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81 post da dicembre 2004

venerdì 31 dicembre 2004

Banca Intesaのスカラ座への貢献(原文)

http://www.bancaintesa.it/piu/jsp/Editorial

Banca Intesaはスカラ座のスポンサーの一社で、今年の開幕公演も支援したことを同銀行のサイト、上記ページで知ることができます。
La Scala riapre

また、スカラ座再開記念行事のうち、I COLORI DELLA MUSICAのスポンサーになっていることも、同じようにサイトに載っています。展覧会のカタログの美しい表紙の写真も掲載されています。なお、カタログはオンライン書店で購入可能です。

I COLORI DELLA MUSICA
Luni Editrice

さらに、同サイトによればMUSICOMのディスクをテーマに沿って出していて、マエストロ・ムーティのもあります。《ルイージ・ケルビーニ:大理石の中の炎》
Iniziative editoriali musicali - Collana Grandi Interpreti

per eventuali approfondimenti rivolgersi a:
BANCA INTESA
Iniziative Editoriali
via Romagnosi, 5
20121 Milano
SPAD@bancaintesa.it

Matilde Battistini e Mario Marcarini (progetto di), Luigi Cherubini, il fuoco nel marmo di Riccardo Muti, (con CD) Milano 2003 (pubblicazione Banca Intesa)

Andrea Zaccaria (progetto di), Gustav Mahler il suono incantato di Myung-Whun Chung, (con 2 CD) Milano 2002 (pubblicazione Banca IntesaBci)

Lidia Bramani (progetto di), The Magic of Sound by Claudio Abbado, edizione inglese (con CD) Milano 2002 (pubblicazione Banca IntesaBci)

Lidia Bramani (progetto di), Claude Debussy. La magia del suono di Claudio Abbado, (con CD) Milano 2001 (pubblicazione Banca IntesaBci)

Andrea Zaccaria (progetto di), La tempesta sonora di Valery Gergiev, (con CD) Milano 2000 (pubblicazione Banca Intesa)

Andrea Zaccaria (progetto di), Il suono ritrovato di Benedetti Michelangeli, (con CD) Milano 1999 (pubblicazione Banca Intesa)

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スカラ座合唱団員が語る開幕公演(原文)

2004年12月30日付 Giornale di Vicenza 紙より

《Vi racconto com’è la Scala
« Per l’ Europa riconosciuta e il Tannhä
Muti, le prove, i riti col basso vicentino Lorenzo Cescotti nel coro》
《スカラ座がどんなふうかを語る
《見出されたエウローパ》と《タンホイザー》、ムーティ、リハーサル、バスのならわしについてヴィチェンツァ出身の合唱団員 Lorenzo Cescotti が語る》

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giovedì 30 dicembre 2004

デッシー(原文)

Corsera紙がスカラ座のオペラのDVDをシリーズで出していますが、明日は《コシ・ファン・トゥッテ》の発売で、出演者のダニエラ・デッシーにインタビューしています。マエストロ・ムーティとの出会い、マエストロとの《コシ・ファン・トゥッテ》のリハーサルを通じて自分のモーツァルトへの道が開けたこと、その舞台がどれほど楽しく刺激的だったかを語っています。
スカラ座来日公演でヴェルディ レクイエムを歌った彼女の輝くばかりの美しさが思い出されます。(でも、あのときは、アグネス・バルツァの独り舞台でした。)2005年5月にはスカラ座でデズデモナを歌って共演します。

2004年12月30日付 Corriere della Sera 紙より

un Palco all’Opera
Don Alfonso (scherzando) / atto primo
L’iniziativa
«Così fan tutte»
Daniela Dessì: è l’omaggio di Mozart alla femminilità

L’allestimento del 1983 del regista Michael Hampe (qui nella versione ripresa sei anni dopo) sarà domani in edicola con il «Corriere» per la serie dei dvd

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シラクーザのプロジェクト(原文)

シチリアの新聞にシラクーザの文化プロジェクトの記事が載っていました。テアトロ・グレコでコンサート、オペラを上演するもので、新シーズンにはマエストロ・ムーティのコンサートも企画されているそうです。タイトルは《siracusa arena del sud》。
ケルビーニ管について、海外の活動場所のひとつに、かつて、ギリシアのテアトロ・グレコがあげられていたことがありました(先日のマエストロのインタビューではそういう具体的な地名は語られていませんでした)。それと関わりがあるのかもしれません。
オペラの企画は演目はケルビーニ《メディア》、演出家はゼッフィレッリ、ソリストはPaoletta Marrocu 、 Marcello Giordani、オーケストラはマエストロが選んだメンバーで構成、と記事にはあります(指揮者はマエストロなのか???)。まだ将来の企画ですし、マエストロの選んだオーケストラのメンバーがケルビーニ管を意味するというには、少し同管の実力に不足するところがあるように思えますが、ケルビーニ管とスカラ・フィルの混合、といった形なら、実現可能かもしれません。もっとも、マエストロがゼッフィレッリと組めるのか、不安がありますけれども。


2004年12月29日付 la Sicilia 紙より

rilanciato il progetto «siracusa arena del sud» Zeffirelli, Muti, Domingo e Mazel al Teatro Greco


2004年12月29日付 Giornale di Sicilia 紙より

Copertura mobile per il Teatro greco Zeffirelli: "Così ospiterà l'opera lirica"


シラクーザ市のサイト、テアトロ・グレコのページはこちら

http://www.comune.siracusa.it/Default.htm

http://www.comune.siracusa.it/8%C2%B0Settore/Turismo/TeatroGreco.htm


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mercoledì 29 dicembre 2004

2005年ザルツブルク音楽祭

28日のNHK-FMで今年のザルツブルク音楽祭の演奏が放送されました。シューベルト「グレイト」第二楽章は秀逸。特に木管がシューベルトのはかなさ、美しさを感じさせ、また、弦、管の音の透明な重ね具合に心を奪われました。

来年のザルツブルク音楽祭については以下のとおりに発表ずみです。
10年ぶりにオペラを上演します。マエストロ・ムーティが以前、インタビューで楽しげに語っていたように、オペラを上演すればザルツブルクでゆっくり夏休みを過ごせることになり、おそらく、来年は1ヵ月半近くザルツブルクの別荘に滞在するのでしょう。
28日はシューベルトを聴きながら、ブルックナーがまたウィーン・フィルとのプログラムに並ぶ日を待ちどおしく思いました。

http://www.salzburgfestival.com/

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martedì 28 dicembre 2004

スカラ座のクリスマスコンサート評(原文)

インターネット中継を聴いて、作品がとても気に入りました。演奏を追った形の評と、レコード芸術誌最新号のオットー・ビーバと同じような視点が興味深かった記事です。

2004年12月27日付 la Stampa 紙より

《AL MAESTRO PIACE USCIRE DAL REPERTORIO, FAR RIVIVERE TESTI IMPOLVERATI
Muti, amore per la musica ignota
Alla Scala un Berlioz scapigliato e tutto nuovo》


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Amici del Loggione del Teatro alla Scala

TRENT'ANNI Amici del Loggione del Teatro alla Scala 1973-2003
FrancoAngeli 2004年刊

サイトはこちら
http://www.amiciloggione.it/

1973年1月31日に設立された音楽愛好会でオペラ文化の普及促進をはかることを目的としていて、特にスカラ座とのつながりが強いようです。愛好会とはいっても、その活動はスカラ座の上演演目の資料展示や出演者を囲む会など、素晴らしいもので、その一端がこの本からもうかがわれます。囲む会に出た演奏家たちの写真とサイン、メッセージが白黒で載っているのが、この本の価値を高めています。

マエストロ・ムーティも何箇所か登場します。
ホームページにも載っている写真で、机に座って教授よろしく友の会の人たちに話しているのは、《ニーナ》の会の折のものであることが本からわかります。
そのほか、1981年5月30日の写真とメッセージ(おそらく《フィガロの結婚》)、1990年にファブリッチーニが彗星のごとく現れ、人々を魅了していた頃の一緒の写真、1999年9月24日の写真とメッセージ(《ニーナ》)、2003年5月12日の写真(《二人のフォスカリ》)など、この会での写真が載っています。
亡くなったテバルディの写真も何枚も。1枚はマエストロと《二人のフォスカリ》の会の折に親しげに挨拶をかわしている写真です。

先日、自分の在スカラ座音楽監督20周年(2006年)の折には何か企画してくれているみたいだ、と楽しげに新聞で語っていたマエストロでした。

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In Scena

IN SCENA VERDI MUTI LA SCALA
Graziella Vigo
Electa 2004年刊

出版社のサイトはこちら

http://www.electaweb.it/electa/ita/libri/scheda.jsp?isbn=978883702410&ed=53

予想していたのとは少し内容が違っていました。マエストロの写真は1枚だけ。徹底して舞台の写真を集めています。どのページも完全に一幅の絵でした。後期フランドル派のような、光と影、陰影の美しい舞台写真の数々。衣装の質感、美しさ。歌手の表情の豊かさ。
何よりも、これが指揮をするマエストロ・ムーティの目に入ってくる舞台の姿なのか、と思うと、この舞台を受けとめ、これに負けないだけの音楽を奏でているマエストロに圧倒される思いです。
特に《オテロ》のページは絶対におすすめ。

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NYタイムズ紙のスカラ座公演評

スカラ座がその再開にあたってサリエーリの復権に挑んだことについて、ウィーン楽友協会が復権に果たした役割、バルトリをはじめとする女性歌手のサリエーリ復活への貢献をからめて、わかりやすく紹介しています。
マエストロ・ムーティとウィーンとの絆の強さをますます感じました。

2004年12月28日付 The New York Times 紙より

《For Mozart's Archrival, an Italian Renaissance》
《モーツァルトの好敵手にとっては、ひとつのイタリア・ルネッサンス》

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ムーティ、アッバードによる新オーケストラ設立(原文)

オーストリアの新聞がマエストロ・ムーティ、マエストロ・アッバードによる新しいオーケストラ設立をとりあげていました。ケルビーニ管についてはほぼ既報済みの内容。やはり、二人をこのようにとりあげることは避けては通れない視点だったようです...。どちらも、がんばって!

2004年12月28日付 der Standard 紙より

《Orchestrale Gründerzeit
Claudio Abbado und Riccardo Muti haben zwei neue Jugendorchester ins Leben gerufen》
《オーケストラ・ブーム
クラウディオ・アッバード、リッカルド・ムーティ、二つの新しい若者オーケストラを設立》

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lunedì 27 dicembre 2004

コルティーナは大雪

インド洋では歴史的な大地震、津波、イタリアは悪天候、と自然災害の心痛むニュースが続きます。

マエストロ・ムーティの山荘があるコルティーナは大雪で、(車の雪を除くために)スコップを手にしたマエストロの姿も見られたとか。25日、26日のTg2のニュースで流れたとのことでしたが、RAIのサイトにある26日20時30分の同ニュースの映像にはもうありませんでした。

2004年12月27日付 Corriere della Sera 紙より

《Sulle Alpi la prima grande nevicata, il record a Cortina》
《アルプスは初の大雪、コルティーナも記録的》


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好奇心のマエストロ

レコード芸術誌2005年1月号に素晴らしい論評が載っていました。

ウィーン楽友協会のアルヒーフより① 好奇心のマエストロ、リッカルド・ムーティ オットー・ビーバ

オットー・ビーバによるマエストロ・ムーティの演奏会プログラムの紹介は、ウィーン楽友協会機関誌2004年1月号、9・10月号にも掲載されています。

以前は楽友協会のサイトの中にあったアルヒーフのサイトはこちら
http://www.a-wgm.com

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domenica 26 dicembre 2004

Mozart 《Gran Partita》(DVD)

Mozart
Serenata KV361 《Gran Partita》

Filarmonica della Scala
2003年6月収録
MUSICOM

Sabbioneta市で売られています。当初の報道では今年3月にEMIからもリリースされる予定でした。

同市の文化ニュースのページです。
http://www.comune.sabbioneta.mn.it/Database/urp/sabbioneta/sabbioneta.nsf/pagine/74B1D6EA563D8531C1256DF80036B081?OpenDocument

スカラ・フィルが誇るオーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットの面々がコントラバスとともに、マエストロ・ムーティの指揮のもと(指揮棒なし)、Sabbionetaの美しい風景や演奏会が行われたTeatro all'Anticaの内部の映像をまじえながら、演奏をくりひろげています。
今日、NHK-FMでスカラ座開幕公演のサリエーリ《見出されたエウローパ》が放送されました。インターネットで同時中継を聴いたときと同様、オーボエの素晴らしさが心に残りました。新聞評でもきちんと名前を書かれて称賛されていたのが、このDVDにも登場するオーボエのFrancesco Di Rosaです。

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sabato 25 dicembre 2004

2005年10月7日ウィーン・フィル来日公演

巨大匿名掲示板に24日、ウィーン・フィルのミューザ川崎シンフォニーホール公演の情報が書き込まれていました。
同ホールに照会したところ、自主公演かどうかはまだ回答できない、とのことでした。

http://www.kawasaki-sym-hall.jp/index.shtml

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venerdì 24 dicembre 2004

クリスマスにスカラ座再結束を願う

ベルリオーズの《荘厳ミサ》についてのインタビュー記事で、スカラ座内の対立がなくなることを強く願うマエストロ・ムーティの様子が報じられていました。初日の後、スカラ座の機構をめぐって(追って内容を紹介します)、また、テバルディのスカラ座での追悼をめぐって噴出しはじめた対立の除去も、願ってのことでしょう。

Buon Natale, Maestro Muti !

