっていない。「メディア、そして特にテレビが人格形成に貢献する分野のものではないので、災いは明白です。イタリアは美で生きている国です。けれども、宝物をわからせていません。学校教育での音楽の欠如が悪いのだと思います。」ムーティは警告した。

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ぺペロンチーノがお気に入り?

イタリアの雑誌に載ったマエストロ・ムーティの記事の切り抜きをいくつか入手しました。雑誌名のわからないものもありますが、1990年代前半のマエストロの様子が少しわかり、もっと早くイタリア語を勉強していれば、とまたもや後悔しました。

その中に、スカラ座がフランクフルトのアルテ・オーパーでヴェルディのレクイエムを演奏したときの密着記事があり、とても面白く読みました。いつか全文を紹介できるといいのですが。開演前に楽屋で、ピアノに向かって緊張をほぐすために作品を弾き歌いしている写真があり、とても静かな気持ちになりました。
柔らかめの雑誌なのでしょう、書かれていることもマエストロに親しみが持てるように、という意図がうかがえる部分もありました。この年1994年のスカラ座開幕公演は《ワルキューレ》だったので、聴衆をもっと広げよう、という目的も、もしかしたら、あったのかもしれません。
フランクフルトのレストランでの食事の記述に Lord Weinstock が一緒だったことも書かれていて、感慨深かったです。マエストロの友人であり、mutiano のひとりで、彼の死亡記事をザ・タイムズ紙で見つけたときには本当に悲しく思いました。
記事でマエストロが苦笑したかもしれないのが、そのぺペロンチーノへの隠された愛情を書いた部分。トリュフを添えたタッリャテッレを注文済みにもかかわらず、シンプルなぺペロンチーノもオーダー。
また、マエストロが突然髪の毛を失ったら、聴衆の目からカリスマ性もなくなるだろうか、とたずねられ、哄笑。南イタリア生まれは髪がしっかりしているし、家系にも恵まれている、祖父はどちらも老齢の最後の最後まで髪の毛がふさふさだった、と語っています。
しかし、re 王とは..

1994年11月13日付 EPOCA 誌より
"EPOCA" a Francoforte in tournee con Muti
In viaggio con re Riccardo

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Stuart Weitzman の靴の写真集

乳がんをめぐる支援を目的に著名人がデザインした靴の写真集が、2004年に出版されています。Stuart Weitzman のサイトで見られる、マエストロ・ムーティによるものも含まれています。

http://www.sperling.it/sperl/scheda_libro.jsp?ean=978882003825&ed=55&sito=SK

Stuart Weitzman : Impronte famose
Sperling & Kupfer Editori, 2004
20euro

なお、1日のイタリアの新聞に、マエストロ・ムーティがデザインした靴がラベンナの靴店のショーウィンドウに飾られている写真が載っていました。靴の表面に楽譜(とマエストロのサイン)が描かれているのが白黒写真からも見てとれます。マエストロがミラノ音楽院で作曲の学位をとったときの楽譜だそうです。
IL RESTO DEL CARLINO - 01/07/2005 - RAVENNA
Da Muti a Pavarotti, scarpe famose-perchè la ricerca faccia passi avanti

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sabato 2 luglio 2005

チュニジア公演のネット中継

マエストロ・ムーティのラベンナ音楽祭チュニジア公演が RAI RADIO3 でインターネット中継されます。2004年の公演も再放送されます。

RAI RADIO3 2005年7月4日20時30分 (日本時間 5日3時30分)
RADIO3 SUITE - FESTIVAL DEI FESTIVAL
RAVENNA FESTIVAL- Le vie dell'amicizia
Orchestra Filarmonica della Scala
Associazione del Coro Filarmonico della Scala
direttore, Riccardo Muti
maestro del coro Bruno Casoni
soprano Tatiana Serjan
tenore Giuseppe Gipali
basso Ildebrando D'Arcangelo

Vincenzo Bellini
Sinfonia dall'opera"Norma"

Ottorino Respighi
Pini di Roma, poema sinfonico

Registrato il 25 luglio 2004 al Teatro Romano di Bosra


RAI RADIO3 2005年7月4日21時30分 (日本時間 5日4時30分)
RADIO3 SUITE - FESTIVAL DEI FESTIVAL
RAVENNA FESTIVAL- Le vie dell'amicizia
In diretta dal Teatro romano Teatro Romano di El Djem in Tunisia
Orchestra e Coro del Maggio Musicale Fiorentino
Direttore, Riccardo Muti
Soprano, Alexia Voulgaridou
Tenore, Francisco Casanova
Basso, Ildebrando D'Arcangelo

Arrigo Boito
Mefistofele, prologo

Arrigo Boito
Mefistofele, arie

Arrigo Boito
Mefistofele, epilogo

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venerdì 1 luglio 2005

クラシカ・ジャパンの新番組

クラシカ・ジャパンのメール・ニュースによると、面白そうな番組が7月から始まります。

2005.7.1 No.13 クラシカ・ジャパン メルマガNEWS 

《クラシカ・ジャパン制作!オペラの本場ミラノからお届けする最新情報番組》
朝岡聡のミラノ・オペラ通信
初回放送:7月1日(金)より毎週金曜日21:00

熱狂的なオペラ・ファンとして知られるアナウンサー朝岡聡が、オペラの本場
ミラノより最新オペラ情報をお届けする番組。
1日(金)VOL.1 どうなるスカラ座!
8日(金)VOL.2 オペラのお宝
15日(金)VOL.3 ムーティを探せ
22日(金)VOL.4 明日のスターは誰だ
29日(金)VOL.5 ミラノの人100人に聞きました

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来シーズンのシャンゼリゼ劇場

昨日、シャンゼリゼ劇場のサイトが新シーズンに切り替わりました。マエストロ・ムーティの演奏会については入手済みのシーズン案内と変わりはなく、以前言われていたケルビーニ管の演奏会がないようなのが残念です。
マエストロの演奏会は1月12日のフランス国立管があります。

http://www.theatrechampselysees.fr/index.php

jeudi 12 janvier 2006, 20h
Orchestre National de France
Riccardo Muti, direction
Choeur de Radio France
Maîtrise de Radio France

Mozart : Symphonie n° 38 en ré majeur K. 504 «Prague»
Vêpres solennelles d’un confesseur, en ut majeur K. 339

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