2004年12月24日付 Corriere della Sera 紙より

《Ieri l’esecuzione della «Messe solennelle» ritrovata solo nel 1991
Scala, il concerto di Muti riscopre il Berlioz perduto
«In questo Natale la musica unisca il nostro teatro»》
《1991年に演奏されただけの《荘厳ミサ》が昨晩再び見出された
スカラ座でムーティによるコンサートによって、失われていたベルリオーズの作品が再び発見された
「このクリスマスに、音楽が我々の劇場をひとつに結びつけました」》

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大成功のスカラ座クリスマスコンサート

2004年12月24日付 ANSA通信より

《Scala: successo per Concerto Natale
Muti ha diretto la 'Messe solennelle' di Berlioz 》
《スカラ座:クリスマスコンサートは成功
ムーティはベルリオーズの《荘厳ミサ》を指揮した》

リッカルド・ムーティの指揮するスカラ座のオーケストラと合唱団がスカラ座のクリスマスコンサートで成功を収めた。エクトール・ベルリオーズの《荘厳ミサ》を演奏した。聴衆はムーティとオーケストラ、合唱団(合唱指揮ブルーノ・カゾーニ)に長い拍手喝采を捧げた。ソリストのGenia Kuhmeier(ソプラノ)、 Giuseppe Sabbatini(テノール)、 Ildar Abdrazakov(バス)もまた喝采を受けた。コンサートは今日、RAI UNOで12時20分から放映される。

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年末のNHK-FM

NHK番組表より

2004年12月26日15時 NHK-FM

速報 ミラノ・スカラ座リニューアル・オープン

                         水谷 彰良
 - ムーティが指揮する
       サリエリの歌劇“見出されたエウローパ -

「歌劇“見出されたエウローパ”」        サリエリ作曲
               (第1幕:1時間02分37秒)
               (第2幕:1時間03分27秒)
        エウローパ…(ソプラノ)ディアーナ・ダムラウ
        アステリオ…(ソプラノ)ゲニア・キューマイア
      エジスト…(テノール)ジュゼッペ・サッバティーニ
          セメレ…(ソプラノ)デジレ・ランカトーレ
   イッセオ…(メゾ・ソプラノ)ダニエラ・バルチェルローナ

               (合唱)ミラノ・スカラ座合唱団
             (管弦楽)ミラノ・スカラ座管弦楽団
                (指揮)リッカルド・ムーティ
  ~イタリア ミラノ・スカラ座で収録~
  (イタリア放送協会提供)

2004年12月28日19時20分 NHK-FM

ベストオブクラシック

                         諸石 幸生
 - ザルツブルク音楽祭2004 -(2)

 ▽リッカルド・ムーティ指揮、
         ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会 

「交響曲 第4番 ハ短調“悲劇的”D.417」
                      シューベルト作曲
                      (34分03秒)
「交響曲 第8番 ハ長調 D.944」   シューベルト作曲
                      (53分37秒)
        (管弦楽)ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                (指揮)リッカルド・ムーティ

  ~オーストリア・ザルツブルク 祝祭大劇場で収録~
  (オーストリア放送協会提供)

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ザルツブルク音楽祭友の会機関誌2004年12月号

2005年に《魔笛》の新演出を振るマエストロ・ムーティが紹介されています。
内容は次のところでも読めます。

http://www.festspielfreunde.at

Festspiel Freunde 2004年12月号より

《Nach 10 Jahren zurueck an das Opernpult》
《10年後にオペラの譜面台の前に戻ってきた》

ムーティのもとではモーツァルトは後期のグルックのように響く、とかつてチェチリア・バルトリは語った。リッカルド・ムーティが実際の上演を好むことについて、彼を評価しない人間はひとりもいない。けれども、もちろん重要なのは、彼が作品において繰り返しを追い求めることで、このことでは随分以前から信頼されていて、オリジナルの演奏を追求していた。

ムーティは歴史を重んじる―彼は最近、プッリャに土地を1区画購入した。「伝説となっているカステル・デル・モンテの直下で、それはフリードリッヒ2世が建てさせたものです。」(途中)


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giovedì 23 dicembre 2004

クライバーをとりあげた番組

スロベニアのテレビ局が自国を紹介した番組を制作し、クライバーを代表的な音楽家としてとりあげ、その死去、追悼コンサートについても触れました。
以上、http://www.thrsw.com/jp/index.htmlの情報でした。ありがとうございました。
マエストロ・ムーティによる未完成交響曲の演奏やインタビューなどは、既放映のもののようです。


2004年12月4日付 RTVSlovenija より

Slovenian Magazine The Famous Conductor Carlos Kleiber and Slovenia

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スカラ座のならわしとはいえ(原文)

テバルディの棺がスカラ座の中に入らなかったことについて、ファンたちが居合わせたアルベルティーニ市長などに大声で詰め寄った様子がイタリアの新聞で報道されていました。フォンタナ総裁によれば、過去、セレモニーを行ったのは指揮者とスカラ座総裁だけ、というならわしに従ったそうですが、そのならわしそのものをとがめる論調もみられました。

マエストロ・ムーティの苦渋に満ちた悲嘆の言葉が載っていました。マエストロは23日のコンサートのためのオーケストラのリハーサルがあり、San Carlo教会で行われたテバルディのためのミサには行けませんでした。

2004年12月23日付 il Giorno 紙より

2004年12月23日付 Corriere della Sera 紙より

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テバルディのミラノ告別

昨日のテバルディのミラノ告別の模様がイタリアの新聞に載っていました。
スカラ座の前の車の通行が止められ、花で飾られた棺がその前にとどまる様子の写真がla Rapubblica紙にありました。フォンタナ総裁によれば、過去、歌手の棺がスカラ座の中へはいったことはなく、カラスもコレッリもそうだった、そういうしきたりに従った、とのことです。
San Carlo教会での葬儀にはサッバティーニ、ヌッチも列席し、テバルディの歌う、ヴェルディ 「レクイエム」が流された、と記事にありました。教会に行った人が、マエストロ・ムーティの姿はなかった、と言っていたのですが、記事からも列席についてはわかりませんでした。

2004年12月23日付 la Repubblica 紙より

《Fontana: rispettata la tradizione》
《フォンタナ:慣例に従いました》

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イタリア初演のベルリオーズ「荘厳ミサ」

今日のCorsera紙で作品の概要が紹介されていました。1991年に楽譜が発見され、ガーディナーによって初演されて以来、二度目の演奏になるそうです。

2004年12月23日付 Corriere della Sera 紙より

Muti alla Scala con la Messa ritrovata


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スカラ座再建50周年コンサートのディスク

CDとDVDを入手しました。

CDはil Giornale紙のDieci Grandi Serate alla Scala というシリーズの第一夜、第1回リリースです。2005年2月8日が最終夜、第10回で、マエストロ・ムーティによるヴェルディ Riccardo Muti Dirige Verdi です。
組み立てるとふたのない直方体の箱になる台紙付きです。台紙の写真は同コンサートで拍手喝采を受けるステージの遠景。
CD、DVDともにスカラ座ブックストアの協力も得てリリースされているので、あるいは、edicola以外での販売もあるかもしれません。照会してみます。

12月7日にRAI RADIO3がスカラ座特集を組んだ中でも、このコンサートの模様が放送されました。
その際、プログラムが大戦後のトスカニーニのスカラ座再建コンサートに従っていることから、トスカニーニのほうも放送する、という形がとられていたのが、とても興味深かった。トスカニーニのスカラ座再建コンサートではテバルディがスカラ座デビューを飾っていますが、まさか、このようにテバルディが逝ってしまうとは...。時のめぐりあわせというのは、本当にあるのだと思いました。


2004年12月7日 il Giornale 紙リリースCD

Riccardo Muti Concerto straordinario per il 50°anniversario della ricostruita sala del Teatro

Orchestra e Coro del Teatro alla Scala di Milano
18-5-1996 Teatro alla Scala


2004年12月5日 Il Sole 24 ORE 紙リリースDVD

18 MAGGIO 1996 CONCERTO STRAORDINARIO PER IL 50°ANNIVERSARIO DELLA RICOSTRUZIONE DEL TEATRO

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22日のミラノでのテバルディ追悼(原文)

イタリアのプレスだけでなく、主要プレスがその模様を報じていました。AP通信を紹介します。

2004年12月22日付 AP 通信より

Fans pay respects to opera star Tebaldi in front of Milan's La Scala

MILAN, Italy (AP) - Opera fans applauded Wednesday during a tribute to the late Italian soprano Renata Tebaldi, whose casket was brought to Milan for a brief ceremony outside the theatre where she made her name.

Police closed off the square in front of Milan's La Scala while Tebaldi's hearse stopped in front of the opera house. City officials laid a wreath of flowers on the coffin. Among those present were conductor Riccardo Muti, who is La Scala's music director, Milan mayor Gabriele Albertini and another one-time soprano star, the 90-year-old Magda Olivero.

The tribute was followed by a public Mass in a nearby church, which also drew scores of admirers. The San Carlo church resounded with recordings of Tebaldi singing Giuseppe Verdi's Requiem, said the ANSA news agency.

La Scala superintendent Carlo Fontana described Tebaldi as somebody who was able to reach hearts through her singing, according to ANSA.

"In Renata there was full correspondence between her art and her human qualities," he reportedly added. "That's why her art will live on."

Tebaldi died Sunday at age 82 at her home in San Marino, a tiny independent republic in north-central Italy. She was considered one of the 20th century's greatest opera singers, known for her rich, perfectly produced tones.

The soprano first sang at La Scala when the theatre reopened in 1946 after World War II with a concert of arias conducted by Arturo Toscanini. He once said she had "the voice of an angel" - a nickname that stayed with her for a lifetime.

Tebaldi was to be buried later Wednesday in the family chapel of the cemetery of Langhirano in central Italy. A private funeral was held in San Marino on Tuesday.

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スカラ座のクリスマスコンサート

ベルリオーズの「荘厳ミサ」は最近楽譜が発見され、これがイタリア初演になります。

2004年12月23日20時(日本時間24日4時) RAI RADIO3

TEATRO ALLA SCALA- Concerto di Natale
Orchestra Filarmonica Della Scala
Teatro alla Scala di Milano
Direttore, Riccardo Muti
Genia Kühmeier, soprano
Giuseppe Sabbatini, tenore
Ildar Abdrazakov, basso

Hector Berlioz
Messe solennelle per soli, coro e orchestra

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mercoledì 22 dicembre 2004

スカラ座の前にとどまるテバルディの棺(原文)

テバルディの棺はスカラ座の前に5分間ほどとどまり、スカラ座は追悼を捧げ、テバルディは別れを告げました。スカラ座の中にどうして棺を入れてあげないのか、それでこそ、追悼ではないか、という議論もあったとのことです。
ミラノの教会でのセレモニーにはマエストロ・ムーティも列席します。

また、今日のCorsera紙にはGiannino Tenconi、 presidente degli Amici del Loggione のテバルディへの追悼のインタビューが載っていました。その中で、テバルディがマエストロ・ムーティをいちばんのお気に入りの指揮者としていたことが語られていました。その指揮で歌えないことが非常に哀しい、と言っていたことがあったそうです。

2004年12月22日11時5分 Agr より

22 dic 11:05 Funerali Tebaldi: bara davanti alla Scala, contestazioni degli ammiratori

MILANO - Oggi le esequie del soprano Renata Tebaldi. Il feretro e' rimasto per cinque minuti davanti Scala, dove non sono mancate le polemiche degli ammiratori che hanno gridato: "Portatela dentro. Quello sarebbe un omaggio vero, vergogna". La bara e' stata quindi portata nella chiesa di San Carlo al Corso, vicino a piazza San Babila a Milano alla presenza del maestro Riccardo Muti, del sindaco di Milano Gabriele Albertini e dell'assessore Salvatore Carrubba. (Agr)

2004年12月22日付 Corriere della Sera 紙より

Oggi la salma del soprano sfila davanti alla Scala. Cerimonia in San Carlo

L’omaggio di Milano alla Tebaldi

Qualche ricordo di direttori?
«Apprezzava Muti. Un giorno gli disse: "Uno dei miei rimpianti è di non aver cantato diretta da lei". Poi Votto e Serafin. Karajan cercava persino di frenarne la voce».

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martedì 21 dicembre 2004

20日は特別クリスマスコンサート

23日に先立ち、20日には、経済界の主だったメンバーが集まるクリスマスコンサートがマエストロ・ムーティの指揮のもと、スカラ座で行われたそうです。

2004年12月21日付 Adnkronos より

14:27 MILANO: TEATRO ALLA SCALA, IL MONDO DELLA FINANZA ALLA PROVA DEL CONCERTO DI NATALE

Milano 21 dic. (Adnkronos) - Tante le personalita' del mondo della finanza presenti, ieri al Teatro alla Scala di Milano, alla prova straordinaria del concerto di Natale diretta dal maestro Riccardo Muti. All'evento, organizzato dalla Sia (Societa' Interbancaria per l'Automazione) hanno preso parte, tra gli altri, Giuseppe Zarda, presidente Abi, Francesco Cesarini, presidente E-Mid, Alessandro Zignani, Ad Tlx, Umbeto Paolucci, Msn, Nicola Aliperti, amministratore delegato di Hp, Silvio Scaglia, presidente E-biscom, Stefano Rodota', garante per la privacy e Gilbert Lichter, capo Eba.

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テバルディ追悼の文

今日のCorsera紙にマエストロ・ムーティが寄稿しています。

明日はミラノで葬儀が行われますが、10時ごろ、スカラ座の前でしばらくテバルディの棺はとどまり、スカラ座全体が彼女に追悼を捧げるそうです。

2004年12月21日付 Corriere della Sera 紙より

《Io, Renata e la lettera di Verdi》
《レナータと私、そして、ヴェルディの手紙》

サン・マリーノでの葬儀とレナータ・テバルディへの最後の挨拶となるミラノでの宗教ミサ。偉大な歌手は土曜日から日曜日の夜に息をひきとった。葬儀は今日の午後、16時にサン・マリーノで行われる予定である。明日、10時30分に、ミラノのコルソにあるサン・カルロ教会でミサがあげられる。セレモニーの前に、10時ごろ、棺はスカラ座の前にとどまり、この歌手への最後の敬意を受ける。そして、午後いちばんにレナータ・テバルディのなきがらはパルマ県にあるLanghiranoへ運ばれ、家族の礼拝堂に葬られることになる。

レナータ・テバルディは飾らず、上品で、誠実な女性でした。こういった形容詞を書きながら、この稀有の歌手に敬意を表すには、もっと他にたくさんの形容詞が必要なのではないかということに気づきます。トスカニーニは彼女について「天使の歌声」と評していました。この特徴づけに歴史を思います。19世紀の終わりを見た者ならこう付け加えるでしょう。彼女の声は稀有であるだけでなく、長きにわたって聴くことのできる、本当に素晴らしい声のひとりである、と。レナータ・テバルディには、その厳格な人柄と深く同時に静かなまなざしに圧倒されました。彼女はスカラ座でヴェルディ、プッチーニ、ワーグナーのリハーサルを聴くときには、いつも平土間奥に座っていて、そばには忠実なTinaが従っていました。人目につかないところに座って、《マノン》、《ナブッコ》、《運命の力》、《ワルキューレ》(たとえイタリア語で歌ったとしても、彼女がワーグナーにも意欲的に取り組んでいたことを忘れてはいけません)を観ていました。アリアに首をつっこんだりするような記憶とは無縁の人でしたし、音楽をかき消してしまうような姿も思い描けない人でした。
私たちの間にできあがっていた敬意のやりとりにはいつも感動していました。けれども、とりわけ、彼女にとって重要な意義のたくさんつまった功績たるヴェルディの上演で私が成功を収めた後に、心を動かされました。彼女が何十年もピアノの上に保管していたブッセート出身のマエストロの直筆の手紙が、私の元に届けられたのです。貴重な記念の品物に添えられていたカードにはこう書かれていました。「あなたが所有するのがふさわしいです。」私は困惑すら感じました。というのは、この行為は多大な好意であると同時に別れのしるしでもあったからです。だからといって、初日かゲネラルプローベの後で合図をくれなかったことはなく、いつも最高の心の優しさを見せてくれました。彼女にとっていつも寛容だったわけではない、「自分の」スカラ座に別れを告げ、このように控えめな存在を貫き、大いなる静けさに包まれ、彼女の数々の言葉のおかげで奇跡が生まれたという助言やヒントを与えることだけが、節度ある姿をさえぎったのでした。奇跡の理由は、彼女の声のおかげで音楽の過去と現在が持続的にからみあったからです。

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「シシリアン・オデッセイ」

「シシリアン・オデッセイ―地中海の十字路、眩惑の島 」
ナショナルジオグラフィック・ディレクションズ 
フランシーン・プローズ 早川書房 2004年12月17日新刊 1890円

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スカラ座で述べたテバルディへの追悼

マエストロ・ムーティは19日のスカラ座公演をテバルディに捧げましたが、そのときの言葉が新聞に載っていました。テバルディの言葉には涙を誘われました...。

2004年12月20日付 Brescia Oggi 紙より

《A Brescia, dal 1946 al ’53
Cantò quattro volte anche al teatro Grande》
《1946年から1953年まで、ブレッシャ
ブレッシャ大劇場でも4回歌った》

(略)
昨晩、リッカルド・ムーティはミラノ・スカラ座での《Europa riconosciuta》の上演をテバルディ自身に捧げることを望んだ。心のこもった言葉で彼女を偲んだ。「la signorina Tebaldiはーあなたはそのように呼ばれたがっていましたねー純真な心を持っていました。純朴で勤勉な家族の出で、全くもって素晴らしい女性でした。」
スカラ座ではレナータ・テバルディは控えめな記憶を残している。「お気に入りの作曲家、ヴェルディとプッチーニのリハーサルを聴きにきていたときには、平土間の奥、左にいました。彼女の存在は落ち着きと安心をもたらしていました。なぜなら、私や他の演奏家達に飾り気のない、心のこもった態度で助言を与えてくれる機会をいつも持っていたからです。」ムーティはこう振り返った。
ムーティは聴衆に向かって言った。「このオペラに手を着けるのはとてもむつかしく、彼女はこの作品を非常に聴きたがっていました。様態がすぐれないことは知っていましたが、どんなことをしてでもスカラ座再開を観たかったことでしょう。こんなことを聞かされました。開幕の前々日に突然気分がよくなり、こう言ったそうです。『初日は無理でも、再演に行って私のスカラ座を観られそうだわ。』」
(略)

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lunedì 20 dicembre 2004

テバルディに捧げられた19日のスカラ座公演(原文)

19日のスカラ座公演はテバルディに捧げられました。
マエストロ・ムーティはピットに現れた彼への聴衆の拍手を制して、テバルディへの追悼の言葉を述べ、黙祷を全員で捧げたそうです。

2004年12月20日付 la Gazzetta di Parma 紙より

《E Muti le dedica l' « Europa riconosciuta »》
《ムーティ、彼女に《Europa riconosciuta》を捧げる》

「レナータ・テバルディが亡くなったことは音楽界にとって計り知れない悲しみです。」これが、偉大なオペラ歌手の死に際してのマエストロ・リッカルド・ムーティの最初のコメントだった。「アルトゥーロ・トスカニーニによってスカラ座にデビューしたレナータ・テバルディは、オペラ界の綺羅星の中で最高に素晴らしい演奏家のひとりでしたし、なみはずれた声の持ち主のひとりでした。私個人にとっては、素晴らしい演奏の数々についての感動に加えて、長く続いた深い友情の想い出が残っています。」ムーティはこう付け加えた。
ムーティはテバルディに《Europa riconosciuta》の上演を捧げることを望んだ。昨晩スカラ座の舞台でとても心のこもった言葉で彼女を偲びながら、彼女のために聴衆と音楽家たちに1分間の黙祷を求めた。

Appena entrato in scena, Muti aveva zittito gli applausi che lo avevano accolto e, senza microfono, ha detto: « Come molti di voi hanno saputo, la scorsa notte è mancata Renata Tebaldi e oggi per tutti noi, musicisti e appassionati d'opera, è un giorno di grave lutto, non solo per la Scala, che lei tanto amò, ma per tutto il mondo musicale. E' inutile oggi sottolineare l'importanza della presenza di una grande artista che ha portato alta nel mondo operistico - ha proseguito il Maestro - la sua voce, definita da Toscanini ' voce d'angelo'. Tutti, oggi, grazie alle incisioni, abbiamo la fortuna di ascoltare la sua voce cosí particolare, mediterranea e piena di pathos. » . Dal ricordo della cantante, Muti è passato al rimpianto della persona, perchè « la signorina Tebaldi, come voleva essere chiamata, era un'anima semplice, proveniva da una famiglia semplice ed operosa e, come tutte le anime semplici - ha concluso prima che tutto il teatro, dopo il minuto di silenzio, si sciogliesse in un grande, commosso applauso - era una gran signora » . Anche il sovrintendente della Scala, Carlo Fontana, ha ricordato l'artista che inaugurò il teatro restaurato dopo la guerra nel maggio 1946. « Forse la Scala - ricorda Fontana - non fu generosissima con lei. Infatti nella rivalità con Maria Callas in qualche modo preferí la Callas, e la Tebaldi scelse il Metropolitan di New York dove ancora la ricordano con affetto » . Le cose cambiarono negli anni Settanta con la sovrintendenza di Paolo Grassi che « cercò di riparare » . Proprio alla Scala il 23 maggio 1976 Tebaldi tenne il suo concerto di addio e sempre alla Scala festeggiò i suoi 70 e 80 anni. « Renata Tebaldi - conclude il sovrintendente - era un mito dell'opera lirica, forse la pi ù bella voce del dopoguerra, un'artista che ha dato moltissimo al pubblico di tutto il mondo » .

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テバルディへの追悼の言葉

マエストロ・ムーティの追悼の言葉が載っていました。

2004年12月19日付 Corriere della Sera 紙のサイトより

《IL CORDOGLIO DI MUTI》
《ムーティの深い悲しみ》

「レナータ・テバルディが亡くなったことは音楽界にとって計り知れないほどの悲しみです。」偉大な歌手の死について、マエストロ・リッカルド・ムーティはまず最初にこうコメントした。「レナータ・テバルディはアルトゥーロ・トスカニーニによってスカラ座にデビューし、オペラ界の綺羅星の中で、最も偉大な歌手のひとりであり、最も素晴らしい声のひとりでした。私個人にとっては、素晴らしい演奏の感動に加えて、長く深い友情の想い出が残っています。」ムーティはこう付け加えた。

IL CORDOGLIO DI MUTI - «La scomparsa di Renata Tebaldi è un lutto incommensurabile per il mondo musicale». È stato questo il primo commento del maestro Riccardo Muti, alla morte della grande cantante lirica. «Renata Tebaldi, che debuttò alla Scala con Arturo Toscanini, è stata - ha aggiunto Muti - una delle più grandi interpreti e una delle voci più straordinarie del firmamento operistico. A me personalmente resta, oltre alle emozioni delle sue grandi interpretazioni, il ricordo di una lunga e profonda amicizia».

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domenica 19 dicembre 2004

テバルディ、死去

サン・マリーノの自宅で亡くなりました。2月に83歳になるはずでした。マエストロ・ムーティのよき理解者でもありました。
ご冥福をお祈りいたします。

2004年12月19日付 ANSA通信より

《Musica: e' morta Renata Tebaldi
Era da tempo malata. Nata a Pesaro, viveva a San Marino 》
《音楽:レナータ・テバルディ、死去
しばらく前から具合が悪かった。ペーザロで生まれ、サン・マリーノで暮らしていた》

レナータ・テバルディがサン・マリーノの自宅で死去した。この歌手は来年の2月に83歳を祝うはずだった。ペーザロで生まれた。死去のニュースは、彼女が信頼していたクロアチア生まれの医師Niksa Simetovicによってもたらされた。しばらく前から具合が悪かった。レナータ・テバルディは1年半前からサン・マリーノに住居を移していた。最期まで友人達に付き添われていた。ここ数ヶ月は非常に深刻な状態だった。

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Corsera紙別冊《TEATRO ALLA SCALA》

2004年12月7日付 Corriere della Sera 紙別冊の《TEATRO ALLA SCALA》を入手しました。
DVD商品と同じくらいの大きさで、厚さ約1センチの本です。
内容はスカラ座の歴史を上演史などとともに淡々とつづったもので、改修工事についても触れています。

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「再生されたヨーロッパの殿堂」

2004年12月19日付産経新聞「地球楽信」がスカラ座開幕公演をとりあげていました。
内容は、イタリアの報道をまとめたもののようです。一部、現地で聴いた人の話も載せています。

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スカラ座のparchiロビーの名称

改装なったスカラ座のparchiロビーにトスカニーニの名前がつけられたことが、一部のプレスで報道されていました。カルロ・フォンタナ総裁は遺族へ、スカラ座理事会が2004年10月1日付で決定した旨の手紙を送ったそうです。大戦後の再開コンサートで指揮をするなど、その貢献の大きさからして当然のことだと思っていたのですが、そうでもなかったことが遺族のインタビューからわかり、興味深く思いました。
トスカニーニの名前がつけられるにあたって、マエストロ・ムーティの関与もあったことが遺族(トスカニーニお気に入りの娘Wallyの娘、Emanuela Castelbarco Toscanini)のインタビューで語られていました。彼女が、1962年開幕公演のスカラ座平土間でヴィスコンティのとなりに座っている写真が、ちょうど別冊Speciale Scalaに載っています。

l'opera 誌2004年11月号より

《il foyer dei parchi della Scala intitolato ad Arturo Toscanini》
《スカラ座のparchiロビー、アルトゥーロ・トスカニーニにちなんだ名前がつけられる》

(略)
スカラ座のある場所にアルトゥーロ・トスカニーニにちなんだ名前をつけるというこの考えは、どのようにして生まれたのですか。
「私にしてみれば、ずっと以前からです。母も非常に強く望んでいました。祖父の名前をつけていたピッコラ・スカラがなくなって以来、その名前はスカラ座の中から消えていました。唯一、parchiのロビーに、Wildtの非常に素晴らしい作品である胸像があっただけでした。」

それで、希望を実現させるためにどう動いたのですか。
「はじめは、窮地にありました。誰から始めればいいのか、わかりませんでした。このことで助力を求める第一の相手はカルロ・フォンタナでした。でも、スカラ座理事会理事長のガブリエーレ・アルベルティーニ市長に依頼しました。今年の4月1日のことです。どきどきしました。復讐の女神、ネメシスのような...。」

ところが?
「しばらくの間、何の動きもないようでした。アルベルティーニ市長が、リッカルド・ムーティのような権威のある人を説き伏せてくれるかもしれないと思いました。けれども、どうすればマエストロに近づけるのか、わかりませんでした。」

でも、トスカニーニの孫がリッカルド・ムーティとどうすれば知り合えるかがわからない?
「もちろん、知り合いだった頃はあります。でも、どうやって再び連絡をとればいいのでしょう。そして、彼は私を覚えてくれていたでしょうか。」

覚えていたのですか。
「まるで、サスペンスでした。携帯に電話があったとき、車に乗っていました。リッカルド・ムーティです、と名乗ったのです。幸い、運転していたのは私ではありませんでした。というのは、感激して誰かの背中にとびつきかねなかったからです。友人の仲介であのような電話の『ハプニング』になりました。彼は最高に親切で、心の懸案をとりさることについて保証してくれました。」
(略)

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sabato 18 dicembre 2004

スカラ・フィルの本

L'ORCHESTRA DEL TEATRO ALLA SCALA 1921-1987

BANCO LARIANOの協力を得て1987年11月に出版されたスカラ・フィルの本を入手しました。非売品のようです。
表記年代におけるスカラ・フィルの活動を指揮者、オーケストラ、ソリスト、演奏会風景などの写真と文で綴ったもので、マエストロ・ムーティももちろん登場します(対話からおこした寄稿あり)。題名にみられるとおり、スカラ座のオーケストラとしてピットの中にいるときのこともとりあげられています。
追々、内容を紹介していきます。

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venerdì 17 dicembre 2004

スカラ座開幕公演がNHK-FMで

FM CLUB No.79 より

2004年12月26日 15時 NHK-FM
サリエリ 「見いだされたエウローパ」
2004年12月7日 スカラ座

解説は水谷彰良さんです。

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カタラーニ《ワリー》

2004年11月号 l'opera 誌 付録 Speciale Scala より

Mauro Meli芸術監督のインタビューが載っていることは紹介済みですが、興味深いことをいくつか語っていました。
そのひとつが、マエストロ・ムーティのバロック・オペラへの傾倒とスカラ座のレパートリーへの反映。これは、既にマエストロ自身も何度も口にしています。
もうひとつが、マエストロがカタラーニ《ワリー》を上演する予定であること。アリアは有名ですし、トスカニーニが初演し、愛したオペラでもあります。他のところでも触れられていないか、調べてみます。

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フリットリとモーツァルト

チャンピ大統領の最近の訪中のほか、19日日曜日には中国フィルの訪伊公演(初訪欧)が伝統の上院クリスマスコンサートとして行われ、フリットリも出演します。それに関連して彼女のインタビューが新聞に載っていました。モーツァルトについて語っている部分だけ紹介します。

www.senato.it/notizie/8766/18165/40940/41441/41447/gennotizianew.htm

2004年12月16日付 il mattino 紙より

«In Senato tra la Cina e Puccini»
《中国とプッチーニ、上院にて》

そうこうするうちに、来年はスカラ座とメトロポリタン歌劇場で大好きなモーツァルトによる開幕公演ですね。
「やっとです!おかげさまで、モーツァルトはいつも帰ってきます。私は彼なしには生きられません。《コシ・ファン・トゥッテ》でフィオルディリージを歌うことが大好きです。それはわたしが過去に演奏してきた声という観点からいえば、ひとつの挑戦ともいえ、音楽のマラソンのようなもので大変な努力を要します。」

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「世界のオペラ50」

「世界のオペラ50」 後藤真理子 河出書房新社 1890円 2004年12月9日新刊

1999年発刊「図説 世界のオペラ50」の新装改訂版。指揮者の項でマエストロ・ムーティについても短く紹介されています。マエストロ・アッバードについてのやや辛辣なコメントに比べれば、ほんの少し安堵できる内容ですが。

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クリスマスはスカラ・フィルとともに

2004年12月23日20時(日本時間 24日4時) RAI RADIO3

TEATRO ALLA SCALA- Concerto di Natale
Orchestra Filarmonica Della Scala
Teatro alla Scala di Milano
Direttore, Riccardo Muti
Genia Kühmeier, soprano
Giuseppe Sabbatini, tenore
Ildar Abdrazakov, basso

Hector Berlioz
Messe solennelle per soli, coro e orchestra

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giovedì 16 dicembre 2004

ケルビーニ管は来年5月から

13日にピアチェンツァで行われたlezione-concertoについて、写真で紹介しています。オーケストラは一夜にしてできるものではない、というマエストロ・ムーティの言葉のもと、2005年5月からKurt Masur、Emmanuel Krivine、 Kazushi Ono(!) 、Marek Janowski によるコンサート活動が始まるそうです。

2004年12月16日付 Amadeus Online のサイトより

《La prima volta dell'Orchestra Cherubini
Il maestro Riccardo Muti ha tenuto a battesimo la nuova compagine giovanile》

http://www.amadeusonline.net/news.php?ID=1103185099

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ケルビーニ管とのlezione-concerto(未訳)(2)

2004年12月15日付 Avvenire 紙より

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ケルビーニ管とのlezione-concerto(未訳)(1)

2005年5月から始まるコンサートに向けて1月からケルビーニ管はリハーサルに入るそうです。

2004年12月12日付 Avvenire 紙より
《intervista
a muti
Domani sera al Teatro Municipale di Piacenza la lezione-concerto
d'esordio con la Quinta Sinfonia di Cajkovskij
Muti: «Aspetto questo momento da 30 anni
È un regalo all'Italia»
Diretta dal maestro debutta l'Orchestra Cherubini, interamente composta da giovani
«Ma per suonare bene servono sacrificio, lavoro e dedizione» 》

《ムーティへのインタビュー
明晩ピアチェンツァ市立劇場でlezione-concerto
チャイコフスキー交響曲第5番でデビュー
ムーティ:「30年間、このときを待っていました。イタリアへの贈り物です。」
マエストロの指揮でケルビーニ管デビュー、全員若者たちで成り立っている
「でも、いい演奏をするためには献身と練習、没頭が必要です。」》

「私のオーケストラについての考えですか?献身と練習、没頭です。音楽の団体は突然生まれたりするものではありません。」マエストロ・リッカルド・ムーティが新しいケルビーニ管(「30年以上にわたる夢だった」)を紹介するには言葉は少しで十分だ。ピアチェンツァ市立劇場で明晩デビューするが、数ヵ月前には別の若者達の団体、モーツァルト管がクラウディオ・アッバードによってデビューした。「スカラ・フィルが達成したこのレベルまで到達するのにもまた、優に19年間という時間と練習が必要でした。」ムーティはこう強調した。

マエストロ・ムーティ、これまでの数々のあらゆる成功とともに、ひきだしの中にも夢をしまっていた、とは少し奇妙に聞こえます。
「いいですか、若者達のオーケストラに身を捧げることは、長い間あたためてきた考えです。イタリアへの私の感謝の気持ちを表したものなのです。イタリアは私がそこで育ち、ナポリの古典高校とミラノ音楽院で陶冶され、専門分野でだけでなく、とりわけ、人格的にもすぐれたマエストロであった先生たちと出会った国です。」

オーケストラの人間形成の過程で、中心にくるのは何ですか。
「私は財産を遺したいのです。偉大な音楽家たちとの仕事で学んだことを他の人に伝えたいのです。ロンドンで出会い、モーツァルトのフレージングを教えてくれたバイオリン奏者のディーノ・フランチェスカッティのような人物を思っています。これから一緒に練習をする若者達に、今日では残念ながらほとんどいなくなってしまったマエストロたちをさがして、あちらこちらをさすらうようなことをさせることなく、私が世界をまわりながら習得してきた秘訣を伝えたいのです。」

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mercoledì 15 dicembre 2004

アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ国際ピアノ音楽祭

2005年5月29日20時45分 Brescia,Teatro Grande
ヴェルディ   歌劇「マクベス」よりバレエ曲
マルトゥッチ  ピアノ協奏曲
         ピアノ  Gerhard Oppitz
ブゾーニ    トゥーランドット組曲
レスピーギ   ローマの松
スカラ・フィル

http://www.festivalmichelangeli.it/homepage.asp

2000年の同音楽祭開幕公演の映像を観たことがあります。アルゲリッチが父親の具合が悪くてキャンセルし、急遽ポリーニとの共演になった演奏会です。ポリーニの推進力がマエストロ・ムーティのそれとうまく合わさった、とてもいい演奏でした。

2000年5月1日 スカラ座
シューマン   ピアノ協奏曲
          ピアノ マウリツィオ・ポリーニ
シューベルト  「グレイト」交響曲
スカラ・フィル

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Speciale Scala

l'opera誌2004年11月号の付録がスカラ座特集です。
ざっと目を通した限りでは、Mauro Meli芸術監督へのインタビュー、Sanct Susanna、 Il dissoluto assoltoについての記事が面白そうです。

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第6回ミケランジェリ賞(未訳)

第42回アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ国際ピアノ音楽祭にスカラ・フィルと出演する折(2005年5月30日)に、マエストロ・ムーティに贈られることになりました。おめでとうございます。
来年はミケランジェリ没後10年にあたり、その特別な意味からも贈られることになったようです。過去の受賞者はポリーニ、アルゲリッチ、アシュケナージ、ロストロポービッチ、マゼール。
なお、同音楽祭の来年のテーマはブラームス、2006年は没後10年を記念してGianandrea Gavazzeni に捧げられます。

2004年12月15日付 Corriere della Sera 紙より(原文のまま)

同音楽祭のサイトにも載っています。

http://www.festivalmichelangeli.it/homepage.asp

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martedì 14 dicembre 2004

ケルビーニ管、デビューは成功(未訳)

オーケストラとして完成された姿を見せるのではなく、若者達が喜びをもって音楽を演奏している姿を人々に見せる意図のもと、13日に行われたケルビーニ管のlezione-concertoは成功でした。メンバーは1973年生まれから1985年生まれまで、平均年齢は24歳です。ラベンナ音楽祭カイロ公演に参加した者も、当時の記事によれば、いたはずです。スカラ座のオーケストラに入れるよう、がんばる、という者もいます。マエストロ・ムーティの意図が、いつか、実現しますように。
なお、マエストロは燕尾服ではありませんが、記事からも写真からも黒っぽいシャツを身に着けていることがわかります。スカラ・フィルの来日公演でもリハーサルでは、黒のシャツに黒のズボン姿の日があったと聞きました...。

2004年12月14日付 Corriere della Sera 紙より(原文のまま)

《Muti dirige la «Cherubini» al suo primo vero successo
Piacenza, applaudita l’orchestra di 78 giovani
«Questi ragazzi sono il lievito della musica»》
《ムーティ、ケルビーニ管を指揮し、最初のかけねなしの成功
ピアチェンツァで78人の若者からなるオーケストラが喝采を受ける
「この若者達は音楽の源泉です」》

祝賀的な雰囲気はなく、若者達に自分の経験すべてとすべての情熱を伝えたいという熱意と意欲でもって、リッカルド・ムーティは昨晩、ピアチェンツァ市立劇場で「ルイージ・ケルビーニ」管をデビューさせた。
「この若者達は何ヶ月もの練習の成果ではありません。」黒い服を着ているが燕尾服ではないムーティはこう前口上を述べた。「そうではなく、現在の彼らの価値を注意書きもつけて見せている署名者たちの実験台です。これはきっちりとしたコンサートではありません。一連のイベントを終わらせるよき日なのです。オーケストラを聴くのではなく、喜びをもって歩みをはじめたにちがいない若者達のグループ(若い女性もたくさんいます!)を聴いてください。イタリアに住んでいる何人かの外国人を除けば、すべてイタリア人です。なぜなら、私達の文化が守られるからです。」

オーケストラの若者たちのほうを向きながら、付け加えた。「私たちには課題があります。音楽を演奏するやり方を一緒に探し求めるというものです。社会における音楽家たちはイースト菌です。けれども、パンを作るには誰かが小麦粉を持ってくる必要があります。そして、今、チャイコフスキー交響曲第5番の第一楽章に集中しています。」こうして道は、注釈と忠告、引用が凝集された魅力的なレクチャーコンサートをたどり、ぎっしり集まった聴衆たちは、オーケストラの歩みを認め、若者達に喝采を送る立場にもたった。

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lunedì 13 dicembre 2004

サントリーホール会員誌

MUSE VOL.100(2004 Winter)より

コンサートレビューにマエストロ・ムーティが小さな写真とともに登場。

《「皇帝」ムーティを擁する、イタリア・オペラの殿堂ミラノ・スカラ座を支えるスカラ・フィルが来日。趣の異なる2プログラムで、連夜を息の合った演奏で魅了しました。豊かな歌心を感じさせるマエストロの指揮にすっかり陶酔。》

また、2005年サントリーホール主催のコンサートにウィーン・フィル来日公演が載っています。

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domenica 12 dicembre 2004

ケルビーニ管について(2)

2004年12月11日付 Gazzetta di Parma 紙より

《Per l'Orchestra « Cherubini » lunedí la lezione- concerto sotto la direzione di Muti》
《ケルビーニ管、月曜日にムーティが指揮をしてlezione-concerto》

月曜日21時から、ピアチェンツァ市立劇場でリッカルド・ムーティが指揮してチャイコフスキー交響曲第5番をlezione-concerto(レッスン形式のコンサート)にあてるが、それが、ピアチェンツァに本拠地をおき、ラベンナ音楽祭の折には夏の活動地をラベンナに構えるOrchestra Giovanile « Luigi Cherubini »(ルイージ・ケルビーニ若人オーケストラ)にとって音楽上のデビューになる。ケルビーニ管は、若い音楽家達に自分のキャリアの中で得た知識を伝えることができれば、というムーティの意図と強い希望に着想を得て生まれた。「とりわけ、幸運にも共演した一流のオーケストラという師たちと」築いたキャリアの中で得たものを伝えられたら、という意図だ。ムーティは、自分に修養を積ませてくれた偉大なイタリアの師たち、アントニーノ・ヴォットー、ヴィンチェンツォ・ヴィターレへの感謝の気持ちをこのプロジェクトでもって表明するつもりであることを、何度も強調した。「私は故国から受け取ったものを故国に返したいのです。イタリアの才能ある若者たちからなるオーケストラを結成して、音楽院を卒業した後の3年間の活動を通じて、オーケストラにいることの意義、オーケストラ曲やオペラのための団体に打ち込む意義を学んで欲しいと考えいます。それはソリストとしての素晴らしいキャリアよりも重要でないとはいえません。」ケルビーニ管は発足時には78人のイタリア人音楽院卒業修了者から成り立っていて、出身地方は多岐にわたり、平均年齢は24歳である。ムーティ自身を座長とし、 Roberto Fabbriciani、 Rocco Filippini、 Bruno Giuranna 、 Franco Petracchiといったソリスト、ヨーロッパの有名なオーケストラの主だったメンバーによって構成された委員会により、2年間にわたって行われたオーディションによって、 実際600人以上の若者のオーディションの結果選ばれた。オーケストラは、修養を積むための実際的な場所を創出するという目的をもって生まれている。そこでは、アカデミックな立場から、修養面・組織面における方法論が教えられている。それは、各人の演奏技術の高さ、とりわけ、音楽的思考に関する適性について担保するものである。すぐれたオーケストラ曲のレパートリーについての活動では、ムーティがいつも語るこの言葉を強調するために室内楽活動も横で行われることになる。「小さなグループの中でよごれのなさやバランスを追求することは、大きなオーケストラの中でも受け入れられるべきです。」オーケストラは財団の形をとった新しい組織で運営されることになっていて、ピアチェンツァ=ラベンナという新しい機軸のエミリア・ロマーニャ地方によって支えられ、二つの市、さらにトスカニーニ財団とラベンナ催事財団も加わる管理団体によって設立される。月曜日のlezioneconcertoの売り上げは、新しいオーケストラの楽器のための資金を形成することになる。一方、今日のリハーサルはテレソン財団と合同で、聴衆に公開され、筋ジストロフィーの研究のための資金獲得になる。最後に、マエストロ・ムーティに宝石デザイナーGiulio Manfrediが創設したピアチェンツァ・音楽賞が贈られる。

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ケルビーニ管について(1)

ケルビーニ管についての記者会見時のものと思われるインタビュー記事が出ました。
このオーケストラは、3年間の在籍を通じてイタリアの若い音楽家の卵たちがプロのオーケストラへ旅立っていくのを助けるもので、メンバーは恒久的なものではないようです。インターンのようなものでしょうか。
また、別の記事は、底辺を広げることで、イタリア音楽文化全体を大きく開花させる意図についてもとりあげています。すでに、マズアや大野和士も指揮台に立っているというケルビーニ管は、6月にもマエストロ・ムーティと演奏会を行う予定だそうです(ラベンナ音楽祭?)。

2004年12月12日付 Corriere della Sera 紙より

《Il varo della «Cherubini» a Piacenza
Muti: nasce un’orchestra per far crescere i giovani》
《ピアチェンツァでケルビーニ管、進水
ムーティ:若い音楽家達を育てるために生まれました》

改修なったスカラ座を大成功のうちに開幕させた《Europa riconosciuta》の上演の合間に、リッカルド・ムーティは才能ある若き音楽家たちのことで大忙しのように見える。明日、ピアチェンツァ市立劇場で新しい若者たちのオーケストラ、「ルイージ・ケルビーニ」をデビューさせる。そこで、彼は音楽監督を務め、ピアチェンツァ市とラベンナ市、トスカニーニ財団、ラベンナ音楽祭の意向で生まれたオーケストラである。

オーケストラはどんな精神を持って生まれたのですか。
「以前から温めていた企画を実現させたものです。私の経験を若い音楽家たちに存分に活用してもらう、というものです。世界中の有名なオーケストラと仕事を始め、偉大な楽器奏者、ソリスト、歌手たちと一緒に仕事を始めてから、30年来の夢です。素晴らしい師に恵まれました。ヴォットー、ベッティネッリ、ヴィターレ。非常に若くして、幸運にも、リヒテル、ゼルキン、フランチェスカッティ、メニューインといったいい演奏家と共演しました。」

どうして、78人の音楽院卒業修了者達はイタリア人だけなのですか。
「彼らの陶冶とイタリア文化を形作る義務からです。けれども、ナショナリズムではありません。継承の名のもと、私が自分の生まれた国から得たものをすべて、差し出したいのです。この若者達が成長するのを助けたいのです。」

分野的に危機なのですか?
「イタリアの文化や音楽の歴史の重さを考えた場合、ここではオーケストラが不足しています。逆ではないのです。ドイツやオーストリア、合衆国では、あらゆる小さな町にオーケストラがあり、十分なだけのオーケストラがあります。」

でも、音楽院はかろうじて仕事にありついている卒業者たちを量産しています...
「イタリアのどの町も古い劇場を持っています。私はそれらのすべてを、スポンサーの助けを得て、当地の音楽家たちとごくふつうの才能の持ち主たちをまきこみながら、再びオープンさせたいのです。音楽の大聖堂だけでは不十分です。大きな河川にも豊富な支流が必要です。」

ケルビーニ管はどのようなタイプのオーケストラになるのですか。
「他のオーケストラと競うようなものではありません。でも、そのとき限りのオーケストラにはなりません、今日集まって、2ヵ月後には解散するといったような。ケルビーニ管では3年間、若い音楽家達が演奏し、練習します。優れたオーケストラに加わる準備をして、最高のプロに成長していくために学びます。技術的にもスタイルとしても、すべてのタイプのレパートリーに応じられるように学びます。」

ピアチェンツァを本拠地とし、ラベンナで夏を過ごすオーケストラですが、海外は?
「イタリア国外の場所を考慮しているところです。」

芸術顧問Dominique Meyer(シャンゼリゼ劇場監督)はマズア、ヤノフスキ、Krivine、大野といった指揮者を引き込んでいます。あなたも同様ですか。
「すべての同僚に会うごとに頼んでいきます。ヤンソンス、マゼール、ブーレーズと。」

どうして、ケルビーニなのですか。
「私はこの作曲家に大変打ち込んでいます。輝かしい名前であり、非常に重要な作曲家のひとりで、ベートーベンでさえも彼に敬意を表していました。」

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CD-R

Franz Schubert Symphony No.9 "The Great"
the Vienna Philharmonic Orchestra
07/08/2004 Salzburg
EnLarmes

Giuseppe Verdi Messa da Requiem
the Bavarian Radio Symphony Orchestra
1981
EnLarmes

以上、2004年12月10日

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sabato 11 dicembre 2004

ピアチェンツァ音楽賞受賞

ピアチェンツァ市が10日に発表したもの。ヴェルディに捧げられた賞で、第一回目がマエストロ・ムーティに授与されることになりました。授賞式は13日の演奏会後(ケルビーニ管、ピアチェンツァ市立劇場)に行われます( ピアチェンツァ市サイトの2004年12月10日付プレスリリースより)。宝石デザイナーが作った受賞記念物はとても高価そうです。
おめでとうございます、マエストロ。

なお、《ARMONIE》というピアチェンツァと音楽の関わりを扱った写真集にマエストロはまえがきを寄せています(1995年刊 Cassa di Risparmio di Parma)。

2004年12月10日付 ANSA通信より

《A Muti il 'Piacenza per la musica'
Riconoscimento dedicato a Giuseppe Verdi 》

《ムーティにピアチェンツァ音楽賞
ジュゼッペ・ヴェルディに捧げられた賞》

ジュゼッペ・ヴェルディに捧げられた賞であるピアチェンツァ音楽賞は、第一回受賞者をリッカルド・ムーティとして始められる予定である。この賞はピアチェンツァ市長の依頼により宝石デザイナーGiulio Manfrediが実現させたもので、世界的な音楽活動を行う演奏家に毎年贈られることになっている。受賞記念物は銀と金でできた彫刻で楽譜を表しており、本体である「行け、我が思いよ」の譜が貴石とダイヤモンドでできた宝石台にのっている。

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venerdì 10 dicembre 2004

平和な世界に

マゼールが最近のインタビュー(2004年12月9日付 Avvenire紙)の中で、音楽による友情の架け橋というラベンナ音楽祭のモットーに賛同していました。
彼は、トスカニーニ・フィルとともに12月21日、22日にベートーベン交響曲第9番をベツレヘムとエルサレムで演奏します。クリスマスに人の命と平和の大切さを訴えるコンサートで、そのメッセージは明確です。マゼール自身は、音楽が戦争をやめさせることができるかに関して、自分は楽観主義者でもなければ悲観主義者でもない、と語っています。ラベンナ音楽祭が「友情の道」をモットーにサラエボやベイルート、エルサレム、ダマスカスで演奏会を行っていることについて、こういう活動の大切さを、我々音楽家はある意味、音楽という普遍的な言葉を使う大使であり、その音楽という言葉でいろいろな文化や人々を結びつけていく、と説いています。
2004年ニューイヤーコンサートでマエストロ・ムーティがとつとつと語る真摯なメッセージが思い出されます。

This is the famous moment of the best wishes to the audience to the world.

But we'd like to say this morning , the first of January , the moment when the world has so many pains , so many conflicts that music of Strauss-family, Strauss, Lanner and all the other musicians are presenting the soul.

The culture of Vienna and Austria brings feelings of sadness and joy---that is our life---.

That's the reason why for so many decades the music of Strauss in this historical , fantastic hall through the talent of of the Vienna Philharmonic goes around the world , somehow brings the world together from China, Japan, the United States, Russia, the South America, et cetera, et cetera.

And different people---different race, different colour, different religion, different culture--- feel the same feelings of sadness, joy and hope that music of Strauss brings.

That's the reason why this music is someway needed today.

Because the same people feel the same things and music speaks for everybody and brings everybody together.

So let's hope for our life , for our children, our world and music of Strauss through the Vienna Philharmonic.

I hope that brings really peace to the world , at least will help.

That's the reason I will conclude thus every time I did---

Die Wiener Philharmoniker und ich wuenschen Ihnen,

Prosit Neujahr !

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ケルビーニ管、月曜日にデビュー

マエストロ・ムーティがフィルハーモニア管にいた頃からあたためてきたというオーケストラの構想が、やっとデビューの日を迎えます。

2004年12月10日付 ANSA通信より

《 Muti dirige debutto 'Cherubini'
Orchestra Giovanile lunedi' al Teatro Municipale di Piacenza 》
《ムーティ、ケルビーニ管のデビューを指揮
ジョバニーレ・オケ、月曜日にピアチェンツァ市立劇場でデビュー》

l'Orchestra Giovanile 'Cherubini' ケルビーニ管は月曜日にピアチェンツァでリッカルド・ムーティの指揮するチャイコフスキー交響曲第5番でデビューする。ピアチェンツァ市立歌劇場でデビューだ。ケルビーニ管の誕生は、自分のキャリアの中で得た知識を若い音楽家たちに伝えたいという、ムーティの意思と強い希望に着想を得たものである。「特に、幸運にも一緒に仕事をしてこれた素晴らしいオーケストラと」築いてきたキャリアの中で得たものを、伝えたいというムーティの意思と希望である。

2004年12月10日付 Teatri Comunali Piacenza のサイトより

《Presentazione dell’Orchestra Giovanile Luigi Cherubini》
《オーケストラ・ジョバニーレ・ルイージ・ケルビーニのお披露目》

明日、12月11日土曜日17時30分から市立劇場のロビーでオーケストラ・ジョバニーレ・ルイージ・ケルビーニのお披露目の記者会見が行われる。マエストロ・リッカルド・ムーティ、ピアチェンツァ市長Roberto Reggi、ラベンナ市長Vidmer Mercataliが会見する。同劇場の政治評議員Giovanna Calciati、シャンゼリセ劇場総裁Dominique Meyer、
ラベンナ音楽祭総裁Cristina Mazzavillani Muti、アルトゥーロ・トスカニーニ財団総裁Antonio De Rosa、ラベンナ催事財団総監督Mario Salvagiani、アルトゥーロ・トスカニーニ財団総監督Gianni Barattaも出席する。

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《In Scena》 ただいま販売中

いつも利用するInternet bookshop Italia ではいまだに取り扱いがなく、La Scala Bookstore はサイト工事中につき個別照会のため、bol.com で《In Scena》 を購入しました。送料が50ユーロほどかかります。届いたら、また内容を紹介します。

http://shop.ita-bol.com/bol/main.jsp?action=bolscheda&ean=978883702410

In scena. Verdi, Muti, La Scala | 1ª ed.

Graziella Vigo

Prezzo di copertina: Euro 95,00

Cartonato | 277 | Electa Mondadori | 2004 | ISBN: 883702410X



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サリエーリ(未訳)

マエストロ・ムーティはミラノ大学で29日に行った講演で、どのようなことを話したのでしょうか。RAI TREは開幕公演とは別の日の上演を録画し、DVDにするそうですが、講演の模様も収めて欲しいです。

2004年12月7日付 il mattino 紙より(原文のまま)

2004年12月1日付 TGcomより(原文のまま)

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開幕公演の指揮棒はミラノ市長に(未訳)

マエストロ・ムーティがすでに新聞で語っていたことですが、9日のイタリアの報道によればスカラ座開幕公演で使った指揮棒は、スカラ座改修に獅子奮迅の活躍をしたミラノ市長、アルベルティーニに感謝の気持ちをこめて贈られることになりました。初日終演後楽屋を訪れた市長に、約束どおりマエストロは指揮棒を贈りました。
なお、終演後の市長の次のコメントには大笑いしました。「巨大な馬の群れが舞台奥に消えていく場面が印象的でした。《アイーダ》でも象でこういう組み合わせを見たいものです。」(2004年12月7日付 Vivi Milano より)


2004年12月9日付 TGcom より

《Scala,Albertini e il regalo di Muti
La bacchetta della prima scaligera》
《スカラ座、アルベルティーニとムーティの贈り物
スカラ座開幕に使われた指揮棒》

ミラノ市長、ガブリエレ・アルベルティーニは、リッカルド・ムーティがアントニオ・サリエーリの《Europa riconosciuta》初日で使った指揮棒を彼に贈ったことを打ち明けた。終演後、市長はマエストロに会いに楽屋を訪れ、そこで、ムーティは彼に指揮棒を贈った。けれども、手紙とともに送るので、あと数日間待つように言われた。


"A questo punto attendo la lettera - ha concluso il sindaco - e poi conserverò la bacchetta vicino alla 'Lettera 32', che mi regalò Indro Montanelli. Un altro pezzo di storia, che si aggiunge ai miei ricordi". Albertini ha ricordato il momento più difficile dei restauri scaligeri, quando, nel dicembre del 2002, a cantiere avviato e scavi ormai conclusi, la giunta aspettava una sentenza del Tar sui primi ricorsi, che avrebbero potuto bloccare le opere.

"Allora, con il favore di Sant'Ambrogio - dice il sindaco - la sentenza fu favorevole, altrimenti le conseguenze sarebbero state catastrofiche e saremmo oggi ricordati come i distruttori della Scala, e non i restauratori". Sempre sul fronte del piano Scala, si fa sempre più vicina la costituzione di una fondazione per gli Arcimboldi, la cui presidenza, Albertini (già presidente della Fondazione Scala), vorrebbe affidare alla Regione. "Quella degli Arcimboldi è una grande opportunità - ha spiegato il sindaco - contiamo di costituire una fondazione di tipo pubblico-privato come quella che presiede la Scala e che la presidenza sia della Regione Lombardia".


La re-inaugurazione del tempio della lirica milanese rinnovato e potenziato, per Albertini, "è solo una di almeno tre cose importanti" che il Comune è in procinto di concludere. Oltre alla nuova sala del Piermarini, che ieri sera ha funzionato alla perfezione, ci sono ora in vista per il Comune il via definitivo ai tre depuratori di Milano e l'inaugurazione del nuovo passante ferroviario di Porta Vittoria, che avverrà in questo fine settimana.

"Non bisogna ignorare - ha sottolineato Albertini commentando il buon risultato scaligero - anche altri importanti obiettivi che il Comune si è dato e che sono stati rispettati. Ora inaugureremo anche il passante ferroviario". E un'altra 'prima' importante, così l'ha definita il sindaco, sarà il debutto delle nuove quote Aem sul mercato dei prestiti obbligazionari, dopo il via libera della Consob.

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PETRUZZELLI再開を祈って(未訳)

我々の歌劇場もスカラ座のように再建の喜びを、という記事が9日のバーリの新聞に載りました。マエストロ・ムーティの願いでもあると思います。

2004年12月9日付 Gazzetta del Mezzogirono 紙より(原文のまま)



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giovedì 9 dicembre 2004

フリットリ(未訳)

来シーズンのスカラ座開幕公演「コシ・ファン・トゥッテ」に出演するといわれている、フリットリのインタビューがスカラ座開幕の一連の記事の中にありました。マエストロ・ムーティへの深い尊敬の念、リハーサルの様子を語る彼女は、おそらく、今、もっともマエストロを理解している歌手のひとりでしょう。

2004年12月6日付 Corriere della Sera 紙より(原文のまま)

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ランカト-レ

12月7日のスカラ座開幕公演でSemeleを歌い、第二幕のアリアの後、盛大な拍手とBrava!のかけ声をもらっていたランカトーレのインタビューが載っていました。マエストロ・ムーティのオーディションを受けたのが2年前。リハーサルには緊張感よりもなごやかさがあふれていた、とその様子を語っています。
初日のカーテンコールでスカラ座ファミリーが舞台に勢ぞろいした中、マエストロと隣り合って喝采を受けた写真は全世界をかけめぐり、スカラ座の新しいディーバの誕生を強く印象づけました(彼女はインタビューで、ディーバだなんてとんでもない、と否定していますが)。イタリアのフリットリのファンも騒いでいますが、サリエーリのこの作品では彼女の歌える役はなく、残念ですけれども、仕方がないかもしれません。開幕にあたってCorriere della Sera紙がフリットリのインタビューを載せたのは、同紙のスカラ座公演《オテロ》のDVD発売の宣伝のほかに、彼女を応援する人々がたくさんいることを示す意図もあったのでしょう。でも、来年はフリットリが開幕に登場です!

2004年12月9日付 Corriere della Sera 紙より

《Il soprano Désirée Rancatore ha avuto applausi a scena aperta dal pubblico scaligero
«Gioia e fatica per interpretare la cattiva Semele»
«Il maestro mi ha scoperta in un’audizione di due anni fa»》
《ソプラノのデジレ・ランカトーレは開幕舞台でスカラ座聴衆から喝采を受けた
「悪役Semeleを歌うことには喜びもあり、苦労もあります」
「マエストロは2年前のオーディションで私を見つけました」》

「私にとっての12月7日のスカラ座開幕と忘れられていたオペラにおける役柄は、大きな感動でした。そして、この素晴らしい劇場、スカラ座ファミリー全員と一緒に舞台にあがったフィナーレも。」アントニオ・サリエーリの《Europa riconosciuta》の大成功の夜の後、まだ、デジレ・ランカトーレの目は輝き、マドンナのように魅力的に微笑する。パレルモ出身の28歳のソプラノ(つい10月、アルチンボルディの《ホフマン物語》でオランピアを歌った。彼女の十八番だ。)は一昨晩スカラ座再開の、しかも開幕公演でむつかしい役Semele、テュロスの王権簒奪者を歌って、長い拍手喝采を受けた。

Europaの役同様、非常にむつかしい音域をもった特徴ある役ですね。
「並はずれています。最高音域ばかりです。私の歌手生活はコロラトゥーラとアジリタで成り立っています。けれども、サリエーリは不可能なことを求めています。でも、安心していました。それはそれはたくさん練習したのですから!マエストロ・ムーティは歌手が自信を持てるように助けてくれ、非常にたやすい仕事にかえてくれ、私たちと一緒に息をついでいました。どのリハーサルも授業のようで、緊張することは何もありませんでした。工事現場で練習していましたが、愛情にあふれていましたし、寒さや騒音、ほこりに不満を言うものは誰もいませんでした。」

いちばん気にかかったSemeleのアリアはありましたか。
「オーボエの伴奏によるフィナーレのあるアリアです。サリエーリのオペラの中でいちばん美しい一節で、私にとっては発見でした。モーツァルトを毒殺したというようなひどすぎる中傷についていえば、この作曲家を再評価するのは正当なことです。熱心なモーツァルト心酔者としてそう表明します。」

Semeleの楽譜へはどうやってたどりついたのですか。
「私は、この非常にむつかしいアリアを2年前の午前11時に、ムーティのオーディションで歌いました。マエストロは私に握手を求めてきたので、やりとげたことがわかりました。Semeleを選びました。なぜなら、私とは全く反対の女性だからです。冷血で、悪意に満ちています。一方、私はおだやかで、人がよく、わがままでもないし、たとえ、ガッツには欠けるところがないとしても、ディーバを高望みすることもありません。」

舞台ではいつも高くて険しい階段状の玉座で動き回っていますね。
「自分を支えてくれる戦士をそばに従えています。3種類の素晴らしいドレスが長いすそをひきずるようなものであっても、転んだことはありません。それに、私はとても信心深くて、小さなロザリオとマドンナの小さなロケットをいつも身に着けています。」

どうやって、歌手としての素晴らしさに気づいたのですか。
「母はマッシモ劇場合唱団の一員ですし、父はオーケストラでクラリネットを演奏しています。音楽が血の中を流れています。8歳でバイオリンを抱えていましたが、熱心ではありませんでした。それから、たわむれに歌の勉強を母と始め、それ以来、やめたことはありません。19歳のときにフィレンツェ五月音楽祭のオーディションに参加し、そこでベルギーのコンクールの機会を提供され、ジェラール・モルティエがそこで1996年ザルツブルク音楽祭の《フィガロの結婚》のバルバリーナの役をくれたのです。」

次の仕事は?
「オランピアを歌うのを楽しんでいるところです。でも、2月にパルマで《リゴレット》のジルダを歌います。カターニアで《清教徒》のエルヴィーラを歌い、さらに大好きな役である《ルチア》もまた勉強します。」

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RAI TREがDVDに(未訳)

9日付のイタリアの報道によれば、《Europa riconosciuta》をRAI TREが録画し、DVDにするそうです。

2004年12月9日付 il Gazzettino 紙より

La Rai registrerà e trasmetterà

"Europa riconosciuta": in vista anche dvd

La Rai in una delle prossime date, quando sarà possibile impiegare un numero adeguato di telecamere e un buon impianto luci, registrerà una replica dell'"Europa riconosciuta", l'opera di Salieri che ha inaugurato l'altra sera il restaurato Teatro La Scala di Milano, accolta da dodici minuti di applausi (nella foto, Muti e i cantanti salutano il pubblico), e la trasmetterà su Raitre. Lo rende noto un comunicato di Viale Mazzini in cui si ricordano le numerose trasmissioni Rai dedicate alla prima scaligera e si annuncia che la registrazione per Raitre verrà utilizzata anche per realizzare un Dvd di alta qualità.

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来年は「コシ・ファン・トゥッテ」で開幕

マエストロ・ムーティへのインタビューを感銘深く読みました。毎年大事な意味を持つスカラ座開幕公演が、今年はどれほど大きな意義をもっていたことか。スカラ座再開とスカラ座の力を世界に見せ、サリエーリの復権もはかる。マエストロの肩にどれほど重い責任がのり、その心にどれほど強い意欲と意志があるかがうかがえるものでした。
成功、おめでとうございます、マエストロ。

インタビューの要旨は次のとおりです。
12月7日の成功はスカラ座ファミリーの勝利であること、サリエーリの重要性を世に問うには絶好の機会であることへの自負、来シーズンは「コシ・ファン・トゥッテ」で開幕となり、サリエーリで開いた今シーズンとのつながりがあること。
そして、フィナーレでロンコーニがスカラ座の古い平土間椅子(翻訳機を備えたものにかわった)を舞台にあげ、礼装した合唱団たちを座らせ、また、舞台背後におかれた大きな鏡が劇場内部を映し出していた意味について語っています(かつてのスカラ座と現在のスカラ座が向き合う)。

2004年12月8日付 Vivi Milano より
《Intervista al Maestro
Muti: quante ansie, ma abbiamo vinto》
《マエストロへのインタビュー
ムーティ:不安もありましたが、やってのけました》

《Europa riconosciuta》の幕が降り、この音楽のイベントは勝利のうちに終わった。イベントだが、幸福と興奮、感動にあふれていて、舞台の背後、楽屋の内外でそれが続いている。ベルルスコーニ首相も夫人のベロニカとともにそこにいた。リッカルド・ムーティのもとに10分以上とどまって、この劇場と出演者たちを称賛した。
(管理人注 上演後の祝賀晩餐会に夫人とともに現れたマエストロの写真付)

マエストロ、すべて期待していたとおりでしたか。
「ええ、でも、劇場全体のイベントです。オーケストラ、合唱団、バレエ団、技術者、衣装係といった芸術家の周囲にいる人たちの喜びは、スカラ座ファミリーが再び自分たちの家を取り戻し、《Europa riconosciuta》で劇場を再開したことの大切さを表しています。傑作ではありませんが、合唱団やオーケストラが演奏するのはむつかしい重要な作品で、歌手たちにとっては非常にむつかしい部分があります。」

劇場で働く人たちが今夜の主役ですか。
「今日は、拍手は、あらゆる困難と、まだ工事が進行中でほこりが充満する舞台の不具合さをのりこえた彼らに対するものです。こういったわけで、フィナーレでは、我々はいっしょに舞台にあがり、一体になったのです。」

で、《Europa riconosciuta》ではどうですか。
「新しい劇場が遭遇する問題がありました。でも、このオペラが象徴するものの重要さだけからでなく、作品の音楽そのものが持っている価値からも、このオペラを選んだことについては誰もが信頼していたはずです。今夜は世界中のプレスが劇場にきていました。それに値する機会でした。なぜなら、サリエーリに関する話題が再びはじめられるべきだからです。これまで、歌手が録音したいくつかのアリアを除けば、彼について批評する話題が展開されたことはありませんでした。このオペラは人気が出たことは一度もなく、人気の出ていい作品だと思いますが、でも、今日私達は音楽の歴史に貢献しています。なぜなら、モーツァルトやケルビーニ、スポンティーニ、ハイドンの時代のモザイクに、サリエーリという一片がないことは、モーツァルト自身や彼の傑作を理解するにあたって深刻な問題だからです。」

スカラ座の再開という機会、また、この街でこのような形で聞くということ...
「ミラノにとってイタリアにとっては、1778年に劇場を開いたこのオペラで、世界に劇場を再び返したイベントにもなりました。このまま続いていくことを我々は願っています。」

今晩、いちばん願ったことは何ですか。
「刷新された劇場にとって、すべてがスムーズのいくように。何が起こるかはわかりようがありません。止まるのはコンピューターだけで十分です。つまり、起こりうることへの大きな不安です。マエストロ・アントニーノ・ヴォットーはいつも言っていました。幕が最後の一音の上に降りるまでは、決して勝利の歌を歌うな。」

このオペラに対する不安は?
「いいえ、上演については何もありませんでした。明白なことです。どんなに大きなプロジェクトであっても、劇場に関わるすべての人々が勇気と熱意をもって参加すれば、どんな場合も不安などありません。」

フィナーレに登場した赤い古い平土間席の衝撃は、気に入りましたか。
「リハーサルも押し迫ったまさに最後の頃に生まれた、ロンコーニのアイデアでした。すぐに同意しました。ありふれた終幕はありえませんでした。このスカラ座とあのスカラ座と。かつてのスカラ座と改修なったスカラ座の不思議な円が再び作られました。聴衆はその意味を十分わかっていました。拍手をしたい気持ちが十分伝わってきていました。でも、彼らは抑えていました。」

サリエーリの復権となった聖アンブロージョ祭でした。来年12月7日は?
「当然、モーツァルトの番です(新聞編集部注 生誕250年記念)。《コシ・ファン・トゥッテ》で開幕です。」

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mercoledì 8 dicembre 2004

スカラ座のサイト一新

スカラ座のサイトが一新され、メーリング・リストにも登録できるようになっています。肝心のブックストアはまだオープンしていません。
早速、《Europa riconosciuta》のゲネプロ写真を見ました。

http://www.teatroallascala.org/scala/webx/LaScala/index.html

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大成功のスカラ座開幕

12月7日は素晴らしい夜でした。歌手の高度な技術あってこそ、とさえ思える第二幕でした。ダムラウ、ランカトーレに乾杯。
おめでとうございます、マエストロ!

2004年12月7日付 Vivi Milanoより

《Applausi per Muti e la Scala ritrovata
Sul palco anche le maestranze accolte da un'ovazione. Curiosi e contestatori in piazza. Berlusconi entra da un ingresso laterale》
《ムーティ、そして再会なったスカラ座への喝采
舞台では裏方の職人たちも喝采で迎えられている。スカラ座広場には野次馬と抗議を行う人たち。ベルルスコーニは横の入口から入った。》

勝利の夜。12分間の拍手喝采歓呼でもって、リッカルド・ムーティが指揮したサリエーリの《Europa Riconosciuta》は終わりを迎えた。改修なったスカラ座でのシーズン開幕だった。上演の最後には、新しい技術装置を備えた舞台に、すべてのソリスト、オーケストラ奏者、裏方の職人たちがあがり、聴衆の拍手喝采を受けた。聴衆は立ち上がって、世界でいちばん有名な歌劇場をミラノに、そして世界に返還した、この歴史的な再開に出演したすべての演奏家達を称賛した。


2004年12月7日付 ANSA通信より

《Scala: premier, un onore per Milano
Berlusconi in camerino per salutare il maestro Muti 》
《スカラ座:首相、ミラノにとっての栄誉
ベルルスコーニはマエストロ・ムーティに挨拶に楽屋へ》

「ミラノの栄光です。我々が受けるべき栄誉です。」シルヴィオ・ベルルスコーニは今夜スカラ座でこう述べた。首相は《Europa riconosciuta》が終わるとマエストロ・リッカルド・ムーティへ挨拶をしに楽屋を訪れた。首相はさらにコメントした。「うっとりするようなオペラでした。この劇場はミラノ全体の、イタリア全体の栄誉です。こうしてこのように、次の時代のためにも整えられ、整備されいるのですから。」

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次はPetruzzelli(未訳)

バーリを故郷にするマエストロ・ムーティにとってPetruzzelliの再建はとても大切な問題です。当初の予定どおり2007年12月中に再開されることが確認されました。

2004年12月7日付 ANSA通信より

Accordo per avvio ultimo lotto, da enti locali 16,5 mln
(ANSA) - BARI, 7 DIC - Il teatro Petruzzelli di Bari sara' completato e inaugurato, come previsto, entro dicembre 2007 e costera' circa 30,5 milioni. Regione,Provincia e Comune si sono impegnati a versare alla Sovrintendenza per i Beni architettonici di Bari i 16,5 mln di loro competenza a cui vanno aggiunti i 4,3 mln che sono l'ultimo contributo statale. L'accordo e' stato presieduto dal sottosegretario Nicola Bono,artefice dell'intesa che determino' l'avvio della ricostruzione del Petruzzelli.

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martedì 7 dicembre 2004

フィラデルフィア管とのチャリティコンサート(未訳)

マエストロ・ムーティがオーケストラからの依頼を受けて決まった2005年2月13日のコンサートのプログラムが、発表になりました。ウィリアム・テル序曲、ブラームスの交響曲第2番、「トスカ」、「椿姫」、「トロバトーレ」からのアリアです。
演奏会後のレセプションも含み、チケット代は50ドルから。

同オケからの12月8日付のニュースレターによれば次のとおりです。

PHILADELPHIA ORCHESTRA BENEFIT CONCERT
Verizon Hall at The Kimmel Center for the Performing Arts
Sunday, February 13, 7:00 pm

Former Philadelphia Orchestra Music Director Riccardo Muti returns to conduct The Philadelphia Orchestra in a special benefit concert on Sunday, February 13, 2005. Music director
of The Philadelphia Orchestra from 1980 to 1992 and music director of Italy's Teatro alla Scala since 1986, Maestro Muti returns to conduct the Philadelphians for the first time since 1998 in a specially-selected program that includes beloved
arias from Italian operas sung by soprano Barbara Frittoli,
and Brahms's Second Symphony.

A post-concert reception for Benefactors will be held in the Perelman Theater. For more information regarding Benefactor tickets to the post-concert reception and concert call 215.893.1956.

Sunday, February 13, 7:00 pm

The Philadelphia Orchestra
Riccardo Muti, conductor
Barbara Frittoli, soprano

ROSSINI Overture to William Tell
VERDI "Tacea la notte placida … Di tale amore,"
from Il trovatore
VERDI "Addio del passato," from La traviata
PUCCINI "Vissi d'arte," from Tosca
BRAHMS Symphony No. 2


Riccardo Muti, Barbara Frittoli, and the musicians of The Philadelphia Orchestra are graciously donating their services for this evening's concert.


2004年12月7日付 Playbill Arts より

Philadelphia Orchestra Benefit to Feature Riccardo Muti and Barbara Frittoli
By Ben Mattison
07 Dec 2004

The Philadelphia Orchestra has announced the details of a benefit concert to be led by former music director Riccardo Muti on February 13, 2005.

Muti, the orchestra's conductor from 1980 to 1992, agreed to lead the concert after an appeal by musicians in August, in the midst of hard-fought contract negotiations. The concert will also feature soprano Barbara Frittoli, a regular performer at the Vienna State Opera and Covent Garden, among other major opera houses.

Frittoli, Muti, and the musicians of the orchestra are donating their time. The proceeds of the evening, which also includes a post-concert reception, will be used to reduce the orchestra's deficit.

The program includes the overture to Rossini's William Tell, Brahms' Second Symphony, and arias by Verdi and Puccini. Ticket prices range from $50 to

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UKでのスカラ座開幕のとりあげ方(未訳)

11月20日付The Independent紙、12月6日付The Guardian紙には一部辛口なくだりがあります。一方、12月6日付のBBCのサイトのニュースは淡々と事実を追っています。

2004年12月6日付 The Guardian 紙より

Yet though La Scala's standards remain high and its ambitions are undimmed, there is no getting away from the fact that, like every other aspect of the Italian operatic pyramid which it commands, La Scala is in decline. No Italian opera of importance has been written since the death of Puccini 80 years ago. There is no obvious successor to Muti. And the standards of Italian singing are declining by the year. The tradition that ran from Grisi and Pasta, Tamagno and Caruso, Schipa and Gigli, Tebaldi and Freni seems to be at an end. After Pavarotti - long banished from La Scala anyway - who?

No visit to La Scala is complete without spending time in the La Scala museum, a shrine to the great men and women who made this wonderful theatre what it once was. No opera house in the world could or does have a museum like it. But the reality is that, in spite of its modernisation, the theatre of La Scala itself is also becoming a living museum. The days when it created new wonders are gone. Like all opera houses, La Scala has to make do with recreating its past - just as it will do with Salieri this week.


2004年11月20日付 The Independent 紙より

Throughout the 19th century, La Scala maintained its status as the world's greatest opera house, unchallenged headquarters of the Italian style, but also an important place for the very different opera (abhorrent then and now to many Italians) of Wagner.

Today La Scala is still thought of in the same terms in Italy, and with its splendid new refurbishment that status has been reinforced. But La Scala's problem is that fewer and fewer opera-lovers outside Italy feel the same way. Its celebrated musical director Riccardo Muti, in place since 1986, is an institution in Milan - but, in theatrical terms, La Scala's productions under his baton seem increasingly stale. In its new, EUR60m outfit, La Scala is all dressed up. But as long as Muti is in charge, critics say it has nowhere to go.

Are La Scala's days as one of the great opera houses over, despite this impressive and intelligent restoration? Not necessarily: this theatre has weathered such doldrums before. In 1838, Franz Liszt described La Scala's work in the most unflattering terms. "In this happy country," he wrote, "the mise-en-scene of an opera seria ["comic" opera] is not in fact a serious business; often 15 days is enough. The orchestra and the singers get no encouragement from the public, which chatters or sleeps (in the fifth row of boxes they eat or play cards); distracted, torpid, freezing cold, [the musicians] present themselves not as artists but as people paid a wage to make music ... The singers seem like sleepwalkers, one can truly say that they are singing simultaneously, but not together." Liszt's comments provoked a declaration of "war on Liszt" by three Milanese newspapers. And La Scala's days of glory were all ahead.





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大成功のゲネプロ

6日のイタリアの報道によれば、5日に改修なったスカラ座で行われたゲネプロは、開始時に幕が開かなかったなど、いくつかの小さなトラブルはあっても、大成功だったそうです。
12月6日付のla Repubblica紙によれば、歌手だけでなくポリーニも音の響きについていい印象を持ったとのことで、マエストロ・ムーティを祝福するために楽屋へかけつけたそうです。

2004年12月6日付 Corriere della Sera 紙より

18時に照明が暗くなり、リッカルド・ムーティが入ってきた。赤いセーターを着ていて、長い拍手喝采に迎えられた。しかし、指揮棒は上がらない。しばらくの間、呆然としたような静寂が続き、明かりが再び灯った。ムーティはマイクロフォンを手にして、状況を説明した。こう口を開いた。「すべてがこうではないことを願いましょう。これまで起こったことのないようなことです。たいしたことありません。初日に起きるよりは今のほうがいいでしょう。この間に劇場内の美しさに見惚れることができます。」そして、マエストロは突然、スカラ座の新しい美しさの雄弁な案内役となって、1778年の「始まりの始まり」を思い起こしながら、説明をはじめた。10分後に照明が再び消え、幕が上がり、雷鳴が炸裂し、スコアの中で嵐が始まり、オペラが開始する合図となった。「技術的な問題はあったし、階段が舞台に残っていました。」とルカ・ロンコーニは説明した。彼は、舞台美術と衣装を担当するPier Luigi Pizziとともに舞台装置のまとめ役だ。その後は、見えてきた舞台と歌手達への拍手喝采とともに、すべてがスムーズに進んだ。特に、Europaを歌うDiana DamrauとSemeleを歌うDesiree Rancatoreはひときわ大きな喝采を受けた。大団円。ムーティ、ソリスト、合唱団、職人達すべてが舞台に上がり、そこでは、ロンコーニが驚くべきことに、劇場内の平土間を鏡に映す一方で、スカラ座の古い平土間席を上からおろさせ、平土間を新たに創りだした。「毎日劇場にたずさわる者達の熱い感動がある、素晴らしいイベントです。スカラ座ファミリーがそのさびることのない結びつきを示す時なのです。」ムーティはこうコメントした。

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lunedì 6 dicembre 2004

アイデアはどんどんわいてくる...(未訳)

いつもマエストロ・ムーティを熱心にサポートするウィーンのプレスですが、スカラ座開幕を前にして、早速、Presse紙にインタビューが載りました。今秋のkurier紙掲載のものと重なる部分もありますが、いくつか、新しい情報を語っていました。

パリのオペラ座との共同制作は「アイーダ」あるいは(oderと原文にあるので)「清教徒」であることが再度語られています。また、2006年のモーツァルト生誕記念年の1月のザルツブルクでのマラソンコンサートは、クレーメル、バシュメット、ハンプソン、そして、内田光子(!!)と共演するらしいこと。スカラ座のDVDとして「運命の力」「モイーズとファラオン」「カルメル会修道女の対話」が出る予定であること。
興味深いのが、イスラエルでリッカルド・ムーティ指揮者コンクールが行われ、テルアビブ出身の若い指揮者が優勝したという話。ワイツマン研究所(1999年にマエストロは名誉学位をもらっています)と亡くなった親しい友人Lord Weinstock が発足させたそうです。これは調べてみなくては。

アイデアはあふれんばかりにあるのだけれども、どんどん飛んでいってしまう、と語るマエストロ。どれほど忙しいのかがよくわかります。

2004年12月6日付 Die Presse 紙より(原文のまま)

ムーティ:「スカラ座と国立歌劇場はいちばん重要です」
リッカルド・ムーティ 改修されたスカラ座、サリエーリ、モーツァルト、パリ、ロンドンでの誤解、国立歌劇場、オペラの新発売、新しいコンクールについて語る
「アイデアはたっぷりありますが、それはいつも飛んでいってしまうのです」
リッカルド・ムーティは有名なオーケストラをたくさん指揮している


P(Die Presse):12月7日のシーズン開幕に間に合い、改修なったスカラ座は再び扉が開かれます。新しい時代の開始を告げるものですか。

M(Riccardo Muti):芸術の復興と見ることもできますが、我々は再出発だと見ています。スカラ座はもとの輝きを取り戻し、再びミラノの、イタリアの財産になり、再び音楽の世界の一部になったのです。新しい舞台は上演を一層やりやすくし、内容的にも新しい道が可能になりました。

P:新しいスカラ座と以前のスカラ座とではどう違うのですか。

M:舞台は以前と比べてとても奥深くなりました。舞台の左右は倍広くなっていて、それぞれ独立して動かすことが可能です。すばやい場面転換がそれで可能になりました。舞台の高さは基本的には拡大しました。ビロードと絨緞によってもともとの建築が覆われていましたが、それも修復されました。ボックス席の修復によって本来の色彩も明らかになりました。重要なのは、平土間から戦争の爆撃の残骸を一掃したことによって、音響が改善されたことです。楕円形の建物が追加され、それは当然論議をまきおこしましたが、その建物には事務所とオーケストラ・合唱団・バレエ団のためのリハーサル室がはいっています。

P:先刻承知のとおり、サリエーリのオペラで開幕することになっていますが、その作品はすでにスカラ座開場で上演されています。なぜですか。
(途中)

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domenica 5 dicembre 2004

今日はゲネプロ

2004年12月5日付 Corriere della Sera 紙より

《benedizione delle mura》
《スカラ座に祝福を与える》

今日17時から、Dionigi Tettamanzi 枢機卿がスカラ座を訪れて、スカラ座と改修工事で働いていた職人たちに祝福を与える。その後、枢機卿は18時から始まるアントニオ・サリエーリの《Europa riconosciuta》のゲネプロの一部に足を運ぶ。マエストロ・ムーティは改修工事に貢献した人たちのために指揮する。

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ダムラウ

マエストロ・ムーティとは初共演、イタリアとスカラ座デビューのダムラウへのインタビュー。2006年1月にもスカラ座で「フィガロの結婚」のスザンナを歌って、マエストロと共演します。

2004年12月5日付 Corriere della Sera 紙より

《LA PROTAGONISTA DELL’OPERA
«Sarò Europa, la mia sfida più difficile»
La cantante Diana Damrau: mi sono innamorata della lirica con una Traviata di Zeffirelli》
《オペラの出演者
「Europaを歌いますが、最も困難な挑戦です。」
歌手Diana Damrau:ゼッフィレッリの「椿姫」でオペラに夢中になりました。》

「Europaはこれまでの私のキャリアの中で、最も演ずるのがむつかしい役です。高度の技術と迫力に満ちた演劇性の両方が求められます。最も高い音域が出てきます。」Diana Damrauはドイツ出身の33歳のソプラノで、国際的な輝かしいキャリアを持っている。夜の女王をたっぷり14のプロダクションで務め、イタリアとスカラ座へのデビューについて興奮ぎみに語っている。「責任があります。でも、名誉でもあり、喜びでもあります。」

声としては極限の作品です。
「ええ。でも、魅力があります。あらゆる音色を得るために一生懸命練習しました。それに、ムーティに鍛えてもらうのはこの上なく素晴らしい体験でした。これほど深い配慮と関心をもって歌手を見守ってくれ、ことにレチタティーヴォに配慮をみせる指揮者は他にはいません。」

ムーティはいつEuropaに選んだのですか。
「私が2001年にウィーン国立歌劇場で Friedrich CerhaのDer Reise vom Steinfeld に出演していたときでした。そのときに申し出を受けました。」

Europaはどのような役ですか。
「女王ですが、でも、何にもまして女性です。母として強く勇気があり、エゴイストではなく、責任感にあふれています。Isseoを愛しています。でも、Asterioによって誘拐され、結婚させられました。夫と息子をEgistoの残忍さから救うために、愛する人と王座をあきらめます。現代では失われてしまった義務感と道徳感を持っています。」

台本はどうでしたか。
「自分のパートを先生と一緒に一語一語訳しました。先生のほうでは、専門辞典にかかりっきりで、彼にとってもむつかしかった。古いイタリア語のなんとむつかしいことか!あらゆる人に助言を求め、Veraziのリブレットを繰り返し繰り返し、何度も読みました。」

サリエーリははじめてですか。
「いいえ、1998年にビュルツブルクで《Gran Kan dei Tartari》を歌っています。世界初演でした。サリエーリの時代でも政治的理由から上演されませんでした。サリエーリは再評価されなくてはならないと主張する点では、ムーティと考えが一致しています。《Europa riconosciuta》は感情の揺れがある美しいオペラです。そして、サリエーリは偉大な音楽家で、信仰心が篤く、モーツァルトに毒を盛ることなどできなかったことは確かです。2年後にウィーンで彼の《Prima la musica e poi le parole》を歌います。」

スカラ座にはまた出ますか。
「はい、2006年1月に《フィガロの結婚》のスザンナを歌います。ロンドンでは、2005年5月に《1984》というロリン・マゼールのオーウェルによる新作オペラを歌います。その中では二役が私のために創られています。」

どうして歌手になろうと思ったのですか。
「12歳のとき、ゼッフィレッリの映画版の《椿姫》を観ました。雷に撃たれたようでした。このときに、自分の声のよいところを発見し、やっていけるかどうか確かめなくてはならないと決意しました。それは、バレリーナの赤い靴のようなものでした。」

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Una giornata alla Scala !!

2004年12月7日 RAI RADIO3 イタリア時間10時から 日本時間18時から
Una giornata alla Scala - L’inaugurazione in diretta Euroradio su Radio3

http://www.radio.rai.it/radio3/view_cover.cfm?Q_POS=1

12月7日はRAI RADIO3ではおよそ17時間にわたってスカラ座開幕のイベントを中継します。

イタリア時間12月7日10時から17時30分、日本時間12月7日18時から8日1時30分には、出演者のインタビュー、マエストロ・ムーティのプロフィールなどを放送。さらに、スカラ・フィルのふたつの演奏会を放送。
オペラの上演は幕間を含めて2時間30分くらい。
中継国一覧には日本の名前もあります。

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《Teatro alla Scala》 という本

2004年12月7日付Corriere della Sera紙に付録としてついてきます。スカラ座の歴史、上演写真、上演記録を扱った大部。

http://www.corriere.it/lascala/

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にぎわうedicola

スカラ座再開を記念して、イタリアの新聞雑誌がマエストロ・ムーティの様々なCD、DVDを出しますが、残念ながら、edicolaでしか購入できません。

Corriere della Sera紙 UN PARCO ALL'OPERA~OMAGGIO ALLA SCALA(DVD)
2004年12月11日 「オテロ」
2004年12月18日 「ドン・カルロ」
2004年12月24日 「ドン・ジョバンニ」
2004年12月31日 「コシ・ファン・トゥッテ」
2005年1月8日   「ファルスタッフ」
2005年1月15日  「アッティラ」

http://www.corriere.it/lascala/otello.shtml


Il Sole 24 ORE紙 il 50° anniversario della ricostruzione del Teatro alla Scala(DVD)
2004年12月5日


il Giornale紙 il concerto di Muti per il 50° anniversario scala ricostruita (CD)
2004年12月7日

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sabato 4 dicembre 2004

I colori della musica 展

マエストロ・ムーティが個人的に所有している音楽家たちの手稿がスカラ座再開を記念して初めて展示されています。

I colori della musica 2004年12月1日~2005年2月28日
Pinacoteca Ambrosiana Milano

http://www.ambrosiana.it/ita/index.asp

2004年12月2日付 Corriere della Sera 紙より

このチャンピ大統領夫妻のための《prima della "prima"》「スカラ座初日前の初日」の後、マエストロ・ムーティはクリスティーナ夫人とともに《i colori della musica》展開幕のため、Pinacoteca Ambrosiana へ向かった。そこでは、彼が個人的に収集しているヴェルディ、ケルビーニ、ドニゼッティなどの音楽家の手稿が展示されている。ムーティは開幕にあたってこう言った。「 アンブロジアーナの館長Ravasiとの友情から、これらの手稿を引き渡すことに決めました。このように最高のところに今あるのを名誉に思います。でも、他の人には決して渡すことはないでしょう。ある意味、私の死がその媒介になること、つまり、死後はじめて展示されることを望んでいました。」そして、冗談めかしながら、こうしめくくった。「しかし、今回、Ravasiは死を打ち負かしました。」

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In Scena Verdi Muti La Scala 写真展

スカラ座再開を記念して素晴らしい写真展が開かれています。

IN SCENA Verdi Muti La Scala  2004年12月2日~2005年1月10日 
Palazzo Trussardi Marino alla Scala, piazza Scala 5

Vivi Milanoより
http://www.corriere.it/vivimilano/speciali/articoli/scala/mostra_vigo.shtml

《Muti dirige Verdi, un omaggio fotografico》
《ムーティ、ヴェルディを指揮、写真によるオマージュ》

2年間の工事の後、歴史ある場所でスカラ座が再開されるのを祝う、スカラ座へのオマージュ。そして、マエストロ・ムーティへのオマージュ。2年間、Graziella Vigoは写真機と控えめで注意深い視線をもって、リハーサル、ゲネプロに通い、上演にも聴衆とともに接した。2001年のことだった。ヴェルディ没後100年を祝うために、マエストロは1年半の上演として膨大なオペラのレパートリーを選び、投入した。「マクベス」、「リゴレット」、「オテロ」、「ファルスタッフ」(二種類の上演バージョン)、「トロバトーレ」、「椿姫」、「仮面舞踏会」。
出版された本から94枚の写真が展示されている。イタリア内外の都市で開かれる写真展の嚆矢がミラノ。
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本については既に紹介済みですが、こちらのサイトで。

http://www.corriere.it/vivimilano/speciali/articoli/scala/pop_libro.shtml

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venerdì 3 dicembre 2004

12月7日はマエストロ・ムーティの日!!

RAI RADIO3の放送予定がアップされました。7日はマエストロ・ムーティの演奏がたくさん放送されます。

2004年12月7日 イタリア時間12時 日本時間20時
ORCHESTRA FILARMONICA DELLA SCALA
direttore Riccardo Muti
pianoforte Maurizio Pollini

Joseph Haydn
Sinfonia in mi bemolle maggiore Hob. I:94LA SORPRESA

Wolfgang Amadeus Mozart
Concerto in la maggiore K. 488 per pianoforte e orchestra

Robert Schumann
Sinfonia n. 3 in mi bemolle maggiore Op. 97 ("Renana")

Registrato il 13 novembre 2000 al Teatro alla Scala di Milano

2004年12月7日 イタリア時間15時30分 日本時間23時30分
ORCHESTRA FILARMONICA DELLA SCALA
Stagione 2002 / 2003

direttore Riccardo Muti
violoncello Mischa Maisky

Robert Schumann
Concerto in la minore per violoncello e orchestra op. 129

Anton Bruckner
Sinfonia n. 7 in mi maggiore

Registrato il 29 giugno 2003 al Teatro degli Arcimboldi

2004年12月7日 イタリア時間18時 日本時間12月8日2時 
TEATRO ALLA SCALA DI MILANO - Stagione Lirica
In diretta Euroradio dal Teatro alla Scala di Milano
Europa riconosciuta, dramma per musica in due atti su libretto di Mattia Verazi
Musica di Antonio Salieri
Europa Diana Damrau
Semele Désirée Rancatore
Asterio Genia Kühmeier
Isseo Daniela Barcellona
Egisto Giuseppe Sabbatini

Orchestra e Coro del Teatro alla Scala
Direttore,Riccardo Muti
Regia, Luca Ronconi
Scene e costumi,Pier Luigi Pizzi
Coreografia,Heinz Spoeli

2004年12月7日 イタリア時間21時 日本時間12月8日5時
TEATRO ALLA SCALA DI MILANO
Concerto per il 50º anniversario della ricostruita sala del Teatro

Orchestra e Coro del Teatro alla Scala di Milano
Coro voci bianche del Teatro alla Scala e del Conservatorio Verdi di Milano
Direttore Bruno Casoni
M° del Coro Roberto Gabbiani
Soprano Mirella Freni
Soprano Elisabeth Norberg-Schultz
Mezzosoprano Luciana D'Intino
Tenore Vincenzo La Scola
Basso Samuel Ramey
Direttore Riccardo Muti

Gioachino Rossini
dall'opera Guglielmo Tell
- ouverture
- Coro e danze dell'Imeneo

Gioachino Rossini
dall'opera Mose
- Preghiera

Giuseppe Verdi
dall'opera Nabucco
- sinfonia
- Va' pensiero

Giuseppe Verdi
dall'opera I vespri siciliani
- sinfonia

Giuseppe Verdi
Te Deum

Giuseppe Verdi
dall'opera La Forza del destino
- finale II

Giacomo Puccini
dall'opera Manon Lescaut
- Intermezzo
- In quelle trine morbide

Arrigo Boito
dall'opera Mefistofele
- prologo

Registrato il 18 maggio 1996 al Teatro alla Scala di Milano

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giovedì 2 dicembre 2004

チャンピ大統領、スカラ座訪問

チャンピ大統領が中国訪問のため12月7日のスカラ座開幕公演に列席できなくなり、12月1日にスカラ座を訪れました。スカラ座改修工事が事前の様々な悪い予想をよそに、期限内に、しかも満足すべき成果でもって完成したことに、イタリアの力、ミラノの力をみて、それを誇るところを忘れないのが、さすが、政治家です。


2004年12月2日付 Corriere della Sera 紙より

《Visita prima della partenza per la Cina. «Ma il 7 penserò a voi»
Ciampi: la nuova Scala rilancerà tutta l’Italia
Elogi a Muti per la scelta dell’opera di Salieri》

《中国へ出発する前に訪問。「でも、7日にはあなたたちのことを思うことでしょう。」
チャンピ大統領:新しいスカラ座は再びイタリア中の関心を誘うでしょう。
サリエーリのオペラを選んだムーティを称賛》

共和国大統領にとって、新しいスカラ座はただただ「この上なく素晴らしい」。改修なったPiermariniの劇場を昨日訪れ、最後にCarlo Azeglio Ciampiは、費用と時間をきちんと守ったスカラ座評議会と同首脳たちに対して、そして、リッカルド・ムーティがアントニオ・サリエーリの《Europa riconosciuta》で劇場を再開させることを選んだことに対して、称賛の言葉を惜しまなかった。「その作品をリハーサルで見た今では、重要なオペラだとわかります。1700年代のイタリア音楽が世界で大きな意義をもっていたことを明らかにしているからです。」大統領の新しいスカラ座訪問は16時30分に開始された。(略)チャンピはリハーサルが既に始められているところへ入っていった。ムーティはリハーサルを中断し、大統領を出迎えた。大統領は、まず、演奏者全員に感謝の言葉を述べた。「12月7日があなたがたにとって大事な夜であることは知っています。でも、私は中国にいます。あなたがたの果たす仕事について、今ここで感謝し、この非常に美しいスカラ座を改修したすべての仕事を高く評価します。 7日の晩にはあなたがたのことを思っていることでしょう。」そして、チャンピは妻のフランカ、クリスティーナ・ムーティ、ミラノ市長、スカラ座総裁とともにボックス席に17時にはいり、リハーサルを20分ほど聴いた。
特に、第一級の首席ダンサー、Alessandra FerriとRoberto Bolleの踊りを堪能した。
(略)
最後に、大統領は大満足である旨を語った。「何もかもがとても素晴らしいです。繰り広げられてきた工事に祝福を送ります。9ヶ月前にここにきましたが、今のこの結果からはほど遠いものでした。世界のほかのどこもが持っていないような特徴ある技術をもった劇場を擁することができるというのは、ミラノとイタリアにとって重要な事実です。大戦後のスカラ座の工事がイタリア再建のために重要なステップであったように、スカラ座やil Passante ferroviario 、新しい見本市といったミラノで完成しつつある工事は、今日、ミラノの世界的な都市としてのイメージの新たな見直し、国家的な見直しを意味しています。」
夫人のフランカはこう付け加えた。「夫はこの作業を本当に高く評価しています。彼は期限を尊重しないことについてはいつも怒っているからです。私はイタリア人であることを誇りに思います。」
(略)


大統領府のサイトにスカラ座訪問時の写真が載っています。
マエストロ・ムーティがスカラ座を訪れた大統領をいたわって腕をしっかりとっているのが、写真からうかがえます。

http://www.quirinale.it/Fotografie/Fotografia.asp?id=25980

http://www.quirinale.it/Fotografie/Fotografia.asp?id=25978

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mercoledì 1 dicembre 2004

In Scena

マエストロ・ムーティがスカラ座でとりあげたヴェルディのオペラ上演の写真集。12月には店頭に出ます。

IN SCENA
Verdi Muti La Scala

Graziella Vigo
Electa, 2004
278 pagine, 95 euro

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